第四二七話 ミコトのコンプレックス
チーター。
それは『チート』を用いる悪質プレイヤーに対する蔑称であり、私自身嫌悪の対象とするものだ。
一口にチートと言ってもまぁ、オフラインゲームで個人的にそれを行う分にはいい。PCゲームではそれが容認されていることも割とあるくらいだし。
問題はオンラインで他者に迷惑を掛ける類のチートである。
エイムが勝手に合ったり、HPが減らなくなったり、攻撃を自動で回避したり、移動速度が異常に上がったりなどなど。
他のプレイヤーには実装されてすらいない、外部から持ち込んだ、システムを逸脱したシステム。
これを駆使してルール違反を平然と行い、フェアなゲームを台無しにしてしまう。
そんな忌むべきプレイヤーを、総じて『チーター』と呼ぶわけだ。
そのように、皆へチーターとは、チートとは何かを説明したところ。
部屋の空気は、先程よりずんと確実に重くなったのである。
何故なら、そう。
私が例として挙げた能力に、彼女たちは思い当たる節を見つけたから。
「エイム……つまり狙いが勝手に定まるって……」
「攻撃を自動で避けることや、移動速度の異常な上昇もまぁ、そうだろうな」
「覚えのあるお話ですね……」
「そ、それってつまり、ミコト様は……?」
皆の視線が痛い。
だが、無理からぬ事だ。
「そうだね……私が『へんてこスキル』って呼んでる数々のそれらは、もしかすると『チートスキル』って呼ぶべき禁忌のスキルなのかも知れない」
皆は言葉を失い、息を呑むように押し黙った。
私は続ける。
「それらに頼ってきた私は、もしかするとチーターなのかも知れないって、そう思ったんだ」
そのように考え始めたのは、何時からだったか。
私がこの世界の仕組みについて、大分理解を深めてきてからのことだろうか。
所謂『普通の人』がどんなスキルを抱えて生きているのかっていうのが分かってくると、相対的に私は自らの異常性ってものが段々実感出来るようになってきた。
そして、それとともに少しずつ育ったのがこの自己嫌悪感である。
骸と相対するには、どうしたって必要になってくるへんてこスキルの数々。
さりとて私は、それを用いて普通の冒険者からは随分と逸脱した行動を、好き放題行っても来た。
それって、チーターの行動と何が違うのだろうかと。
そう頭を過る度、ずっしりと心に重く苦いものを感じてきた。
かと言って今更へんてこスキルの一切を封印し、誰でも使えるようなスキルを当たり前に使って生きていく、なんて選択も出来ぬまま。
あまつさえ骸なんてものも見つけ、免罪符を手にしたような気にもなって。
それが、気持ち悪かった。
生前あんなに嫌ったチーターに、よもや私自身が成り果てたのかと思うと、居ても立っても居られなかった。
「だから私は、努力をやめられないんだ」
これまで延々と溜め込んできた気持ちが、堰を切ったように次々と言葉になって溢れていった。
誰が横から口を挟むこともなく、私の独白は静かに続く。
「努力をすることで、私は私を『一般プレイヤー』だと思い込むことが出来たんだ。過剰に便利なスキルで調子づいて、イキり倒すようなことだけは絶対にしちゃいけない。むしろ誰より沢山努力して、それを持つに相応しいような自分になるべきだって。そしていつかは、そんなズルに頼らなくても骸と渡り合えるような自分にならなくちゃダメだって。そう思って……」
思いの丈を吐き出し、私は静かに俯いた。ぎゅっとシーツを握り込む。
さながら懺悔である。自分がチーターであったと皆にカミングアウトしているような、罪悪感と羞恥に満ちた心持ち。
たちが悪いのは、こんな事を言ってみたところで結局、今更へんてこスキルの使用をやめることなんて出来ないってことだ。それ程にへんてこスキルは私たちの生活に根付いてしまっているのだから。
故に、自己嫌悪は拭えない。
結局私は、そんなどうしようもない自分を無理矢理正当化するために、せっせと寝る間も惜しんで努力を積み重ねるだけである。
そんなことで正当化出来るだなんて、他でもない私自身が信じてもないくせに。
そんな、いやに卑屈な考えで気持ちを暗くしていると。不意に。
「だけど」
と、オルカが静かに切り出したのである。
続いた言葉は。
「だけどそれは、ミコトが望んで手にした能力じゃないはず」
ぎゅっと彼女は拳を握り、更に続けた。
「だって、生まれは選べない。親も、身分も、才能も。……ミコトが望んで手にした能力じゃないのなら、それは本当に『チート』って呼ぶべきものなの?」
「!」
あまり語りの得意でない彼女の、しかし真剣な言葉。
私は確かに、その言葉に衝撃を受けたのである。
するとそれを皮切りに、皆も自らの意見を述べていった。
「そうですよミコト様! ココロだって望んで鬼として生まれてきたわけじゃありません! それでいて鬼の力を利用してもいます。他の方は持っていない力です。ならそれは、ココロも『チーター』ということでしょうか?」
「っ! ちがう! ココロちゃんのそれは、ちゃんと自分と向き合って……頑張って獲得した、正当な力だよ!」
「ならばミコト様は、違うのですか?」
「…………っ」
違う、とも言い切れず。だけれど肯定することも憚られ、私は声を詰まらせた。
すると次はクラウが。
「それで言うと、私は『勇者』と『最強の盾』の才を引き継いだ、伸び代の権化だぞ。これもミコトに言わせれば『チート』なのか?」
「ち、ちがう……! だってそれは、親から受け継いだ正当なものだもん……」
そうだった。この世界に私の親は、多分居ない。
自称ゼロ歳の私は、そう言えば一体どうやって生まれてきたのかすら分からない。
だからこそ謎なんだ。へんてこスキルの類が一体どこからやって来たのか、というのは。
けれどそれならば、ルーツの無い私はひょっとしてチートと言うより『バグ』の類なのだろうか?
でも、バグ技を我が物顔で扱ったのでは、やっぱりチーターと大差無い。
「私としましては、『へんてこスキル』だろうと『チートスキル』だろうと何れにせよ愛でるだけですけれど。しかしそれらを悪用しているわけでもなし、あまつさえこっそり弁えながら活用しているミコトさんが、『チーター』の条件を満たしているようには思えません」
「……それは、そうかも知れないけど」
チーターの最も厄介な点は、他人と競うようなゲームにてそれを駆使し、暴れまくるという害悪プレイにある。
それで言うと私は、滅多に他人と競うようなことはしないし、するにしても制限を設けるか使用許可を得てから競技に取り組むよう徹底している。
まぁだとしても、私が無茶苦茶をやることで、間接的に思いがけない迷惑を被ってる人がいるかも知れないし、そもそもチートに頼らないのが一番いいのは間違いないのだ。
だからソフィアさんの意見を聞いても、やはりモヤモヤは残ってしまった。
そして最後に、静かに口を開いたのがイクシスさんである。
腕組みをした彼女は、酷く難しい顔をして。
「何というか……気にし過ぎだと思うんだが。別に悪いことをして獲得した能力でもなく、それで悪事を働いているわけでもないというのなら、もうそれはミコトちゃんに宿った『ただの才能』ってことでいいんじゃないか?? だから『チートスキル』ではなく、やっぱり『へんてこスキル』なのだと私は思うぞ」
と、総括めいたことを言うのである。
それに『公式チート』とでも表するべき破格の戦闘力を有した彼女にそんなことを言われれば、そこに宿る説得力は絶大なわけで。
更に。
「その上ミコトちゃんは、それらの能力に驕ることなく努力を重ねているじゃないか。キミのへんてこスキルも、元々は今より性能がずっと低かったり、後天的に入手したものもあるだろう? それはつまるところ、ミコトちゃんが努力をしたからこそ得られた『反則級』の能力であって、『反則』と呼ばれるべきものではないはずだ!」
「!!」
イクシスさんの言い分は、私が密かに自己弁護がてら悶々と考えていたそれと同じような内容だった。
それを私は何度、所詮見苦しい言い訳だと自分で否定したことだろう。
だけれど。
初めて他者の口からそれを聞き。
私は気づけば、涙を零していた。
そうか。これが『欲しかった言葉』というやつなのだろう。
どれだけ正しく思える理屈で武装してみても、それはあくまで自己弁護の域を出ない。
しかしそれが一度、他人のロジックにて生じ、口を通して紡がれ投げ掛けられた言葉であれば、こんなにもすんなり受け入れることが出来るのである。
「私は、チーターじゃない……? ズルしてない……?」
恐る恐る、顔を上げてそう呟いてみると。
静かに歩み寄ってきたオルカが、私をふわりと抱きしめてくれた。
そして、穏やかな声音で言うのである。
「私が、私たちが保証する。ミコトはちゃんと弁えてるし、頑張ってる。何もズルなんかしてない」
そうして私は、しばらくオルカの胸で泣いた。
心に溜まったモヤモヤを、目汁と一緒にさっぱり洗い流してやろうと、しこたま泣いてやった。
おかげさまで、四半刻も経つ頃には驚くほど心が軽くなったように感じられたのである。
最後に、グスンと鼻を鳴らしながら私は皆へ宣言する。
「私は、忌むべきチーターになんて堕ちない。……だけど主観だけじゃ、自覚のない内におかしな方向へ進むこともあるかも知れない。だから、私がもしへんてこスキルを使って身勝手な行いを働こうとしたなら、直ぐに止めてほしいんだ。言って聞かないならぶっ飛ばしてくれてもいいからさ」
そのように皆へお願いすれば、返ってきたのは力強い頷きと返事だった。
それでようやっと安心した私は、今更になって皆に恥ずかしいところを見られたと、自らの醜態を思い返し、顔から火が出そうな思いを味わったのである。
さりとて、気持ちは随分と晴れやかだった。
そして、やっと弛緩した空気の中。
ホッとした表情で、不意にココロちゃんが言うのだ。
「良かったです。これでミコト様が、無茶な特訓を自らに課す理由もなくなりましたよね? 今後は自らを罰するような過酷な鍛錬はお控えください。今は良くても、いずれお体を崩しかねませんから」
「え……と」
「? ミコト様、どうされたのですかその様に目を泳がせて」
「う、うーん。まぁ、なんていうか……その……」
訝しがるココロちゃんに、私はしどろもどろになりつつも、考えを告げた。
「確かに自分が無自覚のまま、チート行為を行っていたんじゃないかっていう懸念は晴れたんだけど……それはそれって言うか。鍛錬は半ばそういう趣味みたいなところがあるっていうか……」
「……ミコト、マゾだったの?」
「違うから! 私は鍛錬とそれに伴う成長が大好きなの! 逆に怠惰から来る成長の遅れや、あまつさえ腕が鈍るなんてことが看過できないタイプのゲーマーでもあった。だから私が練習をやめるのは、きっぱりそのゲームを引退してライトプレイヤーにチェンジする時だっていう自分ルールがあるの! 休むだなんて論外……」
「ミコト様」
「ひぃ」
ココロちゃんの、目が笑ってない。
「冒険者は体が資本です。先ず健康があってこそ健やかな成長を促すことが出来るのです。ミコト様のそれは、失礼ながらその前提を破壊しかねない危険な行為です。ドクターストップです!」
「む、無理だから! また禁断症状出ちゃうから!」
「お? これはぶっ飛ばしてでもミコトを止めていいやつか?」
「違う、今じゃない!」
「チーター云々のくだりが、急に茶番めいてきちゃいましたね」
「それは真剣な悩みだったから! そこは事実だから!」
「また拘束しておく? 影魔法使う?」
「話し合おう! 話せば分かり合えるはずだよ!」
斯くして、私の過剰鍛錬問題は一部解決を見つつも、私の性分(プレイスタイル)ばかりは直しようがなかったのだった。
結局皆を説き伏せるまで、数時間にも及ぶ説得は延々と続いた。
だって出来ることなら、同じプレイ時間でも他より実力の勝るような、凄いプレイヤーでありたいじゃない。
私なりの理想やこだわりなんだ。決して捨てたくないし、捨てない。無論、チートなんかに頼らないガチだからこそ意味がある。
故に私は、何が何でも鍛錬を怠らないのだ。
なるべく他の人の迷惑にならぬ範囲で、これからもいっぱい頑張ろう。
私は密かに、そう決意を改めたのだった。
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