第五二九話 リィンベルの実情
場所をギルド奥の個室へ移し、今回の依頼遂行を通して感じたあれこれを問うてくるミトラさん。
それに対して、なるべくボロを出さないよう、Bランク然とした受け答えを心がける私である。
トロル捜索には手間取ったけれど、トロル戦自体には然程の苦労を感じるでもなく、スムーズに済んだことを先ず語り。
目的地までの移動時間や、得意不得意についてなどなど、あれこれと訊かれる都度逡巡して、私は無難な答えを返していった。
壁に耳あり障子に目あり。こういう場所で喋っていい情報というのは選ばなくっちゃならない。
担当相手とは言え、必要以上に自らの手の内を明かすこと無く、私は返答を一通り済ませたのである。
すると、なんだか胡乱げな目を向けてくるミトラさん。
「な、なんですかその顔は……」
一体何が引っ掛かったというのか、その表情は如何にも釈然としないとでも言いたげだった。
私が仮面の下に動揺を隠していると、ミトラさんは確認するように再度問うのだ。
「茶緑の猿に、深緑の狼……ですか。それをミコトさんお一人で倒してきたと?」
「Bランクならそのくらい普通、ですよね……?」
「…………」
渋い表情で押し黙るミトラさん。
何だ、何が言いたいんだこの人。心眼を封じているせいで、何が何やらさっぱりである。
さっぱりではあるが、良い空気でないのは確かだった。
何とも居心地の悪い沈黙の中、ようやっとミトラさんが口を開いた。
しかし発せられた言葉は、全く私の思いがけないもので。
「それらのモンスター、何れもがBランクの依頼として寄せられるような強力なものばかりなのですが……」
「え」
「茶緑の猿はエビルエイプ、深緑の狼はフォレストウルフですね。特に前者は、森の中で群れを相手にした場合、BランクPTでも普通に全滅します。討伐依頼が出た場合、状況によってはAランク以上の冒険者ないし冒険者PTへ斡旋するべきとされていますね」
「へ、へぇ……じゃぁアレかな。私が倒したのはきっと、また別のやつなんじゃないかな?」
「ドロップアイテムを見れば分かることです。今お持ちですか?」
「買取窓口で査定してもらってる最中ですけど……」
「確認してきます。少々お待ち下さい」
そう言って席を立ち、私を残して部屋を出ていってしまうミトラさん。
ゼノワが無言で頭をベシベシして来る。
分かってる。これは……多分、やらかしたやつだ。
でも私、今回はおかしなことなんて何もしてないし。ステータスもわざわざ低くしてある上に、スキルも大幅に制限して、実際それでたくさん苦労してるんだ。
だから何ら落ち度なんて無い筈だったんだけど……。
「何がまずかったのかな? スキルレベル? 戦い方? でもそればっかりはなぁ」
「ガウ」
「なるほど、無闇に戦いすぎかぁ。でもそうしないと鍛錬が……」
なんてゼノワと反省会をしていると、ガチャリと部屋の扉が開き、難しい顔をして戻ってきたミトラさんが私の対面に腰を下ろす。
そうして、率直に問うてきたのである。
「あの量を、本当にお一人で?」
「そ、そうですけど……」
「ふむ……」
顎に手を当て、何事かを考え始めるミトラさん。
どうやらやはり、私はやりすぎてしまったらしい。Bランクならこのくらい出来て当たり前だよね! っていう私の認識は、彼女の反応を見るに些か間違っていたようだ。
つまるところ、普通のBランク冒険者はもっとお猿や狼、トロルにだって苦戦するってことだ。更には、換金に出したアイテムの量にも問題があったと。
道理で買取窓口のおじさんが、ギョッとした顔をしていたわけだ。
「どうやらミコトさんは、噂に聞くペテン師とは異なり、確かな実力をお持ちのようですね」
結局ミトラさんの出した結論は、それであった。
私としては、Bランク上がりたてのイマイチ頼りない冒険者としてやって行くつもりだったのに、スタートダッシュで盛大にコケたものである。
しかしここで否定しても不自然さに拍車をかけるだけなので、私は愛想笑いでその評価に甘んじることとする。
早くも設定と食い違いが出てしまった。Bランクに上がって挫折した冒険者って体は、今更保てないだろう。
敗因は魔法に頼りすぎたことか……だってお猿ことエビルエイプとやらは、アーツスキルだけじゃ流石に危険な相手だったし。
でもそこで箍を外し過ぎちゃったのかも知れない。自重が足りなかったのか。
「そうと分かれば、どんどんやり甲斐のある依頼を斡旋しちゃいますよ。ふふ、溜まった厄介な依頼を一気に片付けられそうで大変助かります。何でしたらいっそのこと……」
私が敗因分析などを行っていると、またとんでもないことを言い出すミトラさん。
私は慌てて手をワタワタ動かすと、彼女の目論見に待ったをかけた。
「ま、待ってください! 今回はたまたま上手く行っただけなんで! そもそも私ソロですし、過大評価は本当に困るんで! もっと難度の低い依頼をお願いします!」
一瞬生活費や、この町を離れるための路銀のことが脳裏を過ぎったけれど、変に名が売れてしまうようになれば秘密バレのリスクがそれだけ上がってしまう。
それを鑑みるなら、たとえ慎ましやかな生活を送ることになろうとも、簡単な依頼を細々と安定してこなす、冒険しない冒険者路線で活動するべきだろう。
けれど、私の事情なんて知る由もないミトラさんは。
「ミコトさん、Bランク冒険者は貴重な人材なんですよ。今この町を中心に活動しているBランク冒険者が何名居るかご存知ですか?」
「い、いえ……」
「ミコトさんを含めて、九名です」
「! え、じゃぁAランクの人は……」
「一名いらっしゃいます」
衝撃的だった。
だって、辺境にこそ強いモンスターが出るため、ランクの高い冒険者っていうのも必然、辺境での活動に重きを置く傾向にある、というのは私でも知ってるような常識である。
だというのに、辺境の町と言って差し支えないようなこのリィンベルに、Aランクがたった一人。Bランクでも私を除けば八人しか居ないと。
てっきり、Bはもっと大量に居るものだと思っていた。Aも珍しくはあれど、まさかそんなに数が少ないだなんて……。
いや、もしかするとこのリィンベルに限った話なのかも知れないけどさ。他のところに冒険者が偏ってる可能性もあるにはあるけど。
それにしたって遥かに想像を下回る数字であることは間違いない。
Aどころか特級の知り合いが何人も居るため、そこら辺の常識がバグっていたのだろう。
だとするならば、色々と認識を改める必要がある。
「そ、そんな感じで、この町は大丈夫なの? 半日そこらの距離にBランク相当のモンスターが出るとか」
「……頭の痛い問題ですね」
ダンジョンが育てば、その周辺に存在するモンスターの脅威度も上昇し、最悪の場合村や町の中にモンスターが侵入するようになるのだと言う。そこまで行くと、町の中で普通にモンスターがポップしたりもすると。
これを回避するためには、付近のダンジョンが育ち過ぎぬよう強いものからどんどん潰していく必要があるのだが。
しかし強いダンジョンほど攻略には時間も手間もかかり、当然相応に危険でもある。
ミトラさん曰く、この辺りには育ったダンジョンがチラホラあり、その影響でモンスターの脅威度も上がってしまっているらしいのだ。
そのくせそれに対処できる冒険者は足らず、ダンジョン攻略に回せる人員も居ない。
処理に困る依頼は多く、BランクやAランクの人は今も大忙しで依頼をこなしているらしい。
「ダンジョン攻略のための人員を派遣してくれるよう、本部に要請は送っているのですが、なかなか手が回らないそうで……」
世知辛い話である。
討伐依頼ならばともかく、ダンジョン攻略となれば日数も掛かるものね。勿論危険も伴うし、要請したからって言って助っ人がすぐに駆けつけてくれるわけではないのだろう。
そう言えば以前滞在していたアルカルドですら、結構育ったダンジョンが近くにあったしね。
それでもあの街は、この辺に比べるとフィールドのモンスターも弱かった。
って考えると、この町の近くにはかなり育ったダンジョンが幾つも存在しているんじゃなかろうか。
少なくとも、アルカルドとは比べるべくもないほどに。
これが、辺境の実情。
それで言うと、私たち鏡花水月のダンジョン攻略速度がどれだけ異常で、かつ有益かが分かろうというものだ。
派遣から攻略までを合わせても、数日もあればこなしてしまう私たち。自分で言うのも何だけど、ギルドとしてはきっと、喉から手が出るほどに欲しい戦力だろう。
グラマスであるクマちゃんは、そうと分かった上で便宜を図ってくれた。
それは私が思っていたより、本当はずっと有り難いことだったんだなと、今にして実感する。
「そこで相談なのですが」
不意にミトラさんが真っ直ぐに私の顔を見て、徐にこう持ちかけてきた。
「ミコトさん、ダンジョンに挑む気はありませんか?」
話の流れから、予感はしていたけれど。
さて、なかなか困ったお誘いである。
能力を縛り倒している今の私に、もりもり育ったダンジョンの攻略。
それは果たして、可能なのか。難しい問題だ。っていうかオルカたちに絶対心配かけるだろうし。
とは言え、挑んでみたい気持ちも、挑むべき理由もある。
辺境の切羽詰まった事情を聞かされ、能力を縛っているから、なんて理由でそれを無視するのはやっぱり違う気がする。
それにオルカたちは命懸けの特訓に臨むべく活動しているのだ。私も、私なりに自分を追い込んでも良いんじゃないかと思う。
何より、縛りを設けた今の状態でのダンジョン攻略というのは、是非経験しておきたいところなのだ。
やらない理由とやるべき理由を天秤にかけた時、果たして傾いたのは……。
私は静かに心を決め、ミトラさんの顔を見返した。
そして、言うのである。
「そうですね……無理のない範囲でなら」
「ギャゥ?!」
ゼノワには頭を叩かれたけれど、これも一冒険者の在り方だろう。
恐さはあれど、少しだけワクワクしていた。
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