第四一七話 パワフルココロさん

 スラリと長いその足より発せられるは、爆ぜるような踏み込み。

 地を凹ませるほどのそれにも驚くが、それ以上にである。

 その一歩により生成した膨大な衝撃は、瞬き一つにも満たぬ内に、この上なくスムーズに拳へと送られ。

 そうして凄まじい強打をイクシスさんへ向けて撃ち込んだのである。

 耳をつんざくような衝突音は、果たして彼女の拳がイクシスさんの隔離障壁に阻まれた事により生じたものだった。


 対するイクシスさんは、そこに綺麗なカウンターを乗せる。

 何せ隔離障壁の展開にモーションは不要なのだ。であれば、何ら余計な動作無く反撃を叩き込むことができようというもの。

 さりとて、ココロさんは何とイクシスさんの振るった剣を額の角で受け、跳ね除けたのである。

 これには当のイクシスさんも苦笑い。

 対するココロさんは、更にボルテージが上がり。

 一層の覇気を乗せて、次は悍ましいほどの威力が感じられる回し蹴りを、何と今しがた拳を阻んだ隔離障壁めがけて叩きつけたのである。


 すると。

「う、うそぉ……」


 バギンッ! と、甲高い破砕音とともに壁が砕け散ったではないか。

 イクシスさんの隔離障壁を、生身で砕いた……?

 流石にちょっと理解の及ばない光景に、私が呆気にとられていると、視界の先では尚もココロさんが大張り切りで暴れ回っている。

 その圧巻と評す他ない暴れっぷりたるや、あのイクシスさんを持ち前の身体能力だけで圧倒しているように見えた。

 ひょっとすると、通常モードのサラステラさんすら上回る力を発揮しているのではないだろうか。


「がぁあああああ!!」

「ひぇ」


 ココロさんが吠える。

 額の先、角の間に膨大なエネルギーを濃縮した、さながら破壊という概念でも煮詰めたような黒い球が生成され、咆哮とともに彼女はそれを解き放った。

 結果、漆黒の光線が一直線にイクシスさんへ届き。

 彼女は真顔で、角度をつけた隔離障壁を展開。先程のそれより余程力のこもったそれは、ビキビキと幾重にも深い罅割れを走らせながらも、辛うじてココロビームを受け流すことに成功したのだった。

 周囲に被害が出ぬよう、きっちり空へ向けて受け流す辺り、流石のイクシスさんである。

 が、それを退けたのも束の間。次の瞬間にはココロちゃんの蹴りが障壁を叩いており、またも粉砕。


 結局制限時間である三分間、猛威をふるい続けたココロさんであった。

 しかしゼノワがパカンと終わりの合図を告げた瞬間、ピタリと獰猛なその動きを停止。

 シュルシュルと手足は縮んで元のサイズ、つまりはココロさんからココロちゃんへ戻り、礼儀正しく「イクシス様、お胸をお貸しいただきありがとうございました!」とお辞儀すると、パタパタとこちらへ小走りで戻ってきたのである。

 イクシスさんはどっと疲れたように項垂れ、その小さな背をため息交じりに見送っていた。


「ミコト様っ、見て頂けましたかっ!」

 戻ってくるなり、息を切らしながらそのように問うてくるココロちゃん。

 流石にココロさんモードは消耗が激しかったのだろう、息が上がっているだけでなく、なんだか体も重たそうだ。

 だがそれに反してテンションは高い。


 ココロちゃんの問いかけに対し、未だ今しがた目の当たりにした衝撃的な光景に驚きの冷めない私は、すぐには言葉が出ず。

 それでもなんとか絞り出せたのは。

「み、見た……すごかった!」

 という、語彙力の死んだ、自分でも情けなくなるような感想だった。

 が、それを受けたココロちゃんは無邪気に喜び、満面の笑みを見せてくれる。

「えへへ、頑張った甲斐がありました!」

 だなんて、本当に嬉しそうにはにかむのだから、ぐっと来てしまうじゃないか。


 いや、それにしても本当に驚きである。

 私がなんやかんや骸戦に向けて頑張っている間、きっと彼女たちは彼女たちでものすごく頑張ったのだろう。

 オルカの隠形と影魔法はとんでもなくレベルアップしてたし、ココロちゃんはこんなにも鬼の力を使いこなすようになった。

 はっきり言って想像を遥かに超える成長っぷりである。

 だが、それが少し解せなくもあった。


「い、一体何をしたら、この短期間でこんなにすごい力を得られるのさ……本当に見違えたんだけど!」


 私がそのように、素直な疑問をぶつけてみたところ。

 すると彼女たち四人はちらりと視線だけでやり取りし、そして教えてくれたのである。


「ミコト。私は、隠形だけを集中して鍛えた」

「ココロはフィジカルです。鬼の力を引き出したのは、強い肉体を得るために必要だったからですね」

「! それって……つまり、一つのことに集中して猛特訓したってこと?」


 頷きをもって、私の言葉を肯定するオルカたち。

 そう聞かされたなら、まぁ一応納得は出来る。いや、それにしたってとんでもない成長だけれど。

 もともと凄まじいポテンシャルを秘めた娘たちなのだ。それが一点特化で修行したとあれば、この急成長も頷けるというもの。しかもイクシスさんに指導してもらっていたらしいし、尚更か。

 けれど、である。


「でも、よかったの? そんな偏った鍛え方して……そりゃスペシャリストのアドバンテージは大きいかも知れないけど、自分の選択肢を狭めることにならない?」


 彼女たちは、元は皆ソロを主体として活動していた冒険者である。

 ソロに求められるのは総合力であり、何かに特化して他を疎かにするようなスタイルでは、はっきり言ってソロ活動の妨げになりかねないだろう。

 それは確かに、今となっては過去の話。鏡花水月として活動している以上、PTとしての役割に特化した自らの育成方針、というものを選ぶのはそう不思議なことではないのかも知れないが。

 しかし謂うなればそれは、冒険者人生を大きく転換させたようなもの。

 自ら他の可能性を手放し、一つのスタイルに自身を縛り付ける。そんな窮屈さがあるのではないかと。

 皆はもしかして、そんな歩きにくい道を選んでしまったんじゃないかと。

 そのように心配になったのだ。

 さりとて、彼女たちの表情は明るく。

 そして返ってきた答えは更に私を驚かせるものだった。


「ミコト。私はミコトと共に歩いていたい。だから、ミコトの【キャラクター操作】に適した『キャラクター』を目指したの」

「ですです! ミコト様に使っていただける際、思う存分暴れられるような、そんな理想を掲げてココロ頑張りました!」

「!! そ、そんな……キャラクター操作のために……」


 オルカとココロちゃん、二人の言葉に先ず感じたのは、嬉しさでも感激でもなく……戸惑いだった。或いは罪悪感に近いものだったかも知れない。

 だってそうだ。彼女たちの選択は、つまるところ私という存在を強く意識してのものであり。

 それはつまり、私が彼女たちの生き方を狭めてしまった、可能性を限定してしまったってことじゃないか。

 そのことがなんだかすごく申し訳無く感じられ、胸中には複雑な気持ちが渦巻いたのである。

 勿論、二人の気持ちは嬉しい。そこまで思ってくれて有り難くも思う。

 だけれど同時に、私のヘンテコスキルが彼女たちを追い詰めてしまった。そんな思いもあって。

 気づけば私の視線は下がり、見るともなく彼女たちのおへそ辺りを眺めていた。


 しかし、そんな私の背をぽんと叩く者があった。クラウだ。

 反射的に彼女へ視線を向ければ、クラウは困ったような笑みを作って言うのだ。


「まったく、そんな顔をするな。何を考えているのかは何となく分かるが、これは我々の選択なんだ。リーダーなら、どんと受け止めるくらいの度量を見せてほしいものだな」

「クラウ……」


 言われ、考える。

 確かに事実として、私のスキルや成長が彼女たちを追い詰めてしまった。それは事実だろう。

 足並みが揃っていないことくらい、私だってとっくに気づいていた。自分だけが浮いている感覚。それは、以前から感じ続けてきたことだ。

 だけれど訓練を怠るだなんてことは、自身の在り方を否定するようで出来なかった。

 あまつさえ、骸の正体にも目星がつき、それを倒すと決めてからは尚更だ。

 それが、一層彼女たちとの隙間を生む原因になった。

 私が頑張れば頑張るだけ、仲間たちから遠ざかってしまうような、そんな錯覚を幾度も覚えては不安を感じたものだ。

 そしてそれは、きっと彼女たちにとってもそう。私が努力を続ければ、いつかは全く別の場所を歩くことになるんじゃないか。道が分かたれてしまうのではないか。そんなふうに不安を感じてきたのだと思う。

 っていうか、漠然とだけど心眼でそれは見えていた。


 だから。いや、だからこそ彼女たちは選択をしたんだ。

 選択をしてまで、私と居ることを望んでくれた。

 そのことを心苦しく思う気持ちは確かにある。けれど、それは私の独りよがりな感情から来るものじゃないだろうか。

 PTのリーダーとしてどう在るべきかは……そう。クラウの言うとおり。


「そう、だね。私のために頑張ってくれたんだ……ありがとう二人とも。本当にすごかった! 心から頼もしく思うよ!」

「ミコト……!」

「はい……はい! ココロ、もっともっとミコト様のお役に立ってみせますからね!!」


 自身の在り方を後悔するより、彼女たちの選択に感謝しようって、そう思った。

 と同時に、リーダーとしての責任も今、確かに感じた。

 彼女たちがそんな選択をしなくちゃならない状況を作ったのは、他でもない私だ。

 だから感謝をしつつも、その選択の先に後悔が差さぬよう。選択は間違いではなかったと、みんなが胸を張れるよう、私もまた頑張らなくちゃならないって、そう思ったんだ。


「クラウもありがとう。うっかり変なこじらせ方をするところだったよ……」

「ふ。リーダーを支えるのも私の務めだからな、寧ろもっと頼ってくれていいぞ!」


 茶化すようにそう微笑むクラウ。

 本当に良い仲間に恵まれたのだなと、私は改めて染み染みと、そう感じたのだった。

 すると、約一名。


「むー…………」

「あっ」


 無表情のまま、ほっぺをパンパンに膨らませたハイエルフが、ジト目でこちらを見ている。

 どうやら会話に入りそびれたらしい。

 しかし、えっと、どう声を掛けたものか……。

 なんて私が内心で焦りを覚えていると。


「いいでしょう。見ていてください」

「え」

「変わったのが、彼女たちだけでないということを教えてあげます!」


 そう言ってのっしのっしと、お疲れ模様のイクシスさんの前に歩んでいったソフィアさん。

 どうやら彼女もまた、選択をした一人らしい。

 果たしてソフィアさんは一体、どんな変化を遂げたというのか。

 言い知れぬ予感に固唾を飲み、私は三試合目の始まりを待つのだった。

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