第四三〇話 仮面の下
骨董品店の店先にて、思いがけない出会いを果たした私たち……というか、オルカとその姉さま。
しかしお店の入口前で騒いでしまったのがまずかった。
骨董品店の店主さんに怒鳴りつけられ、私たちは脱兎の如く逃走。
成り行きから、何となく一緒になって通りまで出ると、しかしはいそこでサヨナラというわけにもいかず。
オルカの腕にガッツリしがみつき、何が何でも離れませんわと殺気立っている姉さまの圧に負け、どうしたものかと私たちが困惑していると。
「ここからちょっと別行動したい。私は姉さまと少し話してから戻る」
と、やや気まずそうにオルカがそう言った。
込み入った話もありそうだし、私たちに異存はないのだけれど。
さりとてそこに口を挟んだのは、何と当の姉さまだった。
「ダメですわいけませんわ! リコ……オルカがお世話になっている方々にご挨拶の一つもせぬままとあっては、わたくし今晩安眠できそうにありませんもの! さぁさ立ち話もなんですし、一先ず落ち着いてお話のできる喫茶店にでも入りましょう!」
などと言うだけ言った彼女は、半ば強引にオルカの腕を引いてズンドコ歩き出してしまった。
「さぁこちらですわ! わたくしについていらしてー!」
なんて声がどんどん雑踏に紛れていく。
お付きの人らしいロングコートのお姉さんは、なんだかげんなりした顔で溜息をつくと、私たちへ向けてヘコっと一礼。
「申し訳ありませんが、皆様。よろしければ少々お時間頂けますでしょうか」
と、お伺いを立ててくれる。のだけれど、心眼にはひしひしとこちらを訝しむ感情が読み取れており、私はこそっとクラウの影に隠れた。
すると早速念話による、緊急会議が開催され。
『さて、どうする?』
『ごめんみんな。出来れば付き合って……姉さましつこいから』
『明らかに貴族の方ですよね? ミコトさんだけでも離脱させるべきでしょうか』
『賛成です。ミコト様と貴族の方は可能な限り遠ざけるべきです!』
『それで大丈夫ならそうするけど……』
『難しいかも……むしろ逆に目をつけられかねない』
『そっかぁ……仕方ない。なら臨時で誰かPTリーダー名乗ってもらっていい?』
『ふむ。それなら私かオルカだろうか』
『任せる』
『相わかった』
念話会議終了。この間一秒にも満たず!
早速クラウがお姉さんへ向けて了承の返事をすれば、「ありがとうございます。それではお嬢様を見失わぬ内に参りましょう」と、彼女に先導される形で再移動が始まったのだった。
はぁ。面倒なことにならなきゃいいんだけど……。
★
自信満々にズンドコと進んだ姉さまは、見事なまでに迷子になり。いつまで経っても喫茶店を見つけることは出来なかった。っていうか幾つか素通りした。
見かねたお姉さんの然りげ無い誘導により、さも自分で見つけたのだと信じて疑わない姉さまは、「まったく、手こずらせてくれますわね……!」と、激戦でも制したかのようなセリフをそれらしくつぶやいた後、先頭を切って喫茶店の扉を開いたのである。
カランコロンと耳障りの良いドアベルが鳴り、雰囲気のいい店内へぞろぞろ入っていく私たち。
幸い席は十分に空いていたため、六人がけのテーブル席を確保。
早速椅子に腰掛けた姉さまは、尚もオルカの腕を抱きかかえて放さない。ので、必然的に隣の席へ座ることになるオルカ。
オルカは些か表情筋を強張らせつつ、姉さまの左隣へ着席した。
テーブルを挟んで向かいに腰掛けるのは、奥からソフィアさん、クラウ、ココロちゃん。
そしてあぶれる私……。
仕方がないのでカウンター席に腰を下ろした。ちょっと寂しい。
マスターがスッとメニューを差し出してくれたので、私はちゃっちゃか注文を決めて聞き耳に勤しむことに。
すると早速姉さまが口を開いた。
「それでは皆様、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ。わたくしの名はフロージア・ライト・ゼアロゴス。ゼアロゴス家の三女ですの」
「「「ゼ……!?」」」
「?」
あ、はいはい。いつものやつだ。私だけ知らない異世界有名人。
ってことは、姉さまことフロージアさんとやらは有名なゼアロゴス家とやらのお嬢様だった、てことかな?
……あれ? なら、そんな彼女を姉さまと呼ぶオルカも、ひょっとして……?
なんか嫌な予感がする。オルカに関わる情報なら知っておきたいところだけど、フロージアさんが貴族、それも有名な貴族の人だって言うんなら、考えなしに関わるのはよろしくない。
話ならオルカから直接聞けば良いのだし。
取り敢えず今はそこはかとなく気配を消して、余計なリアクションはせずにいよう。
「そしてこっちが」
「フロージア様の従者兼護衛を務めさせて頂いております、ネルジュです」
「ですわ!」
ロングコートのお姉さんはネルジュさんか。なるほど、道理でいちいち所作に隙がないと思った。やんごとなきお方の護衛ともなれば、さぞ腕が立つことだろう。
ただでさえなんだか警戒されているみたいだし、変なボロを出さないようにしなくては。
そっと背景に溶け込む私を他所に、彼女らのテーブルでは「なんと! 彼の有名なー!」みたいなくだりが一頻り行われ。
そうしたら必然、名乗り返す必要があるわけで。
どうしよう、偽名とか使ったほうがいいかな? なんて私が一人ソワソワしている内に、早速クラウが口を開いた。
「では我々も名乗らせていただこう。私はクラウ。オルカと同じ、冒険者PT『鏡花水月』に席を置く者だ。いかんせん礼儀作法には疎いものでな、その辺りどうか容赦いただけると有り難い」
「ぼ……?!」
「む?」
「ぼぼっ」
? ガタッと、フロージアさんが勢いよく席を立ち、何やら「ぼ、ぼぼっ」と謎のつぶやきを繰り返している。
かと思えば、バンとテーブルを叩き。
「冒険者ですの?!」
と、絶叫したではないか。
ネルジュさんが頭を抱えて、疲れたようなため息を零している。
対象的にフロージアさんは、目をキラッキラに輝かせ、凄まじい食いつきぶりを見せた。
「え? え? ということはなんですの?! オルカは彼女『女騎士クラウ』様と、その、パ、パパ、PTを組んで冒険していますの?!」
「……まぁ、そう」
「キャーーーー!! 羨ましいですわ! 羨ましいですわ!!」
「お嬢様。お店の迷惑になりますので……」
お嬢様大興奮。心眼でもそのボルテージの程はよく見えており、彼女のブチ上がりっぷりには私も驚かされてしまった。
っていうかクラウって名前だけで『女騎士』って二つ名がポンと出てくる辺り、この人、相当冒険者の情報に明るいのでは。
「それじゃぁもしかしてもしかして、そちらの方々も?!」
「ええ、仰るとおりです。私はソフィア。鏡花水月で後衛を担当しています」
「同じく鏡花水月のココロです。治癒魔法が得意ですっ」
「ふぅぉおおおおおおおお!! まさか『閃断のソフィア』様に『野良シスターのココロ』様ですの?!」
「お嬢様……」
フロージア様大興奮である。
ってかどんだけ冒険者に憧れがあるんだこの人……。まぁ、傍目に見ている分には限界オタクみたいで面白いし、好感が持てるんだけど。
さりとて。
「それで! それでそちらの方は?! そちらの仮面のお方も『鏡花水月』様の一員ですの?!」
「あ、はい。まぁ。……ミコトです」
「まぁ! 聞き覚えがありませんわ!! でもなんて綺麗なお声!!」
そっか、私のことは知らないか。別にいいですけどね! てか怖い怖い! ネルジュさんを押しのけて、フロージアさんがこっちまでズカズカ寄ってきた!
彼女の迫力に、カウンター向こうのマスターもドン引きである。
まったくの無遠慮に距離を詰めてきたフロージアさんは、勢いそのままに私の仮面へ手を伸ばし。あろうことか、アイアンクローさながらにグワシと掴んだではないか。
「?!」
「気になりますわ! ミコトさん、一体どんなお顔をなさっているのかしら! 是非とも拝見してみたいですわ!!」
そう言って、私の返事を聞くでもなく引っ剥がしに掛かるフロージアさん。ってマジかこの人!
抵抗しようにも、やんごとなき人にちょっとでも危害を加えようものなら、それはもう大変なことになってしまう。ネルジュさんも睨んでる。目で、抵抗するんじゃねーぞって脅してきてる!
そうして。
存外あっけなく、私の仮面はフロージアさんの手により外されてしまったのだった。
が、そう簡単に私が素顔を晒すと思ったら大間違いだ!
「あら? あらら?? 仮面の下に、また仮面ですの……?!」
「さ、さっき別の骨董品店で購入した、由緒ある品らしいです……」
換装のスキルで素早く装着したわけなんだけど、さっき買った品であると言っておけば、手品か何かで素早く着けたんだって誤魔化せるはず。
でも次がない! 最悪の場合、ストレージの存在に勘付かれかねない!
私は慌てに慌て、上ずった声で必死に話題を逸しに掛かった。
「とと、ところでフロージアさんたちも、骨董品を探してたんですか……?」
「! そうでしたわ!」
私にあっさり仮面を返した彼女は、パタパタと自分の席へ戻っていく。
そうして実に気ままなことに、ころりと話題を転換したのである。
「実はわたくし、とあるスキルオーブを求めてこの街へやって来たんですの!」
どうしよう。あのサラステラさんですら、流石にここまでマイペースじゃないぞ……。
私たちは彼女に主導権を握られたまま、その探しものについて聞かされたのだった。
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