第四二一話 あざといクマさん

 むっすー。と、ほっぺをパンパンに膨らませて不機嫌さをアピールするクラウ。

 ソフィアさんの時に比べ、彼女のお披露目時間は妙に短く感じられた。

 というのも、後半はイクシスさんと追いかけっこに興じていたため、制限時間の三分はグダグダの内に過ぎてしまったのである。


 模擬戦を終えて皆の元へ戻ったクラウは、メチャクチャ不完全燃焼であると無言のまま訴え散らかし、イクシスさんはそんな娘に平謝り。

「悪かったってば! ママが悪かったってば! そんな顔しないでくれ、今度かっこいい剣をプレゼントしてやるから! な?」

「剣なら間に合ってる」

「お、おぉぅ、それじゃ別の武器だ。クラウに似合うやつをバッチリ選んでやるから!」

「…………」

 お、揺らいでいる。やっぱりクラウちょろい。


 とまぁ、そんな一悶着がありつつも、ともあれクラウのお披露目試合は終わった。

 内容的に、結局派手さとは程遠い立ち回りを見せたものの、しかしイクシスさんがガチで逃げ回るほどに完成された戦闘スタイルは、全く非の打ち所がないもので。

 っていうか、勇者を追いかけ回すとか普通にとんでもないことなのでは……?

 勿論、イクシスさんは随分と手心を加えてくれているわけだし、クラウの力がイクシスさん相手に通用するようになった、なんて言うにはあまりに気が早いだろうけれど。

 さりとて、クラウはこれからもっともっと強くなる。

 伸び代を踏まえて考えた時、彼女はいつかイクシスさんをも超える力を手にするのではないかと、そんな可能性を見た気がしたのだ。


 なんて私が感慨に耽っていると、ムスッとしていたクラウがガバっとこちらを向いた。そして言うのである。

「と言うかだな、先程は私個人戦用の戦い方を見せたわけだが、ちゃんとPT戦に対応したスタイルも用意してあるんだ。次の機会には是非、そちらを披露させてくれ」

 実践してみせることが出来なかった分、せめて口頭でアピールしようという意思が垣間見え、生真面目と言うか健気と言うか。優等生気質のある彼女らしい補足だった。

「流石鏡花水月の盾だね。それなら戦術の幅ももっと広げられそうだ」

「ああ、任せてくれ。もしミコトが前に出るような場合でも、私がきっちり護ってやるからな!」

「わぁ、イケメン女子」

 先程までの子供っぽいふくれっ面もどこへやら。力強い笑みをくれる彼女は、如何にも頼り甲斐の感じられるお姉様に見えた。


 と思ったら。

「むぅ! 私の武器よりミコトちゃんとのやり取りで機嫌を直すとか、納得行かないんだが!」

 今度は勇者ママが子供のようにへそを曲げてしまった。

 そんなこんなで彼女が機嫌を直すまで、もう一悶着あったのだった。



 ★



 荒野のさなかに於いて、テーブルを囲って団欒している私たち。

 周囲には例によって、風よけだの日差しよけだのモンスターよけだの、各種結界を張り巡らせた快適仕様となっており。

 これみよがしに皆の頑張り語りがなされ、お茶の席は殊の外賑わいを見せていた。

 というのも、私が居ない間のエピソード話を聞かせてもらっているわけで、それがたっぷり二ヶ月近く分も溜まっていれば話の種が尽きようはずもなく。

 面白話から苦労話まで、様々なエピソードが延々と語られ、ともすればあっという間に日が暮れてきそうな予感すら感じていた。


 けれど、不意に訪れた話題の切れ間。降って湧いたような静寂を、これみよがしにかき消した者があった。

 イクシスさんだ。


「さて、それじゃぁそろそろ始めるとするか」

 そう言って徐に席を立つ彼女。

 なので私は首を傾げ、問うのである。

「始めるって何を?」

 するとイクシスさんどころか、鏡花水月の皆からも一斉に視線がこちらへじとっと投げられ。挙げ句ゼノワからも頭を叩かれる始末。

 私は忽ち目を泳がせると、しかし結局観念したようにもう一つ問う。


「やっぱり、私もやる感じ?」

 結果、皆から一斉に返答が飛んできた。

「何を言ってるんだ。当然じゃないか」

「むしろメインイベント」

「ですです! イクシス様をボコすミコト様の勇姿、楽しみです!」

「骸戦は色々と特殊だったからな。今回改めて見させてもらうぞ」

「スキル! ミコトさんの新スキル!!」

 骸戦で色々披露したし、私は免除されるかと期待していたのだけれど、やっぱりそうは行かないらしい。


 私は観念し、ゆっくりと腰を上げた。皆も観戦する気満々で、次々に席を立つ。

 すると私の顔色を察したのか、やや心配げにオルカが声を掛けてきた。

「ミコト、気乗りしないの?」

「う、うーん……だって、あれじゃん。私オルカの試合の時、イクシスさんのこと散々くすぐったから」

「……あー」

 心眼持ちの私は知ってるんだ。彼女が未だに根に持ってるってこと。

 それを思うと、嫌でも足取りは重くなり。自業自得とは言え、今すぐ帰りたいって欲求で胸中は一杯だった。


 しかしまぁ、やるとなれば予め訊いておかないといけない事もある。

 当然のようにクレーターの方へ向かっていくイクシスさんを呼び止め、私は確認の質問を投げた。

「ところで、私は何を見せればいいの? ゼノワと共闘してもいい? ツツガナシとか巫剣の使用は? キャラクター操作のことを考えると、助っ人の参戦とか大丈夫かな? 白枝で刺したら怒る?」

「怒るっていうか、ぶ、分解は勘弁してほしいんだが?!」

 慌てた様子のイクシスさんと、仲間たちも加えて急遽追加ルールの設定が話し合われた。

 その結果。


「二重宿木あり、初お披露目のスキルを最低一つは使用、ゼノワも参戦大丈夫で、キャラクター操作は無しと」

「白枝もな!」

「あ、うん。直接攻撃に使わないのなら大丈夫なんだよね?」

「む、むぅ……それなら」


 概ね何でもありらしい。

 ただ、二重宿木は一分以上の使用となるとまだしんどいので、それは切り札になりそうだ。

 しかし二重宿木に頼らずとも、通常の宿木だって十分に強力だ。ゼノワも日々成長しているわけだし、引き出せる力も少しずつ増えてきている。

 何よりゼノワ自身が私の頼れる相棒なので、共闘が認められたということは私にとって大きなアドバンテージとなるに違いない。


「よしゼノワ、一緒にイクシスさんをやっつけよう!」

「ギュワ!」

 良い返事である。


 斯くして事前の準備は整い。

 ソフィアさんのこしらえたクレーターの中央にて、三〇メートルほど間を置き対峙する私たちとイクシスさん。

 何時になくピリピリとした空気を纏い、静かにこちらを見据えている彼女からは、凄まじい迫力が漂っている。恐いんですけど。


 私も既に換装にて最強装備を帯び、一先ず武器は舞姫を携えていた。

 ゼノワにはご無沙汰の、アルアノイレを持たせてある。再生の特殊能力に加え、不可視の爪を発生させることが出来る脚具だ。

 こうした特殊能力は強力なれど、装備としての補正値的に最近は出番のなかったアイテムだ。けれどそれも、ゼノワが居れば日の目を見せることが出来る。

 何せゼノワには装備の補正値なんて関係なく、純粋に特殊能力を自らの能力として扱うことが出来るのだ。

 そして宿木を介することで、私にもまた特殊能力の恩恵が齎される。

 正しくゼノワは、私との相性がこの上なく良い精霊である。本当に、不自然なほどにだ。

 相変わらず謎の多い彼女ではあるけれど、今は然程気にするべき事でもない。


 それと余談にはなるが、ゼノワに装備を持たせた場合、彼女はフォームチェンジをする。そのためアルアノイレだけが宙に浮いているように見える、なんてことにはならない。

 そしてアルアノイレを装備したゼノワの姿はと言うと、くまさんコスをしたあざとかわいいフォームとなる。

 くまさんフード付きジャケットを羽織り、手には肉球付きの篭手が装着されており。

 どうしてこうなったという感じではあるが、まぁ基本的に私の頭にくっついて離れないため、視界に入ることもそうそうない。変に気を取られるようなこともないはずである。

 状況に応じて、装備を変えさせることもあるだろうしね。

 というわけで、私も試合開始に向けて意識を集中させていく。


 四本組み合わせた舞姫を、くるくる回しながら具合を確かめていると、不意に念話が飛んできた。

『双方準備はいいか? いいなら合図を打ち上げさせてもらうぞ』

 クラウだ。どうやら今回は彼女が開始の合図を担当してくれるらしい。

 私はゼノワを一撫ですると、『こっちは大丈夫だよ』と返事をする。

 イクシスさんからも、『いつでも大丈夫だ』との短い声が返り。

 それを受けたクラウは、ポッと手の上に火球を発生させ。それを天空へ向けて撃ち放ったのである。

 ゼノワが期待したような心持ちでそれを見上げ、そして。


 パカンと、ゼノワのそれ程ではないにせよ、綺麗な火花が蒼天に彩りを添えたのである。


 それと同時だった。さながらクラウの花火に対抗するかのように、ゼノワがイクシスさんめがけて純白の光線を吐き出したのだ。

 丸太より尚太いそれは、光の速度で彼女へと迫り。

 けれど奇襲大好きな私の行動パターンを予想していたのだろう、彼女は見事隔離障壁でもってそれを防ぎに掛かったのだ。

 が。


 精霊の紡ぐ魔法には、スキル由来の術にて干渉することが出来ない。


 結果、光線は障壁を素通り。呆気なく光に呑まれるイクシスさん。

 心做しかジュッって音が聞こえたような気がした……多分気のせいだけど。

 が、この程度であの人がどうにかなるなどとは、端から全く思っていない私である。

 これみよがしに舞姫を四本に分けると、その場で滅多矢鱈の演舞を始めたのだ。

 既に宿木は発動しており、結果舞姫を一つ振るう毎に、見えざる鋭利な爪がイクシスさんを斬りつける。

 開始早々ではあるが、今が攻め時と見た私は、これでもかと言うほどに凄まじい速度で舞姫をブンブンと踊るように振り回し続けた。

 ゼノワは私の頭から飛び上がって、未だにビームを吐き続けている。


 しかし果たして、イクシスさんに僅かでも痛痒が行ったかどうか。

 ようやっとゼノワの光線が途切れた時、そこには……。

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