第四一二話 新たなキーワード
一瞬何が起こったのか、理解が及ばなかった。
いや、叡視のスキルにより、理解は出来ているのだ。
だがよもや、彼女がその様な芸当を身につけているだなんて思いもせず。
故にこそ私は、震えの出るような驚きに見舞われた。
骸の見せた悪足掻き。
不死性を活かした自爆と、それによる挽回の目論見。
自らを爆心とした、周辺一帯を焦土に変えるほどの大爆発。奴はそれを引き起こしたのだ。
が、さりとて。
クラウの繰り出したるその技は、見事そんな大惨事を防いでみせたのである。
私が目の当たりにした出来事を、ありのままに述べるとするなら。
骸より発せられた爆発の熱も衝撃も、その全てをクラウは自らの盾へと吸い寄せ、受け止めたのである。
あまつさえその膨大なエネルギーは、転じて彼女の振るう必殺の剣ともなった。
盾で受けた全ては、クラウの携える聖剣へと一気に集約され。そして。
即座に放たれたるは、受けた力を束ね紡ぎし報復の一撃。
自爆の反動により、反応が僅かに遅れた骸にそれを避ける事は叶わなかった。
下方より、渾身の振り上げを見舞うクラウ。
聖剣は溢れ出すほどの、赤と青の光を湛え。繰り出されたアーチ状の軌跡は、その延長線上に盛大な輝きの本流を吐き出したのである。
骸はその、触れたもの全てを灰燼に帰す凄絶な輝きに呑まれ、瞬く間の内にその身体を散らされ、吹き飛ばされてしまった。
クラウには骸の姿は見えない。触れもしないし、今の一撃にだって手応えの一つも感じてはいないだろう。
さりとて、可視のマーカーにより奴の位置は分かる。それが勢いよく吹き飛んだという事実も。故に。
『ミコト、決めろ!』
『合点!』
クラウの念話に背を押され、私はテレポートにて骸の反応を追った。
飛びに飛んで遥か上空。
早くも修復により、ボロボロなれど頭部から胸部にかけて形を取り繕った、骸の痛々しい姿を面前に捉えた私。
空間魔法にて空に立ち、静かに構えるは精霊降ろしの巫剣。
何かを告げるでもなく、ただ想いと覚悟を刃に載せ。私は静かに、そして一息に。
隙滅。
神速の抜刀術スキルを閃かせたのである。
生前、アニメなんかを見ていて思ったものだ。
あんなに素早く剣を振ったんじゃ、きっと手応えなんて何も感じないんじゃないかと。だって彼ら彼女らは、コンクリートだって豆腐のようにスラスラ斬っていたから。
だけれど今、それと似たようなことが出来るようになってみて、実感する。
斬った感触って、嫌なものだなと。まして相手は自身の成れの果て。それを自らの手で斬ったのだから、一入だ。
巫剣は狙い過たず、骸の首と胴を綺麗に断ち切った。
出血などはなく、首から下は直ぐに光へ変わって私に吸い込まれた。
それはもう、これまでの激戦を鑑みればあっけないと感じてしまうほどに、何ら抵抗もなく。いや、抵抗の隙を与えなかったのだから、当然のことではあるのだけれど。
クラウの一撃により粉々になっていた体の破片たちもまた、余す事なく同様に光へ変わり、ふわふわと私の元へと集うなり吸い込まれていった。
そうして残ったのは、面前に生首が一つ。
まだ油断はしない。そう言えば以前も警戒したっけ。こんなになって尚、目からビームとか出すんじゃないかって。実際私ならやりかねないし、やろうと思えば出来るし。
危険だと思うのであれば、さっさとぶった斬ってしまうのが一番ではあるのだけれど。
さりとて、以前戦った仮面の化け物は、最後に言葉を残し消えたのだ。
今回ももしかすると、なにか聞けるかも知れない。そんな期待があって、私はとどめを刺さぬまま問いを投げた。
「もし知ってるなら教えて欲しい。私がここで、この世界で成すべきことについて。ゲームみたいなこの世界で、何をすればクリアになるのかを……!」
この骸は強かった。
何せ【神気顕纏】まで体得するほどだ。コンティニュー説が確かだとするなら、彼女は相当に多くの経験を積み、努力をし、そして長く生きたのではないだろうか。
ならばもしかして、と考えたのだ。この骸なら、私がこの世界にやってきた理由や、成すべきこと。この世界をゲームに見立てるのなら、『クリア条件』とでも言うべき何かを知っているのではないか、と。
もしそうであるなら、聞かねばならないと思った。
それでこそ、引き継ぎだと。
すると、生首一つになった骸は、懸念したようなビームを放ってくるでもなく。静かに宙に静止したまま、私の頭に、或いは心に直接響くような声で、こう言ったのである。
『……カクシ……コマンド……』
「っ!!」
くれた言葉は、たったそれだけだった。
さりとて、それは何やら重大な意味を予感させる、正しくキーワードとでも言うべき内容で。
ピキリと、骸の黒い仮面に罅割れが一つ走れば、彼女は静かに光へと変わり。
そしてするりと私の胸の内へ、音もなく吸い込まれたのである。
そこには、これと言った違和感を感じるようなこともない。ただ、不思議な安心感と充足感のようなものが感じられ、果たしてその出どころが骸を取り込んだからなのか、それとも無事に勝利を収める事が出来た安堵から来るものかは、判然としなかった。
ともあれ。
「クルゥ……」
「……うん。みんなの所に戻ろうか」
果てまで続く空の蒼を最後に一瞥し、私はテレポートにてクラウの元へ戻ったのだった。
斯くして、此度の骸戦は大きな怪我人を出すこともなく、無事にその幕を下ろしたのである。
★
同日、時刻は夕方。
骸戦を終えた私たちは、その後なんやかんやと後片付けをしたり、感想を言い合ったり、反省会をしたり、骸に関する考察をしたりと忙しなく過ごし、それらも終えて現在はイクシス邸にて、ようやくのんびりしているところである。
夜はイクシスさんがお疲れ様会を開いてくれるということで、それまでは皆、忙しかったこの一月半ほどをぼんやりと振り返って他愛ない振り返りトークをしたり、興奮冷めやらぬと訓練場で体を動かしたり、風に当たってボーッとしたりなどなど、思い思いの時間を各人が過ごしていた。
そんな中私はと言えば、イクシスさんやソフィアさんに捕まっており。
「他に! 他にはどんな事が出来るんだ?! 精霊降ろしの巫剣にはどんな可能性が秘められているんだ?!」
「精霊術とはつまり、スキルとどう違うんですか! もっと詳しく、具体的に説明してください!!」
と、先程からずっと問い詰められっぱなしである。
そう。一応皆にも、精霊については話したのだ。
私が精霊と契約を結んだこと。ゼノワという相棒がおり、私の頭にへばりついていること。
そしてゴルドウさんには、わざわざ宿木を披露してみせ、これがあるから巫剣で精霊を傷つけるようなことはない、と説得した上で封印を解いてもらった。
しかし当の彼はと言うと、急ピッチの大仕事だったため、今は熱を出して寝込んでいるのだそうだ。どうやらご先祖様の施した封印を解く作業というのは、私が思っていたより余程大変なものだったようで。
にもかかわらず、よくぞたった二日で間に合わせてくれたものである。
私が巫剣を受け取ったのが、なんと昨日の夜だった。
そのため二重宿木なんかは、その足でモチャコたちと無人島に渡り、急ぎ試したのだ。構想自体は事前にあったからね。
なので今日の実戦投入なんて、ほぼぶっつけ本番のようなもので、骸が想像以上に強かったことに一番焦っていたのは、多分私である。
何せ本番でもし何かトラブルがあり、巫剣が使えないなんてことになっていたら、間違いなく詰んでいたのだから。
本当に上手く事を運べてよかった……。
まぁしかし、そんなぶっつけ本番で私のフォームチェンジなんてものを目にしたものだから、イクシスさんの食いつきは凄まじく。
一方でストレージで待機したまま、結局必殺技の出番もなく終わったソフィアさんは完全にクライマックスを見逃す形となってしまっており、そんな遣る瀬無さも相まってか普段以上の食いつきで迫ってきたのである。
「って言うか、いい加減私からも訊きたいんだけど! クラウが最後に見せてくれた、あの技は何?! 骸の自爆を完全に無力化した上にカウンターまで決めちゃったんですけど! イクシスさんの仕込みかなんかだよね?!」
いい加減質問攻めにも辟易としたので、反撃とばかりに私がそのように問い返してみれば。
「む? ああ、そう言えばミコトちゃんにはまだ話してなかったか」
と、少しばかり面食らったような顔をして、イクシスさんは自身の夫であり、クラウのお父さんでもあるカグナさんについての話を聞かせてくれた。
正直、クラウのお父さんについては何かしらの事情があるのだろうと、敢えてこれまで触れてこなかったのだけれど、よもや『最強の盾』とか、クラウがその才能を受け継いでいるとか、私の居ないところでそんな大事な話が進んでいたとは……。
ちょっぴりショックである。
「うん……まぁ……そりゃぁさ。ここのところ碌に休みもせず訓練に明け暮れてたし、鏡花水月で過ごせる時間っていうのもあんまりなかったけどさ、出来ればそういう大事な話はもうちょっと早く聞いておきたかったっていうか。聞かなかった私が悪いんだけどさ……」
なんて、壁に向かって体育座りで遣る瀬無さを吐露すれば。
「あー、誰ですかミコト様をいじけさせたのは!」
と、すっ飛んでくるココロちゃんである。そして。
「ミコト様に仇なす者は!」
「我々が成敗しますよ!」
と、その後ろからアグネムちゃんと聖女さんも現れ。
流石に成敗はまずいと、私は「大丈夫、ちょっとした冗談だから」と彼女らを宥める羽目に。
そんな具合にワイワイガヤガヤと、骸戦の疲労も感じさせぬ賑やかさでもって、あれよあれよと日が暮れるまで時間をやり過ごし。
気づけばお疲れ様会の準備も整ったそうで。
既にお風呂も済ませた私たちは、揃って料理の並ぶ広間へ集まったのである。
今回用いられたのは立食形式であり、そこへは使用人さんたちも交代で参加する、イクシス邸特有のラフなスタイルが採用された。
ここがただの貴族屋敷だったなら、まぁまずあり得ないことだろうなとは思う。実際の貴族とは、幸いこれまで一切関わらずに過ごしてきたため、偏見や想像でしか無いんだけど。
ともあれ、私もここに集った面々も、イクシスさんのそういった破天荒さというのは好ましく思っているため、貴族がどうだなんて引き合いに出すこと自体がナンセンスというものである。
この一月半の頑張り。今日はようやっとその成果を得ることが出来た、目出度い日だ。
皆が皆、互いの労をねぎらい合い、この期間に得た貴重な経験を噛み締めながら、各々楽しい一時を過ごしたのだった。
久々に見た酔っぱらいイクシスさんは、遠巻きに見る分には面白かった。
そして。
賑やかな打ち上げも終わり、皆と分かれておもちゃ屋さんに戻った私は、待ち構えていた師匠たちとともに、珍しく夜更しをしてまで精霊降ろしの巫剣に関する調査を行ったのだった。
脳裏に響くは、骸の残した最後の言葉。
「『隠しコマンド』……」
新たなヒントの登場と、それの意味することに、私は一人想像を巡らせたのである。
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