第四一三話 骸戦を終えて
お疲れ様会から一夜明け、時刻は午前一〇時。
普段よりゆったりとした朝食を済ませた皆は、もはや馴染んですら感じられるようになったイクシス邸の会議室へ集まっていた。
しかしそこには、先日までの張り詰めたような空気感はなく、かと言って過度に弛緩したわけでもない、これまでとはまた一風変わった神妙さがあり。
いつものように皆の前で司会を行うイクシスさんの言葉に、皆真面目な顔で耳を傾けていた。
「さて。当面の目標であった骸戦も終えたということで、これからのことを話し合っていくわけだが。その前に一つ区切りが付いたこの機会に、皆の意志を確認しておかねばならないだろう」
そう言ってイクシスさんは、一通り皆の顔をぐるりと見回すと、こう続けた。
「今回経験して分かったとおり、骸とは斯くも危険な存在であり、且つ倒したところで実益の得られるようなものでもない。強いて言うなら、ミコトちゃんの謎を解き明かし、真実を共有する権利を得る事が出来る……そのくらいだろうか?」
「貴重な経験も得られるぱわ!」
「む。まぁそれもそうだな。私も様々なモンスターと戦ってきたが、流石に骸のような手合は他に出会ったことも、聞いたことさえない。そんな相手とやり合うというのは、確かに貴重な経験ではあるな。それに骸戦への準備期間も、皆にとってなかなかに得難い時間だったのではないだろうか」
サラステラさんの意見を、そう肯定しつつ、更に続ける。
「ミコトちゃんは今後もそうした戦いを続け、真実を追い求めていくわけだが。皆はどうだろう? 今後も彼女に力添えをする意志があるだろうか?」
皆へ向け、イクシスさんはそのように問うたのである。
それというのも、骸の問題というのは言ってしまえば私の個人的な話であって、皆には協力してもらったところで、これと言った見返りを満足に用意することも叶わないわけだ。
なのでこの集まりは、皆の善意により成立した、大変徳の高いものとなっている。尊い。有り難い。
けれど当面の目標だった骸戦を経た今、ここで降りると言い出す者があったとて、それは何ら不思議なことじゃないし、そんな人に無理強いをするような真似も出来ない。
次にまた助力を求めて良いものかどうか、ここで一度確かめることは、降りる機会を設けるという意味でも重要なことのように思えた。
しかしまぁ、無理強いの出来ぬこととは言っても、少しばかり複雑な気持ちはある。
ここまで共闘してくれたメンバーのうち、誰かが去ってしまうかも知れない。って言うか、もしかしたら誰も力を貸してくれない、なんてことも全く無い話ではないのだ。
流石にPTメンバーであるオルカたちは別だが、対照的に蒼穹の地平なんかは今後骸を直接見る機会もないのだろうし、ならば協力してくれる理由ももう無いのではないか。
なんて、不安な気持ちと考えが脳裏を過る。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ポツポツと自らの考えを述べるメンバーたち。
真っ先に口を開いたのはオルカだった。
「勿論私たち鏡花水月は、PTぐるみでこの問題に当たるつもり」
「ですです!」
「無論だ。リーダーの問題は我々の問題だしな」
「大前提ですね」
「みんな……!」
分かってはいたけれど、やっぱりこうして言葉にしてもらえると、安心するっていうか感動するっていうか。
リーダーやっててよかったって思える瞬間である。
そして次に声を発したのは、イクシスさんたちレジェンド組だった。
「私も当然、今後もミコトちゃん含め鏡花水月を支援していくつもりだぞ!」
「ぱわ! 私もやるぱわ!」
「ミコトちゃんは今や、おばあちゃんにとっても教え子のようなものだもの。勿論協力は惜しまないわ。ヒヒッ」
と、三者とも頼もしい言葉をくれる。本当に有り難いことだ。
するとオレ姉も。
「私もまだまだミコトには、専用武器の完成形を渡せてないからね。今後ともよろしく頼むよ!」
と、力強い笑みでそう述べてくれた。
するとチーナさんも。
「あ、あの、私も引き続き協力させてください! 正直、今回は私なんて然程のお力にもなれませんでしたけど、皆さんとともに在ることで、普通では得られない本当に貴重な経験が出来たように思うんです。だから、何が出来るともわかりませんが、今後も何かお力添えできたらって……!」
「それなら私もそうだね。このメンバーの中じゃ、力不足を痛感してばかりだけど、その分すっごくいい刺激になる。何より、友だちの困りごとを放ってなんておけないしね!」
そう言って、ニカッと笑うのはレッカだった。本当に気の良い娘である。
「あ、あと多分ですけど、おじいちゃんも引き続き協力してくれると思います」
なんて、ついでとばかりにチーナさんからそんな言葉もいただき、ゴルドウさんの協力も実質確約を得ることが出来た。だってチーナさんがそう言うんなら、あの人がそれを裏切るような真似はしないだろうし。
そして、残すは蒼穹の地平の面々だが。
「私は何が何でも協力します!」
「勿論私もです!!」
と、勢いよくそう言ったのはアグネムちゃんと聖女さんだった。
ココロちゃんがニヤリと笑ってサムズアップすれば、二人も同じく親指を立てて返す。順調に親交が深まっているようで何よりだ。が、それで良いのだろうか……?
それはそれとして、問題はリーダーであるリリと、何気に蒼穹で一番大局を見ているクオさんの意見だが。
「……一応これで、義理は果たしたわよね。見返りも、PTストレージを引き続き使わせてくれるって約束だし、なんだかんだでこの一ヶ月半は通常の活動より儲けもあった。うちとしては何ら損はなかったわ」
「だね。だけどこの先は違う。これまでのように、ミコトと連携訓練を行う必要もなくなったし、骸と直接戦ってみて、あれが如何にヤバいかを痛感させられた。もしかしたらこの先、あれすら超える骸が現れるかも知れないんでしょ? だとしたら、ここで手を引く選択肢もありだって思うよ」
そのように考えを述べた二人。
リリの言うように、骸戦へ向けた準備期間中、私は毎日のように彼女たち蒼穹とは綻びの腕輪育成と、連携訓練を行うために様々な場所を転々とした。
何せ移動時間がほぼ掛からないため、蒼穹はそれだけ多くの実益を得たし、戦闘経験という意味でも美味しかったことだろう。
けれどクオさんの言うとおり、今後はそれもなくなるのだ。
PTストレージに関しては、今後どうするにせよ使い続けてもらって大丈夫だと既に話してあるため、この先も協力するメリットの内には数えられないし。
損得だけを見るなら、ハッキリ言ってここで手を引いたほうが、もしかすると彼女たちのためになるのかも知れない。
私にまつわる変なトラブルに関わらなければ、彼女らは特級冒険者PTとして今後も普通に、華々しい活躍を続けていくことだろうし。
何より、今回誰より骸の力を思い知ったのは彼女たちなのだ。
特に【神気顕纏】を発動してからの奴は、正直蒼穹の手に負えるレベルではなかったと思う。
私にしたって、もしゼノワに出会えていなければ……っていうか、イクシスさんから精霊降ろしの巫剣を譲り受けていなければ、きっと今回の戦いは乗り切れていなかったことだろう。
そして今後、あれ以上の骸が現れないとは誰にも断言できないのである。
そんな骸との戦いに於いて、今回のように死傷者を出さずに済むとも、同じく言い切れない。
であるならば、これを機に骸にまつわる話からは手を引く、という選択はむしろ自然な判断のようにも思えた。
それに、だからと言って縁が切れてしまうわけでもなし。他のことでなら助け合うことも可能だろうし。
そう思い、少しばかり残念には感じながらも、彼女らの決断を尊重しようと、話の流れを眺めていると。
「まぁそういうわけだから。バカ仮面、あんたが転移スキルで今後も私たちの移動を手伝ってくれるって言うんなら、引き続き協力してやらないでもないわ」
「今更ストレージだけ使わせてもらってもねぇ。マップも念話も、もう手放せないし。あ、別に毎回脚代わりに呼びつけようっていうんじゃないから、そこは安心して。長距離の時だけでいいからさ」
とかなんとか、すごい現金なことを言い始めたのである。
そんなこんなでとどのつまり。
「えっと……つまり全員、今後も力を貸してくれるってこと……?!」
と、私が目を丸くしてそのように確認すれば、ニンマリ笑ったイクシスさんがそれに答えてくれる。
「まぁ、そういうことだ。ただしその代わりに、何か新しいことが分かったなら我々にもちゃんと知らせるんだぞ? 一人で抱え込むようなことは無しで頼む」
「っ……! うん。わがった! みんなありがとっ!」
嬉しくて、ちょっとウルっと来てしまったじゃないか。
本当に良い縁に恵まれたと思う。きっと他の周回を生きた私たちの中でも、屈指の良いルートを過ごせているはずだ。
そんな今を、環境を、仲間たちを、大事にしないといけないなって。そう強く感じた。
そうして、イクシスさんによる皆の意志確認は、非常に好ましい形で済んだのだった。
「さて、それではここからが本題だ。ここからは、今後についての話をしていこうと思う」
と、和んだ空気を引き締めるように告げたイクシスさん。
ガッツリとした準備期間を経ての骸戦を終えた今、これから先の話をしようというのは至極尤もなことだ。
が、具体的に何を話し合おうというのだろうか?
私を含む皆が、イクシスさんの次の言葉を待っていると、彼女は早速議題を提示したのである。
「今回、実際特殊アイコンのもとに骸が出現したことや、それを蒼穹のメンバーとミコトちゃんのみが目視でき、直接戦闘が可能だったということから、幾つか裏付けの取れたことがある。それらを踏まえ、この先どのようにして次の骸を探すのか。また、今回新たに判明した新事実はないか、という確認等も併せて行っていきたいところだな」
彼女の言に、皆が早速思案を始める最中。
私はすっと右手を挙手。
すぐにイクシスさんに発言を促され、私は皆へ報告したのである。
即ち、骸が最後に残した新たなるヒントのことを。
「昨日も一応、反省会のときに軽く話したんだけど、改めて。『……カクシ……コマンド……』。それが今回の骸が最後に残してくれた、謎のメッセージなんだけど。次の骸探しと並行して、私はこれに関する調べも進めたいと思ってるんだ」
と、そのように述べれば、ふむと皆も考え込む。
どうやらメッセージの意味について思案してくれているらしい。
また、私が【付与】を駆使する際『コマンド』を操るのだと知っている面々は、直ぐに『カクシコマンド=隠しコマンド』と思い至ったようだけれど、事は妖精にも関わる、骸とはまた別ベクトルで内密な話ゆえ、昨日の話し合いで結局この話題は保留となったのである。
そんな経緯を踏まえ、そうした『コマンド』に心当たりのある面々が、視線にて私に問うてくる。どこまで話すつもりなのかと。
流石にコマンドというワードが話題に上がってしまった以上、皆に何も明かさないわけにもいくまい。
それに、師匠たちからは「ミコトが信頼する相手にだったら、妖精のことを教えても大丈夫だよ」という許可も一応得ている。
それでも今まで黙っていたのは、タイミングを逸していたこともそうなのだが、一番はやはり情報漏えいのリスクを最小限に留めるためだ。
勿論皆を信頼していないわけじゃない。けれど、意図せず誰かが口を滑らせないとも限らない。どうしたってそういう可能性ばかりは排除しきれないのだから。
それでもし、面倒な輩の耳に噂が届いたりしようものなら、唯一妖精と交流を持てる子どもたちを利用して、何か良からぬことを考える大人が現れないとも限らない。
なのでたとえ信頼できる仲間たちだとて、知らせずに済ませられるのなら、もとより知らないままで居てもらった方がいいと。そのように考えていたわけだ。
そしてその思いは今もあり。追求されぬのであれば、ある程度ぼかして話そうと。
私はそう考えた後、口を開いたのである。
「実は私、『コマンド』っていう言葉には馴染みがあるんだ」
と切り出せば。すかさず問い返してきたのはアグネムちゃんだった。
「! それはもしや、ミコト様の前世に関わるお話でしょうか?!」
「む。まぁ、確かにそうとも言えるかな……」
そうだ。アグネムちゃんの言うとおり、『隠しコマンド』という言葉は確かに生前の、それもゲームにまつわる言葉として馴染みがあった。
尤もそれは、所謂レトロゲームに実装された裏技の類に用いられることが主で、私が生きた時代じゃなかなか見かけることもなかったのだけれど。例えばコ◯ミコマンドなんかが有名だったっけ。
しかし果たしてそれがこの世界に関係しているのか、というのはちょっと判断の付けづらいところではある。
すると、目ざといクオさんが首を傾げ。
「『そうとも言える』……ってことは、他にも心当たりがあるってこと?」
と問うてきた。
私は静かに頷きで肯定し、そして説明したのである。
私には師事している、魔道具作りの師匠がいること。
そんな師匠に教えてもらった技術に、『コマンド』というものが用いられていること。
コマンドを駆使することで、優れた魔道具を作ることが出来ること。
それから、コマンドがどういったものかということをなるべく詳しく。
実際ツツガナシにもその技術は用いられていると教えたところ、初耳の者たちは目を丸くして興味を示した。
ので、併せてこの技術を用いるに当たっての制約も、しかと説明しておく。
決して子供を悲しませるような使い方をしてはならない、と。
だから私はこれを極力秘匿し、私自身の秘密以上に、慎重に取り扱っているとも。
斯くして、一応『師匠の正体が妖精である』という事実だけはぼかしつつ、皆にコマンドというものの概要を知らせることが叶った。
が、問題はここからで。
「それなら『隠しコマンド』っていうのは、結局何なわけ?」
と、リリがズバリ問うてくる。
なので私もズバリと返答した。
「それをみんなにも考えてほしいんだよ!」
そのようにして、会議は思いの外長時間に及び、多くのことを皆で話し合ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます