第四一四話 さよならまたね

 時刻は午後二時を回っており、窓の外には昼下がりの陽気が漂っている。今日は比較的温かいらしい。

 昼食休憩を挟んだことも相まって、ウトウトしている者もちらほら見える。私もちょっと眠い。

 そんな最中にあって、ようやっと長かった話し合いも終わりの時を見た。


「それでは、最後にまとめを行うぞ」

 と、少しばかり疲れた様子のイクシスさんが、びっしりなんやかんや書き込まれたマジックボードを確認しつつ、ざっくりと今回のまとめを始めた。

 主に推測や憶測の多く飛び交った、なかなかにカオスな会議ではあったけれど、その中で決まったことはと言えば然程難しいこともない。


「先ずは以前より予想されていた、骸を呼び出す鍵となる人物、『キーパーソン』の存在だが。今回の一件で、ミコトちゃんがこのキーパーソンに対し【キャラクター操作】のスキルを行使することで、マップ上に特殊アイコンが現れる、という仮説の裏付けが取れた」


 今回で言うと、リリがそのキーパーソンに当たる。

 彼女と出会い、どことなく波長が合うことから、彼女がそれであるという可能性を感じていた私は、骸がキャラクター操作の使用で現れるかどうか、という検証の協力を彼女に要請していた。

 そして厄災戦の折、うっかりそのことを失念してリリにキャラクター操作を実行。意図せずではあったが、結果的にリリがキーパーソンであったことと、キャラクター操作により特殊アイコンが出現する、という二つの事実を裏付けることとなったのである。


「よって今後は、皆で協力しこのキーパーソンを見つけて欲しい。『ミコトちゃんと仲良くなれそうな人物』を見つけたなら、マーカーをくっつけた後、念話にて一報を頼む。尚、相手は冒険者に限定しないものとする」


 話し合った結果、一つの可能性が浮上したのである。

 それは、いつかの周回を生きた私が、必ずしも冒険者として生きたわけではないだろう、ということ。

 もしかしたらもっと平穏な生き方をしたかも知れないし、何かしらの職人になったかも知れない。或いはやさぐれて犯罪に手を染めた可能性だって無いわけじゃない。

 なので、どんな形であろうと私と縁を紡げそうな相手であれば、それはキーパーソンの可能性を持つ人物として有力なのだ。

 まぁ、私がこの世界を何周しているかも分からないのだから、もしかしたらもうキーパーソンは出尽くした、なんて可能性だって否定できないのだけれどね。その場合骸も打ち止めってことだけど。

 ともあれ、備えあれば何とやらってやつだ。何れにせよ可能性が否定できないのなら、手を打って損するようなことはない。はず。


「次に『オーパーツ』についてだ。アーティファクトの中でも謎の多い、用途すら不明な遺物。それが人呼んで『オーパーツ』。ミコトちゃんの操るコマンドが、どうやらアーティファクトに用いられているらしい、というこれまたとんでもない爆弾が明らかになったわけだが、ならばオーパーツになら『隠しコマンド』が仕込まれている可能性があるのではないか? という意見により、調査の価値有りと皆の意向がまとまった」


 なんだか専門用語が並んで、中二病の気がある私なんかはムズムズしちゃうのだけれど、そんなことを思っているのは私ばかり。皆真面目である。

 イクシスさんの説明にあるように、古代の超技術の産物。それが一般的に言うところのアーティファクトであり、そして私が今回イクシスさんから譲ってもらった精霊降ろしの巫剣もまた、その一つであった。

 そしてそこには、複雑なコマンドがびっしり書き込まれており、その中には私や師匠たちですら知らない古のコマンドが用いられていたりもした。

 正直全てのアーティファクトが巫剣と同様、コマンドを用い作られているのかと言えば、それは分からない。なにせ私巫剣以外のアーティファクトなんて見たこと無いのだし。

 さりとて、オーパーツと呼ばれる謎多き遺物になら、もしかすると骸が残してくれた『隠しコマンド』と関係のある何かが見つかるのではないか、と。そう考えたのである。


「しかし残念なことに、現状オーパーツは我々の手元には無い。そこで、今後それらしき物を見かける機会があったなら、すぐミコトちゃんに情報をやって欲しい。入手できるのなら尚良いが、用途不明とは言えアーティファクトだ。もし市場にてそれを見つけたとて、容易く手の出る金額ではないだろう。が、用途不明ゆえガラクタと見紛われ、骨董品屋に掘り出し物として紛れ込んでいたという話もあるらしい。よって旅先では各々、骨董品を取り扱う店をなるべく確認しておいてくれ。あとはダンジョンだな。罠などに十分注意した上で、隠し部屋にもできるだけ足を運ぶように心がけてみてくれ」


 ダンジョンの隠し部屋というのは、他よりも希少価値の高い品が手に入ることが多いらしい。

 それにレアモンスターが隠れている可能性もあるため、もし発見したなら是非調査しておきたい、ダンジョンのサプライズルームである。

 ただ、時には罠が仕掛けてあったり、寧ろ罠の中に宝箱が置かれていたりするような場合もある。

 なので調査には十分な注意が必要だ。

 尤も、私たちにはマップスキルがあるため、隠し部屋の存在は簡単に看破できる他、モンスターや罠の有無も一発で見抜くことが出来る。

 ただまぁ、鏡花水月はこれまで、フロアのマップ埋めをしながら階層を進んで行くのが常だったことから、わざわざ遠くの隠し部屋にまで足を伸ばすということはあまりしなかった。

 が、レアモンスターを腕輪で吸い込み、スキルを得たという経験もある。

 なので今後はレアモンスター探しという意味に於いても、積極的に隠し部屋を訪問していきたいものである。


「そして最後に。これらの目標は、敢えて急を要さないものとする。今回は骸戦に向けて急ピッチでミコトちゃんを鍛えたわけだが、それにより当然色々と無理を通した場面もあっただろう。しかしそうまでしても、骸は強敵だった。はっきり言って想定以上だ。故に、ミコトちゃんにはじっくり力を蓄えてもらう必要があるわけだ。確実に骸に勝てるだけの力をな」


 そもそも今回の骸も、予定ではもっと力をつけた後で、出現するかどうかという検証実験をする予定だったのだ。

 それをうっかり出現させてしまったものだから、こんな大騒ぎになってしまったわけなのだけれど。

 なればこそ、次はちゃんと準備を整えてから骸を出現させましょうというわけである。

 それに伴い私も、うっかりキャラクター操作をPTメンバー以外に使うような真似は極力避けなくちゃならない。

 さもなくば、またみんなに迷惑を掛けかねないので。


「以上だ。あとは、そうだな……ミコトちゃんから何か一言もらえるか?」

「ぅえっ?! 急に振られても困るんですけど……えーと」


 まとめを終えたイクシスさんは、そのように私へ発言を促すと、さっさと聞きに徹する構えを取った。そういうのは事前に言っておいてほしいのだが……。

 ともあれ私はおずおずと立ち上がると、ぐるりと改めて皆の顔を見回し、小さく息を吸う。

 そして。


「みんなには……すごく感謝してます。さっきみんなで見たように、あの骸の思い出としてアルバムに追加された記録、今の私と違って全然うまくいってないみたいだった。それを見て思ったんだ。私はもっと、感謝しなくちゃいけないって。みんなと出会えたことに。みんなが力を貸してくれることに」


 私は仮面を取り、ヘコっと腰を折ると、深く頭を下げた。


「ありがとう。すごく助かりました。っていうか今もメチャクチャ助かってます!」


 そのように謝意を言葉にし、そして頭を上げる。

 ちょっと恥ずかしくて、皆の顔はまともに見れないけど。


「助けてもらった分、私も何かの形でみんなにお返しできたらって思うよ。どれだけの恩返しができるかも分からないけど、この先もどうかよろしく!」


 そのように言って、さっさと着席。仮面をいそいそと着けていると、皆からは暖かな拍手が鳴り、私はますます恥ずかしくなって後頭部を撫でるのだった。ご機嫌なゼノワがくすぐったそうにした。

 皆と一緒にしばらく手を叩いていたイクシスさんも、タイミングを見計らい司会に戻る。

 皆の視線が自然と彼女へ戻った。


「さて、それでは会議はこれにて終了なのだが。ミコトもりもり計画も無事完了したということで、この屋敷を立とうという者があれば知らせて欲しい。急に居なくなられては、私も使用人の皆も寂しがるからな」

 イクシスさんのその言葉に、ハッとしたのは私だけではないはず。

 都合が良いからと、結局ここに集ったメンバーの内殆どが、このイクシス邸にて生活を共にしていたわけだ。

 それ故、ついそんな共同生活の終わりを失念していた者もちらほらあり。

 さりとて滞在する理由もなくなったのだから、何時までもお世話になるわけには行かない、という意識も同時に芽生え始めたのである。

 勿論中には、言われるまでもなく予めそうしたことも思案していたメンバーもあったのだけれど。


 会議室には、なんだか急に合宿の終わりを告げられたような、そんな寂しげな空気が漂い始めたのだった。



 ★



 翌日。

 師匠たちとともに巫剣の解析を行ったり、ゼノワにご飯(精霊力)をあげたりしてからイクシス邸へやって来ると。

「びえーーーーん!!」

「うわーーーーん!!」

 食堂にて、ココロちゃんとアグネムちゃんが抱き合って泣いていた。

 傍らでは聖女さんが困った顔をしている。


 理由は説明されずとも察しが付くため、敢えて聞いたりはしない。

 それというのも実は昨日あの後、殆どのメンバーが「明日にでもイクシス邸を立つ」と宣言したのである。

 イクシスさんは狼狽え、「そんな急じゃなくても……」と引き留めようとしたのだが、この機を逃すとズルズル滞在が長引いてしまいそうだから、とのこと。

 なので私はこの後、皆を各々が望む場所へワープにて送り届けなくちゃならない。

 そしてそれは、ココロちゃんたちの別れをも意味しており。


 ココロちゃんとアグネムちゃんはすっかり意気投合しており、今や親友や、何なら姉妹と呼んでも違和感のないほど仲睦まじくしていた。

 しかも二人して感受性が豊かなものだから、お別れともなればこうなるのは目に見えていたわけだけれど。

 それにしてもまぁ、よく泣いている。

 うっかり私までつられてホロリと来てしまいそうだ。

 なんて思って視線をそらすと。


「ぐすん……」

 鼻の頭を赤くしたリリの姿を見つけてしまった。

 他の面々も、別れを惜しんで夫々挨拶回りをしている。

 何時でも念話でやり取りは出来るのだけれど、そういう野暮は言いっこなしである。

 当たり前のようにネットのある世界で生きてきた私と、手紙のやり取りすらそう簡単ではないこの世界の彼女たちでは、たとえ通話や念話という手段を得たとて、別れというものに対する感情の向け方が異なるのだろう。


 そんな具合に今朝の朝食は、なんだかいつもより騒がしいやら湿っぽいやらで、忙しないものとなったのだった。


 そうして朝食が終わったなら、いよいよ皆を送り届ける時が来た。

 ここに至るまで、既に別れの挨拶は十分に交わしている。

 そのせいで、私の仮面の下も今はガビガビだ。涙は伝播するのである。


 旅支度を整えた皆の荷物は、既にまるっとPTストレージに開設した各々の専用フォルダへ収納してあるため、大荷物を抱えているような者は一人も居ない。

 イクシスさんなんかは往生際悪く、「旅立つ前にグランリィス観光でもしていったら良いじゃない!」なんて叫んでいるが、見事にスルーされている。

 多分あの人、クラウの家出騒動のせいで寂しがりをこじらせてるんだ。

 今はそのクラウに宥められているわけだけれど。


 そんなこんなで、私は準備の整った者から順番に、夫々が希望する場所までワープにて送り届けていった。

 幸い私が行ったことのないような場所を希望する者は居なかったため、その作業はあっけないほどにスムーズに進んだわけだけれど。

 直接現地で「さよなら、またね」を告げ、手を振る私のダメージは大きい。

 特にヤバかったのは、レッカだ。

 彼女は単身、イクシス邸のお膝元であるグランリィスを目指して旅をしている最中、私が困っていると聞きつけやって来てくれたわけで。

 私たちと別れたら、また一人旅に戻ってしまうのである。


「レッガ、ぎをづけてね……なにかあったら念話すどぅんだお……!」

「あはは、もう。何言ってるかわかんないよ!」


 そのように笑いながら私の背を叩いた彼女だけれど。

 そうしてさっさと背を向けて、キザっぽく後ろ向きで手を振った彼女だけれど。


「それじゃ、またね。ミコトこそ、また何かあったら私にも声かけなよ!」


 そう言ったレッカの声は確かに震えていたのだ。

 それがもう、ぐっと来てしまって。

 私は彼女が歩き去り、その背が見えなくなるまでしかと見送ってからイクシス邸に戻ったのだった。


 その後も私は全員をきっちり現地にまで送り届け、その度に仮面の下で涙を零し、最後に蒼穹の地平を見送る時なんかは、結局皆でわんわん泣いてしまった。

 あのクオさんですら涙を見せたほどなのだから、この一ヶ月半、伊達に行動を共にしたわけではないということである。

 それでも、私には帰る場所があるんだ。


 最後にはきっちり彼女らへ別れを告げ、その背を見送ってから私は、鏡花水月の元へ帰還を果たしたのである。

 そう。いよいよPT再始動の時が来たのだ。

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