第四一一話 超速変身!!

 プランBの内容。

 それは、皆の放ったそれぞれの必殺技に骸を巻き込み、無理やりに損傷を与えようというもの。

 私以外の攻撃では、たとえ今回のメインメンバーである蒼穹の地平とて、骸に決定的なダメージというのは与えられないわけだが。さりとて、それは攻撃が通じないってわけではなく。

 ダメージは意味を成さずとも、損傷は与えられる。

 しかし受けた損傷を忽ち修復してしまうが故の、不死性。

 けれど奴に損傷を与えることが出来れば、僅かなれどそれを修復するための隙というものが生じるのである。

 流石に足を止めて傷を癒やす、なんてことはしないだろうけれど、それでも動きは鈍るし、損傷の影響で行動に制限が生じることもあるだろう。

 そうした損傷を与えるために、皆は奴へ有効だと思しき必殺技を各々用意してきた。後は上手く奴をそれに巻き込み、隙を作り出し。

 そこを、私が叩くわけだ。


 という、これがざっくりとしたプランBの内容なのだが。

 しかしこれにはもう一つ、秘策を組み込んであったりする。


 などと作戦を頭の隅っこで反芻しながら、私は手元に呼び出したその剣に意識を注いでいく。

 現在も尚、戦況は油断の許されぬ切迫したものだ。

 依然として一秒一秒が濃密な選択の連続で、骸との厳しい読み合いが続いている。

 幸い、劣勢なれど私が奴の動きに喰らいつけている、というのは当の骸から見ても認めざるを得ない事実であり。故にこそ奴は私の取り出した新たな一振りの剣へ、確かな警戒を示したのである。

 怒涛が如き攻めの手を一瞬緩め、カウンターを警戒している様子。

 が、きっと奴はすぐに攻撃を再開するだろう。それも一層の苛烈さをもって。

 だってもし私が骸の立場だったなら、『相手が何かしようとしている。即効性の何かではない。ならやられる前に潰せ!』というロジックに基づき動くだろうから。


 だから、攻撃の手が緩んだこの一瞬が鍵である。

 携えたるは、『精霊降ろしの巫剣』。

 それも、ゴルドウさんの手により封印解除の成された、謂うなれば『真・精霊降ろしの巫剣』だ。

 奇抜で前衛的なデザインのそれは、ともすれば『剣』とか『妖精』をテーマにデザインされたアート作品のようですらあった。「これを実戦で振り回すとかマジ?」って首を傾げたくなるくらいには、到底実用性からかけ離れた形をしている。

 その分、中二心をゴリゴリに刺激される、大変美しいデザインにはなっているのだけれど。

 白と銀を基調としたそれへ、私は手ずからゼノワの精霊力を注いでいった。


 本来この剣の用途は、精霊を宿らせることで、その力を最大限増幅。

 擬似的な精霊術を発動させ、絶大な力を行使するというとんでもない仕様になっている。

 その結果、精霊力を搾り取られた精霊は己が存在を維持できず、消滅する。

 それが、『精霊殺しの魔剣』と揶揄され恐れられた経緯であろうと、私は推察しているわけだけれど。

 しかし私の場合、師匠たち直伝の精霊術が使えるわけで。

 そもそも、この剣に精霊を直接宿らせなくちゃ精霊力を注げない、という前提を覆すことが出来る。

 宿木を使い、私を介することでゼノワの力をこの剣へ流し込めば、巫剣はその役目を全うするべく精霊力を十全に増幅し、私に大きな力を返してくれる。

 ただしそれは永久機関のような都合の良い仕組みではなく、増幅された精霊力は直ぐに燃え尽きてしまう。ほんの一時しか形を留められない、火のついたガソリンが如き力なのだ。

 それで言えば、さながらこの巫剣はエンジンのようでもある。精霊力を燃料に動くエンジンだ。


 ネックなのは、コストの高さだ。

 精霊力の増幅効率は非常に高く、単純な燃費で言うなら素晴らしいの一言に尽きるのだけれど。

 さりとて、相当な精霊力を注ぎ続けなければ、この機構の稼働を維持することは叶わないのである。

 大量の精霊力を注ぐ行為は、ゼノワに大きな負担を強いる。

 なので、これを稼働させられる時間は然程長くはない。成長途上のゼノワでは尚の事だ。

 実際私の頭にくっついたゼノワからは、何時になくしんどそうな気配が感じられた。

 まぁどの道、骸を相手にこれ以上悠長に戦闘を長引かせるつもりも、そんな余裕もないので、一気に決めるつもりではあるのだが。しかし否応なく心配にはなる。

 彼女を気遣わしく思いながらも、私は巫剣へ意識を集中した。


 ゼノワの力を注ぎ器を満たしてやったことにより、巫剣が稼働を始める。

 瞬間である。そこからは、まさしく爆発的に増幅した荒々しい精霊力が感じられ、それと同時に巫剣の姿にも変化が生じた。

 それは、ゼノワにアイテムを装備させた時のような、俗に言うフォームチェンジを思わせるような、あからさまな変化であった。

 ゼノワに今装備させているのは、ワガマママウントフラワー。

 その影響を受けたのだろう。白と銀で構成された巫剣は、そこに美しい紅を交え。形も花弁をあしらったかのような、一層華やかな造形へ転じたのである。


 そして。

 そんなフォームチェンジの影響は、【完全装着】にて装備を我が身の一部としている私自身にも強く影響を及ぼしたのである。

 即ち、剣とともに私の格好もまた、変化する。

 日頃から、黒を基調とした目立ちにくい格好をしている私だが。それとは打って代わり、さながら優美さすら感じられる紅のドレスが如く、大きな変貌を遂げた私の纏う布系装備たち。

 硬質な装備にも、差し色や小洒落た装飾が施され、妙に念の入った変身となってしまった。


 だが、無論無駄に外見が変化しただけ、なんてはずもなく。

 この状態は、謂うなれば『宿木の二重がけ』とでも言うべき、非常に特殊な状態である。

 宿木とは、自らの身体に精霊力を行き渡らせることによって成る、精霊術の基本が一つだが。

 対してこの巫剣もまた、増幅した精霊力を剣の隅々にまで走らせることにより、擬似的な宿木を成立させているわけで。

 そこに完全装着の効果を加えた私は、二つ目の宿木の恩恵を我が身で受けるという、大分謎な状態を成り立たせているらしい。

 練習がてら披露してみせたら、流石のモチャコたちもドン引きであった。正しくへんてこ精霊術である。


 だが、伊達におかしなわけではない。その効果は師匠たちの折り紙付きだ。

 ワガマママウントフラワーを宿したゼノワの力は、巫剣を通すことで更に強大なものとなった。

 自身を含めた仲間たちへ、各種能力上昇の効果を与えるバフフィールドの生成。且つ、フィールド内の敵に与える状態異常。

 これらの効果が超強化され、隔絶した力を有する骸との戦力差も──。


 その時だった。

 ほんの僅かな隙をついて行った、超速変身。

 それをみすみす許してしまった骸は、どこか慌てたような、悔しそうな機微とともに無数の魔砲を私へ向け撃ち込んできたのである。

 だが、これまでも散々しのいできた攻撃に、今更当たりなどしない。っていうか変身したからって無敵になるわけじゃないんだ。直撃すれば当然のように大ダメージを負うだろう。

 私は内心ヒヤリとしながら、テレポートにてそれを回避。

 さりとて転移先にも容赦なく、先読みにて撃ち込まれた魔砲の光。

 だが、単発だ。単発であれば、処理できる。綻びの腕輪による分解にてこれを無力化し、事なきを得た。

 そして確信する。今の状態なら、腕輪の力が出力負けしていない。

 即ち、私と骸との能力差は、埋まったものと見て良いだろう。

 だがタイムリミットはシビアだ。現状この姿を一分も保てれば御の字というところ。


 ここからが、プランBのスタートである。

『さて、いくよ!』

 念話にてそう意気込みを叫べば、勇んで骸へ躍りかかる私。

 先程までとは驚くほどに違う。奴の動きが、ちゃんと見える。理解できる。

 しっかりと勝負になっているという感覚。同じステージに立てているという実感があった。

 それを骸も瞬時に理解したのだろう。明らかに先程までの、狩る側の動きとは異なっており。

 自らの身の危うさを熟知した、それこそ冒険者然とした、彼女本来の戦い方を持ち出してきたのである。

 そしてそこにはどうしようもなく、私自身の面影があり。


 さながら対話のように重ねられる技の応酬。

 技量面で言えば、相手が圧倒的に上だ。能力面ではほぼ互角。

 拮抗を成り立たせているのは、やはり奴の片腕片足を既に奪っているという点だった。

 骸の選ぶ動作の端々から、彼女の重ねてきた経験が、思い出が、ふわりと想像の中を横切っていくような、不思議な感覚がした。

 先程までは、そんなことを思う余裕など到底無かった。だけれど今は、この時間がひどく貴重なもののようにすら思えて。


 まぁ、死物狂いなんですけどね。一撃当たっただけで大ダメージは免れないし。

 それに時間もない。貴重な時間を惜しむ気持ちも確かにあれど、それ以上に手早く終わらせねばという気持ちが勝った。ゼノワも辛そうにしているため尚更だ。

 拮抗した戦力では、先に息切れを起こす私が負ける。

 だから、仲間の力が必要なんだ。


 奴が引き金を引く。それをやり過ごし、私の反撃が閃く。その、直前だった。


『パワ!!』


 私がストレージより取り出した、必殺技発射直前の状態でキープしていたサラステラさんが、奴の死角に現れ。

 そして間髪入れずそれを解き放ったのである。

 今回見せた彼女のそれは、突き出した拳の先からビームを出すという、どこの格ゲーキャラだと言いたくなるような凄まじいものだった。しかもワガマママウントフラワー由来のバフが乗っているため、その威力はちょっとシャレにならないレベル。頭についたゼノワ自身もバフフィールドを展開しているため、尚の事だ。

 しかし流石は骸。とっさに身を捩ってそれを避けるも、その脇腹はごっそりと消し飛んでおり、完全に避けきることは出来なかったようだ。

 尚、もしそこでテレポートを選択していたなら、それこそ私の読みどおり。確実に一太刀入れていたに違いない。

 故にこれは、奴にとって最小限の被害だったはずだ。

 だが無論、小さくない被害である。


 一瞬だけ召喚したサラステラさんは、次の瞬間にはもうストレージの中。奴から反撃を食らうようなこともない。

 何より、損傷を負ったことでどうしたって動きの鈍る骸。その刹那が、私にとっては大きな好機となる。

 プランBに仕込んだもう一つの秘策。それこそが今見せた、ストレージ内に必殺技発動直前で皆を格納しておこうという、『必殺技ぶっぱ召喚』である。

 これなら奴を変に誘導せずとも、ここぞという理想的なタイミングでダメージを狙えるし、必殺技を放ち終えたら直ぐにストレージへ避難するためメンバーも安全。

 更には、イクシス邸訓練場にて控えてるオレ姉が、必殺技消費済みのメンバーをストレージから取り出し、再度必殺技発動直前に収納して補充してくれるという、再使用にも対応した仕組みとなっている。


 これにより、私は実質好きなタイミングで何度も、仲間たちの必殺技に骸を巻き込むことが出来る、というわけである。

 正攻法で勝てないなら、邪道を行けば良いのである。それが無理ゲー攻略の醍醐味というものだ。


 というわけで、脇腹を抉られ、隙を晒した骸には。

『イクシスさん!』

 追撃としてイクシスさんを差し向けた。

 彼女の攻撃がまともに当たれば、修復には大きな隙が必ず出来る。そうなればチェックメイトだ。

 ストレージから呼び出されるなり、サラステラさん同様すぐさま必殺技を行使するイクシスさん。

 繰り出したるは、超圧縮した濃密な火球だ。大きさは直径三メートルにもなる大玉で、圧縮してこれなのだから直撃したらどんな大爆発が生じるか想像だに恐ろしい。

 これを隔離障壁に封じ込め、対象を逃げ場のない煉獄の最中にて灰すら残さず焼き殺す、というコンセプトの技なのだそうだ。

 故に。火球の発射と同時、展開された隔離障壁は、一瞬にして火球を骸ともども障壁内部へ閉じ込めた。

 そしてスッとストレージへ消えるイクシスさん。完全なやり逃げである。


 対して骸はと言えば、そんな攻撃をまともに受けるわけには行かないと、テレポートにて移動。

 まんまと、私の読み通りに動いてしまったのである。

 タイミングを合わせ、同時に転移した私。振るった巫剣は確実に奴を捉え。

 そうして、その右腕をしかと斬り飛ばしたのだった。先程のように、欲張って胴を狙いはしない。着実に戦力を削いでいく。


『次!』

 間髪入れず、続いてストレージより呼び出したのはリリだった。

 先程は敢え無く消し飛ばされた魔創剣だが、今は私たちのバフフィールド内。その威力は比べるべくもなく強大に膨れ上がっており、気合一発それを骸へ叩きつけに掛かる。

 が、流石に直撃を免れた骸。もう残された四肢は脚一本だけだと言うのに、見事直撃を避けてみせたのだ。

 しかし、魔創剣は直撃せずとも十分にその力を発揮する。

 今回彼女の剣を形作った魔法は、雷。その身に浴びたなら、待ち受けるは一時の麻痺である。まして威力が威力だ。

 私たちのフィールド内にあって、状態異常を受けずにいる骸。さりとてこれには為す術もない。


 まばゆい電流が迸り、奴の体を激しく焼く。ビクンビクンと全身が酷い痙攣を起こし、冗談のように不自然な動きを見せた。

 決定的な隙である。が、困ったことにこれでは私も迂闊に近づけない。

 リリはドヤ顔でストレージに帰っていった。絶対あとのこと考えてないやつだ。

 とどめを刺す絶好の機会だが、感電が恐い。さてどうする?

 なんて、ほんの一瞬手をこまねいたのが仇となった。


 考えてみたら、相手は私の成れの果てと思しき存在。であれば、追い詰められた時の切り札を用意していないはずもなく。

 私の微かな躊躇いを突いて、奴はここに来て最大の一撃を放ちに掛かったのである。

 帯電して容易くは近づけない体。修復の時間を欲する状況。不死身の特性。

 それらを踏まえ、彼女が選んだ手段とは即ち。


 自爆だった。

 いや、厳密には少し違う。要は自身をも巻き込む大爆発に乗じ、転移にてこの場を離脱。自己修復を行い舞い戻ろうという腹なのだろう。

 二重宿木を発動し、能力差が埋まったからだろうか。心眼はきちんと機能し、奴の狙いを看破してくれた。或いは心眼が働いたと言うより、私だったらそんな手段を選びかねない、という想像から導き出した予見だったのやも知れないが。

 何れにせよ、それはどうやら正鵠を射ているようで。

 ムクムクと、その細い身体の中心にMPを凝縮し、暴走させていく骸。マジでやるつもりだ。しかも発動までの溜めも要らないらしい。

 それをやられては、せっかく追い詰めたこの状況をまた後退させられかねない。

 なんとかして阻止するか、或いはその前に仕留めるかしないとまずい。だが、それは如何にも困難で。


 しかし、こんな土壇場を予期していた者が、実は一人だけ居た。

 この『必殺技ぶっぱ召喚』という作戦を考案し、各々がどの様な技を準備しようかと考えを巡らせ、話し合っている最中のことだ。

「骸がミコトの成れの果てだというのなら、追い詰められた時何をしでかすか分からないからな。私はその時の備えとなろう」

 そう言って彼女は不敵に笑ったのである。


 だから。

『なんとかして、クラウ!』

 私はそんな彼女を召喚し、念話にてそう叫んだのだった。

 すると直後。『ああ、任せろ!!』という力強い返事があり。


 そして私の視界は、骸を中心とした凄絶な爆発の光に塗りつぶされたのである。

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