第四二九話 奇遇
主目的を観光、副目的にオーパーツ探しを据え、エルドナ散策を行っている私たち。
手分けをするでもなく、五人でぞろぞろと街を練り歩き続けること数時間。
時刻は既に午後三時を回っており、まばゆい晴天にも疲れの色が見えてくる頃合いである。
まどろみのようにボヤけた淡い日差しの差す中、私は妙に疲れてしまっており、足取りもずんと重く感じていた。
ココロちゃんが心配し声を掛けてくれる。
「ミコト様、大丈夫ですか? なんでしたら背負いますよ?」
「流石にそれは恥ずかしいかな……」
やんわりと申し出を断りつつ、苦笑を返す私。
そんな私を見て、冷静に分析を口に出すのはクラウだ。
「やはり心眼疲れだろうな。これだけ人が多いと、ミコトには辛いだろう」
「オフにしてていいのに。私がついてるんだから」
「それも鍛錬の一環、ということでしょうか? 確かに人の多い場所のほうが心眼の鍛錬に向いているというのは間違いなさそうですしね」
図星である。
仮面の下で目を泳がせていると、案の定バレた。
「ミコト様、何のための休暇ですか。ご無理をなさってはダメなのですよ!」
「う。いや、でも、一応警戒の意味もあるし……」
「そのための私」
「ぁう」
ココロちゃんに叱られ、オルカに呆れられ、挙げ句ゼノワも頭をベシベシ叩いてくる。
だって、しんどければしんどいだけ「うぉ、効いてる効いてる! 私のスキル筋が喜んでいるぞぉ!」ってなるじゃん。そしたらもっと鍛えたくなるじゃん。
しかしこれが、なかなか共感してもらえないのだよなぁ……。
「ごめんなさい……」
私が一人しゅんとしていると、そんな沈んだ空気を変えるべくクラウが違う話題を口にした。
「それにしても、これだけ見て回ってもなかなか目当ての品というのは見つからぬものだなぁ」
それに同感してか、あるいは彼女の意図を察してか、皆もその話を拾うように反応を示す。
「物が物だけに、というのもありますけど、やはり如何にもそれらしい大きなオークション会場というのは、誰でも気軽に立ち入れるわけではありませんからね」
「超が付くようなレアアイテムですし、VIP専用とかのオークションじゃないと出品されませんよね、多分」
「集うのはきっと貴族や大商人ばかり」
「私たちじゃ、近づくことすら憚られるね……」
今日は観光の傍ら延々とオークション巡りをしてみたり、可能な範囲で出品される商品の情報を探ってもみたのだけれど、しかしオーパーツが売りに出されるというような話はついぞ聞こえてこなかった。
まぁそもそも、アーティファクトやオーパーツがめちゃくちゃ珍しいものである、というのは分かり切っていることなので、然程落胆するようなことでもないっちゃないのだけれど。
それでも、私たちの目も手も届かない場所で、もしかするとそれらが密かに取引されていないとも限らず。そう考えると、もどかしい気持ちはどうしても感じてしまうわけで。
まったく、これだからVIPってやつは! ゲームで言うVIPなら私も結構常連だったけど、リアルはダメだね。私との相性が悪すぎる。
「それでしたら、もう宿に戻りますか?」
と問うてくるココロちゃんに、さりとて待ったをかけたのはソフィアさんだった。
「いえその前に、一応骨董品店を探してみませんか?」
「ああ、確か過去に、オーパーツがそれと知られぬまま掘り出し物として紛れ込んでいた事がある、という話だったか」
私たちの探している『オーパーツ』とは、アーティファクト同様遺物の一種である。
しかしアーティファクトとは異なり、出自も不明、用途も不明という謎の塊が如きアイテムなのだ。
それ故、うっかりその価値が誰にも認められぬまま、ガラクタ同然に扱われることもあるらしく。
そういった物が稀に、骨董品店から掘り出し物として見つかる事があるとかないとか。
「確かにこの街なら、絶対ないとは言い切れない」
「よし、行ってみようか。どの道宿に戻るにはまだ日も高いしね」
というわけで私たちは、この街の骨董品店巡りを行うべく歩き始めたのだった。
物流の盛んなこの街なら、ひょっとしたらひょっとするのだろうか……?
★
午前中の内に入手しておいたガイドブックを眺めつつ、骨董品を取り扱うお店を探し訪ねてみたのだけれど。
しかしやはりと言うべきか、パッと見た感じそれらしい品は見当たらなかった。
ガイドブックに載るほどなので、なかなかどうして立派な店構えだったけれど、それ故か店内にはどれもこれも鑑定済みのものばかりが並んでいて、掘り出し物を探す以前の問題だったのだ。
「そっか。考えてみたら鑑定スキルがあるから、『掘り出し物』っていうのはそうそう見つかるものじゃないのか……」
「そうですね。鑑定スキルにも種類がありまして、ものによってはアイテムの作成年月日などまで分かってしまうスキルも存在しますから、ここの様に鑑定保証付きを売りにしているようなお店では望み薄でしょうね」
こういう時はソフィアさんのスキルに関する知識が役に立つ。
どうやらここは骨董品店は骨董品店でも、ガチの骨董好きに好まれるタイプのお店だったらしい。
私たちの求めているそれは、ガッツリ邪道な骨董探しだからなぁ。
「どうやら、他の店を当たる必要がありそうだな」
「もっと雑なところ」
雑……まぁ、言い方はあれだけど、そのとおりだ。
鑑定保証もろくに無いような、掘り出し物を見つけられる可能性のある雑でワイルドなお店。
そういうお店をこそ私たちは求めているのである。
なんて、ある意味骨董への冒涜めいたことを小声でやり取りしていると、不意に店員のおじさんに話しかけられてしまった。
投げかけられたのはお決まりの、「なにかお探しですか?」とか「若い子が骨董に興味を持つだなんて珍しいですねぇ」みたいな話題である。
これを軽くやり過ごしつつ、トーク担当であるソフィアさんが言葉巧みに他の骨董品店に関する情報をうまく引き出せば、長居は無用であるとぎこちない愛想笑いを皆で顔面に貼り付け、おじさんに一言お礼を言うなり、そそくさとお店を後にしたのだった。
情報だけもらって帰るのも憚られたので、去り際に古い仮面を一枚購入してみた。装備としては、とても頼りない仮面だった。デザインもなんだか独特だし、精々がインテリアくらいにしか出番はなさそうだ。
そうしてお店を出た私たちは、早速もらった情報を当てにしつつ通りを歩き、少しばかり奥まった道へ入っていった。
綺麗な街と言っても、やはりこうして横道に入っていけば、嫌でも怪しい雰囲気というのは漂ってくるもので。
オルカが少しばかりピリリとした雰囲気を纏わせつつ周囲の警戒をし、皆も一応気を引き締め歩みを進めていく。
そのようにして歩くことしばらく。
「お? もしかしてあそこじゃないか?」
「っぽいですね。如何にも知る人ぞ知るって感じの店構えです!」
「渋い」
角を曲がった先に見えてきたのは、年季を感じさせる佇まいの古びた一軒のお店である。
掲げられている看板すら随分と年老いた様子で、何ならそれ自体が骨董ではないかと思わせるような草臥れ具合だった。
奥まった場所にあるせいで、一日通してもまともに日の当たる時間というのは少ないのだろう。それもあってか、妙に雰囲気がある。
私たちはお店の前で一旦立ち止まると、その店構えに気圧されつつ、静かに意を決した。
「……よし。それじゃ入ってみようか」
私がそのように皆を促し一歩を踏み出した、その時だった。
不意に店の扉がドアベルの音を伴いながら開き、中から人が出てきたのである。
軽く出鼻をくじかれた思いの私は、一旦その人たちとすれ違うのを待って入店しようと、出した足を一度引っ込めたのだけれど。
しかしそこで、異変が起こったのだ。
「?!」
それを齎したのは、心眼。
読み取ったのは、並々ならぬ驚きの感情だった。それも二つだ。
店の扉を開き、出てきたのは二人の女性である。それは大層人目を引くであろう、金髪縦ロールの派手な美人さんと、そのお付きと思しきシンプルなロングコートをシュッと着こなすお姉さんである。
目を丸くして驚いていたのは、縦ロールの人。
そして驚きを示したもう一人は……。
「リコ……リス……?」
「……姉さま……」
私の傍らに居た、オルカだった。
彼女もまた、縦ロールさんに負けず劣らず目を見開いており、驚きの感情をありありとその顔に貼り付けていたのである。
そして、その驚きは一拍遅れて私たちにも伝播した。
だって今、オルカは何と言った? 『姉さま』? 姉……お姉ちゃん。オルカのお姉ちゃん?!
他方でその姉さまの言葉に、これまた驚きを示したのがロングコートさんである。
その驚き様は、正に我が耳を疑わんばかりであり、ともすれば「一体何を言い出すんだこの人は?!」とでも言いたげな怪訝さすら浮かべて、まじまじと縦ロールさんとオルカとを交互に見やったのである。
だが、そんな私たちを置いてけぼりにして、早くも初動を起こした者があった。姉さまである。
誰もが驚きで固まる中、まるで停まった時間の中を彼女一人だけが動けるかの如く、勢いよくタタッと駆け出すと、そのままオルカへ飛びついたのだ。
そして始まる、熱い抱擁と遠慮のない頬ずり。
「ああ、リコリス! リコリスリコリスリコリス! ずっと心配していたのですわ! 本当に、ずっと……っ!!」
「姉さま、違う……私はオルカ」
「!! そ、そうでしたわね。オルカ! そう、あなたはオルカですわ! ああわたくしの可愛いオルカ!!」
涙をダバダバ流しながら、ゴリゴリとオルカへ頬ずりする姉さま。言ってることもちょっと意味不明であり、何が何やらという心持ちでそれを眺めていると、不意にロングコートのお姉さんと目が合ってしまった。
するとなんだかこちらに対し妙な警戒心を懐いたらしく、眉根に僅かばかり皺を作る。
ただでさえよく分からない状況の中、仮面で顔を隠している私が怪しく見えたのかな? まぁそれ以上に、オルカの連れであるということが警戒するべき一番の理由、という感じだろうけれど。
しかしそんな顔をされても、どうやって怪しくないよアピールをすればいいのやら。
ともかく、姉さまがお姉さんの手により引っ剥がされるまで、少しばかりの時間を要したのだった。
如何にも何処かの貴族令嬢然とした姉さまはしかし、お姉さんに羽交い締めにされて尚ワーギャーと騒ぎ、どうにかして再度オルカに飛びつこうと暴れ続けた。
えっと。
これ、私たちはどうしたらいいんですかね……?
オルカもなんだか困惑した表情でオロオロするばかり。
結局お店の中から、店主らしきお爺さんに怒鳴りつけられるまで、店先での小さな騒動は続いたのである。
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