第四一五話 能力テスト

 皆をワープスキルにて送る作業は午前中の内に済んだ。

 のだけれど、精神的にどっと疲れてしまったため、PTとしての活動は午後から行うこととし、私たちは早めの昼食を摂るべく食堂へ向かったのである。

 そうして別れの余韻を冷ましつつ、テーブルを囲って午後の予定を話し合ったわけだけれど。


「PT活動が久々すぎて、何から手を付けていいか分かんないんですけど……」

 と、私が明け透けに内心を吐露すれば、他のメンバーも眉をハの字にして小さく唸った。

「確かに。何か依頼を受けるにしても、もうお昼だし」

「なら戦闘訓練でもするか?」

「なんだかそれはそれで代わり映えがしませんね……」

「スキルです! スキルのチェックと訓練をすれば良いのです!」

 という、皆の意見も折角の鏡花水月再始動を飾るには、いまいちパッとしないものばかり。


 すると、何時になくがらんと広く感じる食堂へふらりと訪れたのは、家主であるイクシスさんで。

 私たちの姿を見るなり、これまた元気のない足取りでフラフラと近寄ってきたのである。

「お、何だ何だ何の話だ? 私も仲間に入れてくれ、急に人が減って寂しいんだ」

「母上、素直すぎだ……」

 本音ダダ漏れのイクシスさんにツッコミを入れつつ、さりとて「午後からの予定が決まらず困っているのだ」とクラウが説明すれば、彼女はふむと一つ思案顔を作り。

 そしてこんな提案を投げてきたのだ。


「それならば先ずは初心に帰って、能力テストから行ってみるのはどうだ? 例えば、そうだな……私を敵に見立てて、一人ずつ戦いぶりを皆に披露するとか」


 その言に、次は私たちがふむと考える番だった。

 以前は対人戦に苦手意識のあった私だが、サラステラさんに毎日ボコボコにされた事により、今はすっかり平気になってしまった。それ故私に異存はないのだけれど。

 しかしみんなはどうだろうか? と視線を巡らせてみれば。

「いい考えだと思う」

「ココロもそれで大丈夫です!」

「母上を相手にか……望むところだ」

「先の戦いでミコトさんの変貌ぶりを見せつけられましたからね。次は我々の成長を見せる番です」

 という、全員が乗り気な様子。

「私も異存無いよ。ちょっと緊張はするけどね」


 斯くして、少し早い昼食をイクシスさんとともに摂った私たちは、食休みもほどほどに訓練場へと場所を移したのである。



 ★



 天気は快晴。時刻はやがて午後一時を回ろうというお昼真っ只中、まだまだ風の冷たい最中をぞろぞろと歩み訓練場へやって来た。

 交わす言葉は何れも他愛ないものだが、いざ「みんなはどんな特訓をしてたの?」と問うてみたところ、その成果をこれから見せるのだからまだ内緒であると。そのようにはぐらかされ、あれよあれよと能力テストの準備は整っていった。

 能力テストと銘打ってはいるが、要するにいつもの模擬戦である。

 とは言え、普通に考えれば一介の冒険者がタイマンでイクシスさんをどうこう出来るわけもないので、彼女相手に確かな力を示せるというのであれば、それだけで相当に凄いことなのは疑う余地もない。

 果たして、仲間たちはイクシスさんを相手にどれだけやれるのか……非常に楽しみである。


「さぁ、まずは誰からやる?」

 と、早速ながらイクシスさんがそのように問うてくるものだから、私は応えるように一歩前に踏み出した。

 よもや全員が、示し合わせたように同じタイミングで同じ行動に出るとは思いもせずに。まぁ、心眼で直前には察知したけどさ。

 こういうのは、後半になればなるだけハードルが上がるかグダるかのどっちかなので、ちゃっちゃか最初に済ませてしまいたいというのが皆の総意であった。

「キミたちは、変なところで息ぴったりだな……」

 と、呆れたように笑うイクシスさん。

 それを尻目に、早速じゃんけんにて熾烈な順番争いが勃発。

 ただし、私だけは問答無用で最後に回されてしまった。理由は二つ。心眼を持ってるため公平なじゃんけんにならないことと、アレ(精霊術)を最初に見せられては、その後が酷いことになるから、と。


 そうこうして、ようやっと一番手が決まった。オルカだ。

 流石うちの切り込み隊長である。こういう時にはちゃっかり一番を掻っ攫っていくのが彼女だ。

 ちなみに二番手はココロちゃん。三番手がソフィアさんで、四番手がクラウとなっている。

 一体この一月半で、みんなはどんな力を身につけたのか。素直に楽しみである。


 訓練場の中央にて、三〇メートルほど間を空け対峙するイクシスさんとオルカ。

 開始の合図はどうしようかと、小さな相談が始まったところで、ペチペチ私の頭を叩いてアピールした者があった。ゼノワだ。

 これみよがしに彼女は張り切り、「それじゃ頼むよ」と私がお願いすると、天へ向けて火球を一つ打ち上げる幼竜。

 そして、以前とは比較にもならぬほど立派で大きな火の花を、空いっぱいに広げたのだった。

 そのあまりの見事で艶やかな大輪の花火に、誰もがぽかんと口を開けて見とれたのだけれど。


「おわっちょ!」

 というイクシスさんの焦った声に急ぎ視線を戻してみれば。

 なんと、漆黒のよく分からない物質で簀巻きにされ、地面に転がされている勇者の姿がそこにあったのである。

 そしてちゃっかりその首元には、オルカが刃を突きつけている。


「一瞬よそ見した隙に終わってる……!?」

 私が驚愕を口に出せば、さりとて他の面々はそれと対照的に苦笑を浮かべており。

「今のはまぁ、仕方ないだろうな」

「想像以上に派手な花火でしたもんね!」

「ミコトさん、今のはもしや精霊の力ですか?!」

 と、オルカの成したことより寧ろ、花火の方にこそ興味が向いてしまう始末。

 それだけ、オルカの手並みというのは彼女らにとって見慣れたものだということだろうか。

 ゼノワは頭の上で嬉しそうにドヤっているけど、私だけは内心、未だに動揺を抑えられずに居た。

 だってあのイクシスさんをだよ?! 幾ら花火に注意が削がれたからって、一瞬で無力化とか。それとんでもないことなのでは……??


「青空のもとにあって尚、あれだけ見事な火花を見せるとは。いや大したものだ」

「いやいや花火の論評はいいんだよ! オルカは結局何をしたのさ?!」

 クラウがしみじみと花火の感想を言い出すものだから、そのように私が本題へ軌道修正を掛けようとすると。

 花火を軽んじられたと思ったのか、ゼノワが私のうなじ辺りをバシバシ尻尾で叩いて抗議してくる。痛くはないが衝撃がつらい。ごめんってば!

 するとそこへ、いつの間にかやって来ていたオルカが声を掛けてくる。

「あれは影魔法。最近ようやく実戦に使えるレベルに仕上がった」

 と、未だに地面に転がっている黒いミノムシイクシスさんを指差し、そう解説してくれる。大英雄の扱い……。

 しかしなるほど、影魔法か。そう言えばオルカも使えたんだっけ。

 実はちゃんと使ってるところを殆ど見たことが無かったのだが、どうやらこっそり練習は続けていたらしい。

 けれどまさか、それがイクシスさんに通じるレベルにまでなっていようとは……。


「影魔法はすごい魔法。すごく頑丈な上に、影だから普通の方法じゃ触れない」

 そう言いながらオルカは、実際に自分の影より帯状の黒い物質を生み出し、揺らめかせた。

 そうして差し出されたそれに私が触れてみようとすると、不思議なことにそれは叶わなかったのである。

 指はするりと黒い帯をすり抜けてしまった。さりとてイクシスさんは今も、これと同じものにガッツリ拘束されている。

 ということは、オルカの意志一つで触れるようにも出来るということだろうか?

「ミコト、試しにアレを手で解いてみて」

 オルカはそう言ってイクシスさんを指した。私の手で影の拘束を解除してみなさいと、そういうことだろう。

 私は小走りにイクシスさんへと駆け寄ると、「今助けるからねー」とひと声かけてから影の帯に触れようとした。

 のだけれど……。

「またすり抜けた!」

 私の指はまたも帯に触れること無く、直接イクシスさんの身体にまで到達してしまったのである。正しく謎現象。

 私が戸惑っていると、それを見たイクシスさんが何故かドヤ顔で言うのだ。


「ふっふっふ、驚いただろうミコトちゃん。オルカちゃんの影拘束は、捕まれば身動きできなくなるし、かと言って周りの者が助けようとしてもすり抜けてしまう、恐るべき拘束術なのだ!」

「何を偉そうに解説してるのさ。それならこんなことも出来ちゃうってわけだよね?」

 いたずら心を刺激された私は、早速イクシスさんの脇腹に手を差し込むと、そのままワシャワシャと指を動かし始めた。

 すると、流石の大英雄様もくすぐりには弱いらしく。

「わっへへひっ! わっへへっ! ず、ずるいぞミコトちゃん、やめるんだ! わっへへ!」

「笑い方よ……」

 ビッタンビッタン跳ねながら抗議してくるイクシスさん。どうやら本当に抜けられないらしい。

 まぁ、流石に彼女が本気を出せば、力ずくでどうにかなるのだろうけれど。

 さりとて一瞬でこれだけ強力な拘束を施すオルカの手並みは、間違いなく恐るべきものだった。


「でもだめ。今のじゃちゃんとミコトに実力を見てもらえなかった」

 と、またもいつの間にか傍らへ移動してきたオルカが、些か憮然とした表情でそんなことを言う。

 確かに先程は、少し目を離した間に方が付いていたため、はっきり言って何も目の当たりに出来ていないのだ。

「そっか。じゃぁ仕切り直しってことかな?」

「次はちゃんと見てて」

「あ、はい……」

 よそ見してたのバレバレである。


 それはそうと。

「わへ……ひ……」

「あ、やばっ」

 イクシスさんのリアクションが面白いものだから、つい調子に乗ってくすぐり続けていたら、いよいよ力なくビクンビクンし始めてしまった。なんか勇者にあるまじき顔してる。こんなのみんなには見せられないよっ!

 私はさっと手を引っ込め、オルカはシュルッと拘束を解除。何事もなかったかのように仕切り直すべく、私は皆のもとへさっさと戻り、オルカは間合いをとって戦闘準備。

 そして挙句の果てに。

「イクシスさん何時まで寝てるの! ほら仕切り直しだよー」

 と野次を飛ばしてみたり。

 すると不意に、念話が届いた。

『ふふふ……ミコトちゃんとの対戦が楽しみだなぁ……ふふふ』

「ひえっ」


 どうやら、ちょっと悪ノリが過ぎたらしい。

 私は背筋に冷たいものを感じながら、改めて開始されたオルカとイクシスさんによる模擬戦を観戦したのだった。

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