第四〇九話 骸の本気

 自己強化スキルにおける、一つの極致。

 それが、【神気顕纏】だ。

 イクシスさんやサラステラさんといった、ステータス値100超えの人間離れした能力を持つ『超越者』たち。

 その中でも最上位に位置する僅か一握りの、正に怪物とでも称するべき者たちにのみ発現するのが、この神気顕纏なのだそうで。

 私もどうにか覚えられないかと、幾らか足掻いてはみたものの、ステータスが足りず実現できなかった。

 だと言うのに、私たちの対峙しているこの骸は、今正にそれを使ってみせたのである。


 神々しい光と、羽織のような衣装を纏いこちらを睥睨する骸。

 その威容からは、何かしらの神が顕現したのだと言われたら、そのまま信じてしまいそうなほどの圧倒的な存在感が放たれていた。


 攻撃を畳み掛け、もう一歩で勝負を決められるかと、そう思っていた矢先のコレである。

 どうしたって皆に動揺が走る。ただの虚仮威しだなんて、楽観的に考える者などただの一人も居なかった。

 骸より発せられる気配には、自分たちとの隔絶した力量差がありありと滲み出していたのだ。冒険者を生業としている皆が、それを感じ取れないはずなど無く。

 故にこそ、ただその姿を前にしただけで、うっかり心を折られそうにもなる。


 が。ここで折れてはそれまでだ。全滅一直線である。

 だが、どう動けばいい? 殺られる前に殺る? 或いは防御、回避、一時撤退?

 どれもこれも意味を成さない気がして、私の思考は一瞬盛大な空転を余儀なくされた。

 そしてそれは、私以外の皆も同様で。

 時間にすれば、ほんの瞬きほどの間だったかも知れない。

 しかし、それはあまりに決定的で。


 いつの間にか私たちに向けられた奴の銃には、膨大なエネルギーが装填されていたのである。

 覚えがあった。

 それは先日、ツツガナシを駆使してカイザートロルを焼いた時の『魔砲』。その発動予兆によく似ていて。

 そう思い至った時には既に、引き金は引かれた後だった。


 考えるより先に体が動く、というのは正にこういうことを言うのだろう。

 尤も、今私はマルチプレイの行使中であるため、体というのは存在しないのだが。

 しかし、気づいたら魔法を一つ行使していた。スペースゲートである。

 放たれた魔砲の膨大なエネルギーを、さりとて空間に空けたトンネルは問答無用に吸い込み、そして吐き出す。

 私たちの面前に展開されたそれは、間一髪魔砲の脅威を遮り、私たちの身を、命を護ったのだ。

 と同時、スペースゲートの出口は奴の足元に設定しており。

 瞬間、骸が残った片足で立っていた場所は、さながら間欠泉のごとく拭き上げた膨大な魔砲の脅威に埋め尽くされ、忽ちの内に極光が天上の果てまで駆け上がっていったのである。


 それが、一瞬呆けていた皆の意識を引き戻すのに一役買った。

 皆は一斉にその場から飛び退くと、即座にそれぞれの死角をカバーするよう展開し、奴からの攻撃に備えた。

 無論、今のカウンターでどうにかなるほど甘い相手だとは、誰一人として考えていない。

 異変を察したのか、はたまた今の光を目の当たりにしたためか、離れた位置からこちらを見守っていたイクシスさんたちより心配の念話が届くも、応答している余裕すら無く。

 まして『あ、あいつあんなスキルまで使えるのか!』なんて、お約束のくだりをしている時間すら与えてもらえるはずもなく。

 流石は私の骸だと言えば、皮肉になってしまうだろうか。無防備を晒せばすぐさま仕留めに掛かってくるという確信が、誰の中にも確かに根付いており。

 そして今回に関して言えば、隙が無かろうと関係なく奴からの攻撃は飛んでくるのである。


 私たちが警戒し、陣形を展開した次の瞬間には既に、奴からの次の射撃が成されており。

 天を突かんと伸びた光の柱を貫き、飛び出してきたのは光の弾丸。

 生存本能に促されるまま、反射的に私は再びスペースゲートを展開。それをいなしたのだけれど。

 私の骸が、よもや防がれると知っていて同じような手を無意味に二度も繰り出すはずがない。必ず別のアプローチを仕掛けてくる。

 その様な考えがすかさず脳裏を過ぎった。そして、だとしたら一体どんな手で来るだろうか? とも。

 結果、私は即座に念話を介して叫んでいた。


『直上、突っ込んでくる!!』


 案の定だった。

 基本的に様々な生き物の死角である頭上。当然人間にとっても、とっさには目の届かぬそこから奴は来ると。そのように予期した直後、骸が凄まじい勢いで落下してきたのである。

 危うくその下敷きになりかけたのは、ソフィアさんだった。しかし辛うじてテレポートが間に合い、惨事は免れた。

 その細い片足で、一体どんな破壊力を叩き出したのか。奴の落ちた地面はべコリと、盛大に陥没し。周囲には衝撃波さえ駆け抜けた。

 けれどそれを物ともせず、着地の隙を狙い果敢にそこへ攻め込んだのはリリとクラウだ。他の面々も後に続く。

 今は、僅かな好機さえ取りこぼすわけには行かないと。誰の中にも、そんな焦りにも似た感情があり、それに突き動かされた結果である。


 正面からは灼輝と聖光を宿せし、クラウ渾身の聖剣による一振り。

 背後からはリリによる、全力の魔創剣が襲いかかった。

 如何なあの骸とて、これをまともに受ければ痛痒は免れないはず。

 更に彼女らの後ろでは、皆が追撃の備えを既に済ませており。一気に畳み掛ける気満々だった。

 しかし、相手は骸。転移を操る奴に、着地の隙を狙うなどナンセンスな選択である。

 クラウとリリが鋭い踏み込みから奴を間合いに捉えた時には既に、その姿は消え失せていたのだ。


 が、しかし。こちらにだって転移使いは居るのだ。っていうか私がそうだ!

 そして私なら、心眼を使うまでもなく奴の動きに見当をつけることが出来る。

 うっかり全力の剣を振りかぶってお見合いしそうになったクラウとリリだったが、私はクラウの中から面前のリリも巻き込み、テレポートを発動。

 向かった先は奴の飛んだ先。即ち、アグネムちゃんの背後だった。

 完全に虚を突いた。

 生半可な敵が相手なら、そう思っていたはずだ。現にクラウもリリも奴に刃が届くと確信を覚えていた。

 だけれど。私は、この神気顕纏を発動したサラステラさんと模擬戦を繰り返してきたんだ。だからこそ知っている。


 こいつは、私たちにとっての一ターンの内に、複数回行動できるのだと。

 私たちとはきっと、異なる時間の流れで動いているのだと。

 そして案の定。

 まるでコマ落ちしたかのような速度の蹴りをクラウの腹へ突き刺し、同時に左手の銃でリリの魔創剣を吹き飛ばしたのである。


 辛うじて、ステータス操作が間に合ったのは幸いだった。

 クラウの物理防御をとっさに最大まで引き上げ、蹴りによるダメージを最小にまで軽減した。流石に防御スキルを十全に発動するだけの時間がなかったのは悔やまれるが、致し方ない。

 後方へ勢いよく吹き飛ぶクラウの視界で、腹部に感じる凄まじい衝撃を共感しながら、遠ざかっていくリリたちを眺める私。

 魔創剣をかき消されたリリと、完全に背後を取られたアグネムちゃん。

 対して、速さにも破壊力にも圧倒的なアドバンテージを誇る骸だ。完全に彼女ら二人へ、チェックメイトを掛けている状態である。


 再度引かれる引き金。銃口はしかとリリの頭部を捉えており。

 そして。

 リリとアグネムちゃんの姿は、ぱっとその場から消え去った。PTストレージへ逃げ込んだのだ。

 クラウのDEFを引き上げる際、同時に彼女らのDEXを一気に引き上げたのである。

 DEXは思考速度や判断力、動体視力等に影響を及ぼすため、故にこそ骸による止めがなされる前に避難を成し得たわけだ。


 だが、状況は何一つ好転したわけではなく。

 奴が神気顕纏を発動してここまで、時間にして僅か数秒の出来事である。一秒が、この上なく重い。

 即座にクラウの腹部を魔法で癒やしながら、私はいよいよ詰みを悟った。

 今場に出ているカードを幾ら上手に駆使してみたところで、恐らく勝ちの目はない。

 虎の子の【キャラクター操作】を用いても、隔絶した能力を誇る骸に対して、優位を取ることは叶わないだろう。何せ相手は神気顕纏を発動しており、ただでさえ凄まじい能力値を超強化しているのだ。

 仲間の誰か一人に私の能力をまるっと上乗せするスキル、キャラクター操作。確かに強力なスキルだが、それで覆せるほど骸との戦力差は小さくない。


 故に。

『みんな、ごめん』

 一言念話で皆へそう告げた私は、マルチプレイを解除したのである。


『ミコト?!』

『な、なぜっ』

『ぐ……どういうつもりだ?!』

『…………』


 マルチプレイで融合していた鏡花水月の四人からは、その様な困惑の思念が伝わるも、私はそれを振り切り自身の体へ戻った。

 ちょうど、吹き飛ばされるクラウから飛び降りたように、その場に留まり実体化する私。

 当然、元は私だった骸がその隙を逃すはずもなく。

 変身中だろうと、口上を述べている最中だろうと、或いは感動的な会話シーンの途中でも関係なく。隙あらば殺る。殺られる前に殺る。

 そんなスタイルが身に染み付いているのだろう。

 私が自らの身体で視界を取り戻した時には、既に奴の向けた銃口が光を吐き出す、その間際だったのである。


 そして、爆ぜる光。

 誰かの絶叫が響き、悲壮感が忽ちその場を駆け巡った。

 引き金を引いた骸は、ことここに及んでなお、あまりに無機質で。


 ──……さりとて。

 絶叫の声を裏切るようで恐縮だが、私は健在であった。


 一ターンに何度も行動するかのような骸の、確実な一撃。

 あのタイミングでは恐らく、それこそキャラクター操作を用いたところで避けることも防ぐことも叶わなかったことだろう。ストレージへの自己収納とて同様だ。

 仮にそれが間に合ったとしても、背後で吹き飛んでいる最中であるクラウに流れ弾が飛んでいっては事であるため、何れにせよ回避という選択肢はない。


 だから私は、腕輪の力に懸けたのである。

 綻びの腕輪には、モンスターのみならず魔法を分解するという能力があった。

 骸本体には、残念ながらそのステータスゆえ殆ど意味を成さなかったこの分解能力も、魔法やスキルが相手であるなら可能性があるかと考えたのだ。

 白枝を伸ばしている時間などはなかった。だから私は已む無く、仮面にてそれを受けたのである。銃口は私の額を狙っていたから、他に選択肢はなかった。


 そしてその結果、分解はほんの一瞬だけ私に暇を与えてくれたのだ。

 圧倒的な出力の違いから、はっきり言って魔砲を分解し切ることは到底不可能だった。されど、ちょこっとばかりは分解に成功したのである。

 そのちょこっとが、決定的だった。

 私は急ぎ、身の内に感じるその繋がりより力を引き出し、全身へ行き渡らせた。繰り返し繰り返し練習した甲斐があり、今や発動までのタイムラグは極めてゼロに近い。


 そう。漲る力の正体は、ゼノワによる精霊力に他ならず。

 そしてそれが窮地を脱するための、正に切り札となったのだ。

 私自身の強化に伴い、腕輪の分解力も上昇。更に少しばかりの猶予を確保した私は、即座に精霊力由来の魔法を発動。

 出の速い小爆発で、奴の腕を跳ね上げたのである。

 魔砲の軌道はそれにより上へ逸れ、光の濁流は明後日の方向へ流れた。


 好機が、生まれた瞬間である。

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