第四一六話 翻弄するオルカ
一戦目があまりにもアレだったため、仕切り直しての再戦が行われることに。
それに際し、新たにルールが一つ追加された。制限時間の設定である。
単純な模擬戦ではなく、イクシスさんを相手に三分間、自身の戦力を存分にぶつけること。
その様を皆に見せることで、現在の実力を示そうという趣向である。
先程の再現が如く向かい合い、早速構えを取るオルカとイクシスさん。
「ゼノワ、今度はもっと小さな花火でお願い」
と相変わらず頭に乗っかっている精霊幼竜へ開始の合図を頼めば、キュイッっと小さく返事をした後、空へ向けて再び火球を打ち出した。
さりとて先程とは違い、きちんと派手さの抑えられたそれは、今度こそ合図に適したものであり。
パカンという音とともに、三分間のカウントが始まったのである。
それと同時だった。
オルカの姿が、突如としてかき消えたのだ。
訓練場は遮る物も殆どない、グラウンドのような広々と開けた場所であり、はっきり言って身を隠せるような物陰なんて無いに等しかった。
だというのに、オルカはものの見事に姿を隠しており、目視ではさっぱり彼女の位置を捉えることは出来ない。
マップを通せば一応どこに居るのかくらいは分かるのだけれど、どういうわけか肉眼には映らないのだ。
しかも、とんでもない速度で移動していて、マップと見比べながらではとてもその位置を捉えられそうになかった。
そしてそれは私たちだけでなく、対戦相手であるイクシスさんにしても同様、オルカを完全に見失っている様子。そのことから、気配も完璧に殺していることが分かる。
思い起こされるのは先日の骸戦。全く姿の捉えられない相手が、如何に厄介で恐ろしいかを私はよく知っているのだ。しかも今回は、オルカにマーカーを付けるだなんて野暮なことは出来ない。
となれば、イクシスさんは一体どうやって彼女の位置を探るのか。
と、興味深く観察していれば。オルカが消えて間もなく、イクシスさんは構えを変えたのである。
叡視のスキルが素早くそれを看破した。
「! カウンター系のスキルか」
「流石ミコトさんの叡視です。一瞬で見抜きましたか」
「あの状態の母上に、迂闊に近づけば即ぶった斬られるぞ」
「ココロの治療の出番でしょうか?」
なんてイクシスさんから視線を外さぬまま、言葉を交わしていると。
鋭く、アウトレンジより黒い矢がイクシスさんめがけて射掛けられた。それも様々な角度から同時にである。
驚き、反射的にマップウィンドウを確認してみると、どういうわけだかオルカの反応が八つも表示されているではないか。
さりとて流石はイクシスさん。飛来した矢は、携えた片手剣により難なく打ち払われた。様々な角度から同じタイミングで迫るそれらを、一体どうしたら全て同時に叩き落とせるというのか。我が目で見ておいてなんだが、全く訳が分からない。が、それは事も無げに成され。
しかしそのアクションはオルカの狙い通り、カウンタースキルの構えを崩すのには十分役立ったらしい。
次の瞬間、突然不自然な挙動を見せるイクシスさん。
恐ろしく鋭い動作で、瞬発的に地を蹴り飛び退ろうとしたように見えた。心眼にもその様な意識が確かに感じられた、のだが。
さりとて彼女の脚は地から離れること無く、結果がくんと一瞬姿勢を不安定にさせたのである。
なにかの外的要因により、さながら靴の裏を地面と接着されたような、そんなおかしな動作だった。
そしてそれは十中八九、オルカの手によるものなのだろう。
それを裏付けるように、次の瞬間には既にイクシスさんの足首には例の影帯が巻き付いており。
そしてそれはシュルシュルと足元よりどんどん、彼女の体に巻きつきながら這い上がっていったのである。それも尋常ではない速さでだ。
が、イクシスさんの対応はそれよりなお速かった。
それは、一言で言うなら◯陽拳の様な技で。全身から一瞬、凄まじい光を発生させるという地味なのか派手なのかよく分からない光魔法。私も使えるのですぐ分かった。
これに加え、自らの剣に灼輝を纏わせることで、本来なら触れることも叶わないはずの影帯を切り裂くことに成功したのである。
恐らく、影魔法である以上光を受けると弱体化してしまうのではないだろうか。加えてなんでも斬って消滅させる灼輝の剣だ。如何なオルカの拘束術とて流石に一溜まりもなかった。
が、オルカの攻勢はまだほんの序の口だった。
自らの光により、一瞬視界不良となったイクシスさんへ、すかさず次の一手を繰り出したのである。
煙幕だ。しかも、発火性の高い煙を吐く煙玉。
ギョッとしたイクシスさんを襲ったのは、間髪入れぬ爆炎で。
反射的に張った障壁の内側には、しかしオルカが既にぬるりと侵入を果たしており。正に神出鬼没を体現してみせたのである。
そんな具合に、三分間。
あの手この手で終始イクシスさんを翻弄し続けたオルカ。
ゼノワが終わりの合図をパカンと打ち上げる頃には、なんだか酷く疲れた様子のイクシスさんと、それにケロリとした表情で対峙するオルカの姿があったのだった。
「ありがとうございました」
と、一礼して私たちの方へ小走りで戻ってくるオルカ。
私はそれを、驚きの感情を冷ませぬまま迎えたのである。
「ただいまミコト……その、どうだった? 私の戦い方」
「す、すごかった……! イクシスさんのあんなに慌てた表情を見たのなんて、厄災戦以来だよ!」
幾らかの緊張を表情にちらつかせながら問うてくるオルカに、私は惜しむこと無く賛辞を贈った。
「終始オルカがどこに居るのか、こっちからも全然分かんなかったし、手札の多彩さも見事だったし、影魔法もすごかった!」
「よかった……頑張った甲斐があった」
ホッとしたようにそう言って微笑むオルカ。その笑顔にふと、きっと私の見ていないところで本当にたくさんの努力を積み重ねたんだろうなって、不思議とそんな確信を懐いたのである。
それはそうと一つ、不思議に思ったことがあった。
「それにしても、影魔法なら私も一応使えるし、結構練習もしてるはずなんだけど、オルカみたいなマジックアーツスキルは発現してないなぁ……」
別にオルカの領分を侵したいわけではないのだけれど、純粋に『取得できないマジックアーツスキル』という点に興味が出て、私が首を傾げてみせると。
早速反応したのは当のオルカではなく、案の定スキル大好きな彼女であった。
「それには恐らく、オルカさんのジョブ【ニンジャ】が関係していると思われます。スキルの中には、特定のジョブでなければ発現しないもの、というのが多々ありますが、同じくマジックアーツスキルにもそのルールは適用されるのです! 例えば同じ火魔法でも、ジョブによっては習得できる種類がガラリと違っていたりしますしね!」
とのこと。しかしだとしても、私は大抵のスキルを真似て、スキル欄に登録することが出来るはずなのだけれど。
それが出来ないってことはもしかして……?
「ひょっとして、オルカのそれって特殊魔法の類に昇華しちゃってない……?」
「!! な、なるほど……ジョブによる属性魔法の特殊化……もしそれが本当なら、大発見かも知れませんよ!」
鼻息荒くソフィアさんが叫ぶ。
そして早速、「こうしてはいられません! 実験を! 検証を!!」と目を血走らせるものだから、なかなか手に負えない。
が、そんな流れをひっくり返す者があった。
ココロちゃんである。
「そういうのは後にしてください! 次はココロがミコト様にかっこいいところを見せる番なんですから!」
と、ソフィアさんには遠慮のない彼女が、不機嫌そうに抗議したのだ。
乗るしか無い、この波に!
「そうそう、検証なら後でも出来るでしょ。今はみんなの実力を見せてもらうのが先だよ」
「そうだぞ! 横入りは感心しないな」
「ソフィアは自重するべき」
「むぐぐぅぅぅぅ……!!」
皆でそのように畳み掛けたところ、不満を顔面に貼り付けながらも、どうにか引き下がってくれたソフィアさん。
その機を逃すこと無く、ココロちゃんはパタパタと定位置まで駆けていき、イクシスさんと十分な間合いをとって対峙するのだった。
ほっぺを膨らまして、不機嫌そうなソフィアさん。
それを尻目に、私は努めて話題を逸らすべく口を開いた。
「次はココロちゃんか~。どんな戦いを見せてくれるのかなぁ?」
すると、そんな声に反応してくれたのはクラウで。
「ふふ。きっと驚くことになるぞ、よく見ていると良い」
と、なんだか思いがけず意味深なことを言って、視線をココロちゃんの方へ促したのだった。
私は一つ首を傾げると、改めて相変わらず小学生くらいのサイズ感しか無い、我らが合法ロリっ子シスターココロちゃんの様子を観察した。
彼女はイクシスさんへ向けて、「イクシス様、お手柔らかにおねがいしますっ!」と頭を下げると、静かに精神統一を始めたのである。
対するイクシスさんの顔は、気のせいだろうか? なんだか少しばかり引き攣っているように見えた。
用意も整ったようなので、早速私がゼノワに合図をお願いしようとした、その時だった。
「ミコト、見て」
と、オルカがそう私に声を掛けるものだから、それに従いココロちゃんへ意識を戻してみる。すると。
「?! え……」
そこには、我が目を疑いたくなるような、驚くべき光景があったのだ。
むむむと集中し、気合を入れるココロちゃん。
すると、彼女からは得も言われぬ不思議な迫力が発せられ、それに伴い彼女の身体に大きな変化が現れたのである。
先ずは角。
彼女が鬼の力を用いる際、ニョッキリと額から伸びるのがその代名詞たる二本の角だ。
しかしそれだけならば、過去に何度も見たことがある。
だが、ココロちゃんの見せた変貌ぶりは、無論それにとどまらなかった。
本来なら足首まであった彼女の修道服。その裾からスラリと、普段は殆ど見えない黒のハイソックスが現れたのだ。
袖も七分丈のようになり、明らかに体のサイズに見合わぬことを示していた。
つまるところ、ちんまい彼女の体が急速に成長し、ナイスバデーなお姉さんへと変身してしまったのである。何なら髪まで伸びている。
理想的な、鬼のお姉さん。
あれはもう、ココロちゃんであってココロちゃんじゃない。
そう、『ココロさん』だ!
そして、その身に纏う迫力の異様さである。
なるほど、イクシスさんの顔が引き攣って感じられたのは、これを知っていたからか。
ということはその実力も……。
「っ……ゼノワ。開始の合図をお願い」
「クゥ」
私の声に応え、天を仰ぐゼノワ。
そうして再びパカンと、戦闘開始を告げる合図が打ち鳴らされた。
次の瞬間である。
凄絶な激突音と衝撃波。それが私たちの体を強かに叩き、後方彼方へ駆け抜けていった。
超越者同士の超次元バトルが、ここに幕を開けたのだ。
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