第五二四話 已むからぬ結果
無事に依頼の内容をこなし、森を抜けるべく駆けていたその途中のこと。
進行方向上に何者かの気配を察知し、直ぐに足を止めた私とゼノワ。
モンスターであれば、鍛錬がてら一戦お相手願うところだけれど、しかし。
「そう言えばこの辺って、確かさっき同業者さんのPTが戦ってた場所だよね? ……なんか、良くない予感がするんだけど」
「ガウガウ」
「まぁ、そうだね。確かめてみれば分かることか」
相手がさっさとどこかに行ってくれるのであれば、私も余計な気を揉まずに済むのである。
ってことで、一先ず気配を探りながら様子を窺ってみたのだけれど。
どうにも、その場に留まって動きそうにない。
或いは、まさかとは思うのだけれど……。
「動けない、のかな……?」
胸騒ぎを覚え、私は警戒しながらも対象へと近づいて、目視で様子を確かめてみることに。
なるべく足音を殺し、気配を隠し、慎重に歩みを進めて木陰からそっと様子を覗き見る。
すると。
「!」
「グゥ」
そこには、血まみれで倒れる男の人が一人。
その様を認めるなり、私は堪らず息を呑んでいた。
背筋には冷たいものを感じ、気分も悪くなる。
怪我人を見たから、とかそういうことじゃない。
彼らが戦っていたのを、私は知っていたんだ。それなのに、関わり合いになるまいと踵を返した。
自らの選択の結果、人が傷ついたのである。
脳裏を過るのは、厄災戦の時の光景。私の選択が、また誰かを傷つけたのか……。
いや、分かってる。それは過剰に抱え込みすぎる、良くない考え方だ。というか、今回の選択に関しては至極妥当なものだった。私のせいで、なんてことは一切ないはずだ。
だけれど、そう分かってはいたとて、気持ちばかりはそう容易く割り切れず。
一瞬頭が真っ白になった私は、気づけば倒れているその人の元へ駆け寄っていた。
気配があったってことは、まだ息があるってことだ。助けられるかも知れない。
幸い回復魔法は縛りの対象外……なんて言ってられる状況じゃない。
それこそ幸いだというのなら、彼の意識が無いことだろう。
全身至る所に打撲や裂傷など、深手をこれでもかと負っており、命の灯は消え入る寸前。
縛りを設けた状態のしょぼい治癒魔法なんかじゃ、到底癒せるような怪我ではなかった。
それこそ、ココロちゃんを緊急招集するべきヤバい状態だ。
が、もし今仲間たちが切羽詰まった状態だったらどうする、という考えが脳裏を掠め、私は自ら治癒を施すことを決めた。
換装にて魔法特化の装備へ切り替え、魔力調律で治癒魔法のスペシャリストへ自らを作り変える。
そして、治癒のマジックアーツスキルを発動。
彼の身体が、みるみるうちに回復を始める。
傷口はうぞうぞと塞がり、青アザは引き、腫れも治まっていく。
この調子ならすぐに……。
ベシっと、頭をゼノワに叩かれた。
「ガウ」
「!」
曰く、完治はまずいと。
確かにそうだ。死を確信するほどの重症を負ったにもかかわらず、目が覚めたら傷一つ無かった。
そんな奇跡を体験しては、彼が何を吹聴するか分かったものじゃない。私にとってはリスクになり得る。
「グル、ガウガ」
「なるほど……私がたまたま持っていた、希少な回復薬で癒やしたってことにすると」
「ガウ」
「だね。そうしよう」
ゼノワの機転により、私は彼の治療を途中で止めた。
私の持っていた、とても貴重な回復薬の力をもってしても、完治には至らなかったってことにするのだ。
とは言え、頑張れば町まで歩いて帰れる程度には回復してる……と思う。
いや、どうかな。もしかして護衛して帰る必要がある? それは困るなぁ。
「ギャウ」
「ん?」
と、そこで不意にゼノワが何かを見つけたらしい。
彼女の指す方を見てみれば、地面に転がったドロップアイテムと思しき物が一体分。
「ふむ、状況から見て、この人はモンスターと刺し違えたってことかな……っていうか、待って。そう言えば仲間の人は居ないの……?」
そうだ。さっき私は気配を察知して、冒険者PTがモンスターと戦闘を行っているものと分析したはず。
私の気配探知が正しければ、彼には仲間が居ると思うのだけれど。
或いはこの人が、さっき探知に引っ掛かったのとは関係のない、また別の冒険者って可能性もあるけど。
しかしそうじゃないとしたら。
彼の仲間たちも、彼と同様窮地に陥っていたのだとしたら……。
「……ゼノワ、ごめん。少しこの人のこと見ててくれない? 私はちょっと、向こうの様子を見てくるから」
そう言って私が視線で指したのは、先程戦闘の気配を感じた、この男の人が仲間たちとともに戦っていたと思しき場所である。
ゼノワはそれをすんなり理解し、少しばかり渋い顔をしたけれど、「ガウ」と頷いてくれたのだった。
「ありがと。すぐ戻るから」
言うなり駆け出す私。
もしもまだ彼の仲間が生きているとするなら、少なくとも戦闘が出来るような状態でないことは確かだろう。
或いは彼が殿を務め、仲間たちを逃したって線も考えられるけど。そうであったなら幸いなのだけれど。
しかしそうでなかったとしたら、最悪だ。
直接私が何かをしたってわけじゃない。それは分かっている。
けれどどうしてだか、どうにも自分が彼らを見殺しにしたような気持ちになって、酷く心がざわつくんだ。
もしこの先で、彼の仲間たちの亡骸でも目の当たりにしようものなら、私はますます心に痛みを覚えることだろう。
私があの時、好奇心に蓋をすること無く彼らの戦闘を覗きに行っていたなら、もしかするとこんな事態は避けられたかも知れない。
いや、それは思い上がりだろうか。
彼らの実力が如何なものかは知らないけれど、こんな辺境の森にまでやってくる冒険者PTが、必死で戦い破れた相手である。
仮に私一人が参戦したとしても、何も変わらなかったかも知れない。焼け石に水ってやつだ。
しかしだとしても、今のような気持ちには決してならなかったはずだ。
自己満足だろうと、偽善だろうと、後悔するよりはずっとマシなんだ。きっと。
波だった心のまま駆けること少し。
魔法装備を解除していないため、縛り状態の時よりも身体能力が遥かに高い。魔法装備なのに。
大きいのはやはり、綻びの腕輪の存在だろう。今やすっかり育った腕輪は、それ一つで全ステータスをガツンと上昇させてくれるまでになった。
今の私なら、もし凶暴なモンスターが現場に待ち構えていたとて、対処は可能なはずである。
向かう先には、何かの気配。感覚的に、モンスターであると判断。ツツガナシを握る手に力が入る。
脳裏には否応なく、あの人の仲間たちの亡骸が食い散らかされている、地獄絵図が如き様が過ぎって気分が悪くなる。
頼むから現実であってくれるなと祈りながら、私は勢いよく木々の隙間を潜り抜け、幾らか開けた空間へと踏み込んだ。
普段ならまずやらない、考えなしの突撃である。
すると果たして、そこには二体のモンスターが居り。
何れもが、黒に近い深緑色の体毛を湛えた、狼型のそれだった。
身体は大型犬よりもなお大きく、人を軽々と背に乗せられるくらい。なかなかの迫力だ。
私の姿を認めるなり、眉間にシワを寄せて威嚇してくる。
ので、お返しにこちらも威嚇する。
「やんのかこらぁ!」
魔力を体中に漲らせ、身体強化魔法でバキバキにステータスを盛る。無駄に後光も輝かせる。威嚇の仕方なんて知らないからね、仕方ない。
するとこんなのでも一応効果はあったらしく、ビクリと小さく跳ね、静かに後ずさる狼たち。
私は奴らへの警戒を怠ること無く、そっと周囲の様子を確かめた。
戦闘の痕跡は分かりやすく残っており、深く抉れた木や荒れた地面、魔力感知には魔法が使用された痕跡すら感じ取れる。
けれど。
「……仲間の人たちは……居ない!」
一瞬、既にあの狼たちに平らげられてしまったんじゃないか、なんておっかない想像が過ぎったけれど、それならもっと血痕がガッツリ残っているはずである。
それが無いってことは、多分あれだ。あの人が殿を務めたパターンが正解だったってことなんだろう。
私は状況も弁えず、胸を撫で下ろし深い溜め息をついた。
それほどまでに安堵したのである。
すると、パチリと狼たちと目が合ってしまった。
どうやら向こうは、襲いかかるか逃げ出すか、どうやってそれを成すかと考えているらしい。
と言うかそれ以前に、足が竦んで動けないのか。
状況から見るに、奴らはもしかすると戦闘音や血の匂いでも嗅ぎつけてやって来た、野次馬組なのかも知れない。或いはハイエナか。いや狼だけども。
ってことは必然、もし私が現れなければ、奴らは血の匂いを辿って行ってあの人を襲ったに違いない。
しかしせっかく助けたんだ、それを許すわけには行くまい。
「ここは通せないよ。退くならよし、さもなくば私が相手になる」
言葉が通じるかは分からない。
けれど、ツツガナシを構えて敵意を発して見せれば、おおよその意図は伝わるだろう。
ああでも、本当に戦闘になるとしたら、この装備に頼るわけには行かない。
人命救助の大義名分が失われたからには、フェアにやる必要がある。二対一がフェアかは、状況が状況なので目をつぶるとして。
どうにか、しっぽを丸めて逃げ去ってほしいというのが本音だ。
奇襲のアドバンテージもステータスの優位も捨てて、危険な戦闘をしなくちゃならなくなる。流石に避けたいところだ。
だからここは、どうにかして穏便に済ませたい。
「ふしゃーっ! 私に勝てると思ってんのかー! がおー!」
精一杯威嚇する。後光増し増しだ。これで帰ってくださいという願いを込めて、脅しまくった。
さて、狼たちの反応や如何に!
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