第四二〇話 捕まえてごらんなさ~い
ハイエルフに伝わるという魔導術。それを独自に改造し、自身の技術へと作り変えたソフィアさん。
なんやかんやと一通り説明を聞き、甚く感心させられた私である。
ちなみに他のメンバーたちは、さっさとくつろぎセットを出して休憩している。
オルカとココロちゃんにヒーヒー言わされたイクシスさんなんて、これみよがしに誰よりくつろぎ英気を養っていた。
そうした話もようやっと一段落したところで、不意にソフィアさんがこう問うてきた。
「それでミコトさん。【魔術】に興味がお有りでしたら、手ほどきしましょうか? 如何せんまだ発展途上の技術ですけど」
その提案は、何とも魅力的なものであり。本来であれば一も二もなく飛びついていたところだろう。
さりとて、残念ながら今の私は首を横に振らざるを得なかったのである。
「うぐぐ……残念だけど、他にやることが多すぎて時間が足りないよ。スキル類の訓練に、魔道具作りの修行、精霊術も特訓中だし、ゼノワや腕輪も育てなくちゃならない。それに加えて冒険者活動……」
「ミコトさん、ちゃんと休めていますか……?」
「寝てる間も頑張ってるよ……」
「……これは、一度皆さんも交えて話し合わなければなりませんね」
何やらジトッとした目で私を見据え、妙な迫力を発し始めるソフィアさん。
もしかして心配をかけてしまっただろうか。
私は意識的に声の調子を明るくし、脱線しかけた話の修正を行うのだった。
「まぁともかく、そういうわけだからさ。魔術に関してはソフィアさんにお任せするよ。その分すごく頼りにしてるんだから、よろしくね!」
「む。話を逸しましたか? ……まぁ、いいでしょう。そういうことであれば、今以上に魔術を完璧なものへ昇華させてみせます。ああ、心配はご無用ですよ? 魔導術には全く興味のなかった私ですが、魔術となれば話は別ですからね。『好きこそものの上手なれ』……でしたか? それを体現してみせましょう!」
「よく日本のことわざまで記憶してるね……」
「『スキル大好きソフィアさん』を自称する私にとって、なかなか嬉しい言葉だったので印象深かったのですよ」
そう言って機嫌良さそうに笑ったソフィアさん。
そんな具合に、皆より長い時間を割いてお披露目を終えたのである。
くつろぎセットで駄弁っている彼女たちの元へ歩み寄れば、「お、ようやく私の出番か?」と、早速席を立った者があった。
ここに来て未だ出番を終えていない鏡花水月のメンバーは、私を除けば一人しかいない。そう、クラウである。
それに呼応して、元気よく立ち上がった者がもう一人。
「やっとこの時が来たのだな! 娘とぶつかり合えるこの時が!!」
親バカ勇者イクシスさんである。
しかしやたら高い彼女のテンションとは逆に、「いや、特訓の最中何度もやり合っただろう」と冷静なツッコミを入れるクラウ。
「そ、それはそうだが、あれはあくまで練習。これからやるのは皆に特訓の成果を見せるための、謂わば本番だ! そう考えると、なんだか特別な気がしてこないか? んん?」
「! た、確かに! 言われてみたらそんな気がしてきたぞ!」
ちょろい。クラウちょろい。
「暑苦しい母娘」
「平常運転ですね」
「あ、私にもお茶もらえますか?」
「こっちはこっちで平常運転だ……」
意気揚々と席を離れるイクシスさんとクラウ。
それと入れ替わるように着席して、早速オルカからティーカップを受け取っているソフィアさんは、このまま座って観戦する気満々の様子。
しかし流石に私までそういうわけには行かない。
「はい、ミコトもお茶」
「あ、うん。ありがと」
お茶はもらうけども。
「なぁクラウ、あそこでやらないか? ソフィア殿がいい感じにやらかしてくれたクレーターの底!」
「ああ、いいな。なんだか決戦っぽくてかっこいいじゃないか!」
なんて少年みたいなやり取りをしながら、直径一〇〇メートル以上はありそうな窪地の底に嬉々として駆けていく母娘を、私はお茶をすすりつつ見送った。寒い冬に温かいお茶……染みるね。
窪地の底は未だ地面が赤熱しており、ビシバシとスパークも爆ぜている。明らかに立ち入り禁止区画に指定されそうな様子だけど、イクシスさんが気合一発、ふんっ! と剣を横薙ぎに振ったなら、どういう原理かは不明なれど、雷の余韻はすっかり消え去ったのである。
やっぱりダントツで無茶苦茶なのはイクシスさんだ。それをさらっと見せつけられた気分だ。
フィールドが整ったなら、いよいよ後は戦闘開始も目前なのだけれど。
ウキウキと間合いをとって位置につくクラウを眺めながら、私は先日の骸戦に思いを馳せる。
最終局面、クラウの見せた防御は凄まじかった。
何せ、骸の自爆を見事に防ぎ切り、あまつさえ受けた衝撃を自らの攻撃力に上乗せしてのカウンターを放ったのである。
しばらく見ない間に、彼女もまたとんでもない技を身につけたことは間違いない。
イクシスさんの話によると、あれは『最強の盾』ことクラウのお父さんが得意としていた技の一つなのだそうだ。
それに【灼輝の剣】を既に習得していることから、イクシスさんの才能も当然受け継いでいるわけで。
最強の盾と、勇者のハイブリット……末恐ろしいったら無いな。
さて、そんな彼女は一体どんな戦いを見せてくれるのか。
期待を込めてクレーターを見下ろしていると、準備を終えたらしい二人がこちらへ手を振ってきた。
どうやら開始の合図をご所望のようなので、私は頭の上の幼竜に向けてお願いする。
「ゼノワ、開始の花火を頼めるかな?」
「クィ!」
小気味いい返事を一つした彼女は、今回も天空へ向けて火球を撃ち放ったのである。
クラウとイクシスさんが、それぞれ腰を落とし構えを取った。
そして。
パカンと、青空に派手な花火が咲いたと同時、二人は一気に動き出したのである。
スピードは当然と言うべきか、イクシスさんが速い。
瞬間移動かと見紛わんばかりの超速でクラウへ迫るなり、勢いそのままに振るった剣。
しかし、クラウはそれを真正面からしかと受け止めたのである。
瞬間、ソフィアさんのせいでガラス状に変質していたクラウの足元が、ガシャンと爆ぜ、地面に亀裂が走った。
だが、クラウ当人には苦痛の色などはなく。口の端を吊り上げ、そして何かしらのスキルを発動したのである。
素早く私の叡視スキルがその正体を看破した。
どうやらそれは、自己強化系スキルの一種らしい。ガードに成功した際、ステータス上昇の恩恵を得られるパッシブスキルだ。
しかしそれだけではない。
クラウが攻撃を盾にて受けた直後、何とイクシスさんが勢いよく後方へ吹っ飛ばされたのである。
これもまた叡視にて見えている。
所謂、ジャストガードというやつだ。
アクションゲームの類ではよく見かけた、『攻撃される瞬間にガードを行う』という操作。
これにより敵からの攻撃を完全に防げたり、跳ね返したり、何なら敵の体勢を崩したり出来るっていうガードテクニックである。
どうやらこの世界には、スキルとしてそれが存在していたらしい。
ならひょっとして、ギリギリのタイミングで回避すると恩恵のあるスキル、みたいなのも実在するのかな? 後で探してみよう。
イクシスさんをふっ飛ばしたのは、このジャストガードによる効果らしい。
受けた衝撃をそのままイクシスさんに返した、というわけだ。しかも同時に自身を強化しているのだから、敵に回すと厄介だろうな、あれは。
しかし見事に飛ばされたイクシスさんには、これといったダメージも見えず。
ズザザッと涼しい顔で地に足を着けたなら、その瞬間また姿がブレたのである。ほんと、何なのだろうかあの移動速度は。しかし空気抵抗なんかを無視して見える辺り、多分スキルの一種なのだろう。
今度はクラウの背後に現れたイクシスさん。再び容赦なく振るわれる剣は、さりとて今度もクラウの守りに阻まれたのである。
しかし今回剣の軌道を阻んだのは盾にあらず。障壁だった。
だけれどイクシスさんの剣を防ぐなんて、生半可な障壁ではあり得ないだろう。
またまた叡視の出番である。そうして、またまた驚かされる私。
クラウの見せた障壁。それは障壁と言うより、盾そのものであると表すべき代物だった。
これまたアクションゲームで見かけるのだが、ガード判定を拡張する効果、というのが存在する。
実際盾で防いだわけでもないのに、盾に当たったものとして判定してくれるっていうアレだ。
その最上位ともなると、たとえ背中や脳天、果ては足の裏なんかに攻撃が突き刺さろうと、それすら盾で受けたことになるっていうとんでもない効果となる。俗に言う『全方位ガード』というやつである。
そして、背後からの一撃にも拘らず見事ジャストガードも乗っけてみせたクラウ。再びふっ飛ばされるイクシスさん。
加えて、更にクラウのステータスが上昇。守れば守るだけ強くなり、カウンターまで使うとか。今のところ派手さこそ無いが、厄介さで言えばオルカにも引けを取っていない。
しかしイクシスさんめ、クラウの手の内くらい既に熟知しているだろうに、敢えてあのような攻撃をしてみせたのは彼女の力をアピールするために違いない。
だって心眼で見るイクシスさんってば、メチャクチャこっちを意識してるんだもの。親バカ炸裂である。
まぁ、特訓の成果お披露目という目的には沿っているため、私としても有り難くは思っているのだけれどね。
物理でダメなら魔法だ。と言わんばかりに、次はクラウへ向けて火球をバカスカ放ってみせるイクシスさん。
されど当然のようにこれも見事防いで見せるクラウである。今の所ノーダメージだ。
イクシスさんに、『娘をアピールしたい』という意図があるにせよ、攻撃の威力はどれも本物。それは叡視で見れば一発で分かることだ。
故に、クラウの防御力は確かに、イクシスさんのガチな攻撃を正面から跳ね返しているということになる。
しかも、守れば守るだけ力を溜め込み、防御力も上がるクラウ。
そうしてしばらく、あの手この手でイクシスさんが攻めるのを、鉄壁の守りにて凌ぎ続けたクラウ。
それが満を持して、動き出したのである。
接近してきたイクシスさんに合わせ、それに劣らぬほどの速度で彼女もまた聖剣を振るったのだ。
イクシスさんの攻撃はちゃっかり盾で受けながらの、返しの一撃。
しかも、今度は盾で受けた衝撃を聖剣に乗せた、骸戦で見せたカウンタースキルを使っている。
流石にこれには、イクシスさんの肝もいささか冷えたらしく。
とっさに展開した隔離障壁にてこれをガード。素早く飛び退いたが、それを今度はクラウの魔法が追撃する。
驚いたことに、その威力たるやソフィアさんの扱う通常魔法にも匹敵せんほどの、強烈なものだった。
ステータスが上昇している影響だろう。杖を持っているわけでもないのに、あれ程の魔法を繰り出せるとは……。
制限時間の三分にはまだまだ余裕がある。
流石にこれ以上クラウを強化しては厄介だと感じたのか、ここに来てイクシスさんの攻めが鈍った。
すると対照的に、攻勢に転じるクラウである。
飛躍的に上昇した脚力を十全に駆使し、イクシスさんとの間合いを詰めに掛かるクラウ。
已む無く応戦すれば、それすら防御し自らの力に変え、ますます手がつけられなくなる。
あ、あれは駄目なやつだ……。
一度調子に乗せたら、ホントにどうしようもなくなるタイプのやつだ!
今のクラウは謂うなれば、無限にパワーアップする絶対殺すマンのようなものだもの!!
イクシスさんは結局、クラウに対して攻撃することを諦め、最後には逃げに徹し始めてしまった。
するとその後ろを、恐ろしい勢いで追いかけ回すクラウ。
「待てー! 逃げるな母上ー!」
「違う、逃げているのではない! お前のバフが解けるまで攻撃を控えているだけだ!」
「それだと制限時間なくなっちゃうだろう! ちゃんと戦えー!!」
「それは無理な相談だ! 私はまだまだ娘に負けるわけにはいかんのでなー!!」
結局制限時間いっぱい、私は母娘による物騒な追いかけっこを眺め続けたのである。
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