第四二六話 体調不良

「ミコト、起きてる?」

「うん……」

「寝るのはダメだから。反則だから」

「…………」


 イクシス邸の客間が一室にて、ロープでぐるぐる巻きにされた挙げ句ベッドに転がされている私。

 窓から差し込む光が少しずつ伸び、正午を過ぎて久しいことを教えてくれる。

 やたら長閑な空気感だ。日曜日って感じ。眠くなる。ゼノワに至っては、プカプカ浮かんだままとっくにお昼寝中である。


 交代で私の見張りをしている鏡花水月メンバー。今はオルカの番だ。

 部屋には魔力反応を検知して知らせてくれるっていう、市販品にしてはなかなかおもしろい機能を持つ魔道具が設置されており、私が魔法やスキルを発動しようものなら即バレは免れないだろう。

 ということで、鍛錬を禁止された私は本当になにもさせてもらえないまま、かれこれ半日近くも監視されている。

 別に部屋に閉じ込められているということは無いのだけれど、どこに行っても監視担当のメンバーが魔力探知機を携えついてくるものだから、全く気が休まらず。何なら読書すら許してくれない。勉強も鍛錬の一部とみなされるらしいのだ。

 そうなるともういよいよやることがないので、部屋でゴロゴロしているわけだけれど。


 かと言って眠ることすら私には許されていない。

 何故なら、私が眠ると【オートプレイ】というスキルが発動し、私の意思に関係なく勝手に鍛錬を始めてしまうから。

 こうなると仲間の言いつけも多分聞かないだろうし、そもそも他人に危害さえ加えなければ何をしてもオッケーくらいのスタンスであるらしいため、妖精師匠たちには『ヨルミコト』と呼ばれ恐れられている。

 それゆえゼノワのようにお昼寝することすら出来ず、ただ沈黙してベッドに転がっている私へは監視役が定期的に声を掛けてくるのだ。


「ミコト、起きてる?」

「起きてる」

「そう……」

「…………」


 どうしよう。頭がどうにかなりそうなんですけど。

 休めと言われてその通りにしているだけのはずなのに、どうしてこうなった?! 何なんだこの扱いは!

 っていうかそれより何よりだ。


 鍛錬がしたいです。

 鍛錬できないと、こんなにストレスが溜まるのかっていう驚きに、私は今直面している!

 さっきっから寝返りが止まらない。イライラする。

 っていうか、なんだろう。だんだん体の調子が悪くなっていってる気がするんだけど。

 お昼過ぎた頃から少しずつ倦怠感を感じるようになって、ちょっとずつ悪化していってる感じ。

 今は視界までチカチカするし、頭もグラグラする。

 ちょっと息苦しいかも。喉も渇く。耳鳴りもし始めた……。


「はぁ……はぁ……ふぅ……ふぅ……」

「? ミコト、大丈夫?」

「鍛錬したい……」

「それはダメ。それよりなんだか呼吸が荒いけど……」


 とうとう私の異変に感づいてしまったオルカ。心配をかけまいと、なるべく平静を装ってたんだけどな。

 彼女は一言断ってから私の仮面を外すと、ギョッと驚いた顔をした後、慌てて私の額に手を当ててきた。そして。


『緊急! 医療班!!』


 と、念話で叫んだのである。

 するとそれから程なくして、ドタバタと部屋の外に足音が鳴り、バタコンと扉が開かれた。

 真っ先にやって来たのはココロちゃんだ。そして私の様子を見るなり、顔を真っ青にさせた。


「ミミミ、ミコトさまぁあああ?! どど、ど、どうされたんですかっ!!」

 悲鳴のようにそう叫んだ彼女へ、オルカは手短に「分からない、様子がおかしいから仮面を外したら……」とざっくりと経緯を説明。

 すぐにココロちゃんによる診察が始まったが、その表情はこれまでに見たことがないほど真剣なものだった。何なら悲壮感すらたっぷり浮かべて、私の脈をとったり熱を測ったりと手際よく具合を調べている。

 そんな彼女にも一応訴えておく。


「はぁ……はぁ……鍛錬……鍛錬がしたいよぉ……」

「ミコト様、今は無理です! それより教えて下さい、一体何時から不調を感じておられたのですか?!」


 やっぱり聞き入れてもらえない。

 私はぼんやりした頭で、ココロちゃんによる問診へ答えていったのである。

 するとそこへクラウ・ソフィアさん・イクシスさんの三人も駆けつけたようで。

 私の顔を見るなり、目を見開いた彼女たち。


「ミ、ミコトさん?! どうなさったんですか!?」

「メチャクチャやつれてるじゃないか!! なにがあった!?」

「やはり過労か?! 或いは何かの病だろうか……」


 と、三人は揃って深刻な表情を浮かべた。

 どうやら今の私は、余程酷い顔をしているらしい。

 お昼寝していたゼノワも、流石に騒がしさに起こされ、そしてやはり私の顔を見るなりギョッとした様子。

 あわあわしながら右往左往している。かわい……鍛錬がしたい。


 そんなこんなでココロちゃんによる入念な診察が暫し続き、固唾を飲んでそれを見守っていた皆は、ようやっと彼女の動きが止まり何かを考え始めたのを見て、たまらず問いかけたのである。

「ココロ、何か分かった?!」

「ミコトは大丈夫なんだろうな!?」

「まさか死んじゃったりなんてしませんよね……??」

「どうなんだココロちゃん!」

 皆に急かされ、ココロちゃんは難しい顔で徐に口を開いた。

「……可能性は色々考えられるので、断言は出来ませんが……」

 そのように前置きした彼女は、神妙な面持ちのまま、重たい口調でこう言ったのである。


「鍛錬が出来ぬことから来る強いストレス。それによる……一種の禁断症状かと」


 全員が全員、綺麗に固まった。

 三秒くらいだろうか。正に水を打ったかの如き静寂が部屋の中を支配し、時間でも停まったかのように誰もが綺麗なフリーズを見せたのである。

 だが、それも束の間。


「か、解禁だ! 鍛錬解禁だミコトちゃん!!」

「ミコト、もう我慢しなくていい!」

「ですがご無理のない程度になさってくださいね?!」


 待望の言葉に、私は天井へ向けて手を突き出した。

 直後、イクシス邸上空。

 そこにMPのありったけを注いだ、高威力魔法を複数種類デタラメにばら撒き、私は溜め込んだ鬱憤をしこたま発散したのだった。


 するとどうだ。

 あんなに重かった体がすっと軽くなり、あらゆる症状がまるで返す波が如くみるみるうちに消えていったのである。

 MPを放出し尽くした私は、裏技にてそれを補充するべく上体を起こし、体調がほぼ元通りに戻っていることを確信したのだった。

「あ……治った」

 とボソリ呟けば、皆は大仰にため息をつき安堵してみせたのである。



 ★



 念の為まだ安静にしていてください、とココロちゃんに厳命され、未だベッドでゴロゴロ転がりつつも、天へ向けて魔法を撒き散らしている私。無論天井を破壊するだなんてことはしていない。遠隔魔法を用いているのだ。

 あれからかれこれ四半刻ほどか。

 鍛錬を休ませると、よもや逆に体調を崩すだなんていうとんでもない事実が発覚し、どうしたら私に休養を取らせられるかと顔を突き合わせ、同じ部屋の中で話し合っているみんな。

 時折、心底困った娘を見やるような目で誰もが視線を投げてくるものだから、私は努めて目を合わせぬよう鍛錬をせっせと繰り返している。

 ああ、やっぱり生き甲斐を感じるなぁ。


 なんて一人感慨に浸っていると。

 不意に難しい顔をしたイクシスさんが、私へ向けて問いを投げてきたのである。

「と言うかそもそも疑問なのだが。ミコトちゃんはどうしてそこまで鍛錬をしたがるんだ?」

 それは彼女ばかりでなく、皆にとっても気になるところだったらしく。

 一斉に体ごとこちらへ向けて返答を待っている。


 私は暫し逡巡し、そして一つ悩みを打ち明けることにしたのだった。

 それは何時頃からだっただろう。少しずつ私の胸の内に芽生えたモヤモヤであり、どうしようもない自己嫌悪となった後ろめたい気持ち。

 正直口に出したい話題ではないのだけれど、悩みを打ち明けるというのは得てしてそういうものだ。

 小さく息を吸い、意を決して語り始める。


「みんなには、オンラインゲームの話はしたよね? FPSとかMMORPGとか」

 すぐに頷きが返ってくる。イクシスさんも首を傾げるようなことはない。

 私は結構明け透けに前世の、殊更ゲームの話を皆に語って聞かせることが多いので、既に彼女らは今挙げたそれらがどういったものか、というのは把握済みである。

 なので説明は不要と判断し、私は話を進めることにした。


「これまではおおよそ、ゲームの楽しい話とか、ちょっとした苦労話なんかをよくしてきたけどさ。当然面白くない話題もあるんだよ。例えば、そう……『チーター』とかね」


 聞き馴染みのないワードの登場に、皆は一様に首を傾げる。

 無理もない。そんな奴らの話なんて、話題に上げたくもなかった。だからこれまで語らなかった。

 けれど、今はそれを説明する必要がある。


 私は苦い気持ちを抱えながら、重々しく続きを語っていったのである。

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