第四二三話 見えん
あらゆる攻撃に、必中の特性を持たせる【オートエイム】のスキル。
これを駆使したことにより、ツツガナシより繰り出す最速の抜刀術には併せて自動でテレポートが発動し、剣身は見事イクシスさんの胴体へ向けて吸い込まれていったのである。
しかし流石と言うべきか、刃と胴体の間にはピンポイントで隔離障壁が生成されており、彼女は見事にツツガナシの進行を阻んでみせた。
だが。
「!?」
ツツガナシの剣身がそれに触れようという直前、再度テレポートは自動的に発動し。
私は意図せぬままに、全く別の角度よりイクシスさんへと斬りかかっていたのだった。
しかも刃は既に十分な勢いを携え、半ばまで振られている。
オートエイムくんが掲げる『必中』の看板は伊達ではないらしく、隔離障壁にてとっさに身を守ったイクシスさんの虚を完全に突いている。
彼女にしてみれば、ガードできたと確信し、反撃に意識が移ろう正にその刹那。
私の姿がふっと消え、そして対応の間に合わぬうちに逆の横腹に突如刃がぬるりと差し込まれたと。そのように感じたはずである。
しかしだ。
ツツガナシがするりと薄皮を裂いた、その直後。さながら鋼でも叩いたような鈍い衝撃が手に返り、私は驚きを禁じ得なかった。
何らかの防御スキルか、或いは純粋なステータスによる防御力ゆえか、ツツガナシが容易く食い止められてしまったのだ。
と同時、またも自動回避のスキルが発動。気づけば空中にその身を投げており、直後凄まじい轟音が耳に届いてきた。恐らくイクシスさんの反撃によるものだろう。
もし逃げ遅れていたなら……いや、考えても詮無いことだ。
それよりも、である。
「っ!」
音の速度で轟音は私の耳に届いた。けれどその時には既に、イクシスさんは私の前まで迫っており。
さりとてツツガナシの抜刀バフが効いている今は、辛うじて対応できる。
繰り出される剣技を、今度こそ自らの意思で避け、いなし、オートエイムを乗せて反撃を試みる。
だが、そんな足掻きが出来るのもたった一秒間のこと。
結局ろくな痛痒を彼女に与えることの叶わぬまま、私はまた自動回避に振り回され始めたのだった。
★
「……見えん」
「同じく」
「誰か解説お願いします」
「無茶言わないでください」
ミコトとイクシスの模擬戦が始まり、開始早々ボロボロにされたイクシス。
それを目の当たりにしたオルカたち一同は、内心「やったか?!」という例のセリフを唱えていた。
結果、案の定やれてなかった。
ばかりか、いよいよ目の色が変わったイクシス。
そこから先の展開は酷いもので、あまりの高速戦闘に理解が追いつかない一同である。
いや、全くということはない。場面場面を捉えることは出来るのだが、それを理解しようとしている内に状況は推移し、次の攻防が別の場所で行われている。そんなことの繰り返しだった。
改めて、自分たちとは立っているステージが違うのだなと。
そのように悔しい思いを懐きつつも。
「ミコト様、明らかにおかしな動きをなさっていますね……」
「あれは恐らく、自動回避スキルによるものです」
「当人の意思に関係なく、勝手に体が動くっていう?」
「だとすると、現状劣勢ということか……っていうか母上め、やりすぎではないか?!」
あっちこっちとテレポートにより転移しながら行われている、奇天烈な戦闘光景。
さりとて転移の度、ミコトの姿勢というのはメチャクチャに崩れており、明らかに自らの意思に反する動作が働いているように見えた。
しかし彼女も時折懸命に反撃しており、チラホラとイクシスと打ち合いを演じる場面も偶に見られるのだが、結局は押し負ける形である。
動きの速さから、あまり目で追えていないクラウたちにしても、そのくらいは捉えることが出来ていた。故にこそこう思うのだ。
ミコトが追い詰められていると。
けれども彼女にはまだ隠し玉が残っており。
「クラウ、残り時間は?」
「む。お、そろそろ一分を切りそうだな」
「ということは、アレが見られそうですね……!」
「ミコト様だけの精霊術……二重宿木!」
彼女たちが期待を込めてそのようなやり取りをしている、その時だった。
「あ! 見てください!」
ココロが叫び、皆の目が一斉にそれを捉えたのである。
ミコトの装いが、明らかに変化している。
携えたるは精霊降ろしの巫剣。
身に纏うは、ドレスを思わせる華やかな衣装。
当人曰く、精霊ゼノワの能力に影響を受けてのものらしい。
それがよもや、誰もがネタ装備だと敬遠したワガマママウントフラワーに由来するものだと聞いて、耳を疑ったものである。
皆の視線の先、そのように変身した姿を一瞬晒したミコトだったが、以降は尚酷かった。
「……さっぱり見えん」
「ギアが上がった」
「これは果たして、ミコトさんを評価するべきか、それともイクシス様を流石と考えるべきか……」
「がんばえー! ミコト様がんばえー!」
ますます速度を増した双方の打ち合いは、いよいよ誰の目にも捉えられることが出来なくなり。
時折起こる剣戟の音や魔法の爆ぜる音、それに伴う凄まじい衝撃波だけが、戦闘の凄まじさを物語ったのである。
★
生前、仮◯ラ◯ダーを見ていて思ったことがある。
速いって最強じゃん……と。
シミュレーションRPGなんかでも、一ターンに二度行動できるユニットの強さったら無かった。
そして今のイクシスさんを前にしても思う。
速いってやっぱりズルい。
速さに対抗するには、同じく自身も速さを手に入れなくちゃならないんだ。
だから。
制限時間も多分残り一分を切った頃。満を持して発動した、二重宿木。
ゼノワには装備替えをさせ、ワガマママウントフラワーを装備してもらった。
そうして精霊降ろしの巫剣を手に、一分間の最強モードに突入した私。
そこで改めて確信したのである。
やっぱり、速さは大事だと。
先程まで、ただ翻弄されるしか無かったイクシスさんの圧倒的なスピードに、今はついていけると。そんな確信が感じられたのだ。
目で追える。思考も十分に伴う。何より、体が彼女と同じ時の流れに対応している。
やっと近しい条件で戦えるだけの資格を得た。そんな気がして、私は勇みイクシスさんへ躍りかかったのである。
だけれど、同じステージに立ったとて、それは拮抗したことと同義ではないのだと。
私は彼女と剣を交えた瞬間、否応なく理解させられたのである。
心眼やオートエイム、自動回避といった様々なアドバンテージを持つ私。
サポート機能をゴッチャリと身に纏った、さながらドレスだけ着飾った素人も同然だ。
そんな私が、同じ舞台で輝く本物のスターに及ぶはずもなく。
力で圧倒され、技で翻弄され、知恵で魅せられ、そして大胆な選択に度肝を抜かれた。
極限の集中力下での打ち合い。圧倒的なまでに濃密な時間。さながら膨大な情報が一気に頭に流し込まれたような、現実離れした感覚。
イクシスさんの一挙手一投足が私の理解を超え、「ワケワカンナイ!」と思考を放棄したがる自分と、「観察しろ! 考えろ!」と理解を促す自分とが頭の中で凄絶な殴り合いを続け。
そうして我も忘れて一心不乱に剣を、魔法を、スキルを振るい続けた結果。
『そこまで!』
というクラウの掛け声が、念話にて届く頃には、すっかり燃え尽きた私。
多分ぷすんぷすんと頭から湯気でも出ているのではないだろうか。
宿木も解除し、ばたむと地面に横たわった私は、されど瞼の裏に焼き付いた攻防の余韻に目を回し、すぅっと意識が遠のいていくのを感じたのだった。
が。
「おい待て待て! ミコトを気絶させるな!」
「アレが目覚める! 危険!」
「ミコト様、お気を確かに!」
「それはそれで見てみたい気も……」
と、慌てる仲間たちの声に意識を繋ぎ止められ、挙げ句水をバシャンとぶっかけられ、ゼノワには頭を連打され、辛うじてながらどうにか気絶は免れたのだった。
対してイクシスさんの方はと言えば。
「ぜぇ、はぁ……ひぃ。誰か褒めてくれ、【神気顕纏】に頼らなかった私をぉ」
と、大の字になって土の上に寝転がっていたのである。
しかしそんな、色んな意味であられもない格好の彼女へ駆け寄る者は一人もなく。
「ぐすん……」
そんな寂しげな声だけが、荒野の風にひゅるりと攫われていったのだった。
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