第五三五話 ダンジョンの苦味を知る
スケルトン戦を終え、拾った骨剣をマジックバッグへ押し込んだ私は、これまで以上に慎重な足取りで一四階層の下り階段を目指した。
胸中には何ともモヤモヤとしたものが滞留していて、ヤキモキしている。
縛りプレイの辛いところだ。封じてる手札を一枚でも切れたなら、スケルトンなんかにビクビクすることもないって言うのに……なんて、それは言っても詮無いこと。
そう、分かってはいるのだけどね。
「ステータス差って、残酷だなぁ……」
「グ」
しみじみとした私のつぶやきに、適当な相槌を打つゼノワ。
今の私はスケルトンの攻撃一発でも、まともに受けては相当な痛手を負うだろう。
優位な形で戦闘を進めたために然程気にならなかったけど、これが互角な条件で相対したなら、そもそものスピードや反応速度の差で、強引に押し切られてしまった可能性は否めない。
それにあのタフさである。スケルトンが硬いのはまぁ仕方ないとしても、他のモンスターもなかなか刃が通り難いっていうんだから困ったものだ。
それもこれも、全てはステータス差によるハンデである。
「ああ、力がほしい……強くなりたい……」
「ガウ」
「ぐぬぬ……だってさぁ。今の私って実質ステータス固定だもん。鍛錬のし甲斐がないっていうかさぁ……」
鍛錬バカと言われる私ではあるけれど、一ミリも結果の出ない鍛錬なら続けるべくもない。
一般的な冒険者の苦労を知ることが、今回の活動の目的ではあるけれど、成長を得られないのでは『苦労しか知れない』ってことじゃないか。
出来れば喜びややり甲斐って部分も感じたいものである。
「こうなったら、今日の日記にはその旨を書きまくってやろう。うん、そうしよう」
「グ」
一般的な冒険者とは、斯くも力に飢えているのだなぁ……。
洞窟状の通路を延々と歩きながら、そのように痛感したのだった。
普段よりモンスターの気配を嫌って、ルート選びが弱気になったせいだろうか。
下り階段を発見した頃には、お昼の二時近くになっていた。道理でお腹が空いているわけだ。
その甲斐あって、ここまでモンスターとエンカウントすることなくやって来ることが出来た。
我ながら何とも情けない立ち回りだけれど、これも致し方ない。
無闇にモンスターを倒してドロップを拾っても、マジックバッグにはあまり余裕がないしね。
そもそも、戦闘自体に少なくないリスクが伴う。
もし複数体を相手取ることになったなら、今の私じゃ流石にヤバいし。
「この下、一五階層がもしもボスフロアじゃなかったら……」
私はその先の言葉を一旦呑み込み、意を決して歩を進めた。
ゴツゴツした岩の階段を一歩一歩降りていく。
そうして、下り続けること暫く。ようやっと一五階層の景色を目の当たりにすることが出来た。
辺りを見回し、自然と眉根に力が入る。
「上の階層と、特に違いがない……もしかして、ハズレ?」
「グル……」
ここがボスフロアであるならば、もう少し分かりやすい変化があっても不思議じゃない。
定番としては、遺跡っぽさが一気に濃くなったりとかね。
しかしそれが無いってことは、この階層がボスフロアである可能性がぐっと下がったことと同義である。
何ともよろしくない予感を覚えていると、不意にゼノワが「ガウ」と声を掛けてきた。
「っと、そうだね。取り敢えずお昼ごはんと、ここまでのマップを書いちゃおうか」
ここが通常フロアにせよボスフロアにせよ、階段近くはモンスターの立ち寄らない、かつポップもしないセーフティーエリアである。
なので、私はマジックバッグを背から降ろし、よっこらせと適当な場所へ腰を下ろした。
保存食を取り出し、手を合わせて「いただきます」をすると、虚空を見つめながら黙々と口に運ぶ。
事ここに至っては、美味しいとか不味いとかじゃない。
栄養補給である。必要なことだ。足りない栄養素をどうしたものかと、酷く味気のないことを考えながら、モシャモシャとお腹を満たしていった。
そうしたら、手帳を取り出し地図の作成を行う。
地図と言ってもまぁ、簡単なものだ。歩んできたルートを図に起こすだけの作業である。
マッピングスキルのおかげで、自分がどんな道を歩いてきたかは、頭の中にぼんやりと俯瞰して思い描くことが出来る。
そのイメージを元に、せっせとペンを走らせていくのだ。
昼食も含め、作業には三〇分も要らなかった。
地図の出来栄えに満足し、ぱたんと手帳を閉じた私は徐に立ち上がる。
「グル?」
「うん、出発しよう。ここがボスフロアなのかどうか確かめないと」
後片付けを終えた私は、ゼノワを頭に乗っけて静かに歩き始める。
通路に足を踏み入れ、どこか祈るような気持ちで歩を進めた。
ボスフロアなら、この通路は真っ直ぐ一本道である場合が殆どだ。
曲がり角や分かれ道に差し掛かったなら、その瞬間ボスフロアである可能性は一気に低下する。
あまつさえ他のモンスターの気配を感知しようものなら、決定的だ。
今の所真っ直ぐな道を一定のペースで歩く。
すると。
「あ……」
「……グゥ」
気配探知に、引っかかる反応が一つ。ボスのそれにしては弱いため、十中八九一般通過モンスターだろう。
おまけに向かう先には、二股に別れた道。
……確定である。
「マジかぁ。一五階層だし、モンスターも強いから可能性は高いと思ったんだけどなぁ……」
がっくりと項垂れる私。
けれど、落胆ばかりではない。どこか安堵を覚えている自分も居て、そのことを悔しく思う気持ちもある。
仮にこの階層がボスフロアだったとしたら、果たしてボスに勝てたかどうか。
少なくとも軽くない手傷は免れ得なかったのではないか。
もしかすると惨敗した可能性だってある。いやむしろ、割合としては余程……。
それを思うとここが通常フロアだったのは、むしろ僥倖だったのかも知れない。
でも、そんな風に考えてしまう弱気な自分が、少し苛立たしくも思うんだ。
縛りっていう制限ででっち上げた仮初のステータス。
そう分かってはいるのだけど、どうしようもなく湧き上がってくるこの感情はなんだろう。
悔しいんだ。
力が足りない。テクニックだけじゃひっくり返せないステータスっていう大きな壁。
或いは、それをひっくり返すことが出来ないくらい、私のテクニックが脆弱であるとも言える。
そんな壁にぶち当たって、途方に暮れていることが我慢ならなかった。
戦闘技術だなんてものは、当然一朝一夕で身につくようなものじゃない。
私の場合はマスタリースキル任せに戦えてはいるけれど、それがなければ女子高生に毛が生えた程度のしょぼいアクションしか出来ない。
ステータス差をひっくり返せるだけの何かには、程遠いんだ。
「ギュル」
「……分かってる。ここまでだね、引き返そう」
足の止まってしまった私を、ゼノワが促す。
私は悔しさに握りしめていた拳を解き、踵を返した。
そりゃ、無理をすればまだ進めるとは思う。モンスターにだって、勝てないってわけじゃないんだ。
けれど安全マージンはとっくに枯渇しており。命大事にを貫くなら、引き返す以外の選択肢なんて無い。
最後に一度だけ振り返り、私は足早にその場を立ち去ったのだった。
★
帰り道っていうのは、得てして短く感じるものだ。
実際、自分でこしらえた地図があるため、最短ルートを通って帰ることは出来たのだけれど、それにしたって行きで八日の道程を二日で戻ったのはとんでもないペースと言えるだろう。
崖のダンジョンに入ってから一〇日目の午後。
私は無事にダンジョンを脱出し、切り立つ崖の中程から空を眺めていた。
晴れている。地面には湿り気も見えない。此処へやって来た時は雨だったので、時間の経過を如実に感じた。
Bランク冒険者のステータスなら、ここから跳び下りても大丈夫そうな気もする。マスタリーの効果で多分、パルクールめいた受け身も可能だろうし。
でも、おっかないからやっぱりソロソロと降りることにした。こんなところで怪我なんてしちゃバカらしいからね。
そうして無事に地面を踏みしめた私は、改めて崖を見上げ、ダンジョン入り口を睨んだ。
思わずため息が漏れる。悔しさは未だに拭えない。
日記には愚痴を書いてしまった。師匠たちにも心配されたし。それでもやっぱり気持ちは晴れない。カラッと晴れた空が恨めしく思えるくらいには、気分が曇っているようだ。
「はぁ……帰ろっか」
「ガウ」
斯くして、ソロでのダンジョンアタックは何とも不甲斐ない結果に終わったのだった。
自分の力じゃクリアできないっていう事実は、負けず嫌いにとってなかなかに受け入れ難いものである。
もっと、もっともっと強くならねば……!!
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