第四〇八話 躍る骸
ツツガナシを抜刀し発動する、僅か一秒ほどの強力なバフ。
パワーのみならずスピードや動体視力、反射神経、思考速度にすらブーストを掛けてくれるこの状態で、私は骸と幾度も剣と弾丸を交差させた。
結果。
あろうことか、仕留めそこねてしまったのである。ばかりか碌な有効打を与えることすら叶わなかった。
ツツガナシを抜いて、あまつさえアーツスキルまで使ったのに、単純な技量とステータスだけで乗り切られてしまったのだ。
一秒を満たすその前に、私はテレポートでリリたちのところへ帰還。
去り際、綻びの腕輪より白枝を用いて痛痒を狙ったものの、何とあっさり打ち払われてしまう始末。元々ステータスの高い相手には効きにくい白枝だったが、よもやこうも簡単に対処されるとは。
一応おかげで退避するだけの暇を稼ぐことは叶ったのだが、綻びの腕輪がこいつに対してはあまり意味を成さないと分かってしまい、ショックではある。
さりとて、この攻防で何ら成果が上げられなかったかと言えば、そんなことはなく。
『! でかしたわ、バカ仮面!』
『マーカーが付きましたね。これで位置が特定できます!』
『流石ミコト様です!』
『出たよ隠密殺し』
そう。直接攻撃でのダメージこそ与えられはしなかったものの、きっちり可視化マーカーだけはくっつけておいたのだ。
これで私だけでなく、マップを共有している全員が奴の居場所を把握できるはずである。
私にしても、髑髏面に頼らずとも奴の位置を把握できるようになった。
流石に現在の装備水準を鑑みると、不足を感じる髑髏面である。別の仮面に換えられるのなら、そのほうが良い。
早速先の厄災戦で得た数枚の仮面のうち、最近常用しているものへ付け替える私。ステータスがぐっと上昇した感覚を得て、ほっと一息。
無論、油断などは在ろうはずも無く。
『気をつけて。あいつ、ツツガナシの抜刀に早撃ちで対応してきた。純粋にめちゃくちゃ強いよ!』
と、念話にて皆へ警戒を促した、その直後だった。
再び奴の反応が消え、しかし今度は移動した先が分かる。
私たちの直上だった。
反応する間も許さぬ、転移からの早撃ち。私たちの脳天目がけ、正確に落ちる弾丸の雨。相変わらずの速攻確殺を狙った容赦のない攻撃である。しかも、自動回避を想定して回避先を誘導しようという意図すら感じられた。相変わらず奴相手の心眼は働きが芳しくないが。
そんな凶悪な攻撃に対して、私たちの取った行動はと言えば。
『上!』
と一言奴の位置を念話にて指示しつつ、私は隔離障壁の傘を展開。長杖ツツガナシを介すことで、通常よりずっと強固な壁を展開してくれる。しかも弾丸を受ける曲面には、その軌道を逸らす効果も期待できた。
以前の化け物戦を思い出す。
あの時も相手は心眼を有しており、私はそれに頼らぬ純粋な読み合いを強いられたのだった。
だが、そこは骸とは言え私と似通ったロジックを持つ相手。似通ったと言うか、私の複製みたいなものだろうし。
なれば『私ならこんな時どうする?』って考えると、相手の先を自力で読むことも、そう難しいことではないわけだ。
故にこそ皆に先んじて骸の動きに反応できた私である。障壁による傘は見事間に合い、奴の持つ銃より吐かれた弾丸の軌道を阻むことに成功した。っていうか銃持ち替えてる!
先程まではスナイパーライフルだったのが、今はまさかの二丁拳銃だ。なるほど、私だったらやりかねないチョイスである。
しかしだとすると、当然余程スタイリッシュに動いてくるのだろう。私ならそうするはずだもの。
『多分、壁の内側に潜り込んでくる。懐か死角!』
『ああ、ほんとにもうっ!』
案の定だ。ぱっと消えた奴の姿は、次の瞬間聖女さんの背後にあり、引き金をその後頭部めがけて引き絞っているところだったのである。
だが、来ると分かっていれば対応も出来る。
ハイエルフ由来の【閃断】にて、銃を突き出した腕を断ち切ってやろうかと狙ったのだが、生憎とそれは叶わず。
直感によるものか、はたまたこの技を知っていたのか。腕が断ち切られるより前に奴はその場を飛び退き、腕に通う魔力を操作して閃断の効果を散らしたのである。
もしアレを初見で咄嗟にやっているのだとしたら、正しく化け物だ。とてつもない対応力である。
一体どれほどの死線を潜ったら、あんな事が出来るようになるっていうのか……。
しかも飛び退き際、ダバダバと弾丸をたらふく撒き散らす辺り、非常に厄介である。
だがこれには、聖女さんが障壁で対応。素早くリリが追撃を掛けるが、案の定曲芸めいた身のこなしでもってそれを軽くいなし、あまつさえお返しにと弾丸をばら撒いていく。
憎たらしいことに、奴はそれを片足一本で成しているのだ。何故なら一本は既に私が奪っているから。
だと言うのに、私たち五人をこうも容易く翻弄する奴の身のこなしたるや、サラステラさんとはまた異なる体捌きの極地を見せられているような気分になる。
特に魔道銃を扱うクオさんは、その動きに感動すら覚えているらしく。
正しく死線の只中にありながらも、その心には憧憬の念すら見て取れるほどに、爛々とした目で奴の軽業を必死に追いかけていた。
それほどまでに、骸の動きにはただならぬものがあったのだ。
だが、肝心の戦況は全くもって芳しいものではなく。
端的に言ってしまえば、ジリ貧であった。
ようやっと皆で連携を組んでの戦闘が出来たかと思えば、さりとて唐突に彼方へ転移し、鋭い狙撃を撃ち込んでくる骸。
かと思えば誰かの死角にて、引き金を引こうとしているし。
本当に一時たりとも油断のならない状況に、私たちは徐々に疲弊を強いられていったのである。
一方でこちらから繰り出す攻撃は、どれもこれもがツラツラと避けられる始末。
時折タイミングを合わせ、待機組より飛んでくる援護だって何のその。
ハッキリ言って、実力差が尋常ではないのだ。
間違いなく、以前戦った仮面の化け物よりもずっと強い。
きっとそれだけ長く生き、多くを学び、たくさん力を蓄えたのだろう。
まだ活動を初めて一年にも満たない私が挑むには、あまりに分不相応な相手。学生の部活動と、ワールドクラスのプロ並みにかけ離れた実力差。
そんなの、たかだか一ヶ月ちょっと猛特訓をしたからって、どうにかなるはずもなかったのだ。
それを思えば仮面の化け物は、もしかすると想像以上に早い段階で命を落とした私の骸だったのかも。
まぁ、今考えてみたところで詮無いことか。
パシュっと、弾丸の一つがクオさんの肩を貫いた。
「がっ?!」と彼女から苦悶の声が漏れた。
それを機に、私たちは少しずつ追い詰められていく。
徐々に傷が増え、疲労から体も段々と重くなり。呼吸も荒くなり。
私は裏技を駆使する暇なども無いため、皆同様にMP切れを警戒しながらの消極的な立ち回りを強いられ。
時が経つにつれて、どんどんと劣勢に追いやられていったのである。
『まずいわよ……一旦退くべきじゃないの?!』
『退いても追ってきますよ……』
『強すぎでしょ……』
『これが、私たちとともに旅をしたミコト様のお力……!』
圧倒的な強者を前に、軋みを上げる私たちの心。
さりとて、折れるにはまだ早く。
『仕方ない。切り札を切ろう!』
そのように私が提案を述べれば、即座に了承の返事が返ってきたのである。
しかしその返事を返したのはリリたちではなく。
『待ってた』
『勿論、いつでも行けますよ!』
『やっと出番か』
『はやくはやくっ!』
そう。私の頼れるPTメンバーたち、鏡花水月の面々である。
用いるスキルは【マルチプレイ】。私は一時的に肉体を失い、彼女たち四人に同化するわけだけれど、それによって鏡花水月も骸への直接的な干渉が可能となる。
本来なら、奴を見ることは疎か触れることすら叶わない彼女たちが、骸と戦うための唯一の手段である。
『少しの間だけ持ちこたえてて!』
リリたちへそう告げると、私は皆の元へテレポートで移動。即座にスキルを発動した。
途端に私の体は輝くような粒子となって解け、オルカたち四人へ等しく吸い込まれていった。頭にくっついていたゼノワは、ぱっと離れて傍観の構えだ。
そして。
直後私の意識は、彼女たちの中で目覚めたのである。
体の操作権限は私には無く。あるのは四つの視界。共有する意識。
私のステータスは皆に分配され、私のスキルはその全てがシェア状態にある。
即ち、今の鏡花水月は全員が私のヘンテコスキルを使いこなせるわけで。
すかさずソフィアさんがスペースゲートを展開すれば、即座にリリたちの元へ駆けつけることに成功した。
間髪入れずに戦闘へ加わる。
『これが、今回の骸……!』
『銃を巧みに操ってくるよ。気をつけて!』
『修行の成果を見せる時です!』
『ああ、やってやろうじゃないか!』
『マルチプレイはミコトさんへの負荷が大きいスキルです。素早く方をつけましょう!』
念話にてそのようにやり取りをすれば、早速骸へ躍りかかっていく鏡花水月の面々。
『リリたちは今のうちに体勢を立て直して!』
マルチプレイ中でも念話になら参加できる私がそのように呼びかけると、すかさず聖女さんが皆の治癒に取り掛かる。
それを尻目にオルカたちの繰り出す連携は、やはり凄まじく。しかもマルチプレイ中ともなれば、メンバーとの意思疎通にタイムラグが発生しないため、そのチームワークたるやもはや神がかっているとさえ言えるレベルだった。
ステータスは明らかに骸が上で、技量も間違いなく奴のほうが秀でてはいる。
されど、それと拮抗するだけの動きを見せたのが私たち鏡花水月である。
ソフィアさんの魔法が骸の動きを阻害し、正面からはココロちゃんとクラウが。背後からはオルカが、絶妙なタイミングで攻撃を繰り返す。私は私で、皆の中からバフを駆使しサポートに徹した。
当然、奴から差し込まれる凶悪な反撃も、さりとて。
『ミコトの動きなら、何となく読める』
どれもこれも紙一重で、見事に捌いていく鏡花水月である。阻害されているとは言え心眼も一応は働いているのだ、完全に虚を突かれるようなことはなく。
奴がぱっと転移で移動をしてみせたところで、完璧に追従してみせる有様。
『な、何よ、あの動き……?!』
『あれが、マルチプレイを使った鏡花水月ですか……!』
『あの骸に引けをとってません……っていうか優勢です!』
『好機だね。加勢しよう!』
急ぎ立て直しを行ったリリたちも、戦局が動いたと見るなり戦線復帰。
息をもつかせぬ高速戦闘を繰り広げる私たちの最中に、流石は超越者たる彼女たち。
完璧な合いの手を入れるかの如く、有効な攻撃やアシストを見事に挟んでくるその手腕は圧巻で。
鏡花水月と蒼穹の地平による総力でもって、一気に攻撃を畳み掛けたのである。
流石の骸もこれにはとうとう対応しきれず、ついに死に体を晒してしまった。
その瞬間である。
『そこ!!』
マルチプレイを解いた私は、ツツガナシを抜刀。不可避の神速剣を振るい、引導を渡しに掛かった。
だが。往生際悪く、無理くり回避を試みた骸。
結果として惜しくも致命打は避けられてしまったものの、その右腕を斬り飛ばすことには成功した。
しかしマルチプレイの反動や、戦闘による疲労のせいで僅かに鈍った刃では、それ以上の傷を奴に与えることは叶わなかった。
が、まだまだめげやしない。
即座にマルチプレイを再行使し、怒涛の攻撃を再開。奴は左足と右腕を欠き、戦力は大幅にダウンしているはずである。
このまま押し切れる。誰もがそのように確信した。
だが。
どうやらそれは、見立てが甘かったらしい。
まず、奴の動きが変化したのが分かった。
こちらの攻撃を避けるばかりで、撃ち返してこなくなったのだ。
そこに違和感や不気味さを覚えながらも、ここが好機だと。私たちは皆で一気呵成に畳み掛けた。
けれど回避のみに専念した奴は、私たちの攻撃を見事に捌き。ヒットした攻撃も掠り当たりばかり。大きく体勢を崩させるようなことも出来ず、暫しの間奴に余裕を与えてしまったのである。
それが、まずかった。
大勢は決したかに思えたこの戦況を、ひっくり返すだけの隠し玉を。
どうやら奴は所持していたらしいのだ。
その証拠を示すように。私たちが漠然と感じた嫌な予感を裏付けるように。
骸は神々しい光と、見覚えのあるような戦衣を纏い、私たちの前に立ちはだかったのである。
間違いない。
それは、イクシスさんやサラステラさんの本気モードと同じ、やたらピカピカしたアレ。
その名を【神気顕纏】という、自己強化スキルの極致。
超越者を、いよいよ神の如き力の領域にまで押し上げる、絶対者にのみ許された最上位スキルだ。
形勢は、斯くも容易く覆り。
私たちは、降って湧いたような圧倒的な死の気配に、等しく身を強張らせたのだった。
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