第五二二話 一網打尽!

 おもちゃ屋さんに帰り、師匠たちに今日の報告なんかを済ませ、魔道具づくりの修業を終える私。

 自室にてアルバムを眺め、日記を書き、就寝する。

 不思議なもので、町の中であれこれ気をもんだ昨日と違い、フィールドに出ての冒険者活動は昨日ほど気苦労を覚えはしなかった。

 まぁ、鍛錬できずに気が気じゃなかったのは仕方のないことなのだけれど。

 何せ、コミコトのMPは私本体と共有だからね。


 実はコミコトの活動に支障をきたさぬよう、MPだけは結構多く確保できるように装備を調整してある。

 けど、私の使用できる分のMPとコミコトが使用できるMPは、きっちり値を分けて設定してある上に裏技も使えないため、コミコト頼みのスキル鍛錬も内容が限られており。

 思う存分スキルトレーニングを積めない私には、慢性的なストレスが蓄積するわけである。


 しかし、これも謂うなれば『普通』を知るということに他ならない。

 普通の冒険者は、鍛錬をしようにも存外ままならないものなのだ。

 体力もMPも温存しなくちゃならないから、冒険者活動中は温存が基本になる。

 休みを取ったら取ったで、疲労を溜め込むようなことは出来ないし。

 そう考えると、強くなるための努力というのは、なかなかどうして難しいことなのかも知れない。

 出来ることと言えばやはり、今日の私がそうだったように、実戦を繰り返すことなんだろう。


 ならば明日も、たくさん実戦を重ねなくては。

 鍛錬を……鍛錬をしなくてはならないんだ。



 ★



 一夜明け。

 朝のルーティーンをこなした後に、テントまで戻ってきた私とゼノワ。

 一先ずテントの様子を確認してみて、荒らされていないことに安堵する。


「本来なら見張り問題に頭を悩ませていたはずだからね。こういうところはまだまだイージーモードってわけだ」

「グル」

「分かってるよ。ちゃんと帰らないと師匠たちが大騒ぎするもんね」


 まぁ実際、もし私がテントで寝ようものなら、寝てる間にヨルミコトが何をしでかすか分かったもんじゃないからね。

 万一モンスターや野盗なんかの接近を感知しようものなら、きっと縛りなんて無視して大暴れするに違いない。

 っていうかおもちゃ屋さんでも、寝てる間は縛り無視で鍛錬してるんだと思う。起きたら妙に身体どころか心も軽くなってるから。

 きっと思い切りハッチャケているんだろう。羨ましい限りである。


 それはそうと、一先ず朝食だ。

 マジックバッグから保存食を取り出し、モソモソと口に詰め込んでいく。

 簡単な料理でもしようかと思いはするものの、昨日は茶緑の猿をざわつかせてしまったからね。

 火を起こして煙でこちらの位置を知らせるのは嫌だった。

 ので、未調理で我慢だ。栄養バランスとか偏りそうだし、正直食中毒も恐い。

 まぁ食中毒対策として、魔法で一応事前解毒は行っているわけだけれど、こういう食生活は長引かせたくないものである。


 そうして食事が終わったなら、さっさとテントや諸々を片付けてから、今日の活動を始める。

 時刻は午前九時。

 今日の目標は、トロル討伐を終えて町へ戻ることだけれど、無理はするまい。


 取り敢えず最初に確認するべきは、茶緑猿の様子だ。

 某四角いクラフトゲームの地獄豚よろしく、ブヒブヒ寄ってたかられては大事だからね。

 落ち着いてくれていたら良いのだけれど、どうだろうか?

 遠目に眺め、気配探知も発動してみる。

 観察してみた限り、静かなものだ。怒りは治まった感じだろうか?


「ギュゥ」

「いやいや、私は知ってるんだ。こういう時って、大体がお猿は根に持ってて、私がいざトロル戦に突入したら死角から不意を突いて襲い掛かってくるんだよ。か、囲まれてる! いつの間に?! ってやつ」

「ガァ……」

「考えすぎだって? 私は常に最悪を想定しているのだよ。だから、そうならないように立ち回らないと」


 お約束を踏み潰す女。それが私なのだ!

 するとゼノワがガウガウと、ならば具体的にどうするのかと問うてくる。

 私は少し逡巡し、シンプルに返答した。


「本当に猿が根に持ってるようなら、徹底抗戦だよ。不意を突かれるより正面からのほうがやりやすいからね」

「ガウ」

「勝算? 確かにお猿の風魔法は厄介だったね。見えない風の弾丸、集団で一気に打ち込まれたんじゃ、流石にヤバいもんね……どうしようかなぁ」

「ギャウ」

「確かに、相手の手札がそれだけとも限らないか。手札を切らせる前に仕留めるのが基本なんだけど、うーん」


 やれることの少ない今の私に、果たしてどれだけ居るとも分からない茶緑のお猿軍団を殲滅できるのか。

 分が悪いのは間違いない。MPもあまり使えないし、どうしたら良いのだろう……。


「いや、待てよ。MP消費を控えなくちゃならないのは、回復に時間が掛かるからなんだよね。だったら、今のうちに……うん、試してみるか」

「クゥ?」


 不思議そうに首を傾げるゼノワを頭に乗せ、私は早速岩陰より、森に茂る木々の上へ向けて水球を大量に撃ち出した。

 目的は、水をばら撒くこと。水魔法の消費MPを後で軽減するための布石だ。

 森の広い範囲をカバーするべく、雨あられのように爆ぜた水球の水飛沫が飛び散って降り注ぐ。

 しこたま撃ちまくって、いよいよ私が使っていい分のMPが底をつきそうになったなら、岩陰で一休み。マジックバッグからMP回復薬を取り出しグビグビとグビる。

 普段なら裏技で、ほんの一口ちょびっと飲む程度のそれを、グビグビだ。何だか悪いことをしてる気分になっちゃうな。

 子供は一回一錠って言われてるお薬を、親のマネをして三錠飲んだみたいな。私って大人~。


 気配を探ってみれば、森の中では案の定ざわつきが起こっており、さりとて所詮はただの水。

 わざわざ森から出てきてここまで襲いに掛かってくるモンスターはいなかった。

 それを確かめながら、MPの回復を済ませる私。

 再びバカスカ水球を撃って、人工的な雨を降らせる。

 そしてまた回復。


 そんなことを数度繰り返し、いい具合に地面が水気を帯びた頃合いに、私はいよいよ行動を開始した。お手洗いは済ませてあるので、回復薬によるちゃぽ腹は大丈夫。

 水球はかなりの飛距離が出ており、狙い通り森の結構な範囲を水浸しにすることが出来た。

 本当なら雨が降ってくれると最高だったんだけどね、あいにくと今日も良い天気である。

 地面が乾かない内にサクッと作戦を実行せねば。


 慎重に気配を探りながら、森へと足を踏み入れていく。念のため、探知範囲は昨日お猿を倒したときより更に広げてある。私の探知範囲を計算に入れて、より遠くから様子見をしているやつも一網打尽にしたいから。

 すると案の定、こちらの隙を伺うように木陰や茂みに身を潜める何者かの気配があっちこっちにワラワラと。

 しかし敢えて油断してるふりをしてみても、襲い掛かってくる様子はない。

 恐らくだけど、私が何かしらのモンスターと戦闘を始めるのを待っているんだ。

 ふふふ、そうは行かんのだよ!


「普通のBランク冒険者でも、きっとこのくらいは出来るよね?」


 言いながら、私は魔法を行使する。

 地に染みた水は音もなく、身を潜ませる者たちの背後で塊を作り、かと思えば弾丸が如く飛び出し、彼らの頭を一斉に貫いた。

 そこかしこで静かに黒い塵が、ふわりと舞い散る。


「よし、全弾命中……だね。うん」

「ガウ……」

「え? いやいや、出来るよこのくらい。普通だよ」

「…………」


 ゼノワが何か言いたげにしているけれど、言いがかりは止してほしいものである。

 私は『普通』の範疇で頑張ってるんだから。

 そんなことより、面倒なのはドロップアイテムの回収だ。

 自動回収があれば楽なのに、今はわざわざ歩き回って、一個一個マジックバッグに入れていかなくちゃならない。面倒くさいったら無い。


「取り敢えず、他のモンスターに遭遇しないよう注意しながら回収作業だね。ついでにトロル探しも進めよう」

「ギュワ」


 気配探知を解くこと無く、気配探知を過信することもなく、私は慎重にお猿たちのドロップアイテムを拾って回った。

 途中近くにモンスターの気配を検知すれば、即座に水弾で頭部を射抜く。お猿であれば一撃でヘッドショットを取れるし、別のモンスターでも大きなダメージは与えられる。

 怯んだ所に追撃を畳み掛け、一気に仕留める。

 本当なら鍛錬のために、もっと正面からやりたかったのだけれど。しかし無用な危険は避けるべきとも思う。

 回収作業が終わるまでは、申し訳ないけどこの調子でやらせてもらう。

 なる早で終わらせるから、今は私に近づかないでね!


 なんて調子で、索敵に掛かるモンスターを退けながら三〇分ほど掛けてドロップアイテム拾いを終えた私。お陰でマジックバッグの残り容量も結構厳しい。

 一仕事終えて、ふと思う。

 そう言えばお猿の頭って、存外柔らかかったなと。確かに貫通力が高いとは言え、水の弾丸が突き抜けるほどなのだ。きっとお猿は脅威度ランクの低いモンスターだったのだろう。


「魔石も素材アイテムも結構拾ったけど、大したお金にはならなそうだね。まぁ、メインはあくまでトロルだし、別に構わないけどさ」

「ガウ」


 斯くしてお猿の脅威を退けた私は、マジックバッグを背負い直し、改めて森の探索を開始したのだった。

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