第四〇四話 宿木

 ゼノワが火球を吐く。威力の殆ど無い火球だ。

 それをぺいっと空へ向けて飛ばせば、晴天の只中にあってその彩りを主張する大輪の花火がまた一つ咲いた。

 火薬由来のものではないため、生前見たそれのように、ずんと体の芯に響くような音こそ伴わないのだけれど。

 しかしゼノワが次々に吐き出すそれは、この無人島の上空を大いに賑わせたのである。


 っていうか、何発打つんだろうかこの子は。

 一発打ち上げては目を輝かせ、爆ぜる様に心をときめかせ。

 そしてまた一発空へ向けて吐き出す。

 そんなことをさっきから、もう三〇回以上も繰り返している。

 それだけやれば、流石に自身の中の精霊力へあまり影響がないことに思い至ったらしく。

 そのことに調子づいて、魔法の発動を繰り返している様子。

 まぁ、飽きるまでやらせてあげよう。なにせ今のゼノワは、初めて空を飛べた雛鳥のようなものなのだから。好きに羽ばたかせてあげたい、だなんて思うのはおかしなことじゃないはず。

 ……我ながら、精霊を相手に何様だって気はするけど。


 そんなことよりも、である。

 私にとって大事なのは、本題の方にこそあるのだ。

 ゼノワに魔法を使わせたのは、狙いあってのことだった。即ち、精霊力を使うことに恐れを懐いていた彼……彼女……便宜上、彼女にしておこうか。いつも頭にくっついているのが彼っていうんじゃ、ちょっと気持ち悪い。

 そんな彼女に、『自分は既に、精霊力を多少消費したって大丈夫なくらい育ったんだ』ってことを自覚させることにある。

 そうすることで、契約者である私に流してもらえる精霊力を増やそうという、まぁ打算的な目論見があったわけだが。

 果たしてそれは思惑通りの効果を成し、ゼノワは自らの成長を確かに実感しており、結果として私は己の中にゼノワの精霊力を見つけることが出来たのである。


「本当にミコトってば、教え甲斐がない!」

「って言われてもなぁ」


 ゼノワからちゃんと精霊力が供給されるようになったのを機に、私は早速改めて、モチャコの見せてくれた精霊術を見様見真似で再現してみることにした。

 供給してもらった精霊力の感覚としては、体の奥底に未知の泉でも見つけたかのような、所謂『体の奥から力が湧き出してくるみてぇだ!』っていう感じに近いだろうか。

 それを薄く広く、体の隅々にまで行き渡らせるようなイメージで満たして行くのだ。

 そこから更に、斑なく広げた精霊力を、身体の動きに合わせて適宜調整していく。

 例えば歩く時は脚に。何かを持ち上げる時は腕や腰、体幹に。考え事をする時は頭に。

 っていう具合に、必要な時必要な場所へ、多めの精霊力を割り当てる感じ。

 この感覚は、図らずもレラおばあちゃんから習った【リモデリング】のスキルを操る術が、いい感じの予習になってくれた。

 リモデリングでステータス値を調整する感覚を参考にすれば、スムーズな精霊力の運用も少しの練習で形になったのである。


 しかしそれを見るなり、驚きと呆れ、幾らかの憤りを見せたのは師匠たちだった。

「アタシたちはそれが出来るまでに、大分掛かったっていうのに!」

「何年かは掛かったよねー。長い子だと何十年って掛かることもあるよー」

「モチャコがおへそを曲げちゃうのも無理ないわ」

 とかなんとか。つまり、私はなかなかどうして優秀らしい。ふふ、天才かもしれない……なんて自惚れは失敗フラグなので、伸びた鼻は即刻自分で叩き折るとして。


「まだまだこんなのは素人芸だよ。もっともっと練習しないと……!」

「ミコトのその謎ストイックは何なの?! 寝てても魔法の練習とかしてるし、やっぱりおかしいよ!」

「いやいや……分かってないなモチャコは。世の中にはこれくらいしないと、いや、これだけやったってまだまだ同じ土俵にすら上がれないようなVIPな存在が必ずいるんだよ。私は、そういうのに負けたくないタイプのゲーマーだからね!」


 ゲームだから頑張れる。好きこそものの上手なれ。

 前世だったなら、それはゲームの中でしか出来ない努力だった。

 けれどここでなら、このゲームみたいな世界でなら、私はそれをリアルに繰り返せる。

 ネットってものを介して、世界トップレベルの化け物を多く目にし、戦ってきた。ある意味私は世界の広さ、深さをよく知ってるんだ。

 だからこそこう思える。

『努力が足りることなんて、永遠にない』って。

 だけれど、努力する過程で見える景色は常に移ろうもの。その景色を楽しむことが、私にとっての原動力になってるのかも知れない。

 なので。慢心せず、ペースを乱さず。反復練習でも次のステップでも、着実に繰り返していくのみなのだ。


「まーとにかくー、ミコトも無事『宿木』が使えるようになってよかったよー」

「? ヤドリギ……?」

「精霊を身に宿す、その術法の名前よ。感覚で分かると思うけど、精霊の力を宿すことですごい力を発揮できるようになるんだから」


 トイの言うとおり、確かにこう……妙な万能感がある。今なら何でもできそうな、気が大きくなったような感覚。慢心ダメゼッタイ。

 しかしそれは精神的なものに限った話ではなく。試しに少し体を動かしてみたのだけれど、スペックが上昇しすぎて混乱するくらいには凄かった。何せナチュラルに右足が沈む前に左足で水面を蹴る、みたいなことが出来ちゃうんだから。

 しかも、まだまだ成長途中にある、現状では並の精霊程度の力しか無いゼノワから得た精霊力でこれだというのだから、モチャコたちはさらにヤバいのだろう。

 っていうか、一応私も自分で精霊力生成できるのだし、もしかしてゼノワに頼らなくてもこれくらいは出来ちゃったりするんだろうか……?

 思い至って、私は一旦ゼノワ由来の宿木を解除。

 精霊力生成装備へ換装を行うと、いつものように裏傘を介して精霊力を太陽光や大気、その他諸々からちょこっとずつ『吸収』にて吸い取り生成。

 エネルギータンクの役割を持つグローブへ一旦それを集めると、そこからは先程の応用である。

 全身に行き渡らせるイメージで、自家製精霊力を丁寧に広げていった。

 結果。


「あ。できた……」

「「「…………」」」


 ゼノワ印の精霊力を使った時とは、やっぱりちょっと感じが違いこそすれ、しかし体に力が漲る感覚は紛うことなき宿木のそれであった。多分、成功している。

 これちゃんと出来てるよね? と、第三者からの判定を求めてモチャコたちへ顔を向けてみれば、三人揃ってドン引きした様子。

「ミコト、まさか本当に自力で宿木出来ちゃうの……? 本当に人間?」

「まさかモチャコにまでそんなこと言われるとは思わなかったよ!」

 たまにされる、『あなたはニンゲンですか?』っていう謎質問が、思いがけない相手から飛んできたことにげんなりする私。

 さりとてその口ぶりからするに、どうやら問題なく自力の宿木は機能しているらしいと、確信を持つことが出来た。

 これならもし、ゼノワからの供給に頼れない場合でも安心である。保険を得た心持ちだ。


「っていうか、髪が黒いわよミコト。自力で宿木を使うとそうなっちゃうのね」

「能力はー? 自力の場合、やっぱり精霊の能力は使えない感じー?」

「それで言うと結局、ゼノワの能力って分かったの? ゼノワって何の精霊だったのさ?」

「ま、待って、気になること三コンボで捲し立てないで!」


 自力での宿木成功に満足感を得ていたのも束の間、トイ、ユーグ、モチャコから飛び出た三つの気になるトピックスに、私は大変な動揺を覚えた。

 先ず、なに? 黒髪?

 言われて、私は被っているフードを後ろへずらし、自身の髪を確認する。

 ……黒かった。いつもは綺麗な銀髪なのに。


「ほあっ?!」

「え。もしかして今気づいたの?」

「う……。寧ろトイはよく分かったね。フードで隠れてたのに」

「全く見えないわけじゃないもの。それに普段と正反対の色をしていれば、誰だって気づくわよ。当人以外は」

「…………」


 私は自身の黒髪をまじまじと眺め、小さくため息を漏らす。ちょっと懐かしい。

 元日本人だもの。前世の私は、ご多分に漏れることなく黒髪黒目だった。

 それがこの世界に来て、銀髪で。そう言えば最初の頃は、偶に視界の端に映るその色に違和感を覚えていたりもしたっけ。今ではすっかり当たり前のように感じていたけどさ。

 しかし、そっか。

 モチャコがさっき、宿木を使って見せてくれた時がそうだったように、私も宿木使用時には何かしら外見に変化があるらしい。

 流石に羽が増えたりってことはないと思うんだけど、だったらどんな変化があるっていうのか。髪色以外には何かあるのだろうか? っていうか、トイの口ぶりからするにゼノワ由来の宿木状態では、また違った変化があったのかも知れない。

 なんかめっちゃ気になってきた。すぐにでも色々確認したい、ところではあるのだが。

 しかしユーグとトイの言ったこともまた気になるわけで。


 モチャコの見せた宿木状態は、全身が直視できないくらい眩しく光っていて、如何にも光の精霊の能力を発揮してるって感じだった。

 それなら私はどうなのか。

 自力でなったこの宿木状態で、私は何かしら特別な能力を行使できたりするのだろうか?

 そしてゼノワ由来の宿木ではどうだったのか。身体能力が上がる以外に、何かあっただろうか? そこのところ、ちゃんと確かめていなかった……っていうか、それっぽい何かは感じ取れなかった。

 何れにしても改めて確認していく必要があるだろう。


「ねーねーミコトってばー、それで能力はー?」

「ゼノワの能力も、何か分かったんじゃないの? 早く教えてったら」

「……よし。取り敢えず急いで調べてみよう。色々と」


 未だにポンポコと花火で遊んでいるゼノワを他所に、私はモチャコたちに手伝ってもらいつつ急ピッチで幾つかの検証を済ませていった。

 そしてその結果、分かったことや、分からないと判ったことが出てきたのである。


 先ず外見の変化についてだけど。

 自力での宿木、便宜上これを『黒宿木』と称するとして。その黒宿木の場合は、髪色の他に瞳の色も変化していることが分かった。普段は金色をしている私の目が、深紅に変わっていたのだ。

 自作の鏡を見て、相変わらず惚れ惚れするようなその容姿に、思わずナルシストをこじらせそうになってしまった。やっぱり鏡は危険だ。

 あと、爪。ネイルを施したわけでも無いのに、綺麗な真っ黒に染まっていた。グローブを取ってみて判明したことで、ちょっとびっくりした。

 変化といえばまぁ、そのくらいだった。残念ながら羽は生えなかった。


 そして通常の宿木、即ちゼノワ由来のそれに関する外見的変化だが。

 こちらは何と、髪にも目にも際立って大きな変化は無かった。ただ、なんか妙にピカピカと光を放ってはいた。レア度が上がってエフェクトがくっついた、みたいな。謎現象である。でも、金色の瞳が発光するとか、思わずドキドキしてしまうじゃないか。

 だけどまぁ、そんなもの。それだけとすら言えた。

 モチャコのような、どこからか現れた羽衣なんていうのも特に無く。ちょっぴりガッカリしたのは内緒である。


 それから肝心の能力関係について。

 ざっくり結論から言ってしまうと……。

 通常の宿木、黒宿木。その何れに於いても、何か特別な能力というのは見つけることが叶わなかった。

 特に黒の方は、多分シンプルに身体スペック強化のみの効果なんじゃないかと思う。だってそれ以外には、これっていう予感すら感じなかったから。

 対してゼノワ由来の宿木に関しては、何かありそうな感じはしているのだ。

 だけれど、それが何かまでは結局判らなかった。

 延いてはゼノワ自身の能力や、彼女が一体何の精霊なのか、という点も未だ不明なままである。


「そういう意味でも、確かに私と相性の良い精霊なのかもね」

「だけどミコト、そこが不明だと他の精霊術習得に困っちゃうよ」

「そうね。寧ろ精霊の能力を最大限引き出すことこそが、精霊術の最も重要なポイントって言っても過言じゃないもの」

「うぐ……」


 そうして結局、進展こそあれ肝心な部分で足止めを喰らい、今朝の修行はお開きとなったのだった。

 ゼノワの持つ能力。それを知ることが、目下優先してクリアするべき課題である。

 さて、どう解き明かしたものだろうか……。

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