第五三四話 もうちょっと、もうちょっと

 崖のダンジョン攻略八日目。

 気を引き締めて、一四階層攻略開始である。


 この一週間で、大分ソロでのダンジョン歩きにも慣れてきており、警戒を引き締める場面と、強気に進んでいい場面ってものの見分けもつくようになってきた。

 でも勿論、油断などはしない。油断ほどバカらしいものはないから。

 敵に実力を出させずに勝利するのは得意分野だけど、逆に自分が実力を出しきれず負けるっていうのは到底我慢ならないからね。

 油断は最大の敵なのだ。

 モンスターの慢心や気の緩みなんかを突いて奇襲を仕掛けるたびに、私は油断の恐さを毎回思い知るのである。


 ってわけで、慣れたと言っても気を抜いたりはせず、かと言って気を張り過ぎもせず。

 一息つく時はしっかり安全を確保してから、という自分ルールをきっちりと守り、慎重に足を進めていく。

 それというのも……。


「戦闘になったら一筋縄じゃいかないレベルだもの、出来るだけエンカウントしないようにしなくちゃね」

「グル……」


 そう。敵が硬いのだ。

 硬いだけでなく、力も強いし素早いし、判断速度にも優れている。それに魔法だって脅威だ。

 本来なら、魔法なんて発動を許さず仕留めるところだけど、如何せんそれが可能なだけのステータスが今の私にはない。

 幾らマスタリーやスキルレベルによる補正を受けようとも、敵の強さは既に、それでも通じないレベルになっているのだ。

 そのせいで、毎回泥臭くてえげつない戦い方を繰り返している。


 モンスターの核は絶対的な弱点だけれど、それ以外にも弱点っていうのは存在する。

 脳や心臓なんかがそれだ。スライム等の、それらが存在しないモンスターは例外だけれど……。

 それらを積極的に狙い、破壊することで、どうにか未だに敗北することなくここまで来ることが出来た。

 他にも、各種関節等の腱を断って動きを封じていく戦法も定番となっている。

 そうでもしなくちゃこの階層じゃ生き残れないのだ。


 装備次第で簡単にステータスが上昇していた私は、装備固定の縛りを受けている現在、完全装着の有難みってものを嫌というほど痛感していた。

 きっと武器一つ取り替えただけで、この苦境は激変するのだと思う。

 だけど普通の冒険者は、そう容易くステータスが上がったりはしない。

 現にオルカたちは、こういった苦境に敢えて立つことで、自らのステータスを引き上げようと頑張っているのだから。


 因みに、今の苦しい状況に関しては既に日記で報告済みであり、アルバムには『カ・エ・レ』という強い主張が連日載せられていた。

 実際私も、正直迷っているのだ。

 すると不意に、ゼノワが問いかけてくる。

「グラァ」

 曰く、こんな調子で階層を進んでいく意味なんてあるのか、と。

 私は仮面の下で眉根を寄せ、腕組みをしながら唸った。


「確かにそうなんだよねぇ。もしこのまま強引に進み続けて、体よくボス部屋に至ったとしても、正直勝算は無いに等しいもの」


 そう考えると、ここらで引き返すのが正解なのだとは思う。

 だけど、次の一五階層がもしボスフロアだったなら、ワンチャンどうにか勝てるかも知れないという可能性も感じている。

 事は辺境の町や村がモンスターの脅威に呑み込まれるかどうかっていう、一大事なんだ。

 そりゃ、今日明日にどうこうってほど切羽詰まってはいないのだろうけれど。

 それでも、制覇できるものならして帰りたいというのが本音である。


 しかしそれゆえにこそ、思うのだ。

 私、ほんとに素のステータスがちっとも伸びないなと。

 ステータスがほんの1でも上昇したなら、実感を伴って分かるものなのだ。

 だからこそ、さっぱり成長していないことが自分でよく分かる。

 スタミナは普通についたのにね。これもジョブの影響なのだろうか。

 へんてこスキル、という破格の性能を持ったスキルを幾つも習得できる代わりに、ステータスがずっと低いままっていうデメリットがある、みたいな。

 ……さもありなん。

 それでも十分すぎるお釣りが来そうなスキル群だもの、別に文句はないのだけど。


 けれど今の状況に於いては、ステータスが伸びないってことはここで詰むってことに他ならないわけで。

 やがては引き返す以外の選択肢がなくなってしまうのは目に見えていた。

 まして、もし戦闘中に装備が損壊したとしたら、引き返すことすらままならなくなる危険性も、常に隣り合わせである。

 自分で実行すると決めた縛りだけれど、いざこの状況に実際立ってみると、なかなかどうして。

 もどかしさと恐ろしさで、着実に精神をすり減らされている。

 一週間も地上に出ていないせいもあるのだろう。ご飯も代わり映えのしない保存食ばかりだしね。

 斯くも冒険者業の辛いことよ。


「まぁとりあえず、一五階層は越えよう。それでまだダンジョンが続くようなら、流石に引き返さざるを得ないかな」

「グゥ……」


 心配げなゼノワをよしよしと撫でて、進行を再開する。

 これまで同様、上手くエンカウントを避けながら歩を進めていると、またもやモンスターの気配を察知した。

 しかし今回のは単体で動いており、与し易くはある。近くに罠も無さそうだ。チャンスである。

 自分ルールの一つとして、一階層に最低でも一回は戦闘を行うようにしている。

 それというのも、敵の強さを測るには戦ってみるのが一番であり、それこそ引き返すかどうかの目安を得るためにも必要だからだ。

 しかし群れて行動してるモンスターが相手では、普通に危険である。こんな深さの階層ともなれば、あっさりボコられる未来すら想像に難くない。

 なので、単体で動いている相手は、ノルマをこなすためにも非常に都合が良いのである。


「よし、仕掛けよう」

 敵がこちらに気づいた様子はないけれど、進行方向的に接触は時間の問題。もうすぐ姿も見えるはず。

 いつもどおり物陰に身を潜めて隙を窺いつつ、一気に勝負を決めに掛かる手はずだ。

 とは言え隠密装備ってわけでもないので、索敵能力の高いモンスターには気づかれる可能性もある。

 感づかれた場合も想定して構えておかねばならない。


 一先ず、やってくるモンスターの正体を目視で確かめる。一応気配で大まかには分かるのだけど、こっそり岩陰より窺ってみたところ、姿を見せたのは動く人型の白骨。

 即ち、スケルトンだった。

 正直あまり得意な相手ではない。

 だってそうだ。私の主な得物は剣と水魔法。あとは補助的に無属性魔法。

 魔法はともかく、剣は通り難い相手である。

 しかも高いステータスのせいでめっちゃ硬いし、筋肉の一つもないくせに力強いし。何なら魔法まで使ってくるし。

 Bランク冒険者にとっては、このレベルのスケルトンともなると十分な脅威なんだなって、上の階層で既に思い知らされている。

 それが新たな階層に来て、また一段階強くなっているのだと考えると、正直げんなりどころか恐さすら覚えるほどだ。


 骨独特の足音を伴い、一歩一歩こちらへ近づいてくるスケルトン。

 私は岩陰に頭を引っ込め、奴が十分に接近するのを待った。息を潜め、気配を殺し、緊張から心拍数が上昇するのを自覚しながら。

 そうして、いよいよその時は訪れた。

 私が身を隠す岩陰を通り過ぎ、奴が背を晒したその瞬間、私は得意のアクアボムにて先制攻撃を決めたのである。

 如何に骨が硬かろうと、力が強かろうと、重量が変わるわけじゃない。いや、中には重たいスケルトンなんかも存在するのかも知れないけど。

 しかしコイツはそうじゃない。


 水球の爆発により、吹っ飛ばされたスケルトンはそのまま脇の壁面へと叩きつけられた。

 が、立ち直りが速い。

 突っ込む私を空っぽの眼窩が捉え、すぐさま体勢を立て直しに掛かったのである。

 しかし私の踏み込みの方が速い。

 横薙ぎを叩きつけるように剣を振るう。無論、アーツスキルによる強かな一撃だ。

 対してスケルトンは腕で受ける構え。


 だから私は、アクアボムを再度発動したのである。

 スケルトンから見て、左より迫る剣。奇襲によりガード以外の選択肢は無かったことだろう。

 するとどうだ。ガードを構えた左に対し、右への意識は已む無く削がれ。

 そんな右側頭部に突如襲いかかるは、指向性を持たせたアクアボムの強烈な衝撃である。


 剣とアクアボムの衝撃は同時。方や胸の高さで受けた剣撃。方や頭を狙った水による圧撃。

 身体と頭は相反する方向への強烈な衝撃をいっぺんに浴び、矛盾を受けたその首には、尋常ならざる負荷がかかった。

 結果、耐え切れずすっ飛んだのは、奴の頭蓋骨である。

 動揺からか、はたまた頭部を失ってバランスが狂ったせいか、奴は剣の衝撃を受け切ることが出来ず、派手に吹き飛んだ。しかし憎たらしいことに、骨には罅の一つもない。

 が、そちらを一顧だにせず私が狙うのは頭蓋骨である。

 瞬間、魔法発動の気配を感知。眼窩に怪しい光が灯り、そこから熱線が発せられた。

 が、来ると分かっていれば避けられない道理もない。


 跳躍して熱線をやり過ごし、グルンと前方宙返りから、剣を奴の脳天へ思い切り叩きつけた。

 それこそアクションゲームやアニメでしか見たことのないような、ロマン技である。

 しかしてその甲斐あり、威力は十分に大きく。見事スケルトンの頭蓋骨を真っ二つに叩き割ることに成功したのだ。

 背後では首から下が慌ててこちらへ突っ込んでくるけれど、もう遅い。


 頭蓋骨の中より転がり出た、スケルトンの赤い核を思い切り踏み砕き、奴を黒い塵へと還したのだった。


「……はぁぁ……」

「グルゥ!」

 脱力し、大きなため息が出る。

 ゼノワは頭の上ではしゃいでいるけれど、正直肝が冷える。

 上の階で戦ったスケルトンより、確実に硬度が増していた。

 熱線も食らっていたら火傷じゃ済まなかったに違いない。

 いよいよ私の手に負えなくなってきてる……っていうか、ステータス的には完全に負けてる。

 破綻はもう間近だ。


「この階層、もうエンカウントはしないでおこう……」


 私は足元に転がったスケルトンのドロップアイテムを拾いながら、そのように呟いた。

 核を砕いたのでレアドロップだ。それも格上からのドロップなので、通常より良い品だと思う。

 骨で出来た、片刃の直刀。反りのない白い刀。

 私が今装備してる片手剣より、間違いなく上等な一振りである。

 それを眺めて、またため息が出る。


「これを装備できたらなぁ……」


 伸びないステータスに悩む一般冒険者の心持ちとは、こんな感じなのだろうか。

 なかなかに、しんどいものだ。

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