第五三三話 スキルの力
崖のダンジョン一日目の探索を終え、私は無事におもちゃ屋さんへ帰還を果たすことが出来た。
幸いフロアスキップが正常に働いてくれたのだ。
鑑みるに、一フロアあたりの広さは然程でもないのかも知れない。
それでも、延々五時間以上も歩き回ったわけだけど。
二階層階段付近のセーフティーエリアにてテントを張り、今日の探索は切り上げてきた。
そろそろ保存食ばかりのご飯に、虚しさを覚え始めたけれど、しかし食べられるものがあるってだけで有り難いことである。
とは言え次は、何かしらの調味料でも併せて用意してこなくちゃね。
そうした後は、テントの中でスッポンポンになって清浄化魔法を使い、着替えをした。
そこでふと思ったのは、普通の冒険者ってこれすら我慢しなくちゃならないんじゃないかってことだ。
清浄化魔法なんて、使える冒険者は限られるだろうし、水魔法も然りである。
一応魔道具で代用するって方法もあるみたいだけど、当然のように高価だもの。
そう考えると……水は貴重で、何ならそれ専用のマジックバッグを用意する必要すらあるのかも知れない。
身綺麗にするために割く水もMPも無いって言うんじゃ、ダンジョン攻略のハードルは相当に高いはず。
少なくとも、稼ぎの少ない低ランク冒険者にとっては、とても潜っていけるような場所じゃないだろう。
こういう育ったダンジョンっていうのは、尚更だ。
実力だけでなく、アイテムを含めた装備や、利便性の高いスキルも充実していなければ、ダンジョン攻略なんてままならない。
出来たばかりで浅く狭いダンジョンであるならば、その限りではないのだろうけれどね。
おもちゃ屋さんでは、魔道具づくりの修行をこなしつつ、師匠たちに今日の報告を行った。
心配しつつも冒険譚である。興味深げに皆は耳を傾け、アドバイスらしきものをくれたりもした。
もしかすると、私の話を通して一緒に冒険してる気分を味わっているのかも知れない。
そう考えると、何だか頼もしく思えた。
寝る前には、日記に今日の出来事をなるべく詳しく書き込む。
オルカたちへの報告だ。下手に情報を濁すと、余計な心配をかけてしまいかねないから、報告はしっかり丁寧に。
一方でアルバムを開き彼女らの様子を窺ってみれば、相変わらず文章を写真に収めて、今すぐダンジョンを出なさいという抗議がなされていた。
その他の写真も、何だか軒並み元気がない。
彼女らもダンジョン内に居るらしいけれど、寧ろこっちが心配である。
私の行動が彼女たちの心労に繋がっているのかと思うと、心苦しさや不安感は否めなかった。
もしも私がダンジョン内で大きな怪我の一つも負おうものなら、その時こそきっと彼女らの心労もピークに達してしまうのだろう。
そうなっては特訓どころではなくなってしまう。
明日以降のダンジョン攻略は、より慎重に取り組むべきだと、そう思った。
★
崖のダンジョン攻略二日目。
朝のルーティーンを済ませて既に二階層へとやって来ている私は、朝ごはんをモシャモシャと咀嚼しながら地図を眺めていた。
昨日自身で書いた地図と、ミトラさんに資料としてもらった地図である。
「うぅん。やっぱり私の書いた地図は、なんか微妙に形が違うよね……」
「グル」
ミトラさんに渡されたダンジョン地図っていうのは、それを書くのに特化したスキルを持つ、熟練の冒険者だか何だかが制作した、信頼度の高い地図である。謂わばプロの仕事。
対して私の書いた素人地図が、太刀打ちできようはずもなく。
でも、マッピングの経験が浅い私が描いたにしては、大きな破綻もなく、押さえるべきポイントはしっかり押さえてあり、少なくとも使い物にならない、なんてことはない。
プロの地図に比べたらアレだけど、しかし及第点は出しても問題ないほどの精度であった。
そういう意味に於いては、自信を持っても良いのかも知れない。
それに。
「昨日の探索で、一般的なダンジョン探索の大変さっていうものは分かった。いや、まだまだ序の口だとは思うんだけど、これ以上オルカたちに心配をかけたんじゃ大変なことになりかねないからね」
「ガウ」
「ってことで、今日からは【罠看破】と【マッピング】のスキルを活用していこうと思う」
罠看破、とは文字通り、罠の存在をスキルの力で見抜き、胸騒ぎや危機感にすら働きかけて危険を遠ざけるスキルである。
熟達すると、罠の仕組みまで正確に読み解けるようになるとか何とか。
マッピングのスキルは、簡単に言えば『道を正確に覚えることの出来るスキル』だ。
頭の中に地図を作るスキル、と言い換えてもいいかも知れない。
これを有効にした状態で探索を行えば、わざわざ地図を描きながらでなくとも道を忘れることはなくなる。
また、地図を描く事自体リアルタイムではなく、休憩時なんかにまとめてささっとこなせちゃうわけだ。
冒険者御用達の汎用スキルの中でも、かなり有用なスキルであると言えるだろう。
中でも斥候職にとっては必須級である。
「本当なら、もうちょっと苦労を味わったあとで解禁しようかとも思ったんだけどね」
「グラ!」
「そうだね。オルカたちの心労軽減のためにも已むを得ないもの。私自身、命の危険を伴ってダンジョンに潜ってるわけだし、避けられるリスクは避けないとね」
斯くして、地図は休憩をとった際に一気に描き上げることにして、今日は両手を空かせた状態で探索を行うことにした。
罠看破、そしてマッピングの効果は劇的だった。
罠看破のスキルは、これでも仲間たちとともにそれなりのダンジョンを踏破してきたのだ。その過程で相応の成長を見せており、的確に罠の存在を私に知らせてくれた。
しかし勿論過信したりはしない。
稀にだけど、私の罠看破には引っかからないのに、マップスキルやオルカは察知していた凶悪な罠、なんてものが存在するのだ。
なのでスキルに頼り切るのではなく、自分の目でも罠の存在を警戒しながら歩みを進めていく。
それでも、昨日のように地図を描きつつモンスターの警戒をして、かつ罠にも注意を払いながらの探索と比較すると、随分気持ちは楽だった。足取りも軽い。
それにマッピングのスキルがやはり優秀である。
歩幅を気にすること無く歩けるし、頭の中にはダンジョンの構造が何となく地図としてイメージできている。
普段はマップスキルのせいで使う機会のなかったこのスキルだけど、マップスキルと併用しても有用なのかも知れない。以降は常にアクティブにしておこう。
そんな具合に探索はぐっと楽になった。
なったのだけれど、やはり下の階層へ降りるための階段は自分の足で探すしか無く。
正に迷宮を彷徨うように、あっちこっちと通路を歩き回ったのである。
モンスターの気配にも当然、常時警戒を巡らせ、出来るだけエンカウントせぬように歩を進めていった。
そうして、お昼頃になってようやっと目的の下り階段を発見したのである。
探索に掛かった時間は、四時間くらい。
昨日よりかは早いけれど、やはりゴールが何処にあるかも分からず動き回るというのは時間がかかるものだ。
寧ろ四時間程度で済んでいるのは、フロアが然程広くないおかげなのだろう。
一応確認のため、フロアスキップが発動可能かどうかを調べてみたところ、問題なく使えるようだった。
ということは、既にサーチ圏内にフロアの全容を捉えているということに他ならないわけだ。
「マップスキルを開いたら、この地図よりもずっと質の良い情報が得られるのか……」
言って、へんてこスキルが如何にヤバいかを改めて思い知った。
自分の描いた地図を改めて眺めてみれば、その思いも一入である。
初見の人が口を揃えて愚痴るのも分かろうというものだ。
とは言え今の私はそれを封じている身。
三階層セーフティーエリアにて昼食を摂った私は、二階層目の地図をせっせと仕上げながら、現状の不便さとマッピングスキルの有用性を再度噛みしめるのだった。
自身で手掛けたのは、所詮自らが通ったことのある道だけを記した地図だ。
一方でミトラさんにもらった地図には、フロアの全容が記されている。
それと見比べると、まぁなかなかにしょぼいものだが。それでも、自身で彷徨い歩いた道に関しては、なかなか正確に描写することが出来ている。
もらった地図と見比べても、情報の精度に然程の見劣りもなく。昨日描いたものとは比べるべくもない。
「やっぱりスキルの力ってすごいんだなぁ」
と、分かりきっていることをしみじみと呟いた。
ゼノワが少しばかり呆れたように相槌を打ってくれた。
★
早くもダンジョン攻略開始から、一週間が経過した。
無理せず一日二階層。
二日目以降はこれを目標に据えての進行である。
罠看破とマッピングのスキルにより、ペースが安定した私はこのスケジュールを淀みなくこなし。
その結果として、あれよあれよと一三階層までクリアすることが出来た。
洞窟然としていた景色は、一〇階層を過ぎた辺りで、お約束である遺跡風の様式が混じり始め。
朽ち掛けた石畳や石の壁、石柱などが、洞窟の所々で見られるようになった。
出現するモンスターにも変化が現れ、コウモリや蜘蛛、トカゲやスライムといった定番に加えて、スケルトン系が出現するように。
それに当然、モンスターのステータスもかなり上昇しており、正直魔法や刃の通りが目に見えて悪くなってきた。
上手く立ち回って急所を突くようにしているため、今の所決定的にヤバい場面というのは訪れていないけれど、ボス戦を考えると不安がある。
端的に言って、多分力不足だ。力不足っていうか、ステータス不足。
「仲間たちが居ない状態で、一週間もダンジョン籠もり……戦力的な不安もあるし……結構キツいね」
「グァ……」
引き返す、という選択肢が、頭にチラつき始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます