第四〇五話 判明した能力

 今日も今日とて朝から無人島に来ている。まだまだ早い時間帯だっていうのに、照りつける日差しと焼かれた砂のダブルパンチが辛い。

 こう暑いと、うっかりハイレさん謹製のビキニアーマーを装備して、海に飛び込みたくなってくるが。

 流石に、私に残されたなけなしの乙女な部分がそれを良しとはしない。我慢である。


 そんなことよりも、だ。

 ゼノワの名付けから五日。

 特殊アイコンは依然として日を追うごとに薄れていっており、いよいよ数日中には支度を整えて現地へ赴く必要が出てきた。

 腕輪の育成もペースアップして、文字通り野山を駆けずり回ってモンスターを吸わせまくっている。今日もたくさん走り回ることだろう。

 サラステラさんとの模擬戦も、日を追うに連れハードなものとなっている。イクシスさんに知られたら、またサラステラさんがこんがり焼かれてしまうだろうから、内緒である。


 そして、肝心のゼノワだが。

 宿木が可能になったため、ちょくちょく色々と試してその能力を探ってみてはいるのだけれど、成果は上がっておらず。

 今のところは相変わらず、ちまちまと精霊力での育成を継続するのが精々と言ったところだった。

 育成と言えば、二つほど判ったことがある。

 一つは、いつの間にかゼノワ自身でも精霊力を自己生成して少しずつ成長しているっぽいこと。

 もう一つは、自己成長に比べて、どういうわけか私から供給する精霊力を使っての成長のほうが、効率が良いらしいこと。

 契約の影響か、それとも名前やその意味を付けた影響か。その辺りは判然としない。謎である。

 が、私の作る精霊力がゼノワをすくすく育てるのに役立つというのなら、今後も継続して与え続けるまでのこと。たんとおあがりなさいってなものだ。


 というわけで現在。

 流石に裏傘は、仲間たちの前で使っていると目立って仕方がないため、普通に日傘を使うようになった私。

 それを介して精霊力を生成し、ゼノワへ供給しながら考えていた。ゼノワがなんの精霊なのか。

 せめてその能力だけでも分かれば、精霊術の修行にも進展が期待できるようなのだけれど。

 私の腕の中で、気持ち良さそうにミコト印の精霊力を堪能しているゼノワをちらりと眺め、次いで小さなため息とともに彼方の入道雲を眺める。

「私と相性の良い精霊、か……」


 私が求め探したのは、そんな条件の精霊だった。そしてそれに応えてくれたのが、ゼノワだったのだ。

 もしゼノワがそこら辺の属性精霊だったとしたら、あんなにも非力だったことが不可解である。

 だってモチャコたちの話によると、属性精霊は大自然から精霊力を得やすいため、逞しく成長することが比較的簡単で。それ故ゼノワほど非力なのはおかしいというのだ。

 幼い精霊の場合は確かに非力だけれど、それならそれでゼノワほどはっきりした意志を持ち合わせていないのだとも。

 思えば確かに、ゼノワは契約に遠慮を見せるという、如何にも思慮の通った判断を示した。

 そういった面から見ても、ゼノワの特異性というのは確かに感じられるわけで。考えれば考えるほど、よく分からない精霊であることは確かだった。


 と、ゼノワを左腕に抱え、右手で日傘を差し、ぼんやりしている私へ声を掛けるものがあった。

 モチャコたちである。私同様彼女たちも、ゼノワの正体についてはあーでもないこーでもないと議論を交わしてくれていたようで。

 そこで何か、思いついたことがあったのだろう。こちらへ不意な質問を投げかけてくる。


「ねーねーミコトー。ミコトの代表的な能力って何ー?」

「だ、代表的な能力?」

「そうそう。一番お世話になってるのとか、重宝してるのとか。なくなったら何より困るものとか!」

「ゼノワってミコトと相性の良い精霊らしいじゃない? なら逆に、ミコトの能力からヒントが得られないかって考えたのだけど、どうかしら?」

「! なるほど、確かに良い考えかも」


 モチャコたちの発想に感心しながら、私は質問の答えに考えを巡らせてみる。

 私のへんてこスキルには、常軌を逸したようなものが多いが。しかしその分非常に重宝するものばかり揃っている。それこそ、冒険者の常識をひっくり返すようなズルいものがたくさんあるのだ。

 なので、何が重宝しているかと問われると、一つに絞るのは如何にも難しいわけで。


 ただ、一つ。これがないと話にならない、というのはある。

 逡巡の末、私はそれを徐に口に出した。

「やっぱり、【完全装着】かな……。これがないと、私ただの一般人だし。冒険者なんて絶対続けられなくなっちゃうし。骸に勝ち目があるのだって、先ずこれがあればこそだもん」

 まぁ尤も、宿木を覚えた今なら、たとえ装備がない状態でも多分結構やれるとは思うのだけれど。

 だとしても、これまで何よりお世話になってきた、私を代表するスキルと言ったらやっぱり完全装着だと思うのだ。


 そのように述べてみたところ、ふむと考えるモチャコたち。

「完全装着って、ミコトが装備したアイテムが、ミコトの体の一部になるっていう変なスキルだよね?」

「じゃぁもしかするとー、ゼノワにもそれに近い能力があったりー?」

「何はともあれ試してみましょ! ほらミコト、何か適当な装備出して!」

「あ、うん。えっと……これでいいか」

 急かされ、ゼノワのごはんタイムを中断してストレージより取り出したるは、ワガマママウントフラワー。頭につけるバカでかい花のアクセサリーだ。

 高い能力補正値に加え、特殊効果として自身を中心に特殊フィールドを生成。フィールド内の味方に強力なバフを、敵には状態異常を付与するという、見た目に反してかなり強力な装備アイテムである。


「適当にとは言ったけど、ミコトそれ……」

「私の趣味とかじゃないからね?! ……で、これをどうするの?」

「うーん。取り敢えずゼノワに装備させてみたらー?」

「精霊が装備アイテムをつけるとか、ちょっと聞いたこと無いけどね。でもだからこそ、何か変化があるかもよ?」

「ギュル?」


 ということで、提案に従い私は早速ゼノアと向き合った。

 私の胸の高さでプカプカ宙に浮かんで、嫌そうにワガマママウントフラワーを眺めている彼女へ、私は申し訳なく思いながらも徐にそれを差し出したのである。

「ゼノワ、コレちょっと着けてみよっか」

「ギュ……」

「ゼノワの能力を調べるために、大事なことなんだ。一回試すだけでいいからさ、ね?」

「クルゥ……」

 はぁと、分かりやすいため息をついたゼノワ。が、渋々ながら受け入れてはくれるようだ。

 私はありがとうと礼を言いながら、手に抱えた無駄に大きなその花を、内心少しドキドキしながらゼノワへと差し出したのである。


 そうして、ワガマママウントフラワーを彼女の頭部へ装着しようとしたその瞬間、唐突に異変は起こったのだ。

 端的に言うと、それは……フォームチェンジだった。

 ゼノワとワガマママウントフラワーが接触した瞬間、彼女の姿が大きく変じたのである。

 そうして顕現した彼女は、さながら美しい花の化身が如き幼竜へと変貌を遂げていたのだ。

 白銀色の鱗は、鮮やかな赤に染まり。小さく可愛かった翼は、さながらたなびくフリルのようにふわりとした、花びらを重ね繕ったかの如き豪奢なものへ変じている。

 全体のフォルムも、愛らしさ五割増しくらいの女児ウケのしそうなファンシー特化型となっており、思わず抱き締めたくなるような可愛さがあった。

 っていうか、抱きしめた。花のいい香りがして、抱き心地もふわふわだ。アンビリーバボーである。

 そして。


「な、何が起きたの?!」

「それ、抱きしめる前に言うべきセリフじゃないの?」

 ワンテンポ遅れて驚きが口から飛び出すと、すかさずモチャコからツッコミが飛んできた。

 が、驚いているのは彼女たちも同様であり、一様に目をまん丸にさせている。

 なんだったらフォームチェンジを果たした当のゼノワでさえ、自身の身に何が起きたのか理解できていない様子であった。


 一頻り皆で騒ぎ終え、ようやっと冷静さが帰還を果たした頃。

 私は改めてゼノワへあれこれと質問を投げてみることに。

 傍から見るモチャコたちには、私がキュルキュル言ってる花幼竜とお話してる痛いやつに見えたかも知れない。が、契約のおかげか、ゼノワの言うことは不思議と理解できるのである。成長著しい昨今は尚更。


 そんなわけで、彼女に話を聞いたり色々試してみた結果。

 どうやら各種能力が上昇しているらしいこと。

 装備の取り外しはあっさり可能だったこと。

 フォームチェンジによる消耗等は見られないこと。

 などが判明した。そして何より……。


「おお……おお!!」

「これってー、もしかして装備の特殊能力を、自分の能力として使ってるー?」

「ミコトの完全装着そのままじゃん!」

「完全装着を司る精霊……? いえ、そんなはずないわよね。でもそれなら、ゼノワって一体……??」


 ゼノワを中心に展開される、球体状の特殊フィールド。大きさは半径二〇メートルほどか。半透明で無色の壁、或いは膜のようなものが境界線を示している。正にワガマママウントフラワーの能力そのものだった。

 ゼノワ曰く、やろうと思えばもっと拡大できるとのこと。出力調整も可能である、と。

 ユーグの言うとおり、どうやら本当に自分の能力として扱えているらしい。

 そして。


「ならさ、ミコト。この状態で宿木を発動するとどうなるか試してみなよ!」

「! だね。ちょっとやってみる」

 モチャコの提案を受け、私は些かの緊張を覚えながら、早速ゼノワ由来の宿木を発動させたのである。

 その際気づいたのは、ゼノワから感じられる精霊力に、少しばかりの変化が見て取れたこと。恐らくフォームチェンジの影響だろう。

 そうしてゼノワから供給される精霊力を、体中に行き渡らせてみたところ。


「! ミコト、髪の色がピンクになってない?」

 と、いち早く変化に気づいたらしいトイがそのように指摘するものだから、私は急ぎフードを脱ぎ、仮面を外して「どう?」と皆に変化の具合を確認してもらう。

 すると、小さな感嘆とともに彼女らが教えてくれたのは。

「ホントだ、髪がピンクになってる!」

「やっぱり目の色も変わってるねー」

「だ、大丈夫? 頭から花生えてきたりとかはしてない?」

「ふふ、大丈夫よ。ちょっと色が変わった程度だわ」

 という内容だった。一応自分で頭を撫でて確かめてみたけれど、杞憂で済んだらしい。

 そして肝心の能力だが。


「おお……私もフィールドを展開できる! しかもこれ、普通にワガマママウントフラワーを装備した時よりかなり強力だよ!」

 という結果が判明した。さらには能力上昇値に関しても同じく、普通に装備するよりずっと強力で。大きくステータスが上昇するのを感じたのだった。

 とどのつまり、ゼノワを介することでより強い装備効果を得ることが出来るというわけだ。

 しかもゼノワ自身もパワーアップしており、もしかすると一緒に戦ってくれる可能性も……いや、精霊を戦いに巻き込むっていうのはどうなんだろう? そこは一度、ゼノワや師匠たちとよく相談してみなくちゃならないだろう。


 ともあれ。斯くしてゼノワの能力が判明し、しかしそれとは反対に、ゼノワが何者なのか、という謎は一層深まったのだった。

 何にせよ、相談の結果によっては、ゼノワの力は心強い切り札となるはずである。

 骸へ挑む日は近い。

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