第四二五話 ミコト確保!!
鏡花水月の実力テストから一夜明け、時刻は午前八時。
イクシス邸転移室の窓から覗いた天気は快晴。冒険日和である。
昨日はしかと皆の実力を見せて貰い、その成長っぷりに度肝を抜かれた。
皆得意分野へ特化することで、冒険者としては歪な成長の道を選んだのだと言うけれど。
さりとて純粋な戦闘力は、全員が全員とも飛躍的に上昇していたように思う。
ならば私は皆の頑張りに応えるべく、今日辺りから【キャラクター操作】の強化訓練にでも手を出したいなと考えていた。
或いは久々にどこかのギルドに立ち寄り、適当な依頼をこなすのもいいな。
真っ当な冒険者然とした活動を、もう長らくやっていないのだ。
鏡花水月再始動と言うなら、まずはそうした基本を押さえることも重要だろう。
何れにしても、楽しい一日になりそうだなと。
爽やかな朝日に照らされた青空を窓越しに眺めながら、私とゼノワは食堂へと向かったのである。
今日も今日とて早朝から魔道具づくりに加え精霊術の鍛錬を行い、ゼノワのお世話も欠かしていない。
相変わらず私の後頭部にへばりついている彼女は、日に日に力を蓄えており。そろそろそこらの精霊にも見劣りしないレベルまで成長していると、モチャコたちからもお墨付きをもらっている。
あのか弱かったゼノワが……まったくもって目覚ましい成長だ。
が、ここから先はそうも行かないらしい。精霊は力をつければつけるだけ、成長する速度が緩やかになっていくそうなのだ。
これも世の常というやつだろう。ゲームのレベルに例えればより分かりやすい。レベルが上がるほどレベルアップに必要な経験値が増えるっていうアレと同じだ。
まぁでも、今の段階でもゼノワは十分に凄いやつなので、のんびり一緒に成長していけたらと思っている。
そんなゼノワと小さく戯れながら、足取りも軽くすっかりお馴染みなイクシス邸の食堂へ入る私。
そこには豪奢なお屋敷にありがちな、無駄に長いテーブルなどはなく。いや、一応あるにはあるそうなのだが、イクシスさんがあまり好かないとのことで平時はそれこそ大衆食堂然とした、六人がけの四角いテーブルが幾つも並べられている。
そしてそんなテーブルの一つに、仲間たちの姿を見つけた私。
昨日まではこれらのテーブルも、骸戦に協力してくれた面々でそれなりに埋まっていたのだが、今はガラリとしたもので。なんだかそれが少し寂しく思える。
そんな気持ちを心の隅っこへ押しやり、私はてくてくと仲間たちのもとへ歩み寄っていった。
見れば普通にイクシスさんも同席している。まぁ割といつもどおりの光景だ。
なので面喰らうでもなく、私は何気ない調子で皆に「おはよー」と声を掛ける。
が、その時だった。
「今だ、かかれ!」
イクシスさんの一声にて、一斉に皆が椅子を跳ね除け私に飛び掛かってきたのである。
「へ?」
「キュ?!」
素早く飛び退くゼノワと、皆に取り押さえられた私。
というのも、心眼は別に誰からも害意というのを感知しなかった。自動回避だって危険は無しと判断したのか反応を示さなかった。
結果、驚き呆気にとられていた私は対応が遅れ、あれよあれよとこの様である。
そして。
「ミコト確保!」
「よし、医務室へ強制連行だ! メディカルチェックを急げ!」
「なになに、なんで!? どういうことー?!」
胴上げよろしく皆に抱えられ、ワッショイワッショイとそのまま医務室へ運ばれていく私である。
全く状況が掴めず、事情説明を求めてみても。
「どうかご無礼をお許しくださいミコト様!」
「これはミコトのため。仕方ないこと」
「すまないなミコト。これは我々全員の責任だ」
「ふふふ。観念してくださいねミコトさん」
という、謎のセリフを言うばかり。
斯くして私は訳も分からぬまま、医務室にて急遽健康診断を無理やり受けさせられたのだった。
ゼノワだけが私と同じく、状況について行けずオロオロしていた。
★
それから一時間ほど掛けて、あれこれと健康状態を調べられた私。
イクシス邸専属の医療スタッフさんにココロちゃんも協力して、いろんなスキルや魔道具を用いた検査が行われた。
異世界流健康診断である。メディカルチェックはこれが初めてということもないのだけれど、やはり前世のそれとは色々と異なったやり方をするものだなと、興味深くそれを受けた私。
無論、解せないという気持ちは尽きなかったけれど。
そうしてようやく開放され、遅めの朝食にありつくべく皆とともに食堂へ戻った私は、憮然とした表情のまま美味しい軽食を平らげ、食後のお茶で人心地着き、言うのである。
「で。何だったのさ、さっきのアレは。なんで私取り押さえられたの?」
質問に対し、しかし皆は「もう少し待て」の一点張り。かと思えば全く関係ない、しかも他愛もない話でお茶を濁しつつ時間をやり過ごした。
そうしてしばらく経つと、そこへ先程の医療スタッフお姉さんが書類を携えやって来て、それをイクシスさんへ手渡したではないか。
早速それらに目を通しつつ、お姉さんからなんやかんやと専門用語の多い説明を聞くイクシスさん。と、ココロちゃん。
そうして一通り話を終えると、一礼してしずしずと去っていくお姉さん。
その際私に、「お大事になさってくださいね」だなんて言うものだから、急に怖気に見舞われてしまった。
え、なに? 私病気かなんかなの?!
めちゃめちゃ健康体のつもりで居たんですけど?!
すっかり怯えた私の背を、オルカがいつものようにぽんと優しく支えてくれる。のだが、今はその優しさが怖い!
頭上のゼノワも戸惑いっぱなしである。
イクシスさんもココロちゃんも、なんだか困惑した顔でこっち見てるし、クラウも難しい顔してるし。ソフィアさんに至っては、「大丈夫ですよミコトさん、私がついていますからね!」ときたもんだ。
先程までのウキウキとした気持ちはどこへやら、すっかりビビり散らかした私は、おずおずとイクシスさんたちへ向けて問うた。
「な、なんなの? もしかして私、変な病気かなんかなの……?」
「…………」
対してイクシスさんは、なかなか答えない。
眉間にシワを寄せ、むぅと重苦しい息をつく。
しかしそれも数秒のこと。ようやく意を決したのか、彼女はようやっとその形の良い唇を動かしたのである。
そう。
大きく首を傾げながら。
「ミコトちゃん。キミの体は、一体全体どうなっているんだ??」
「……いや、こっちが訊きたいんですけど」
イクシスさんに倣ったつもりもないのだけれど、気づけば私も大きく首を傾げながらそんな、ツッコミとも言えないような言葉を返していた。
ともあれ、ここに至ってようやっと事情説明がなされる。
「いや、実は昨日ミコトちゃんが帰った後なんだが」
曰く。昨日私がおもちゃ屋さんに戻った後、皆を集めてとある相談を持ちかけた者があったらしい。
ソフィアさんである。
彼女は皆に、私が魔術の習得を断ったことや、とんでもないハードスケジュールをこなし続けていることなどをチクり、絶対近日中に過労で倒れると。その前に何とかするべきだと。そう熱弁したそうなのだ。
それに対して皆は、私がちくちく頑張っていることは知っているが、私がいつも平気そうにしているため大丈夫なのだろうということで黙認してきたけれど、確かによく考えたらそれはダメなやつだと今更になって思ったらしく、同時に何故もっと早く気づかなかったのかと責任を感じたそうな。
そんなこんなで今朝、何はなくとも取り敢えず健康診断を受けさせよう。話はそれからだ、ということで今に至るらしい。
で、気になる診断の結果だが。
「特に異常が見当たらない……確かにちょっと疲労が溜まっているようではあるが、過労というほどではないな」
とのことだった。私自身でも、それはちょっと驚いたが。
何にせよ、どうやら私は無理なく頑張れているらしい。何ならもっと頑張っていいのかも知れない。
まぁそれはともかく。
私を含めた皆の視線が、騒動の原因たるスキル大好きソフィアさんへと向かう。
すると少しばかり目を泳がせた彼女だが。
「いやいや、私はミコトさんの身を案じただけです! もし私がミコトさんと同じルーティーンを行おうものなら、三日と持たず寝込む自信がありますし!」
と、開き直りなのか何なのかよく分からないことを言い出した。が、これには存外皆が納得し。
「それはそう。今回おかしいのはミコト」
「すみませんミコト様、今回ばかりはココロもそう思います」
「明らかなオーバーワークだろう。何故平然としていられるんだ……?!」
「うーむ。またミコトちゃんの謎が増えてしまったな……」
結果、皆の視線が転じて再度私に集まったのだった。
「そんなこと言われても……」
と、私が困惑してみせたところで、皆もざわつくばかりである。
そうして結局。
「何にせよ、休息だ。ミコトちゃんは修行や鍛錬の類を最低でも三日は全面的に休むこと。もしかしたら見えない部分に疲労が蓄積している可能性だってゼロではないのだからな!」
というイクシスさんからの言いつけが下ってしまったのである。
そりゃ私も、良きタイミングで休みを挟もうとは思っていたけれど、まさかこうなるとは……。
しかし三日……三日も鍛錬禁止……??
なんだろうかこの、毎日プレイして腕を磨いていた格ゲーを取り上げられたような感覚は。
頭の中を、どこかで聞いた恐ろしいセリフが横切っていく。
『一日練習を休んだら、その分を取り戻すのに三日は掛かる』
実際、たった一日でもブランクは感じるものなんだ。
それを思うと、鍛錬を休むとか……ろ、論外なんですけど……?
「あの、えっと、それはちょっと無理っていうか……」
「ワーカーホリックだ! 拘束しろ!!」
「ひえっ?!」
結果、私はイクシスさんをはじめとした仲間たちの手により縛られ、見張られ、軟禁され。
無理やりあらゆる鍛錬を禁止されてしまったのだった。
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