第四二四話 ブースターパック
荒野での模擬戦を終え、イクシス邸訓練場へと戻ってきた私たち。
先程の戦闘にて、あられもない格好になっていたイクシスさんも、既に着替えて身だしなみを整えている。
現在は訓練場の只中に集まり、各々の成果発表を終えてのまとめが為されようとしているところだった。
顧問の先生よろしく、私たちを前に仕切りを行うのはイクシスさんである。
「さて、一通り模擬戦形式にて各々の今の実力というのを見せてもらったわけだが。皆どうだっただろうか?」
と、何とも雑な水の向け方をしてくるイクシス顧問。
すると真っ先に声を返したのは、ココロちゃんである。
「すっごくすっごかったです! 鏡花水月大躍進間違いなしですよ!」
目をキラキラさせてそう述べる彼女を皮切りに、皆も思い思いの感想を述べた。
「でも、まだまだ精進したい」
「私もですね。追求し甲斐のある研究テーマを見つけてしまいましたから」
「私は母上のせいで、地味なお披露目になってしまった……早いところ実戦で挽回したいものだ」
「このメンバーでどんな立ち回りができるか……考えただけでワクワクするよ!」
私たちの返答に、うんうんと満足げな頷きを見せるイクシスさん。
クラウが口を開いた時には、ついっと目を逸らした彼女だったけれど、ともあれおかげさまで今の皆の実力というものを確かめる良い機会になったのは間違いない。
「本当に、みんながこんなに凄い力を得ていただなんて、こうして確認する機会がなくちゃ実戦でびっくりしてたところだよ。ありがとうイクシスさん、私たちのためにわざわざ骨を折ってくれて」
謝意を込めて、ヘコっと頭を下げる私。なにせ彼女にしてみれば五連戦したようなものだもの、如何なイクシスさんだってそれなりに疲れたのは間違いない。服も焼いちゃったし。
すると皆も私に倣うように、ヘコヘコっと揃って一礼する。
対してイクシスさんは、少しばかり面食らったように目を丸くすると、続いて照れたように後頭部をポリポリ。
「ま、まぁな。これも先輩冒険者の務めというやつだ、気にするな」
と、口元を綻ばせてそんなことを言う。本当に人が良い。
そうして皆でほっこりしていると、しかしイクシスさんが咳払いを一つ。
「では折角だ、ざっくりまとめがてら感想会でもするか」
と、イクシスさんの提案により、私たちはその後もしばらく訓練場に残り、細々とした其々の能力確認やPTとしての戦術等についても話し合ったのである。
ゆっくりと夕の気配が近づいてくる青空のもと、皆でそんなやり取りをする時間というのはこう、やっぱりどこか部活めいていて。
ゲームに青春を注ぎまくっていた、万年帰宅部の私としては、こんな場面でもまた思うのである。
ああ、異世界なんだなぁと。
★
殊の外盛り上がった感想会は、訓練場から引き上げ、湯船に浸かっている今になって尚尾を引いていた。
魔道具による照明の元、モワモワと白く漂う湯気をぼんやり眺める暇もなく。
現在私は鏡花水月の皆に詰め寄られているところだった。
「それでミコト、改めて我々に対する評価を聞かせてほしいのだが」
「私たち、頑張った。その成果がミコトの目にはどう映ったのか気になる」
「コ、ココロの力はお役に立てそうですか……?」
「私ももっと褒めてほしいです」
とのことなので、ふむむと考えた後、私は今日模擬戦を目の当たりにして感じたことを一人ひとりに向け、述べていったのである。
彼女らの要望を了承し、こほんと咳払いを一つして。
「それじゃぁ、先ずはオルカだけど」
緊張した表情の彼女へ、私は述べるべきことを頭でまとめつつ、口を開いた。
「みんなにも勿論そうなんだけど、特にオルカには感謝したいって思った」
「? 感謝?」
「うん。以前は火力が足りないって嘆いてたのに、今回オルカの見せてくれた戦い方は、自身の火力より味方の火力を最大限に活かせる、PTに一人は居て欲しいタイプの戦闘スタイルだった。きっとそれを選ぶに当たって、小さくない決断があったんじゃないかなって思ったら……感謝せずには居られないなって、そう感じたんだ」
「ミコト……」
オルカは照れたのか、少しばかり目を泳がせ、口元までお湯に沈んだ。
そんな彼女へ、私は続きの言葉を掛ける。
「それにイクシスさんを、あの手この手で翻弄したのはお見事だった。何よりニンジャ式影魔法には本当に驚いたしね。それにオルカの隠形は、多分今回の骸から受け継いだステルス系の力とすごく相性がいいと思うんだ。キャラクター操作を使う機会が楽しみだね」
「! そう、それ。私も思ってた! やっぱりミコトのベストパートナーは私……!」
ムフーと、勢いのままにそんなことを言うものだから。
「オルカさん。それは聞き捨てなりませんね」
と、やっかむハイエルフさんとワチャワチャし始めてしまった。
まぁオルカに関して言いたいことは言えたので、そっとしておくとしよう。
さて、次である。私はココロちゃんへ向かい、感想を述べ始めた。
「次はココロちゃんだね。正直めちゃくちゃビックリした。まさか『ココロさん』に変身するなんて」
「さ、さん付けだなんて恐れ多いですよミコト様……」
そこに反応するのか。顔を赤らめ、もじもじするココロちゃん。
しかし、あれはどう考えても『ココロさん』と呼ぶべき姿だった。今更訂正はすまい。
「あのイクシスさんと真正面からやり合えるだけのパワー……私も今日イクシスさんと改めて戦ってみて、それが如何にとんでもないことかよく分かったよ。鬼の力の制御がどれだけ大変かは、私も少なからず分かってるつもりだし、ココロちゃんがものすごく頑張ったことも理解できる」
「ミコト様……」
「いっぱい頑張ったんだね。ありがとう、これからも頼りにさせてもらうよ」
「っ……はい! そのお言葉だけで、頑張った甲斐がありました……っ」
感極まったのか、こちらは泣き出してしまった。私は彼女を引き寄せ、よしよしと頭を撫でつつソフィアさんの方を眺めた。まだオルカと言い争っている。
ので。
「お取り込み中みたいなので、ソフィアさんはいいとして」
「ちょっと!! それはあんまりですミコトさん!」
「やっぱりベストパートナーは私」
「違います私です! ミコトさんは私の嫁ー!」
私はクラウの方へ向き、逡巡し、そしてゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「イクシスさんから、クラウのお父さん……『最強の盾』カグナさんのことは聞いたよ。クラウが目指す理想についても」
「!」
私の言葉に一瞬目を丸くした彼女は、しかし。
口元を綻ばせ、その目にはどこか誇らしげな色を湛えた。
だから私も、率直な思いを伝えることにする。
「『最強の盾』と『勇者』の好いとこ取りをした最強の戦士……無敵超人じゃん!」
「ふふふ……分かってくれるかミコト。今日はその、あまりかっこいいところを見せてやれなかったが……」
「いや、全然そんなこと無いから!」
声を大にして、クラウの言葉を否定する私。だってそうだ。
イクシスさんの無茶苦茶っぷりは、今日嫌というほど体感したのである。
そりゃ加減の具合が異なった、というのは事実かも知れないけれど、だとしてもだ。
「あの無茶苦茶なイクシスさんが、逃げに回った。私はこの事実を、決して軽視したりしないよ」
真剣に、クラウの目を見て告げる。
「私を相手にあんな無茶苦茶な動きをしたイクシスさんが、娘の努力の成果をアピールできるチャンス、それを棒に振ってまで逃げに徹した。それってきっとあのまま戦闘を継続したら、本当に手に負えなくなると感じたからこそなんじゃないかな?」
「そのとーーーーーーりっ!!」
突如、広い浴室にわんわんと響く無駄に通る声。
案の定イクシスさんだった。
布で体を隠すでもなくスッポンポンで仁王立ちしている彼女は、どうやら私たちの話が耳に届いていたらしく。
テケテケと足取り軽くこちらへやって来るなり、これみよがしに話に加わってきたのである。
「いやー、ミコトちゃんならちゃんと理解してくれてると信じていたぞ! そうそうそうなんだ、あのままクラウに攻撃を防御され続けたら、ホントに神気顕纏に頼らざるを得ない可能性があったんだ。だが、流石にそれはやりすぎと言うか、娘相手にそんなもの使いたくないと言うか、ママのそんな切羽詰まった姿は見せたくないっていうか……分かるだろう? 分かってくれ!」
「ああもう、分かったから! 今ミコトと話してるんだ、入ってこないでくれ!」
「そんなー」
クラウにしっしと追い払われ、トボトボと洗い場へ向かうイクシスさん。丸まったその背中には哀愁が漂っている。
私は空気を変えるべく、わざとらしい咳払いをし、改めてクラウへ話の続きをした。
「ともかく、私はクラウの力を大きく評価してるし、今後の成長にだってすごく期待してるんだ。単なる盾役としてだけじゃない、今日の模擬戦ではいろんな可能性を感じさせられたもん。火力役は勿論、連携の軸としても強力に立ち回ってくれそうだし、『必殺技ブッパ召喚』も駆使したらカウンタースキルを更に有効に活かせるかも。魔法もあんなに強力になるんなら、遠距離にだって十分すぎるほど期待できるし……っていうか、今日はクラウもだけど誰も装備の特殊能力とかほぼ使ってなかったよね? なら、さらにいろんな戦術が……」
「あ、コレ長くなるやつだな……」
「うぇへへぇ、ミコト様のなでなでぇ」
私はココロちゃんの頭を撫でくりまわしながら、ブツブツとPTの新たな連携プランについてあれこれと想像を巡らせ、その膨大な可能性を前に胸を躍らせたのだった。
まだまだ成長途上の私たちだけれど、きっと生半可なモンスターでは既に苦戦すらしないだろう。
慢心するつもりはないけれど、冷静に考えて今の私たちに対応できない状況を想定することのほうが難しくさえある。それくらい、今の鏡花水月は万能に近いPT戦力を有している。
それはまぁ流石に、いきなり宇宙空間に投げ出されたり、時間停止からの一方的な攻撃に遭ったり、逃げる暇さえ無く超火力で焼かれたりなんかしたらどうしようもないだろうけれど。
さりとて敢えてそういう危険に飛び込みさえしなければ、大抵なんとかなるはず。
それも嬉しいのだけれど、それより何よりやっぱりどこまで行ってもゲーマー脳の私としては、さながらカードゲームに新たなブースターパックが追加され、それを大量に買い込んできた時のようなワクワク感を感じてやまないわけだ。
そんなこんなでようやっと浴場を後にする頃には、皆揃って肌をふやかしていたのである。
ココロちゃんなんていよいよのぼせて目を回し、湯船にぷかーっと浮かび上がってしまい、私は盛大に慌てたものだ。
湯船で思考に耽るのは良くない。生前自宅のお風呂で溺死しかけた時のことを思い出し、私は深く反省したのだった。
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