第四三一話 いつかのスキルオーブ

 ガタッと席を立ち上がったのは、ソフィアさんだった。

 スキルオーブを探しているだなんて話題が出て、当然彼女が黙っていられるはずもない。

「詳しくお聞かせ願えますか!」

 と、鬼気迫る勢いで言うものだから、今度はフロージアさんが気圧される番だった。


「は、はひ、何なんですの? お顔が恐いですわ……」

 すかさず、前のめりのソフィアさんを押し留め、席に戻したのはココロちゃんである。

 警戒心を顕にするネルジュさんの刺すような視線を受け、冷や汗タラタラで「すみませんこの人、スキルに目がないんです。決して悪気も害意も無いので何とぞお許しを!」と、早口で平謝り。

 訝しむネルジュさん。

 しかしそれを尻目に、今度はフロージアさんがぴょこんと立ち上がった。


「まぁまぁまぁ! そうなんですの?! ならば是非お話をお聞かせ願いたいですわ!」

「スキルに関するお話が出来るというのなら、無論大歓迎です!」


 呼応するように再度腰を浮かせたソフィアさん。

 なにか通じるものでも感じたのだろう。二人は自然な動作で、ガシッと固い握手を交わしたのである。

 ネルジュさんがまた溜息を零している。苦労してるんだろうなぁ。

 っていうか、声が大きすぎてお店中に響いてるんですけど。マスターも困り顔である。

 でも文句を言いに行かない辺り、やはり貴族はのっぴきならない存在なのだろう。ゼアロゴス云々って話も、結構大声でしてたしね。


 しかと手を握り合った彼女たちは、一旦着席。そのタイミングで、恐る恐るウェイトレスさんが注文の品を持って登場。

 サササッと驚きの手際で飲み物や軽食をテーブル上に並べてしまうと、流れるように引っ込んでいった。プロの仕事である。

 ソフィアさんもフロージアさんも一旦お茶で喉を潤し、呼吸を改めた。

 さりとて話の流れは途絶えておらず。故に誰も異なる話題を差し挟むことがないまま、まんまとソフィアさんが再度口火を切るのを許したのである。


「それで、お探しのスキルオーブというのは一体どのようなものなのでしょうか?」


 彼女の問いかけに、待ってましたと目をキランと光らせたフロージアさんは、声を弾ませ返答したのである。

「よくぞ訊いてくれましたわ! わたくしの探しているスキルオーブ。それは……【テイム】を宿したスキルオーブですの!!」

「! ほほぉ、テイムですか! モンスターを従えるための珍しいスキルですね」

「そうそう、そうなのですわ!!」

 ソフィアさんを話せる人物であると判断したのだろう。これまで以上に饒舌になったフロージアさんは、そこから訊いてもいないのに自分語りを始めた。


 曰く。

 彼女は幼い頃から冒険者というものに並々ならぬ憧れを抱いており、いつかは自身もそのように生きるのだと、強く夢見て過ごしていたらしい。

 ところが現実は残酷だった。

 彼女には、悲惨なまでに才能が無かったのである。

 ジョブからして戦闘にはまったく不向きな生産職特化のそれであり、剣も魔法もからっきし。っていうか運動音痴。

 そのくせ好奇心がやたら強く、とんでもないお転婆であったため、その軽すぎるフットワークを抑制するために勉学や習い事などのスケジュールをびっちりと家庭教師に詰め込まれ、まったく自由な時間をもらえなかったのだとか。

 まぁそれでも、サボってなんやかんややっていたそうだが。

 しかしその結果、彼女は自身の無力さを痛感した。自分の力では、冒険に出ることなど不可能なのだと。

 そもそも身分からして無茶な話なのではないか、と誰もが思ったが、あまりに熱の入った語りであったため、野暮なツッコミは入らなかった。


 悲嘆に暮れた彼女は、ある日とあるスキルの存在を知ったのである。

 それが、テイムというスキルだった。

 モンスターを従え、自身の代わりに戦わせるテイムスキル。

 これがあれば、非力な自分でも冒険できるのではないか。

 そのように夢見た彼女は、以来長年に渡ってテイムスキルを習得するためにスキルオーブを探し求めているのだそうだ。


「今回この街を訪れた目的も、テイムスキルを求めてのことだったのですわ!」


 そのように締めくくるフロージアさん。

 話を聞き終え、一様に何とも言えない表情をする皆の中にあって、ただ一人涙を零す者があった。

 無論、ソフィアさんである。

「感動しました……! そこまでスキルに熱い思いを抱いておいでだとは……!!」

「分かってくださいますの、ソフィア様!」

「勿論です、フロージア様!!」

 お互いの手をがっしり握り合い、熱い視線を交わす二人。なんだこれ。


 まぁでも、フロージアさんが求めているものは分かった。

 テイムスキルか……確かにロマンだよね。私だって、今みたいな戦闘スタイルじゃなかったら憧れてたところだ。っていうかゼノワが居るから、どの道テイムは不要か。

 しかしフロージアさんは、テイムモンスターに縋るしか戦う術がない。故に、喉から手が出るほどテイムのスキルオーブが欲しい、と。


 そうしてソフィアさんと手を取り合っていたフロージアさんは、ふと真剣な、それでいて切実そうな表情を浮かべると、恐る恐る問うてきたのだ。

「それでですわ、その、あの……皆さんはテイムのスキルオーブについて何か情報をお持ちだったりしませんの……? お知り合いの方が所持していただとか、どこのダンジョンに眠っているだとか、些細な手がかりでも構いませんの! 何か……!」

 キュッと不安げに胸元で拳を作り、皆の顔を見回すフロージアさん。


 その時だった。


『ごめんみんな、ちょっと相談がある』

 と、そのように念話を投げてきたのは、フロージアさんのことを姉さまと呼ぶオルカで。

 何事だろうかと皆が反応を返せば、彼女は躊躇いがちにこう持ちかけてきたのだ。


『姉さまに、テイムのスキルオーブを渡したい』


 当然、一番大きな反応を返したのはソフィアさんで。

『な……な、へ? どういうことですかオルカさん! その口ぶりではまるで、それをお持ちのようではないですか!』

 という、当然の疑問をぶつけたのである。

 現に今、PTストレージ内にはそれらしきアイテムなんて入っていない。

 入っていないのだけれど……。


『あ。そう言えば確かに、そんなのもあったな……あれは確か、人喰の穴だったか』

『……ああ! ですです! そう言えば忘れてました! あれはまだソフィアさんが加入する前でしたね』

『ちなみに今は、私の個人ストレージの方で保管してるよ。ソフィアさんに見つかるとうるさそうだったから』

『酷いです!! テイムは希少なスキルなんですよ?! それを今の今まで私に黙っているだなんて!!』

『案の定うるさいです』

『確かテイムを誰が覚えるかで、一度話し合ったよな?』

『そうそう。それで、特に誰も積極的に覚えようとしなかったから、それなら保管しておいて欲しいって……そうだ、オルカが言い出したんだっけ?』

『でしたね。ということはもしかして、フロージア様のことをお考えになって……?』

『うん……理由すら話さずにいて、ごめん』


 申し訳無さそうに念話にて謝罪してくるオルカ。

 しかしまぁ、実際私たちも言われるまでは忘れていたくらいのことなので、別にいいと言えばいいのだけれど。


『言われてみたら、確かにオルカの身の上話っていうのは聞かなかったね。話しづらい事情でもあるのかなって思ってたけど』

『フロージア嬢を姉さまと呼んだのは……まぁ、何かしらの繋がりがあるのだろう』

『ミコト様を思えば、余計なことを話せないのも無理はないのです! 藪蛇になりかねませんから』

『……ごめん。だけどこれだけは信じて欲しい。今の私は、貴族とは何の関わりもない。だけど姉さまは、幼い頃から良くしてくれたから……出来れば恩返しがしたい。本当に、それだけ』

『ふむ……ちなみに、この中でオルカさんのことを一番古くから知っている私からしますと、彼女に貴族との繋がりを感じたことはただの一度もありませんね。何より、ミコトさんの心眼を欺くような真似など、誰であろうと不可能です。なので、オルカさんの仰ることに嘘はないと思いますよ』


 不安げなオルカの言を、冷静にフォローするソフィアさん。

 そう言えば確かに、ソフィアさんは受付嬢として、私が冒険者登録をするより前からオルカのことを知っているのだった。

 そんな彼女が証言するのだから、オルカ当人の言うとおり現在彼女に貴族との繋がりはないのだろう。

 まぁ口ぶりからすると、もしかして以前は繋がりがあった、ということなのかも知れないが。

 だとして、それで私がオルカを避けるようになるのかと言えば、勿論そんなはずなど無く。

 ならば論点とするべきは、貴族との繋がり云々じゃない。


『そもそも私は、オルカが嘘を言うだなんて思ってないよ。だって私たちみんな、嘘や誤魔化しがバカみたいに下手くそなんだもん。ソフィアさんは例外だけど』

『ミコト……!』

『サラッと私を仲間外れにしないでください!』

『まぁそういうわけだから、信じるも信じないもないよ。要はフロージアさんにスキルオーブを譲っていいかどうかって話でしょ?』

『ああ、そのとおりだ。ちなみに私に異存は無いぞ。どうせ持っていても使わないしな』

『ココロもいいと思います。オルカ様のお姉様で恩人とあらば、ココロにとっても重要人物ですから!』

『私も大丈夫だよ。今更モンスターをテイムなんてしようものなら、ゼノワがヤキモチ焼いちゃうかもだし』

『ギャゥ!』

『むぅぅぅ……まぁ、そうですね。私もフロージア様であれば、お譲りするのも吝かではありません。良い情熱をお持ちの方ですし』

『みんな……ありがとう……!』


 というわけで、案外あっさりと満場一致である。

 ソフィアさんは渋るかと思ったのだけれど、余程フロージアさんを気に入ったのか、或いは気が合ったのか。

 ともあれ、誰からも反対意見は出ず。その代わりに。


『それはそうと、見返りに関しては如何しましょうか? 貴族を相手に恩を売るような真似は、出来る限り避けたいところですが』

 と、ソフィアさんが懸念を述べた。

 そしてそれには皆が納得し、故にふむと返答に困ったのである。

『ご内密にしていただけるようお願いしても、ダメでしょうか? 無償で提供すれば穏便に済むのでは?』

『フロージア嬢はともかく、ネルジュ殿が上へ報告する可能性は拭えぬだろうな……』

『姉さまも、無償じゃ受け取ってくれないと思う』

『オルカ様からの個人的なプレゼントということにしては如何でしょう?』

『ん……それなら、大丈夫かも……』

『ですがそれでも、ネルジュさんは黙っていないでしょうね。妙に我々を訝しんでいる節が見られますし、もしこっそりフロージア様がテイムを覚えた場合でも、誤魔化すのは困難かと』

『……っていうか、ただ贈り物をするだけなのに、そこまで警戒する必要ってあるの? 普通に渡しちゃって良いんじゃないかな。オルカの姉さまだもん、あんまり妙な警戒はしたくないし』


 こう言っては何だけど、所詮たかが貴族。ちょこっと恩を売ったところで、然程の影響があるとも思えない。まして『私の可愛いオルカ!』って溺愛を示した相手からの贈り物である。

 ならば尚の事、おかしなことにはならないんじゃないだろうか?

 なんて私が内心で首を傾げていると。


『まぁ、普通はそうかも知れない。だがミコト、相手は公爵家の人間だぞ? 決して侮っていいものではない』

『ですです。その権力も影響力も絶大です。万が一目をつけられようものなら、鏡花水月の活動にも支障が出ちゃうかもです!』

『みんなに迷惑はかけられない。特にミコトのことを知られるわけには行かない……!』

『そうですね。慎重にならざるを得ない相手であることは、間違いありません』


 との返事が寄せられ。

 私は彼女らの念話が紡いだ意味を、少しばかり咀嚼し反芻し、そしてとんでもない単語にようやっと気づいたのである。


『……え。待って。こ、公爵って言ったの……? 侯爵じゃなくて……?』


 いや、侯爵でもえらいことだけども。

 公爵って言ったら、最上位の爵位じゃなかったっけ? あんまりその辺詳しくないけどさ……。

 すると案の定、『まさかゼアロゴスの名を知らないのか?!』『さ、流石ミコト様です……』『そうじゃないかと思った』『いいですかミコトさん、ゼアロゴス家とは……(割愛)』という定番のくだりがあり。

 私は盛大に呆気にとられ、今更になってテンパり始めたのである。


 もしかして私今、思った以上にヤバい状況に置かれてない……?

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