ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて！

第四一〇話 プランBで行く！

　魔砲の光は私の頭上へと逸れた。

　腕を跳ね上げられ、僅かに隙を晒した骸。訪れたるは一縷の好機。

　綱渡りの如き瞬間的な判断の連続がもたらした、稀有な一瞬。されどそれはギャンブルによる産物にあらず。一応狙い通り。

　なればこそ、その時には既に私は動き出しており。

　構えたツツガナシによる、神速の抜刀スキルがひらりと閃いたのである。

　狙うは胴。【宿木】により奴との能力差を埋めた今の状態なら、十分に狙えると、そう思ったのだ。

　そして事実、刃は確かに奴の体へ潜り込み、私にその手応えを伝えてきた。

　だが、それ故に理解してしまう。

　宿木をもってしても、神気顕纏を発動した奴にはまだ届かないのだと。

　ツツガナシの刃は確かにヌラリと、奴の体を通り抜け振り抜かれた。

　さりとて、ほんの僅か。それこそ皮一枚程だろうか。刃は向こう岸にまで届かず、『切断』を成すには至らなかったのである。

　骸の特徴の一つに、不死身性というものがある。

　私以外の誰がこいつを徹底的に痛めつけたところで、骸はその傷の一切を瞬く間に修復してしまうのだ。

　私の攻撃にしても、奴の体を断ち切り、我が身へと吸い込むことが出来なければ、ダメージは全て無かったことにされてしまう。

　故に、今の一振りも。

　自身の腹の中を刃が疾走したと言うのに、奴ときたら動揺のドの字も見せず、あまつさえ剣を振り抜いた私へ次なる攻撃を仕掛ける構えである。

　さりとて私も、未だツツガナシを抜いた際に生じる一秒間の強烈なバフの最中にあり。

　加えて片足片腕を欠いている奴に取れる選択肢は少なかった。

　読みどおり、魔法にて牽制を放ちつつ一時距離を取って腹の傷を修復しに掛かる骸。なかったことに出来るとは言え、修復には僅かなれど時間が要り、傷の塞がらぬ奴に十全な動作など出来ようはずもないのだ。如何な骸と言ったって、腹と腰回りの筋肉がほぼ切り裂かれている状態で、まともな動作が叶うわけではないらしい。

　私へ向けて放ったのは、出も速く、掠りでもすれば麻痺効果の期待できる雷魔法だった。

　さりとて、そう来ると分かっていればこそ避けるのは容易く。

　何なら奴の退避先に先回りして、二の太刀を振るい始めてすら居た。

　ところが、である。

　能力値云々以前に、そこは私より遥かに多くの修羅場をくぐってきた骸。

　この局面にあって、私の読みを軽々と上回ってみせたのである。

　私の狙い通りなら、テレポート直後に振るった二の太刀が、今度こそ奴の体を真っ二つにしているところだったはずだ。

　しかし蓋を開けてみればどうだ。

　転移先に奴はおらず、あまつさえ私の背後から魔砲を浴びせ掛けてきたではないか。

　保険のため仕掛けておいた背中のスペースゲートが、辛うじて魔砲を無力化。あまつさえ奴にそのまま送り返したわけだが、奴はこれも想定内と言わんばかりに術を展開。あろうことかスペースゲート返しを喰らってしまう。

　私の目前に生じたるは、骸が開いたスペースゲート。そこから吐き出されるのは、魔砲の凶悪な光だ。

　思わず自動回避が働き、私の体はランダムに転移を発動。骸から数メートル上方の空間へ投げ出されてしまった。

　幸い自身でも意図せぬ転移であるため、奴から先読みを食らうこともなかった。

　それは良いのだが、意図せぬが故に自分でも一瞬状況が分からなくなってしまうのが最大のネックである。

　だが、これに関しても対応訓練は積んできた。サラステラさんを相手に、自動回避からの素早い立て直しを想定した訓練だ。生半可な仕上がりではない。

　ツツガナシのバフももう切れる。私は素早く奴の位置を把握し剣を鞘へ収めると、近接戦闘から一転して魔法戦闘を仕掛けたのである。

　抜刀によるバフの再使用には、最低三秒、マックスで一〇秒ほどのリチャージが必要だ。クールタイムと言い換えても良い。立て続けにラッシュを掛けられないのは、ツツガナシの伸び代と言えるだろうか。悪く言えば欠点だが。

　抜刀状態で仕留めきれなかったのは、宿木を発動した今の状態にあって尚、奴のほうが能力的に優れていることの証左である。

　魔法戦に切り替えたからと言って、このままでは勝算など無いだろう。はっきり言ってまずい状況だ。宿木も、酷使すればゼノワへ大きな負担を強いることになる。

　精霊力の自己生成も、一秒があまりに重たいこんな状態にあってはさっぱり当てに出来ない。手札は擦り切れていく一方だ。

　このままだと、いよいよ本当に詰んでしまう。

　今回の骸は、やっぱりと言うべきか想像以上にと言うべきか、とんでもない強敵だった。

　正攻法でやっても、まぁ勝てないだろう。

　だけれど、そんな事は始めから予想できていたことだ。

　だから。

『プランB！　用意して!!』

　念話を介し、私はそう皆へ叫んだのである。

　☆

　遡ること三日前。

　いよいよ決戦を間近に控え、私たちは余念なく作戦会議を開いていた。会議大好き集団である。

　そんな話し合いの席でのこと。

「私にあって、骸にない。最大の違いって何か分かるかね！　そう、仲間の存在だよ！　仲間の力が、奴との力の差を埋める最大の鍵になるんだ！」

　と、熱弁したのは私である。

　しかし、首を傾げて問うてきたのはイクシスさんで。

「そうは言うがミコトちゃん。そもそも今回の骸はキミと蒼穹のメンバー以外、見ることは疎か触れることすら叶わないのだろう？　仲間と言えど、干渉できないメンバーに出来ることなんてどれほどあるものか……」

　そう言って眉をハの字にしてみせる。

　確かにそれはそうだ。期待できる支援と言えば、精々がレラおばあちゃんによるバフくらいのものだろう。

　けれどそれは、あくまで『正攻法でやれば』という話である。

「いやいやイクシスさん。前の、仮面の化け物戦を思い返してみてよ。あの時は、イクシスさんの攻撃が大いに助けになったよね？」

「む？　それはまぁ、確かに……だが、私からは正直、何が起きているのかさっぱり分からなかったぞ？　手応えもなかったし」

　そう。私たちが遭遇した最初の骸、通称『仮面の化け物』と戦った際、私たちは事前情報なんてほぼ何も持っていなかった。

　幸いだったのは、恐らく奴が然程大きな力を蓄えては居なかったという事だが、だとしても当時の私からしたら、とても手に負えるような相手ではなかった。

　それでも、どうにか勝利をおさめることが出来たのは何故か。

　それは無論、仲間たちの力があったからに他ならない。

　あとはまぁ、運だ。そればかりは言っても詮無いことだけれど。

　ともかく、あの時はイクシスさんの攻撃があったおかげで体勢を立て直すことが叶い、結果として辛うじて勝ちを収めるに至ったわけで。

　注目するべきポイントは、イクシスさんの攻撃が奴にヒットしていたという点にある。

「確かに骸に直接触れることが可能なのは、私たちだけなんだと思う。だけど、例えば足元にマグマがあって、それを骸が踏んづけたなら普通にダメージを負うと思うし、濁流があれば流されもするはずだよ」

　私の言に、ふむと逡巡し口を開いたのはソフィアさんだった。

「つまり、直接攻撃は出来ずとも、魔法やスキルによる間接的な攻撃なら、骸を巻き込める可能性がある、と？」

「だとしたら、私たちでも出来ることがあるぱわ?!」

　提示された可能性に、にわかに色めきだつ会議室。

　さりとてそこへ冷静な意見を投げ込んだのは、こういう時頭の回るレッカで。

「だけどさ、それって危なくない？　下手に手を出すと、ミコトたちの連携を崩しかねないわけだし、何より相手は見えないんだよね？　もしマーカーなんかで位置を特定できたとしても、動きの見えない相手にちょっかいを掛けて攻撃が都合よく通るかどうか。それに、最悪こっちにヘイトが向いたら成すすべがないよ」

　レッカの言はまさしく正論で、特にヘイトが私や蒼穹以外へ向いてしまった場合、彼女らは骸の動きを捉えることが出来ないのだ。

　イクシスさんの魔法が奴に通じたのと反対に、奴の魔法がイクシスさんたちにも通じるのだとするなら、それは姿の見えない相手から一方的に攻撃を受けることを意味するわけで。

　それを思えば、確かにリスクの大きな話ではあった。

「そうだね。確かに骸の見えないメンバーにヘイトが向いてしまうと、私たちがカバーに入る必要が出てくるし、それ以前にストレージなんかを駆使して逃げてもらうことになるかも知れない」

「まぁ、そうなるわね。それなら始めから、手出しなんてせずに居てもらったほうが余計な気を回さずに済みそうだわ」

　リリの言に、苦い顔をするのは鏡花水月である。

　彼女らは私のPTメンバーであり、私が最も信頼している身内でもある。

　だからこそ彼女らも、どうにか骸戦で力になれないかと考えを巡らせてくれているし、そのせいで頭を悩ませてもいた。

　リリの言葉はそんな鏡花水月にとって、道理こそ分かれど受け入れ難いものだったのである。

　だが、早合点してもらっては困る。

「そこで一つ提案なんだけど。みんなが直接骸にちょっかいを掛けるんじゃなくてさ……みんながたまたま明後日の方向に撃った必殺技に、骸が勝手に巻き込まれるっていう構図を作ったらどうかな？　って思うんだ」

　私の提案に、会議室は再び騒がしくなった。

　様々な意見が飛び交い、有効と思しき攻撃の選定が成され、成否に関する綿密な予想が交わされ、そして。

「問題は、骸を誘導できるだけの余裕があるか」

　という、オルカのズバリとした指摘に議論は集約を見た。

　確かに勝算はある。が、肝心要となるのは、強敵を相手にそんな理想論を実現できるのかというところにあるわけで。

　実際問題、格上の敵を思い通りに動かしたり、誘導することは生半可なことではない。

　まして相手は、骸とは言え元は私だったもの。つまりはゲーマーだ。頭だって切れるに違いない。

　こちらの思惑に乗せるには、あまりに骨の折れる相手であることは、疑いようもないだろう。

「そこで、取り出しましたる秘密兵器が、こちら」

　難色を示す皆の前に、満を持して取り出したのが、そう。

　イクシスさんより託された一振りの剣にして、封印されし古代のアーティファクト。

　即ち、『精霊降ろしの巫剣』であった。

　厳しい顔をさらに厳しくし、顔色を悪くするのはゴルドウさんだ。

　そんな彼へ向けて、私はハッキリと願いを告げたのである。

「ゴルドウさん。この剣の封印を、解いてほしいんだ」

　★

　斯くして現在。

　巧みに魔法を駆使し、奴からの攻撃を必死に捌き続ける私。

　発令した『プランB』は各自が着々とその準備を進めており、私は死物狂いで時間稼ぎに全力を注いでいる。

　宿木状態の私でも、よもやここまで一方的に守りを強いられるとは。本当におっかない相手だと、つくづく思い知らされ、肝はずっと冷えっぱなしだ。

　さりとて、どこか誇らしい気持ちもある。

　私はいつか、ここまでの力を持つことが出来るのかと。

　骸の強さは、まるで私の未来を明るく照らしてくれているようにすら思えるのだ。

　まぁ捻くれた見方をするのであれば、ネタバレって気がしないでもないが。

　そんな、『あの頃のミコト』に対して、これより挑むは『今の私』が出来る最大限。

　念話より届くのは準備完了の知らせ。

　私の後頭部には、ガシッとゼノワが張り付いた。

　時は満ちた。

　私はストレージより、本来の姿を取り戻せし一振りの剣を取り出すと、静かにその力を解き放ったのである。