第五二三話 トロル討伐
茶緑猿の脅威を退け、本命であるトロル探しを開始してから、あれよあれよと二時間が経過した。
途中気配探知に引っかかったモンスターには、鍛錬がてら適度にエンカウントを仕掛けつつ、ひたすら森を徘徊したのだけれど。
しかしながら未だ、トロルと思しきモンスターには遭遇できないままで居た。
やがてお昼時ということもあり、お腹の空き始める頃合いだ。
っていうか、お昼までにトロルを討伐できなければ、町に戻るのは明日になってしまうだろう。
困ったなぁ……。
「こんなに討伐対象を見つけるのが大変だなんて。他の冒険者たちはどうしてるんだろう? っていうか、こういう時オルカが居てくれたら……」
「ギャウ」
「もっと頭を使えって? そうは言われてもなぁ」
私だって、そこまでバカってわけじゃない。
これでもトロルを見つけるために良い方法はないかと、さっきからあれこれ思考を巡らせてはいるんだ。……まだ何も思いつかないけど。
一先ずトロルの残した痕跡なんかを頑張って探してみたりはしているのだけれど、如何せんごちゃごちゃした森の中でそれを見つけるには、結構な慣れと経験が必要で。
残念ながら私には、まだちょっとばかり難しいみたいだ。
仕方がないので、虱潰しにこうして歩き回っているわけだけれど、なかなかどうして成果は未だ上がらぬままである。
マップスキルが如何に便利かを、ここでもまた強烈に思い知らされてしまった。
同時に、自身の未熟さもよく分かる。マップを封じた途端、ここまで苦戦を強いられるのだもの。普段どれだけマップに頼りきりだったかが知れようというものだ。
「トロルは二足歩行の、一応人型だしね。足跡くらい分かりやすそうなものだけどなぁ」
なんてぼやきながら歩いていると、不意に気配探知に反応があり。
すわモンスターかと警戒したところ、どうやらそうではないみたいで。
「お? 何か戦ってるっぽい……? もしかして同業者かな?」
「グア」
そりゃ考えてみたら、町の外で冒険者に出会うことだって偶にはあるだろう。
鏡花水月の活動中にだって、時々は別PTなんかに遭遇することもあったしね。
しかし、のこのこと近寄って行っては余計なトラブルの原因にもなりかねない。
それこそ、モンスターと勘違いされて襲いかかられては堪ったものじゃないし。
ここは関わらず、別方向へ向かうのがベターのはず。
「でも、ちょっと興味あるなぁ。普通の冒険者さんがどんな戦闘を行ってるのか。遠視や透視があればここからでも見えたんだけどなぁ」
生憎と遠視も透視も封印中である。
透視はともかく、遠視くらいなら別に封印しなくても良かったんじゃないかと、今にして思うが後の祭りだ。
まぁ遠視だけじゃ、木々が邪魔でどの道見えないんだけどね。
何にしても、好奇心は猫をも殺すって言うし、ここはおとなしく回れ右だ。
冒険者は選択する生き物だ。
ここでひょいひょいと好奇心のままに観戦しに行くのも一つの選択であり、こうして踵を返すのもまた、一つの選択。
結果として、早くトロルと出会えたら良いのだけど。さてどうなるかなぁ。
それから更に三〇分ほどが経過。
すっかり森の奥まで入り込んでしまった私。
念の為木には印を刻みながら歩いてきた。帰り道は問題なく分かるはずなのだけれど、こんなにも見つからないものか。
ターゲットとは異なるモンスターのドロップアイテムばかりがマジックバッグに詰め込まれていく。
流石に体力的にも消耗してきたし、そろそろお昼にしたい頃合いだ。お腹空いたでござる。
なんてお腹を擦っていると、またも気配探知に反応があり。
今度はどうやら大物のようだ。体躯の大きな何かがこの先に居るらしい。
「これは、当たりかな……?」
「ガウ!」
素早くコンディションチェックを行う。
体力はまだ大丈夫。HPもMPも減ってない。
お腹は空いてるけど、力が出ないってほどじゃないし、行けるはずだ。
「やぁ、緊張するなぁ。普段は持ってる逃走用のスキルが使えないっていうのは、ノーコンティニュー縛りみたいなものだもの。改めて、気を引き締めて臨もう」
「ガウガウ」
「そうだね、先ずは気配の正体が本当にトロルかを確かめなくちゃね」
オルカじゃないんだし、森の中で足音を消すだなんていうのは、私にはちょっと不可能な技術だ。
けれど努めて静かに、気取られぬように気配の方へと近づいていく私とゼノワ。
ゼノワはまぁ、放っておいても見つかったりはしないだろうけど、それでもキリッとした表情で忍ぶ姿は、彼女自身の真剣さに反してやたら可愛らしく見えた。うっかりほっこりしてしまいそうになる。
私の頭から離れ、木陰に身を潜めるゼノワ。
こちらの思考を読んだのだろう。視線で抗議してくる。
私は仮面の下で苦笑を浮かべると、彼女と同じく木陰に身を隠してこっそりと森の奥を窺った。
見えた。
その姿から察するに、恐らくトロルである。
ミトラさんお手製の資料にあったイラストと見比べてみても、確かに似てるので間違いないはずだ。
ずんぐりむっくりとした体型。大きな体躯。手には太くて雑な手作りと思しき棍棒を持ってる。
あの棍棒、自分で作ったのかな? あの見た目でモノ作りを行うとか、なかなかどうして良いギャップをお持ちじゃないか。
肌は暗い緑色。苔のような体毛が生えていて、森に溶け込んでいる。
資料によると、地魔法や植物魔法を使うらしい。勿論フィジカルも脅威だ。
本領を発揮される前に、奇襲で一気に仕留めたいものである。
でも十中八九HP多いよね。
先制攻撃で仕留めきれると良いんだけど……まぁ、やるだけやってみよう。
私はゼノワに一つ頷くと、いよいよ行動を開始した。
強敵相手には魔法を惜しまない。もとより、スキルレベルが高いおかげで、コスパは頗る良いからね。
奴の後頭部めがけて放ったアクアボムは、見事直撃と同時に指向性のある爆発を起こし。
今回は爆ぜる方向を極力一点に絞ったせいで、ショットガンのようなえげつない威力を発揮したようだけれど、流石にその程度でどうにかなる様な手合でもない。
衝撃から勢い良く前のめりに倒れ、更に勢い余って雑に回転しながらバウンドまでしたトロル。
その様子をぼーっと眺めるでもなく、私は既に駆け出していた。
繰り出したるは、アーツスキルによる高速移動に加え、強烈な踏み込みより繰り出す疾風が如き斬撃。
刃には水魔法を纏わせ、切れ味の上乗せまでしてある贅沢仕様だ。
バウンドした奴の下を、身を低くして潜り抜ける。
その刹那、トロルの顔がよく見えた。
グリンと眼球を裏返し、白目を剥いて気絶した奴の顔が。
私はそんな顔面の真ん中へ、剣身を思い切り叩き込んだのである。
包丁で硬い野菜でも斬ったような重たい手応え。
さりとて、刃は通り。
残心する私の背後では、頭を両断されたトロルがドシンと腐葉土の上に落ち、そのまま黒い塵となって消滅したのだった。
「え……倒した?」
「グワ」
モンスターと言えど、頭を失えば生きてはいられないものが殆どだ。
どうやらこのトロルも、例外ではなかったらしい。
地面にはドロップアイテムが落ちており、あとはこれをギルドへ納品すれば依頼達成となる。
それはまぁ、喜ばしいことなのだけれど。
「これが、普通の冒険者の戦い方……?」
「ガウガウ」
「だよね。ズルとかはしてないはずだし……いや、でもなぁ……やっぱりスキルレベルが高すぎるのかな?」
使用した水魔法について、少し思い返してみる。
お猿の頭を貫いたのもそうだけど、今のトロルも初手で気絶してた。
現在のステータス値からすると、流石にあり得ない威力なんじゃないだろうか。
しかし実際それだけの威力が出たのは事実である。ってことは、それを可能にした要因はスキルレベルの高さに他ならないだろう。
地道な努力の成果だ、と言えばまぁそのとおりなんだけど、これって良いのかな……?
「ギャウ」
「まぁ、そっか。Bランクだもんね。これくらい普通のことだよね、うん」
だとすると、モンスターの脅威度判定ってちょっと大げさなんじゃないかって思う。
今のトロルなんて、私だったらもっと弱いモンスターだって判定するけどなぁ。Cくらいが妥当なんじゃないかな?
いや、でも初手が上手く決まったからあっさり勝てただけで、本当はもっと厄介なのかも。
そう考えると、私の戦い方に問題がある? 普通じゃないってこと?
だとすると、まさかの『奇襲禁止しばり』まであり得るのか。流石にそれは困るな。
「グル」
「おっと、そうだね。用事も済んだし、それじゃさっさと帰ろうか。急がないと町門が閉まっちゃうよ」
私はトロルのドロップアイテムを拾い、念の為他のアイテムと混同せぬよう布袋に入れてから、マジックバッグへとしまい込んだ。
そうしたら急ぎ来た道を引き返す。
道すがら木の幹に刻んでおいた印を辿りながら、木々の間を駆け抜けていく。
慎重に進んだ先程までと違い、一度歩いた道なら勝手も分かろうというもの。スイスイサクサクと森の中を駆けるのは、なかなかどうして爽快である。
そのようにして、暫く走り続けていると。
不意に気配探知のスキルが何者かの反応を捉え、足を止める私。
「……進行方向に何か居るみたい」
「グァ」
なんだか、少し嫌な予感がした。
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