第四〇六話 それは蜘蛛のような

 今回、骸を示す特殊アイコンの出現した場所は、私達の暮らしている大陸、その北の果て『コルン』。

 切り立つ山々が来る者を拒み、吹きすさぶ豪雪には無邪気な殺意すら感じるような、控えめに言っても辺境秘境魔境の類であることは間違いない。

 そんな極寒の地の只中に、特殊アイコンは何ら脈絡なくポツンと存在していたわけである。


 ゼノワの能力が判明してから一週間。

 急ピッチで対骸戦の準備を整えた私達は現在、そんな魔境へやって来ていた。

 件のアイコンは既に随分と心許ないほど薄れてしまっており、何時消えてしまっても不思議ではない。

 故に、いよいよそれの指し示しているものを探しにやって来たわけだが。


 とは言え気まぐれにホワイトアウトの頻発するような吹雪の中、分厚い雪が足元に幾らだって降り積もるこの場所で、果たして探しものが見つかるかどうか。

 見渡してみても、豪雪の合間に見えるのは一面の白と、気まぐれに覗いた岩肌くらいのもの。

 おまけに恐ろしくレベルの高いモンスターが徘徊しており、まぁ探しものをするのにこれほど向かない場所もないだろうというような、酷い環境にあった。

 時刻は午前一〇時。太陽は当然のように、幾層も重なったような分厚い雲に覆われていて、その気配すら感じられない。

 そして何より、寒い。防寒の魔法がなければ、まともな行動も出来ぬまま撤退していたところだ。


 そんな場所へわざわざやって来た物好きたちはと言うと。

 先ず骸戦を直接行う私と、リリたち蒼穹の地平。それに鏡花水月とイクシスさん、サラステラさん、レラおばあちゃん。あとはレッカとチーナさんも来ている。

 みんなして、モンスターと遭遇するたびにギャーギャー言いながら、特殊アイコンの示す『何か』を探し回っているわけだけれど、なかなかどうして上手くいかず。

 もしかして雪に埋もれているのではないか、と最初に言い出したのは誰だったか。

 それを真に受けたイクシスさんが、魔法で足元の雪を一掃したところ、私たちは皆揃ってその積雪量に驚かされた。

 大穴である。イクシスさんが雪を退けたそこには、深い深い大穴が出来てしまったのだ。

 数百メートルはあろうかという縦穴。これ程の雪が積み重なるのに、果たしてどれだけの長い年月が掛かったのか。もしかすると底の方には、太古の何かが埋もれているんじゃないかと、ロマンを感じないでもないのだけれど。

 それより何より、本当にこんな場所でどうやって探しものを見つけ出せばいいのか。

 思わぬハードルの高さに、ともすれば途方に暮れそうになってしまう。

 が、アイコンのおかげである程度の位置は絞り込めるのだ。

 そこら一帯の雪を退けながら穴の底を捜索すれば、やがて探し当てられるのは道理というもの。

 たとえどんなに雪が積層していようとも、全て排除してしまえば問題ないはずである。とんだ脳筋理論だが。


「やれやれ、思わぬ仕事があったものだ」

 と、戦闘とは関係のない部分で役割を得たイクシスさんがぼやく。が、仕事はきっちりこなしてくれるようで。

 氷雪魔法にて、凄まじい勢いで雪を掘り進めていく。一気に溶かしてしまえばいいとも考えたのだけれど、それで万が一探しものをダメにしてしまうようなことがあっては本末転倒なのだ。

 よって、地道なれど確実な方法で積雪を掘り起こしていく。

 ちなみに排除した雪はスペースゲートにて、遠くの方へ飛ばすようにしている。

 これでもしアイコンの位置が動くようであれば、雪と一緒に飛んでいったということになるはずだ。

 何とも地道な作業だが、探しものが見つからないことには骸を出現させることすら叶わないのである。

 掘削作業はイクシスさんや、それを手伝ってくれるメンバーたちへ任せ、私はその辺を徘徊するモンスターを腕輪に取り込み、ステータスの底上げに努めた。しかし本当に野良モンスターの強いこと……腕輪に取り込むのにもかなり骨が折れる相手ばかりである。

 なお、皆には見えないがゼノワもこの場には付いて来ている。っていうか私の頭に引っ付いている。


 ゼノワ、というか精霊の戦闘参加に関しては、ゼノワ自身がそれを良しとするのなら別にいいんじゃない?

 というのが妖精師匠たちの考えだった。

 精霊との付き合い方や精霊への向き合い方、というのは多様なものがあり、深く考え始めると切りがないわけだが。ゆえにこそ、ゼノワのようにハッキリとした意思を持った精霊なら、直接問うてみるのが手っ取り早く、何より確実なわけで。

 なので実際ゼノワに、戦闘に参加する意志があるかと質問してみたところ。

「ギャウ!(やる!)」

 とのことだった。

 そんなわけで、隠し玉もバッチリ用意してきた今回。

 限られた期間とは言え修行も積んだし、可能な限りの備えはしてきた。

 きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながらも、この期に及んでモンスターを吸収している辺り、不安は付き纏っているようだ。


 そのようにして一時間ほどだろうか。

 皆で根気強く捜索を行ったところ、ようやっとそれらしいものを見つけたと、声を上げたのは聖女さんだった。

 何せ風が強いため、やり取りには皆で念話を用い繋いでいる。なので実際声を上げたわけではないのだが。

 そんな彼女の声に皆で集まったのは、イクシスさんの掘った穴の底。

 地上から果たしてどれほど深く掘り下げたのか。とうに届く光もない暗闇の中、光魔法や魔道具の光源を持ち寄って皆で集まると、さながら円陣でも組むように輪になって、足元にぽつんと落ちていたそれを皆で観察したのである。

 それは半透明の、何かの欠片だった。

 半透明とは言っても透き通るような素材で出来ている、という感じではなく。さながら、成仏しかけている幽霊のような、存在が希薄になっているような。そんな感じの透け方をした黒い欠片だ。

 そのスケスケっぷりときたら、まさしく特殊アイコンの透けっぷりと合致するものであり。

 それに何より。


「……? 見えない」

「ですね」

「ここに何かあるぱわ?」

「ヒヒッ、どうやら当たりみたいね」

「なるほど。本当に私達にしか見えないみたいね」

「不思議ですね……」


 という。思ったとおり私と蒼穹メンバーにしか見えない、不思議で不可解な物体であることが確認できた。

 即ち、これが私たちの探しものであり、骸を出現させる鍵であることは間違いないだろう。

 前回と同じだとすると、後は私がこれに触れさえすれば、すぐにでも骸が現れ戦闘になるはず。

 自然と高まる緊張感。

 さりとて、当然すぐに触れるようなことはしない。何せここは深い深い穴の底。広さだって戦うのに十分とは言い難い。光量も足りない。

 なので、フィールドは別の場所へ移すべきだろう。恐らくだが、骸もワープのスキルくらいは持っているものと思われるし、持っていないのであればそれはそれで好都合。

 問題はどこで戦うのが良いだろうかということ。理想は相手に不利であり、自分たちに有利なフィールドだ。

 一応事前にそうした候補地は選定してあるのだけれど、先ずは今回の骸がどういった戦闘スタイルを得意としているのか。それが分からないことにはフィールド選びもままならないわけで。

 しかしどこを選ぼうと、少なくともこの場所よりかはマシであることは間違いない。


「先ずは無難に荒野か平原が良いだろうな。一度相手の動きを確認し、そこから更に移動するべきだ」

 というイクシスさんの提案に合意し、私たちはいよいよ戦闘準備に取り掛かったのである。

 はじめに、何かと戦闘フィールドとして利用させてもらってる、通称『いつもの荒野』へ皆でワープ。

 蒼穹のメンバーは装備を整え、準備を済ませ。その他の面々は遠巻きに控えた。

 そして私は折り返し、探しものの元へとワープにて移動し、一人足元に転がるそれを見下ろしたのだった。


 透けて半透明になっている、謎の欠片。

 もしかしてコレも、仮面の破片だったりするのだろうか? だとしたら今回も、『仮面の化け物』ってことになる。『骸』と呼び方を変えていなければ、さぞややこしくなっていたことだろう。

 などと益体もない事を考えていると、不意に念話を介して皆が、準備完了、何時でも呼び出して大丈夫だ、という連絡をくれる。


 私は静かにかがみ込み、少しだけ準備に当てた期間を振り返った。

 大体一ヶ月半くらいだったか。毎日メチャクチャ頑張った。クタクタになるまで努力して、サラステラさんには正直、何度も殺されかけたくらいだ。

 正に血反吐を吐くほど努力した。今も頭にくっついているゼノワとの出会いも大きかった。


 果たして、それらの必死な努力が実を結ぶのか。

 それが今から、試されようというのだ。否が応でも緊張は高まる。

 少しだけ震える手を、ゆっくりと欠片へと伸ばしていく。

 果たしてどんな奴が現れるのか。事前に様々な想定はしてある。

 仮説が正しいとしたなら、現れる骸の強さは、生前得た力の大きさに由来するはず。

 超越者集団である蒼穹の地平と行動をともにし、旅を続けたいつかの私だ。果たしてどれほどの力を蓄えているかも分かったものじゃない。十中八九、その力は強大。必殺の戦術だって持っているだろう。

 如何に早くそれらを分析できるかが、文字通りの生命線となるに違いない。正に、命懸けだ。


 私は最後に、大きく深呼吸を一つする。そして。

『いくよ』

 念話で皆にそう一言だけ告げ、半透明のその欠片へと指先を触れさせたのだった。


 その瞬間である。

 存在の希薄だった欠片はたちまち色を取り戻し。ふわりとひとりでに宙へ浮かぶと、四方八方から同じように浮かび集まってきた欠片たちと合わさり、一つの形を取り戻していく。

 そうしてそれらはやがて、一枚の黒い仮面となって顕現したのだった。


 その直後だ。仮面を中心に、見上げるような大きさの化け物が姿を現したのは。

 仮面を含め、全身黒ずくめの化け物。

 光魔法の明かりだけが辺りを照らす穴の底に於いて、それはともすると悲鳴を上げたくなるほどの不気味さを醸しており。

 そんな化け物と、私の視線がしかと交差する。

 と同時、胸に去来するのは言い知れぬ感情の大波。ともすれば呑まれ、その場に崩れてしまいそうになるほどの衝撃。

 自然と目からは涙がこぼれ、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。

 以前対峙した仮面の化け物の時にも感じた、出所の分からない強烈すぎる『想い』の濁流。

 しかし、心を折られている場合ではないのだ。私はグッと歯を食いしばり、気持ちを強く持って眼前のそいつを見据えた。


 間違いない。これが、今回の『骸』。

 異様に体は細く、叩けば簡単に折れてしまいそうな印象すら覚えるフォルム。さながら手足の長い蜘蛛のようだった。

 だが、それ以上の細部を観察するだけの時間はない。一秒の隙が致命傷に繋がると。圧倒的な奴の気配からそう直感した私は、すかさずワープにて皆の待つ荒野へ移動したのだった。


 ところが、である。

 奴は何ら変わらず、私の面前に佇んでいたのだ。まるで背景だけを差し替えたような、VFXめいた現実味のない感覚。

 さりとてそれがリアルであることを教えたのは、リリたち蒼穹の地平が示したリアクションだった。

『ぐっ……!!』

『これが、お話にあった……!』

『…………っ』

『これは、キツい、ね』


 彼女たちもまた、凄まじい感情の波に翻弄されているのだろう。

 されど奴から発せられる圧倒的な気配は、決して油断の許されるようなものではなく。

 それが分かっていればこそ、涙を流しながらも踏ん張る蒼穹の面々。

 途端に緊迫する空気。そして素早くそれを察した待機組からは、やはりその姿が見えないという旨の念話が届く。

 想定していたとおり、今回もどうやら皆の協力はあまり当てに出来ないらしい。

 想定どおりと言えば、やはりこいつも当然のようにワープが使えるらしい。もしかするとテレポートも。

 敵に回すと厄介な能力である。だがそれ以上に、今見せた転移。私の動きにピッタリ沿ってここへ飛んできたということは、私の行動を先読みしたってこと。

 もしかすると心眼まで持っているのかも。或いは、何か洞察力に優れた別のスキルか。何れにしてもメチャクチャヤバそうだ。


 早くも背中に嫌な汗が浮かぶ中、数秒の睨み合い。

 何せ相手は、私と同じようにへんてこなスキルをたらふく所持している可能性が非常に高いのだ。

 迂闊に仕掛ければ、それがどんな結果を齎すか予想がつかない。だから、誰もが警戒するばかりで身動きがとれない。

 無論、バフなり何なりとこいつを顕現させる以前から既に、出来る準備は整えてあるわけだが、それでも牽制攻撃一つとて躊躇われるような、そんな強烈な危機感、不安感というのが私たち皆に等しくのしかかっていたのである。


 故に。先に動きを見せたのは骸の方だった。

 驚くべきことに、心眼をもってしても奴の行動は酷く読みづらく。まるで靄でも掛かったかのような不明瞭さでもって、奴はその意思を隠している。元々心や感情、思考などが酷く希薄であることは、以前対峙した仮面の化け物で分かっていたことではあるのだけれど。今回はそれに輪をかけて読みづらい。

 結果、奴は不意に姿を消したのだ。転移なのか、それとも別の手段か。

 張り詰めた糸がぷっつりと切れたように、奴からのプレッシャーが綺麗サッパリ消え失せたのである。


 すると、『マップからアイコンが消えました!』と知らせてくれたのはチーナさんだった。

 移動ではなく、消失。まさか、勝手に滅んだ……?!

 なんて、皆が一瞬そのような考えを過ぎらせた、その時だった。


「っ……え……?」


 ドサリと。


 聖女さんが、唐突に倒れたのである。

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