第四二八話 エルドナ観光

 まだまだ春には遠い今日この頃。

 さりとてカラリと晴れた天気のおかげか、はたまた地域柄ゆえかは定かでないものの、冬にしては温かく柔らかな日差しの照らす中、私たち鏡花水月はとある街角に立っていた。

 ぐるりと街並みを見渡せば、随分と品があると言うか、外観に気を遣った上流階級の好みそうな景色が広がっている。

 白を基調とした建物が多く、石畳は綺麗に整えられており、ところどころ緑も植えられている。まぁ、季節柄植物は随分と寒々しくしているけれど、それを差し引いても美しいところである。


 そして、そんな街を行き交う人々はと言えば、これまた品の良い衣服に身を包んだ、私が警戒するべき如何にも貴族貴族した人がちらほら目につき、他にも商人っぽい身なりの整った人が多いように見受けられる。

 私たちのような冒険者というのは、この街じゃなかなか見当たらない。

 それゆえ私なんかは、酷く場違い感を覚えていたりする。

 実際私たちの姿を目に入れた人たちは、怪訝そうな顔をするのだ。

 いや、実際顔に出さずとも内心を察してしまうのが私の心眼さんであり、おかげで肩身が狭いったら無いわけだが。


 私は小さく溜息を零し、何故自分たちが今こんな場所に居るのかと、静かに回想に耽るのだった。



 ☆



 遡ること一日前、即ち昨日の出来事だ。

 鍛錬を休めという皆に、私(の心と体)が猛反発し、挙げ句悩みをぶっちゃけて号泣したあの後。

 なんやかんやあって、鍛錬だけは休めないということで、どうにかこうにか皆を説き伏せることに成功した私。

 すると夕食の席に於いて、イクシスさんが一つの提案を持ちかけてきたのである。


「鍛錬をやめられないというのはもう、ミコトちゃんの病気みたいなものだとして」

「もうちょっと言葉を選んでくれないかな?!」

「せめて息抜きがてら、観光を楽しんで来てはどうだろう? ついでにオーパーツ探しも出来る良い場所があるんだが」


 そう言って彼女が勧めてくれた、その街の名は『エルドナ』。

 通称を『オークションの街エルドナ』と言うらしい。その名の示すとおり、日夜オークションがそこかしこで頻繁に催されている、非常に商業の盛んな街なんだとか。

 そういう場所であれば、確かにアーティファクトやオーパーツの売買が行われている可能性は、低からずあるのだろう。

 事実、頻繁にというわけでこそ無いそうだが、アーティファクトは偶に出品され、競売にかけられることがあるそうな。同じくオーパーツも。

 であるならば、確かに一度足を運んでみるのも良いだろう。

 正直競売でそれらのウルトラ希少なアイテムを競り落とすだけの資金力などは、到底持ち合わせていない私たちだけれど。

 さりとて、実物を目にする機会があるなら、決して無駄足ということにもなりはすまい。


 というわけで、話はあれよあれよとまとまり。

 フットワークの軽い私たちは、今朝には既にイクシス号を発進させ、ついさっきここへたどり着いたというわけだ。

 ちなみにイクシスさんは、仕事が溜まっているからと一足先に帰った。

 あ、そうそう。いつの間にかワープスキルのレベルが上っていたらしく、対象だけを目的の場所へ転移させることが可能になっていた。ソフィアさんが案の定発狂した。

 うるさいのでソフィアさんも一緒にイクシス邸へ飛ばしたら、念話でメチャクチャ文句を言われた。ストレージですぐ戻ってきた。距離の概念が完全にバグってる……。



 ★



 そんなこんなで現在。

 早速門を抜けて街に入った私たちは、大まかに街並みを眺め、行き交う人々の様子を眺め、早速場違い感を堪能しているわけである。

 勿論モンスターの跋扈する世界であるからして、冒険者が全然居ないなんてことはないのだが、ここではどうやら冒険者よりも兵士や騎士系の人たちが多く活躍しているみたいだ。

 軽く仕入れた事前情報でもそんな感じだったし、ひょっとするとただ冒険者っていうだけで蔑視される可能性もある。粗野で野蛮だー、みたいな。あーやだやだ。


「こんなことならもうちょっと身なりを整えてくるべきだったかな?」

「それはそれで、街に入る時に不審がられる」

「整った身なりの人間が、揃って徒歩でやってくるなんて如何にも怪しいですもんね」

「そう言えば門の前には馬車の列が出来ていたな。私たちのような歩きは護衛くらいのものだった」

「でしたら、さっさとどこかで着替えれば良いのですよ。まずは宿を取りましょう」


 ソフィアさんの提案に促され、私たちは早速女性PTでも安心して泊まれそうな宿を求め、揃って行動を開始した。

 観光も兼ねての探索なので、わざわざ手分けしたりはしない。

 何はともあれ、取り敢えず情報を求めるのなら冒険者ギルドだ。まるで土地勘のない街で、ある程度信頼の置ける情報を求めるのなら、私たちにとってはそれが安牌である。

 道行く同業者っぽい人に声を掛け、ギルドの場所をざっくり聞き出した私たちは、マップスキルも参照しつつ移動を開始。

 特に迷うでもなく、程なくしてそれを見つけることが出来たのである。

 冒険者ギルドの建物も、街並みに馴染んだ小綺麗なものとなっている。意外と土地によって雰囲気が違うよね、ギルド。

 さて、中身はどんな感じだろうかと早速扉を潜ってみると。


 時刻は朝と言うには遅く、昼と言うには早い頃合い。

 そんな時間帯だからだろうか、閑散としたギルド内には暇そうにしているスタッフや、出遅れたのか今日は休みにしているのか、同業者の姿がちらほらあった。

 やはりと言うべきか、外観に違わず中も他の街に比べると小綺麗なギルド。

 心做しか冒険者たちの姿も、他で見かけるような人たちよりは随分と身綺麗にしているように見えた。まぁ、そうは言っても職業柄泥臭い冒険者である。あくまで取り繕っている感は否めない。

 これも一つの地域柄だろうか。冒険者にとっては、なんだか窮屈な街なのかも知れない。


 とは言え、別段ここで依頼を受けてどうこうしようというつもりはないのだ。何せ休暇の観光がメインでやって来たのだから。

 まぁそう言いつつも、私は依然として見えないところで鍛錬に励んでいるのだけれどね。今だって身体強化バフだの遙か上空で攻撃魔法だのストレージからの出し入れだのと、相も変わらず色々やっているわけだ。が、それはもはや私の平常にカウントしていい。

 問題は精神面だが、ストレスの種は皆に解消してもらったので、今日は冒険者としてではなくただの観光客として、心置きなく街を見て回る気まんまんで居るのだ。

 なので余計な事に気を回さず、私たちはさっさと受付カウンターまで歩み寄っていった。

 すると何やら事務作業をしていた受付嬢のお姉さんが、顔を上げ直ぐに応対してくれる。


 最低限のやり取りでお勧めの宿について幾つか情報をもらうと、さっさとギルドを出た。長居は無用である。

 依頼を受けるようなつもりもないため、PT名すら名乗らなかったけれど、それでも宿の情報くらいなら問題なく教えてもらうことが出来た。

 観光案内の窓口みたいな使い方をしてしまい、ちょっとだけ申し訳ない気持ちもあったけれど、おかげで用件も手短に済んだので良しとしよう。こういう時心眼を持っていると、受付嬢さんの如何にも面倒くさそうな気持ちが見えてしまい、ちょっと心苦しかったりするし。


 そうしてギルドを後にした私たちは、教えてもらった幾つかの宿の中から女性専用の宿をチョイス。それもちょっとお高いところだ。

 アーティファクトを競り落とすほどのお金はないけれど、ある程度宿を自由に選べるくらいにはお金を持ってる私たち。

 まぁそれも、最近まともに冒険者活動が出来ていなかったため、懐は段々寂しくなってきているわけだけれど……いざとなればストレージに入ってるあれこれを売ってお金を作ることも出来る。大丈夫だ、まだ焦る時間ではない。

 それに休暇ゆえ、今日は私以外ちゃんと宿に泊まる予定なのだ。

 私が一緒だと、ほら。あれが何してみんな寝れないと思うから……修行もあるし。

 なので私とゼノワは夜になるとおもちゃ屋さんへ帰ることになる。

 そんなゼノワは今日もごきげんに私の頭にくっついている。

 人通りの多い街中を歩いてみても、やっぱり誰一人として彼女の姿を捉えられてはいないみたいで、ちょっと不思議な気分だった。


 そんなこんなでさっさとチェックインを済ませた私たちは、一見冒険者とは分からないような普通の服に着替え、武装すらせぬままに街へ繰り出したのである。

 尚、勿論皆の装備はストレージにしまってあるため、丸腰に見えても実のところそうではない。

 もし何かあれば直ぐに対応できる用意がある。安心安全だ。そうでなくともみんな強力なスキルを持ってるしね。

 所謂普段着に着替えたみんなは、一様に整った顔をしているため異様なほどに映える。どこのアイドルユニットかと見紛わんほどだ。

 そんな中にあって私は、仮面で顔を隠した不審人物であり。

 そのせいで一層集団としての異様さが引き立ってしまっていて、要するに変に目立つわけだ。

 私だけは皆と別れて行動しようか? と気遣ってみたところ、即座に却下されてしまった。

 結果、私たちは先程までとはまた違った意味の視線を向けられ、それを煩わしく思いながらも努めて無視しながら、綺麗な街並みの中をねりねりと練り歩いたのである。


「お、あそこでも競売をやっているな」

「流石オークションの街」

「商品は魔道具ですか。我々にはミコト様がついているので、全く不要ですね!」

「スキルオーブはないんですか? 物によっては全財産を投げ込む覚悟がありますよ!」

「そんなことしようものなら、またイクシス邸送りにするからね」

「私の実家を牢獄みたいに言わないでほしいんだが……」


 こんな雑談一つ取っても、人に聞かれては万が一誰かの興味を引きかねないため、訓練がてら遮音の魔法にて、そこはかとなく他者の耳には届かぬよう配慮している。

 しかしまぁ、通りを歩いているだけでも競売の様子がちらほらと目に入ってくる。

 ゲリラ的になのか事前告知があってのことなのかは知らないが、そこいらの店頭にて雑なオークションがよく開催されているのだ。

 オークションと言うより、競りと呼んだほうがしっくり来るような光景だが。しかし客層はなかなかに上品な人たちが多く、生前テレビで聞いたようなだみ声が響くことはなかった。

 そういう意味ではやはり、競りと言うよりオークションと呼んだほうが近いのだろうか。


「まぁでも店頭でやってるだけあって、そこまで高価なものではないみたいだね……高いは高いけど」

「それはそう。でも珍しい品ではあるみたい」

「入荷した一点物の品を、なるべく高く買わせようという商人の工夫なのでしょう」

「ダンジョン産の品ならば、確かに一点物も多いしな。同じ名のアイテムでも、品質や意匠などがバラけることは珍しくもない」

「見てるだけでも結構楽しいですね。もしかするとそれで集客効果も狙えるのかもです」


 なるほどなぁ、それでこの街ではオークションが盛んになったってわけか。

 それに、大きな交易路が交わるこの街には、多くの人や様々な品が流れ着きやすいのだろう。

 通りを歩いているだけで、実に色んなお店の看板を見つけることが出来た。相応に人も多い。

 確かになかなか面白い街ではある。

 まぁ私としては、同じ商業の盛んな街でも、アルカルドのほうが好きだけど。

 こっちはアルカルドより、貴族サマに媚を売ってる感じがあって、空気感としてはちょっと気味が悪い。

 とはいえ観光を楽しむ分には然程の問題でもないし、とにかく余計な人と関わらぬよう注意さえしておけば、きっと普通に楽しめることだろう。


「さて、それで目的の品は何処を探せば見つかるのだろうな?」

「何分高価なものですからね。もっと本格的なオークション会場とかでしょうか?」

「マップでそれっぽいところを探してみる」

「何処かでガイドブックでも仕入れましょうか。観光案内がないと不便です」

「となると本屋さん? 或いはそういう窓口が何処かにあるのかな?」


 私たちはその様に話し合いながら、あっちこっちと街を練り歩いては観光を楽しんだのだった。

 気分はさながら海外旅行である。

 そう思うと、私はまだまだこの世界のことなんて、ほんの一部しか知らないのだと思い知らされる。

 せっかく短時間で遠方を旅する方法が手元にあるのだから、見聞を広める意味も込めてもっと色んな所に足を運ぶのもありかなと。

 雑踏の中を泳ぎながら、ふわりとそんなことを思ったのだった。

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