第五三二話 持たざる苦労
時刻は午後一時。
崖の中ほどにある出入りの不便なダンジョン入り口へ、どうにかよじ登って侵入を果たした私は、一先ずマジックバッグより保存食を取り出し昼食を摂った。
町を出てから三日目である。干し肉とパンっていう定番のメニューに、早くもげんなりしながら咀嚼を繰り返し、気を紛らわせるべくこの後のダンジョン攻略について思いを馳せた。
「とりあえず、マッピングは手書きで行わなくちゃならないんだよね。歩幅とかもなるべく一定にして、方角もよく確認しなくちゃ。それに罠にもしっかり警戒した上で、敵の気配も常に探っておく必要が……」
「グゥ……」
「……ヤバいね。むちゃくちゃ大変だ……」
何とも頼りなさ気にこちらを見てくるゼノワの視線を受け流しつつ、一先ず食事を終える私。
それからちゃっちゃと支度を整えると、いよいよこの崖のダンジョン攻略へと取りかかったのである。
例によって、どこから照らされているとも知れない謎の明かりのお陰で、眩しくも暗くも感じないダンジョンの通路。
今回は洞窟然とした様相を呈しており、幾らか肌寒さを感じる。
雨に濡れたため服は着替えたけれど、そうでなくっちゃ風邪を引いていただろう。
ちなみに濡れた服に関しては、魔法で水気を飛ばしてマジックバッグに放り込んである。
というのも、先日のお洗濯失敗事件から、水魔法による脱水乾燥が解禁となったためだ。
もしかするとこういう強引な手段は、布を傷めてしまうのかも知れないけれど、生乾きによって雑菌を繁殖させるよりはずっと良いだろうという結論に至っている。
そんなこんなで水気による不快さはなく、湿気もそこまでではなかった。
大変なのは、それ以外である。
マッピングに用いる紙とペンは、多めに用意してあるので問題ない。
マルチタスクも得意なので、まぁ大丈夫。ただ、こうしている現在もコミコトを動かしたり、向こうでは修業や鍛錬を続けたりしているので、だいぶ頭を使う。
が、これはこれで鍛錬になるので、気分は良い。
しかしまぁ、歩みは遅い。
何せ不慣れなマッピング作業である。歩幅に気をつけたり、歩いた分だけ適切な向きに線を伸ばしたり、不意につけた記録が間違ってるんじゃないかという不安にかられたり。
気配探知に関しては、ここ数日多用しているため、常時発動も苦にならないけれど。
しかし罠の見極めばかりは異様に神経を削られる。
「恐いなぁ、凶悪な罠を見逃したら大変なことになっちゃうもの。かと言って警戒してばっかりじゃ足が進まないし……」
なんてぶつくさ言いながら、一定のペースを乱さぬよう努めて歩き続ける。
正直、オルカのことが恋しくて仕方がなかった。私には彼女が必要なんだと、今にしてよく分かった気分である。
「グァ……」
ゼノワが暇そうにあくびをしている。呑気なものだ。羨ましいを通り越して、恨めしくすらある。
などと邪念にかられていると、ベシッと頭を叩かれた。
おのれぇ。
実のところを言うと、ミトラさんからこのダンジョン数階層分の地図はもらっているのだ。
それを見れば最短で下り階段まで辿り着くことは可能なのだけれど。
しかし、これは私にとってチュートリアルを行う絶好の機会であるとも言えた。
地図に頼らず、手ずからマッピングを行って階段を見つけ出す。
そうしてその後に、答え合わせを行うのである。
正しくマッピングが出来ているなら、うっかり未探索エリアへ足を踏み入れたとしても、テンパることなく進むことが出来るだろう。
マップを書く練習にもなるし、端から既存の地図に頼るより余程為になろうというものだ。
っていうか、更にぶっちゃけたことを言うのであれば、【マッピング】というスキルは習得済みな上に封印対象外だし、【罠看破】なんかも同様なのだ。
けれどこれも普通の冒険者の苦労を知るために、敢えて使わないようにしている。
せめてこの階層くらいは、自力で地図を書いて攻略したい。
罠看破は結構必須スキルなので、次の階層から使うかも知れないけど。
しかしソフィアさんによると、そういった必須とも思えるようなスキルを覚えることの出来ない冒険者も大勢いるようで。
「スキルを持たない冒険者って、こんなに大変なんだね……」
今現在、我が身をもってそれを痛感している私である。
しかも。
「夜にはおもちゃ屋さんに帰らなくちゃならないから、できるだけマップ埋めもしなくちゃならないしね……マップスキルを非表示にしてても、サーチが有効で良かったよ」
「ガウ」
フロアスキップの発動条件は、マップスキルに階層の全容を捉えることだ。
現状、私を中心に半径約一二キロメートルをサーチできるマップスキルである。
もしかするとフロア内を歩き回るまでもなく、既にフロア全部をサーチできている可能性はあるけれど、マップ表示を封じている現状それを確かめるのはルール違反だ。
フロアスキップが実際に発動できるかどうか。それを直に確認することでしか、マップ埋めの進捗を確かめる術はない。
進捗が不十分だと、おもちゃ屋さんに戻る度にフロア攻略のし直しになっちゃうからね。念入りにマップを埋めておく必要がある。
ってことで、地道ではあれど探り探り通路を進んでいく私。
するとここで、前方にモンスターの気配を感知。
罠への警戒に加えてエンカウントというのは、正直気が気じゃない。
かと言って引き返して別ルートを、というのもマッピングが狂いそうで嫌だった。
「仕方ない、おびき出してから排除しよう」
「グァ」
一先ず目印がてら、落ちていた石を拾って通路の端っこに並べておく。マッピングの再開はここからですよ、という謂わばセーブポイントだ。
そうしたら、罠を警戒しつつ歩を進めてモンスターへと接近。
目視で捉えたなら、物陰に身を潜めてから水魔法で先制攻撃である。
敵はコウモリ型のモンスター、ジャイアントバット。まぁ、でっかいコウモリだ。
コウモリであるからして、多分超音波とかで索敵や、もしかすると攻撃もそれを利用して行ってくるかも。
物陰に隠れただけじゃ、あまり意味はないのかも知れない。
っていうか単純に耳も良いだろうし、もしかすると既にこっちの存在には気づいてるかも。
「まぁでも、ならそれを逆手に取るまでだよね」
繰り出したる水魔法は、MP節約のために低コストを重視した、細い水鉄砲。
それを奴の耳元で発生させ、耳の穴めがけて撃ち放ったのだ。
威力は極小なれど貫通力は本物であり、しかも自慢の耳を狙ったそれは間違いなく、掛けたコストに見合わぬほどの成果を叩き出した。
コウモリは甲高い悲鳴を上げ、一瞬地面に落ちて悶絶したが、すぐに怒気を湛えてこちらへと飛んできたのである。
片耳は損傷し、本来の性能は発揮できない。
なれど、私の位置くらいは分かるようだ。心許ない飛び方をしながらも、一直線に向かってくる。
そんな奴の、もう片耳へ水鉄砲を撃ち込めば、再び悲鳴を上げるコウモリ。
彼我の距離は既に一〇メートルほど。
魔法発動と同時に飛び出した私は、一息にアーツスキルにて距離を潰し、勢いそのままに得物にてコウモリを叩き斬ったのである。
敢え無く黒い塵へと変わるコウモリ。
剣一本じゃ、もしかすると面倒な相手だったかも知れない。
が、実質何もさせずに倒せたのだ。十分対処できる相手なのは間違いない。
今使用したMP程度なら、すぐ回復するしね。回復薬に頼るほどのこともない。
「単体ならまぁ、問題ないみたいだね」
「ギュワ」
「そうだね、油断大敵。ソロだもの、注意は怠らずに行こう」
ドロップアイテムを回収し、マジックバッグへとしまい込んだなら来た道を戻って、セーブポイントからマッピング再開である。
その際、ここまで書いた自作地図を改めて眺め、思わずため息が出てしまう。
「わぁ……まだまだこれっぽっち……」
先は長そうだった。
探索を始めてからどれくらい歩いただろうか。
ようやっとマッピングにも幾らか慣れてきて、歩くペースも上がってきた頃。
再び前方にモンスターの気配を捉え、私は足を止めた。
しかも面倒なことに、罠らしきものが目の前にあるのだ。
如何にも何かが飛び出してきそうな、ビー玉くらいの大きさの穴がポツポツと一定の間隔で床に開いているのである。
前方のモンスターはこっちへ近づいてきているっぽいし、これはおとなしく引き返して、別ルートを行くべきだろう。
ってことで、踵を返してみたのだけれど。
「うわ。後ろからもモンスター……しかも複数体か」
「グル……!」
ちょっと厄介な局面である。
前方から迫るは、単体のモンスター。されど罠があり、出来れば避けたい。
しかし後方からは、四体のモンスターが近づいてきている。
「どっちに行くべきか……」
「ガウ」
「ん、ああそうか。よし、四体の方にしよう」
ゼノワ曰く、先日のお猿戦の時みたいにすれば良い、とのこと。
それに従い、私はアクアボム片手に来た道を引き返した。
そうして、遠くにモンスターの姿を捉えるなり投擲。
爆発で奴らを吹き飛ばした後、間髪入れずその水を利用してのアクアバレットを行使。
急所をバスバスと、執拗に撃ち抜いてやった。
結果。
「ハッハッハ、圧倒的じゃないか」
「ガル」
時間にしてものの数秒。
モンスターらはドロップアイテムだけを残して、黒い塵へと還った。
私は満足し、それらの回収に取りかかったのである。
とは言え所詮はダンジョン一階層。チュートリアルにも等しい。
そんなところでイキって何になるというのか……。
虚しくなり、ため息をついた私は黙って進行を再開したのだった。
結局下り階段を発見した頃には、探索開始から五時間が経過していた。
時刻にして一八時過ぎ。
たった一階層で、五時間。なかなかショッキングな結果である。
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