第四〇七話 おどろおどろしい
骸が姿をくらませた。マップ上のアイコンすらも消え去り、よもや消滅したのかと皆が考えたその瞬間。
聖女さんが、唐突に倒れたのである。
衝撃を受ける蒼穹メンバー。私にしてもそれはショッキングな出来事に違いないのだが、同時に閃きが如く奴の戦闘スタイルに当たりがついた。
恐らくオルカのような、高度な隠形を駆使した暗殺系の立ち回りを得意としているのではないだろうか。
それも恐らくは……スナイピング。
真っ先に聖女さんを狙ったのはきっと、ヒーラーだから。しかしまだ回復魔法を披露していない聖女さんを一発でそれと特定したのは、もしかすると骸には蒼穹のメンバーの判別がついているってことだろうか?
何にせよ、もし推察どおり奴がスナイパーなら、一瞬で全滅させられかねない。
『警戒! 奴は狙撃を得意としてる可能性がある!』
そのように念話で皆に知らせれば、気を利かせてくれたのはイクシスさんだった。
瞬時に隔離障壁を展開し、蒼穹と私を各個守ってくれる。
しかし、それが通用するほど相手は甘くなかったようで。
ほんの一瞬、アグネムちゃんの背後、障壁の内側に開いた空間の穴。スペースゲートの発生を、私は確かに感知した。
だが、その時には既に手遅れで。
弾かれたように吹き飛ばされ、倒れたアグネムちゃん。
やはり奴も空間魔法を操るらしい。
戦闘開始から僅か数秒。もう二人も倒れてしまった。
『ぐっ、スペースゲートの欠点は、素早い動きに対応できないこと! 足を止めないで!』
念話は、言葉を紡ぐより余程速くメッセージを伝えることが出来る、優れた意思の伝達手段だ。
これを受け、リリとクオさんは仲間をやられた怒りを噛み殺し、不規則に駆け始めた。私もまた同様だ。
だが、その程度の原始的な対処が通じるかは怪しく。
『相手は心眼か、先読みに優れた別のスキルを持ってる可能性が高い! 注意して!』
『そんなの、どうしろっていうのよ?!』
『敵の位置すら分からないのは、かなりまず──』
その時だった。
彼方より飛来した一縷の閃光が、クオさんを囲う隔離障壁を貫いたのは。
大きく吹き飛ぶクオさん。
リリの動揺が激しい。
だが、私はそちらを一瞥する暇すら惜しんで、反射的にテレポートを発動していた。向かう先は閃光の出どころ。
構えるはツツガナシ。先日のテストでは出番のなかった必殺の居合斬りだ。
転移と同時に鋭く抜き放ち、斬りつけたそれは神速のアーツスキル【隙滅】。
仮面の化け物から継承せし、速さを追求した抜刀剣である。
奴の姿を捉えるでもなく、当てずっぽうに虚空へツツガナシを走らせれば、さりとて確かに手応えはあり。
切断したのは奴の左足だった。私の振るった刃はその膝を見事に捉え、断ち切ったらしい。
だが、そこまでだった。
ついぞその姿を視認することは叶わず。ほんの一瞬感じられた奴の気配は、さりとて直後には失われており。
即座に振るった二の太刀は虚しく空を斬ったのである。どうやら別の場所へ転移したらしい。
『ごめん、仕損じた!』
短く皆に念話を送る。と同時、切断された奴の膝下が光の粒子へと変わり、私へと吸い込まれた。
今回もこのように奴を斬りつけていけば、いずれは倒し切ることが出来るはずだ。片足を奪ったことで機動力も損なっているだろうし、痛手を与えたのは間違いない。
だが相手はスナイパー。しかも転移と隠形がある。機動力は恐らく、然程重要ではないのだろう。
結果、とても気を抜けるだけの余裕など無いわけで。
私は一先ず、急ぎリリの元へと戻り、そして念話で彼女らへ呼びかけたのである。
そう、奴に撃たれ倒れた彼女らへ。
『みんな大丈夫? ケガはない?』
すると、直ぐに返事が返ってきた。
『はい、天使様。おかげで助かりました!』
『私も大丈夫です!』
『こっちは派手に飛ばされて、ちょっとびっくりしたよ』
聖女さん、アグネムちゃん、クオさん。
骸の狙撃を受けた彼女たちではあったけれど、しかし現状誰一人としてダメージは負っていない。
理由は簡単で。戦闘が始まる前に、私がとあるスキルを皆にかけておいたためだ。
その名を【シェアリング】という。これは効果を受けたメンバー間で、各人が習得済みの汎用スキルを共有して使えるように出来る便利スキルなのだけれど。
骸戦に向けた特訓の最中、とうとうレベルアップを果たしたのだ。
これにより、シェアリングには大きな変化が生じた。
私の持つ特殊なスキルを一つ、皆にシェアすることが出来るようになったのである。
ただし代償として、私のスキルをシェアしている最中は、従来のように皆のスキルをシェアする効果が無効化されてしまうのだけれど。
だとしても強力な効果であることは間違いない。
これを利用し、私は事前に皆へ【自動回避】をシェアしておいた。
結果として、聖女さんは倒れるように骸の狙撃を回避。アグネムちゃんもクオさんも同様である。
つまり今のところは、こちらは無傷のまま、相手の足を一本奪ったと。
その点だけ見れば優勢である。
だが。
『ダメだね、どんな索敵をしても反応がない』
『ミコトさんが仕掛けた際、一瞬だけアイコンが現れましたが、またすぐに消えてしまいました。何らかの能力で隠しているみたいです!』
『とにかくみんな、足を止めないで! 思考も読まれると思ったほうが良い!』
待機組からそんな念話が飛んでくる。
状況的に有利なのは、依然として骸側である。
恐らく次は、自動回避にすら対応した攻撃を放ってくるだろう。
私はともかく、皆は自動回避の効果を十全に発揮できるほど、回避の手段を豊富に持ち合わせてはいないのだ。
だからこそ、倒れるように避けるだなんて動きになってしまうわけで。
完全に死に体を晒した状態で狙撃を受ければ、如何な自動回避とて為す術がない。
しかし、こんな時に役立つのが、レラおばあちゃん直伝の【リモデリング】だ。
しかも今回はおばあちゃんもサポートしてくれているため、二人がかりで皆の動きに合わせ、ステータスを調整。
より緩急のついた読みにくい動きをさせることに成功していた。
尤も、そのせいで当人たちは酷く動き辛そうにしているのだけれど。
何せ、ちょっとバックステップを踏んだつもりが、大きくその場から飛び退いたり。逆に思い切り踏み出したつもりが、全然スピードの出ない動きになったりするのだから、大分チグハグだろう。
しかしそのせいで、客観的には先読みが全く出来ないはず。
そして不用心に撃とうものなら、正確に弾の出どころを読んで私が襲いかかっていくのだ。迂闊な真似も出来まい。
しかし、やはりどちらが不利かと言えば私たちのほうだろう。
何せ体力にも集中力にも限りはある。
それにもし、レラおばあちゃんたちのほうが狙われたらと思うと、正直気が気ではないのだ。
骸は外野に手を出さない。だなんて確証はなく、今のところたまたま放置しているだけ、って可能性もあるのだから。
なのであまり頼りすぎて、ヘイトが待機組の方へ向くことだけは避けたかった。
そのためにも、なんとかして奴の居場所を突き止める必要があるのだけれど。
しかし一体どうしたら……。
『バカ仮面、あんた何かないわけ? 奴の居場所が特定できるスキルとか装備とか!』
『あったらとっくに使ってるよ!』
焦れたようにリリが無茶なことを言うが、言われたところで困ってしまう。
『見えないものを見るスキル、或いはそうした特殊能力を宿した装備、ですか……』
『……? あれ、そう言えばそんなのが前あったような……』
『本当ですかミコト様!』
『だったら早くして。いつ撃たれるか分かったものじゃないんだから』
クオさんに急かされ、私はストレージを素早く漁る。
そして、見つけたのは一枚の仮面。
当時みんなにメチャクチャ不評だった、私の仮面の中でも屈指の不気味さを誇る一枚。
髑髏を模した、装備者に【霊感】を与えるおどろおどろしい仮面である。
骸がもし本当に、私の死と関係しているというのなら。
霊体を視認できるこの仮面を駆使することで、その居場所を捉えることが出来るかも知れない。
一縷の希望をそこに見出し、今装備している仮面と取り替えてみたところ。
『うわ』
『悪趣味』
『ミコト様……』
『何という物を……!』
案の定引かれてしまった。
だが、その甲斐はあったようで。
『! 居た!!』
直後、即座にテレポートと隙滅でもって、遠くに捉えた奴の背に躍りかかった私。
だが、そこは流石と言うべきか。同じ手が二度通じる相手ではないらしく。
私を待ち受けていたのは、迎撃の罠だった。
私の隙滅に対応するほどの、早撃ち。
私は奴の背を斬りつけることを一旦諦め、飛来する弾丸を切り払った。サラステラさんとの特訓があればこそ出来た、我が事ながら人外めいた業である。
さりとてまだ終わりではない。
ツツガナシは抜刀から一秒、凄まじいバフ効果を私に与える。隙滅の一振りがよもや、一秒を使い果たすはずもなく。
けれどそれは、奴の早撃ちにも言えることで。
私たちは一秒以下の世界で、幾度も弾丸と刃を交差させたのである。
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