第四一九話 ソフィアの努力
強い光って、実戦に用いられると想像以上に厄介なんだ。
ってことで、最近はその対策もきちんと心掛けている私である。
今回はそれが功を奏し、その凄絶な光景をしかと目の当たりにすることが出来た。
遮光魔法の向こう側。
そこに突如として生じたのは、一言で言うなら極大の落雷である。
以前ツツガナシのテストで私が放った雷などとは、まるで規模も威力も比較にならない程のものだった。
その発生を見越し、イクシスさんが皆を隔離障壁にて保護。おかげで余波に巻き込まれるようなことも避けられたわけだけれど。
周囲一帯にはのたうち回るように紫電が駆け回っており、あまつさえ雷の落ちた場所には巨大なクレーターが生じていた。
歪な丼ぶり状に出来た窪みの底は、地面が真っ赤に熱を帯びており、ガラス化している部分も見て取れる。
そして何より、膨大なエネルギーの爆ぜた影響だろうか。なんだか空間すらぐにゃりと歪んでいるように見えた。もちろん陽炎などではない、と思う。
科学的な現象か、或いはこの世界特有の謎現象か。
何にせよ、イクシスさんが直接受けるのは遠慮したい、だなんて珍しいことを言った理由を、私はまざまざと見せつけられ、そして甚く納得を覚えたのである。
そりゃ、こんなのをまともに受けては、如何なイクシスさんでも無事では済むまい。
私は驚きとも畏怖とも尊敬ともつかぬ感情で、この現象を引き起こしてみせた張本人、ソフィアさんの背を見つめたのだった。
当然、頭の中では既に考察が始まっており。
ソフィアさんの見せた術の正体や、その仕組みについて早速あれこれと想像を巡らせてみる。
如何にも難解そうな仕組みについては一旦置いておくにしても、今のがただの魔法だとはとても思えなかった。なのでその正体については特に気になるところだ。
それに【閃断】なんかの、ハイエルフ固有の魔法とも異なっている。
これまでに私が見たことのないタイプの、全く新しい技術。そんなふうに見えたのである。
私が知らない新たなスキルによるものだろうか? はたまた、精霊術のようなスキルを抜きにした特別なテクニック……?
どうしよう、メチャクチャ気になる!
そんなふうに私が目を輝かせていると、未だ収まらぬ雷の余韻を背景に、ドヤ顔で振り向いたソフィアさん。
「以上が私の成果お披露目となります」
そのように終了を宣言し、ヘコっと一礼してこちらへ歩み戻ってきたのである。
その様には確かな自信が感じられ、延いては今見せてくれた技術が、それだけ高度なものであることを匂わせていた。
そうして堂々たる足取りで私の前までやってきたソフィアさんだったが。
しかし、なんだか急にもじもじし始め。最後にはオルカの背にこそっと隠れながら問うてくるのだ。
「その……ど、どうでしたか?」
ざっくりとした質問であった。
さっきまであんなにドヤドヤしてたのに、一体どういう心境の変化なのやら。広く浅い心眼では、その理由までは読み取れない。
しかし問われたからには答えねばならないだろう。
だけれど、なんだ。今しがた受けた衝撃を、どのような言葉で言い表せば良いのか。
こういう時に仕事をしないのが語彙力というものである。
口は開けど言葉が出てこず、それでもなんとか感想をひねり出そうとした結果。
「す、すごく……すごかったです……っ」
小並感っ!!
どうやら異世界にやってきても、こういう時の語彙力ばかりは何ら成長していないようで、私は私に酷くがっかりしたのだった。
思わず両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまう。
「ごめん、ホントにすごかったんだ……すごすぎて、言葉が出てこなかっただけなんだ……」
言い訳がましくそのように述べれば、さりとてソフィアさんは意外にも満足してくれたようで。
「ふ、ふふ。そうですかそうですか、やっぱり私すごいですか! ミコトさんのお墨付きがもらえたのなら間違いありませんね!」
と、しおらしかったのがまた一転。再びドヤァっとし始めたのである。
まぁ、すごかったのは本当なので、それをどうこう言うつもりはないのだけれど。
しかしそんな彼女を見て、再燃したのは知的好奇心であり。
私はスンと立ち上がると、早速興味の赴くままに問いを投げたのである。
「それで、今のは一体何なのさ? ただのスキルや魔法には見えなかったんだけど……!」
「ふ、流石はミコトさんですね……ココロさんなんて、『わぁ! それなんて魔法なんですか?! すっごく強そうです!!』って目をキラキラさせながら食いついてくれたと言うのに」
「わーわーわー! 余計なことは言わなくていいんですよ!!」
「ついでにクラウさんも、『流石はソフィアだ。これほどの魔法を操れる者など、世界広しと言えど五人と居るまい』と」
「つ、ついでで私を巻き込むんじゃない!」
顔を真っ赤にして慌てているココロちゃんとクラウ。
私の居ないところで、そんな微笑ましいやり取りがあったとは……やっぱり一月半は長かったよ。
私がすっと遠い目をしたのを誰より早く察してくれたのは、やはりよく気の回るオルカであり。
「ソフィア、本題」
「あ、はい」
ココロちゃんとクラウをイジってニヤニヤしていたソフィアさんは、オルカの言によりスッと表情を引き締めたのだった。変なパワーバランスが出来ているらしい。
そのように気を取り直したソフィアさんは、ようやっと私に向けて口を開いたのである。
だが、はじめに出てきたのは思いがけない言葉で。
「説明を始める前に、先ずは一言謝罪を受け取ってください」
「謝罪……?」
「ええ。私は以前、ハイエルフには固有魔法以外にも特殊な技術が存在している、というような内容を匂わせたことがあると思うのですが」
ソフィアさんの言葉を受け、記憶は存外スムーズに呼び起こされた。
確か、ハイエルフにもコマンドのような技術が存在しているのではないか? みたいな話をしていた時のことじゃなかっただろうか。
「あー、確か、そういう技術を扱う職人が居るとか居ないとかいう話だったっけ……?」
「ええ。それですそれです」
彼女はそのようにこくこく頷くと、一つ息をついて。
「実は私、幼少の頃その技術を少しだけ齧っていたんです。職人のそれとはまたちょっと違うものですけど」
と、思いがけないカミングアウトを始めたのである。
曰く、幼い頃からその技術とやらを教えられていたソフィアさんは、しかし『そんなことよりスキルの話しようぜ!』ってタイプの娘だったらしく。件の技術に対しては一ミリも興味が持てなかったのだと言う。
さりとて何の皮肉か、彼女にはその分野に並々ならぬ才能があったらしい。
何せ寿命の長いハイエルフだ。それが何十年、何百年と掛けて習得していくような技術の基礎を、興味がないと言いつつたった数日の内にモノにしたというのだから、それは確かに天才と呼ばれて然るべき優秀さである。
けれど、スキルへの興味と、ハイエルフの技術を真面目に学べという周囲の圧が相まって、とうとう我慢できなくなったソフィアさんは里を飛び出し、なんやかんやで今に至るそうな。
「はぁ……ソフィアさんにそんな過去が」
と、私が半口を開けて聞いていると。
「シンパシーを感じる話だな」
などとつぶやき、うんうん頷くクラウ。まぁ、家出仲間と言えなくもないか。その後ろではイクシスさんが、ソフィアさんのご両親を慮ってか複雑そうな表情をしている。
まぁそれはいいとして。
「話の流れからすると、つまりさっき見せてくれた雷っていうのは……」
「まぁ、そうですね。ハイエルフに伝わる技術を元に、私がこの一月半で一生懸命研究した成果です」
「?!」
確認するように問いを投げてみたところ、返ってきたのはとんでもない魔球だった。
が、考えてみたらそれはそうか。
何せソフィアさんは、その技術に関する授業だの修練だのをほっぽりだして、さっさと里を飛び出してきてしまったわけなのだ。
それからは好き放題スキルを追いかけ続ける気ままな人生を送ってきたようだし、わざわざその技術とやらを学び直すタイミングなんて、話を聞いた限り存在しなかった。
だから、唯一身につけていた技術の基礎をもとに、独自に研究したというのは何らおかしな話ではない……のだけれど。
いや、やっぱりおかしいよね?! だって一月半って!
それを私に例えて言うなら、師匠たちから教わっている魔道具作成の技術。これを基礎だけ習って家出して、そんで長年のブランクを挟んだ後に一月半でとんでもない魔道具を作り上げる、みたいなことだろう。多分。
何ていうか……今や私も、職人の端くれくらいにはなれたと自負しているし、師匠たちからは優秀だって褒められることもあるんだけど。
そんな私から見ても、ソフィアさんの才能とやらはちょっと異次元なように思えてならなかった。
「うーん……まさかソフィアさんが、そんな無茶苦茶な人だったなんて」
「これで少しは、私を妻と認める気になりましたか?」
「頼れる仲間だとは思ってるよ」
いつものネタを軽く流したつもりだったのだけれど。
しかし、ソフィアさんは存外嬉しそうにはにかんだ。
どうやら私は思いがけず、彼女の琴線に触れるような言葉を言ったらしい。
するとオルカが。
「ソフィアは、ミコトのために興味のない分野に取り組んだ」
「! そっか……」
さり気なくヒントを与えてくれ、私はようやっと彼女の才能ではない、努力の部分を認めることが出来たのである。
だってそうだろう。それは勉強嫌いの子供が一念発起して、短期間のうちに全国模試で一位を取るようなものなのだ。才能だけでどうにかなるようなものでは決して無いはず。
それだけ、ガッツを見せたってことだ。何でもそつなくこなす彼女が、珍しくめちゃくちゃに努力したってことだ。
「ソフィアさん、頑張ったんだね。それでこんな成果を出しちゃうなんて、本当に凄いよ。尊敬する!」
「!!」
びゅっ、と。
ソフィアさんの涙腺から汁が飛び出した。何事かと思ったら、涙だった。
「ふ、不意打ちはやめでぐだざい……っ」
と珍しく涙声を聞かせてくれた彼女を、私たちはしばし微笑ましく見守ったのである。
そうして、ようやっと彼女が落ち着いたところで、私は改めて問うたのだ。
「それで、結局その技術って何ていうものなの?」
「ぐす……元になった技術ですか? それなら【魔導術】という、魔力を加工しマジックアーツスキルに似た現象を別の形で引き起こす、私に言わせれば邪道な技術ですね」
「【魔導術】……!」
なんだか、心躍る名前じゃないか。
まぁ、流石にこれ以上手を広げるつもりなんて全く無いのだけれど。
「む? その言い方だと、ソフィアさんが扱うのは魔導術とは違うんです?」
と、ここですかさず首を傾げるココロちゃん。
するとこれを受け、ニィと口の端を吊り上げるソフィアさんである。
「ふふ……よくぞ聞いてくれました。私は従来の魔導術に、ミコトさんの提唱する『魔力のカタチ』という考え方を取り入れ、独自に発展させた新たな技術を確立したのです!」
さっきまでの涙声が嘘のように、急にそんなことを早口で宣い始めたではないか。
どうやら何かのスイッチが入ったらしい。
他の皆は、『あ、これ長くなるやつ……』と顔を強張らせたけれど。しかし私としては興味があるため、話を遮るでもなくふむふむと頷きを返した。
すると、嬉しそうに続きを語ってくれたソフィアさん。
「そも私がこのような邪道な研究を一月半にも渡って継続できたのは、他でもないミコトさんへの愛があってこそと言えるでしょう」
「あ、そういうのはいいから」
「……ミコトさんの提唱する『魔力のカタチ』という概念。これを魔導術の仕組みに落とし込んで考えた際、先ず幾つか気になる点が浮上したのです。まず一つ──(以下割愛)」
長かったので簡単にまとめると、ソフィアさん式魔導術と通常の魔導術の最も大きな違いは、スキルとの親和性にあった。
通常の魔導術は、同じ術式を用いても術の使用者により、全く違った結果を齎すようなものであるらしく。故に魔導術は使う者によって特性の異なる、謂うなれば異能力みたいな扱いがなされていたそうだ。
一人に一つだけ宿る異能力……それはそれでメチャクチャときめくんですけど!
しかしソフィアさんの見立てによると、魔力のカタチが人によって千差万別であるため、魔導術を使えばその内容が人によって異なるのは当たり前である、とのこと。
そして、そんな魔導術に彼女が組み込んだのが、『スキルや魔法を行使する際、魔力のカタチは自動的に加工される』という、私が以前語った仕組みである。
魔力のカタチが自動的に加工される、ということは、元来自身の持つ魔力のカタチとは異なるカタチを、魔導術に転用することが出来るのではないか?
ソフィアさんはそのような着想から、なんやかんや頑張って研究し、術式も自分でせっせと編み、そして見事完成させたのである。
「私はこの技術を、『魔法』と『魔導術』を合わせた技術。即ち、【魔術】と名付けました!」
最後にそのように宣言したソフィアさん。
私はその、前世にて聞き馴染みのある言葉を前に、感動を禁じ得なかったのだった。
もしかしてソフィアさんってば、この世界に魔術を産み落とした『偉大なる魔術の母』とか、そういうヤバい人になっちゃうのでは……?
彼女の実年齢とかは未だに知らないんだけど、敢えて言わせてもらうとするなら。
「ソフィアさん、恐ろしい娘……!!」
斯くして、鏡花水月内に世界初の『魔術師』が爆誕したのであった。
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