第五二七話 走って帰る

 道端で死にかけていた、Cランク冒険者のロンド氏を引き連れ、どうにか無事森を抜け出た私たち。

 木に印を刻むっていうのは、地味だけどホントに役立つ小技である。

 ああでも、木こりの人からしたら迷惑な話かも知れないけど。

 おかげさまで無事森を抜けられました。ありがたや。


 さて、病み上がりならぬ死にかけ上がりで、森道を延々と歩かされたロンド氏は、必然大分消耗した様子だけれど。

 しかしながら、このまま彼を連れて町まで戻るというのは、正直私にとって都合がよろしくない。

 何故なら、この人と一緒では十中八九町門が閉まるまでに帰り着かないから。

 それはつまり、野営が必要になるってことで。

 知らない男の人と野営とか、マジで無理である。そもそもが男の人って苦手だし。

 それに夜はおもちゃ屋さんに帰るしね。どうしたって一緒に行動なんて出来ない。

 ってわけなので。


「それじゃ、私はこの辺で。せっかく助けたんだから、野垂れ死んだりしないでね。ばいばい」

「えちょ、待ってくれ! 出来れば町まで同行させてくれないか!? 謝礼も払う!」

「ごめんなさい。無理なので」

「そ、そこを何とか! こんな状態じゃ、野垂れ死ぬなって方が無理だ!」

「そんな元気良く言われてもなぁ」

「う、ぐぉ、急に身体が重く……し、死ぬぅ」

「ガウ……」

「お大事にね。それじゃ」


 付き合いきれない。

 これも一つの選択と決断である。

 戦闘音を聞いて踵を返したことへの悔恨は、命を取り留めさせたことにより払拭した。

 確かにここで放置するのは無責任かも知れないけれど、そもそも私には彼を救うだけの義務もなければ義理も意義もない。

 お礼に期待しているわけでもないし、あんなのでも彼は現役の冒険者だ。多分一人でもなんとかするんじゃないかっていう、そこはかとない予感もある。そんな強かさを感じる。

 なので、私は私の都合を優先させてもらうのである。


 それに。


「おーい! おーい!!」

 遠くから、大きく手を振ってこちらへやってくる三人組の姿が見えた。

 気配探知で一応その存在は事前にキャッチしていたけれど、あの様子だとロンド氏が身を挺して逃したっていうお仲間に違いない。

「! あ、あいつら……!!」


 ロンド氏が彼らの存在に気づき、目を見開く。

 その隙に、私はさっと駆け出した。

「あっ、おい! 待ってくれ! まだ礼が!!」

「お構いなくー」

「ガウガウー」

 引き留めようとする声を受け流し、私は振り返るでもなく草の上を軽快に駆けた。

 成り行きで人助けをしてしまったけれど、無闇に他人と関わるのは正直恐ろしい。いや、コミュ障とかじゃなくて。

 ボロが出て秘密が漏れるのが恐いのである。

 なので、こういう突発イベントは苦手だ。色んな意味で心臓に悪いから。


 彼らの姿が見えなくなるまで走り、小さく息を整える。

 サラステラさんに鍛えられて以来、随分体力が付いた気がする。結構走ったけど、然程の疲労も息切れもないのだ。我ながら大したものだ。

 駆け足から歩行へ移行しながら、ここいらで現在地でも確認しておこうかとマジックバッグから地図と方位磁石を取り出す。

 こういう動作一つとっても、なんか旅してる感じがして小気味良い。

 地図を広げると、ゼノワも頭上から覗き込んでくる。


「ええと、現在地が……んで方角が……」

「ギャウ」

「ああ、そうそう。町はあっちの方だね」


 ゼノワがちんまいお手々で的確に町の方向を指し示してくれる。うちの子は賢いのだ。

 私はゼノワの頭をよしよしと撫で、地図と磁石をリュックへしまった。代わりに水筒を取り出し、軽く喉を潤す。


「しかし思いがけないトラブルで時間を使っちゃったね。道草食ってたら閉門に間に合わないじゃん」

「グル」

「マジか。マラソンかぁ……まぁこれもトレーニングだと思えば」


 スタミナだって冒険者には必要な力だ。それを鍛えるっていうのは、歴とした鍛錬である。

 であれば、道草を食う(モンスターに喧嘩を売る)必要も薄まるだろう。必要な道草というのもおかしな話だけれど。

 鍛錬中毒の私には仕方のないことなんだ。

 ってことで、私は再度駆け足を始めた。

 移動ってホント大変だ。



 ★



 時刻は夕方五時を過ぎ、空は夕の色を湛えている。

 すっかり重たくなった脚を動かし、今ようやっと町門入りを果たした私である。

 汗だくだ。お洗濯のことを考えると、今から気が重たい。疲労で身体も重たいっていうのに。

 一先ず、この後のことを考える。二択だ。

 ギルドへ向かうのか、それとも宿へ戻るのか。

 この町のギルドは普通にお酒も出してるみたいだから、今から向かうのは正直気乗りしない。

 ってことで、ギルドへは明日向かうことにしよう。


 そうと決まれば、さっさと宿に戻って汗を拭こう。身を清めて着替えよう。

 何せ森からここまで、ほぼ走りっぱなしだったものね。途中で休憩を挟むには挟んだけどさ。

 後は、目についたモンスターを辻斬りのように斬り捨てたりとか。ああいや、捨ててはない。ちゃんとドロップアイテムは回収した。そういう意味では野盗のそれに近い……うん。あまり深く考えるのは止めておこう。


 そんなわけで、なかなかどうしてヘビーな一日を過ごした。

 移動時間ばかりは如何ともし難いけれど、それでも今までとはまた異なる経験を積めたんじゃないだろうか。一人旅を企画した甲斐は、既にあったと言えるだろう。

 オルカたちも元気でやっているといいのだけれど……。


 何にせよ、取り敢えずお腹が空いた。昨日から保存食が続いているからね。宿の晩御飯が楽しみである。

 流石に棒のようになるほどヤワではないけれど、疲労の溜まった脚をもう一働きさせ、宿への道を辿る私。

 まだ不慣れなため、道順が少しばかり怪しかったけれど、そこは流石のゼノワである。

 的確に進路を指差し、私をスムーズに宿まで導いてくれた。何なら自室の位置まで案内してくれた。気の利く良い子だ。


 自室に入り、一応一通り安全を確かめた後、装備を脱ぎ捨ててスッポンポンになり。

 清浄化の魔法にて身を清めた後、ただの綺麗な水となった汗をタオルで拭い去る。

 そして、溜まった洗濯物を見て溜息を一つ。

 明日は休みを取って、これをどうにかしなくちゃならない。

 新しい下着を身に着けながら、明日の予定に思いを馳せるのだった。


 その後は食堂で美味しく夕飯を頂いた後、戸締まりをしてからおもちゃ屋さんへ。

 気分は大冒険をしてきた子供である。師匠たちに、今日の出来事をあれこれ語って聞かせていると、本当に童心に帰ったような気持ちになった。

 まぁとは言え、生前も大人って年齢ではなかったけどさ。今もまだギリギリ〇歳だし。


 そうして夜練を終えたなら、後はアルバムを確認して、日記を書いて就寝である。

 アルバムに追加されていた写真には、未だダンジョン内らしい背景は映っていなかった。

 どうやら向こうも、移動に随分と時間と手間を取られているようだ。

 それと比べるなら、私なんてまだ全然楽な部類に入るのだろう。

 何せ、遠出するなら一週間以上を移動に費やすことも珍しくないような世界である。

 それは何も、冒険者に限った話でもなければ、徒歩に限ったことでもない。

 この大陸における人類の生存圏が、大陸全土のおおよそ半分だとしても、それはやっぱり広大なのである。

 飛行機や新幹線は疎か、自動車や自転車すら無いこの世界。移動はそれだけ大変ってわけだ。


「ん? 自転車……それくらいなら私作れるんじゃないの……? しかも電動ならぬ魔動自転車とか……」


 そんな発明案を妄想しながら、その日はすんなり眠りに落ちたのだった。



 ★



 一夜明け、スッキリと目覚める。

 幸い昨日の疲れが尾を引くようなこともなく、平常運転で朝のルーティーンをこなした私は、その途中モチャコに自転車の案を語って聞かせたりしつつ、朝練を終わらせた。

 モチャコは「で、弟子のアイデアを勝手に形にするわけには行かない!」だなんて腕組みをしていたけれど、メチャクチャソワソワしながら、「だから今日は早く帰ってきてよね!」と念押しして来た。

 苦笑しつつ了承した私は、今日も今日とてゼノワとともにリィンベルの宿へと転移したのである。



 食堂にて朝ごはんを頂きながら、今日の予定に思いを馳せる。私の格好を珍しがる周囲の視線にも慣れてきた。

 今日はお洗濯の日。さりとて空は生憎の曇天であり、今にもしょぼしょぼ小雨でも降り出しそうな気配があった。

 天気ばかりは、私の予定など加味してくれないものである。どうするのさお洗濯。部屋干しってやつをやるのか。それって乾くのかな? 不安である。


「でもまぁとりあえずは、ギルドだね」

「ガウ」


 働いた分の報酬を貰うのだ。

 達成報酬に加え、ドロップ品の数々を換金したら一体いくらになるのか……なんだか、ソワソワして落ち着かない気分になった。

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