第四〇三話 花火

 ゼノワの名付けから三日。

 名前に込めた願いのとおり、元気にすくすくと育ったゼノワは……何と早くも、そこら辺の野良精霊と比較しても遜色ないほどの力を持つに至ったらしい。すくすく育つにも程がある。

 まぁ、もともとが非常に弱かったため、その分育ちが早かっただけかも知れないけど。

 実際、成長度合いが緩やかに落ち着いていってる気配はあるのだ。

 もしかすると成長期……というか、レベルが上がるにつれて必要経験値が増大していくパターンって可能性も。

 とは言え、モチャコたちに言わせれば何にしても異常な成長速度だ、との話だが。


 そしてそれだけ育ったということは即ち、精霊術の行使に対応できるレベルにまで至ったということでもあり。

 今朝からはいよいよその手ほどきを、本格的に受ける手筈となっていたわけで。

 既に通い慣れてきた無人島の景色を背景に、私はモチャコたちから現在、精霊術の基礎的な技の一つを教わっているところだった。

 寄せては返す波の音や、時折駆け抜けていく海風を感じながら、すっかり師匠として教え上手になったモチャコの講義を聞く私とゼノワ。

 一度プレイしてみてから説明書やチュートリアルを見返すタイプの私。それをよく分かっている彼女は、あれこれ口頭で説明するよりも手っ取り早いだろうと、何やら先ずは披露してくれるつもりのようで。


「それじゃミコト、お手本を示すからよく見てなよ!」

 そう言ってモチャコは、すっと軽く目を閉じ、集中力を研ぎ澄ませたかと思うと。

「……ふんっ!」

 と、気合一発。

 しかしその効果たるや劇的だった。

 突然その体が、まばゆい光を放ち始めたのである。さながら小さな太陽……と言うには大げさかも知れないが。

 しかし驚くべきは、モチャコから感じられる凄まじい精霊力である。

 恐らくだが、彼女の契約しているという光の精霊の力を、その身に宿したとか、なんかそういう感じのやつじゃないだろうか。


「うわー、まぶしー。無闇に眩しいよモチャコー」

「張り切るのは良いけど、それじゃ直視できないわよモチャコ」

「もぉ、うるっさいなぁ。光を抑えれば良いんでしょ!」


 ユーグたちの言葉に、気勢を削がれたかのようなモチャコ。唇を尖らせながら光量を調整すると、ようやっと私達にも彼女の姿が見えるようになってきた。

 なんだかいつもと違った姿をしているような……。

 モチャコの変化が妙に気になって、遮光の魔法にてどうにかそれを確認しようとしてみる私。

 しかし、そこで驚くべき事実に気がついた。

 魔法が、意味を成さないのだ。確かに発動はしているし、試しに空を仰げば太陽の輪郭を目を細める事なく認めることが出来る。

 だと言うのに、何故かモチャコの姿は一切替わらず眩しいままであり。


「この光、魔法を素通りしてる……?!」

「ギュル?!」

 私とゼノワがそのように驚いて見せれば、光の中からモチャコのドヤ顔ならぬドヤ声が返ってきた。

「ふっふっふ。早くもそこに気づくとは、流石ミコトだね。そう、精霊術はスキルや魔法の干渉を受けない全く異なる力なんだよ!」

「な、なんだってー?!」

「ギョエー?!」

 なんて、わざとらしいリアクションを取ってはみたものの。普通にとんでもない話である。

 それってつまり、精霊力で紡がれた攻撃は、魔法の障壁じゃ防げないってことではなかろうか。

 細かな検証は必要だろうけれど、常識をひっくり返すには十分な力であることは間違いない。


「ミコト、精霊の力はねー、言ってしまえば世界の力なんだよー。つまり『概念』そのものみたいなー?」

「世界の力……概念……」

 ユーグの補足説明に、逡巡を強いられる。

 つまり今モチャコが身に宿している力は、『光』っていう概念そのものってこと?

 そしてスキルや魔法じゃ、その概念に干渉することは出来ない……。

 精霊は世界の一部。つまり魔法なんかで引き起こす事象より、上位の権限を有している……!?

 いや、でもそれなら精霊が契約に応じる理由は……精霊力は大味だって話だっけ? なら、精霊が扱う魔法って……まさかMPの代替として精霊力を使ってたり……??


「お? 何さミコト、顔が青いよ。もしかしてアタシの精霊術にビックリしちゃった?」

「だからなんで仮面越しに顔色が分かるのさ……まぁ、ビックリしたのは事実だけど。それよりモチャコ、なんか姿変わってない?」

 モチャコの軽口を流しつつ、そのように問うてみれば。

「おおっと、気づいちゃった? 気になっちゃう? 仕方ないなぁ、ならちゃんと見せてあげるよ!」

 と、分かりやすく機嫌を良くし、ようやっとその身に纏う眩い光を収めたのだった。

 そして、そこで初めてきちんと目の当たりにした、精霊の力を身に宿せしモチャコの姿に、私は再び瞠目することとなったのだ。


 妖精の背には、四枚の羽が生えている。半透明で、光の具合により様々な色を見せる、世にも美しい羽だ。

 そんなモチャコの羽が、四枚から八枚に増えていたのである。髪もなんだかキラキラしているし、光そのもので織ったような羽衣まで身に纏っている。何なら神々しいとさえ思える有様である。

 ふと脳裏を過るのは、イクシスさんやサラステラさんが本気を出す時に見せるピカピカモード。モチャコの姿はどことなくそれを彷彿とさせた。

 ちなみに一応サラステラさんに教えを請うてみたものの、ピカピカモードを実現するにはステータス不足だと言われてしまった。超越者の中でも、本当に一握りの人だけが到れる境地なのだそうだ。

 しかしこの精霊術に関して言えば、きっと私でも体得できるのではないだろうか。


「か、かっこいい……!!」

「キュル……!」

 一先ず、私の口から溢れたのはそんな語彙力の欠けた感想だった。ゼノワも似た様なものらしい。

 すると案の定ますます気を良くしたモチャコ。鼻を高くしてドヤドヤし始めた。ので、それを尻目にユーグとトイがレクチャーをしてくれた。


「あれはねー、契約精霊の力を自分の体に宿す、精霊術の基本技の一つだねー」

「モチャコは光の精霊と契約してるんだったね。だからあんなに光ってたんだ……」

「勿論、光るだけじゃないわよ? 精霊の力を宿した状態だと、すっごい力が出るんだから!」

「! すっごい力……」

 それはつまり、ステータスが上昇するとかそういうアレだろうか? だとすると、基礎ステータスが雑魚である私にとっては非常に有り難い話である。


「ミコトの場合、先ずは実践して自分で体感してみたほうが早いわよね」

「モチャコを参考にー、早速真似してみたらー?」

 と促されるままに、改めてモチャコを観察する私。

 叡視のスキルを使って観察してみるも、いまいち仕組みがよく分からないのはやはり、スキル由来の能力では精霊術が読み取れないということなのか。

 正確な分析が出来ないということは、本当に見様見真似しか出来ないということなのだけれど。果たしてそれで再現が可能かどうか……ともあれ、先ずはやってみてから考えるとしよう。


「よしゼノワ、ちょっと力を使わせてもらえる?」

「クルゥ!」

 小気味良い鳴き声で返すゼノワの頭を一撫ですると、私は先程モチャコが精霊術を発動する際に見せたアクションに倣い、一先ず目を閉じてみた。

 そうしたならはじめに、ゼノワと私の間にあるパスを感じるところから試してみる。

 ゼノワは私の契約精霊だ。なら、そこには契約という『繋がり』が存在しているはずなのだ。

 推測だが、おそらくモチャコも自身の契約精霊から、その繋がりを伝い精霊力を得ているのではないだろうか。

 或いは、精霊が世界の一部だというのなら、繋がりって捉え方は間違いなのかも知れないけれど。

 例えば契約とは、マップウィンドウでいうところのマーカーのようなもので。契約精霊がどこに居ても、契約者がこの世界に居る限り好きなように力を供給できる、みたいな仕組みって可能性も……。

 まぁ、考えたところで仕方のないことか。何にせよ思いついたことをどんどん試して、総当たりで探っていくのが一番だろう。


 自分の中にゼノワの気配を探す……あった。

 そうしたらその気配に対し、私はどういうアプローチを行えば良いのかという話だ。

 一先ず力をおくれと念を送ってみたり、気配を手繰り寄せてその根源に迫ってみたり、呼び水がてらこっちから精霊力をちょびっと流し込んでみたりと、まぁ色々やってみたのだけれど。

 しかしなかなか結果には繋がらず、首を傾げる私。


「ちなみにこれって、精霊の属性とかは関係ないの?」

 と、師匠たちに質問を投げてみる。相変わらず正体不明なままのゼノワでは、もしかするとこの術は成り立たないんじゃないかと、そう考えたから。

 しかし返ってきた答えは。

「あんまり関係ないよ。自分の体に精霊の力を取り入れるだけの術だから、どんな精霊と契約していても発動できるベーシックなやつだもん」

「だねー。むしろ、これを切っ掛けにゼノワの正体が分かるかもって期待してるー」

「ゼノワの力をミコトが使えば、その時に何か分かるかも知れないものね」

 だそうで。

 となると、上手く行かないのは私のやり方に問題があるせいらしい。

 ってことで、懲りずにしばらくああでもないこうでもないと試行錯誤を続けてみたところ。


「……もしかして、契約に不備があった?」

 という点に思い至った。というのも、契約した当初のゼノワは力も弱く、私へと流せる精霊力だなんて言うのは全くと言っていいほど無く。無理に力を引き出そうものなら、ゼノワ自身の存在が危ぶまれるほどだったのだ。

 そんな状態で結んだ契約ゆえ、もしかして今もゼノワはこちらへ流す精霊力を絞っているのではないか? と、そう推察してみたわけだ。

 ってわけで。

「ゼノワさん、もうちょっと精霊力流してもらっていいですか?」

「ギュゥ……」

「なるほど、精霊力を放出するのが恐いと。二、三日で急成長したもんだから、まだ自分の力が育ったっていう実感が伴ってないってことかな?」


 ようやっと上手く行かない原因が分かった。

 先ず前提として、精霊にとって精霊力の流出というのは死活問題となり得るわけだ。

 それこそ、現在研究の停滞している『精霊降ろしの巫剣』も、その精霊力を強引に吸い取ってしまうからこそ、危険視され忌避されたらしいし。

 それ故急な成長に戸惑っているゼノワに、精霊力を寄越せと要望を出してみたところで、加減を間違えれば惨事を招く可能性もある。

 とどのつまり、ゼノワ自身が己の力に未だ不慣れだということだ。力を貸してくれるつもりはあるらしいけれど、力を使うことへの恐れもまたあり。

 どうやらそこには、何ともデリケートな問題が横たわっているようだ。ジレンマというやつだろうか。


 すると、そんなふうに弱気を見せるゼノワを、モチャコたちが説得しにかかる。

「なんだゼノワ、そんなこと気にしてたの? 辛くない範囲で少しずつ流せば大丈夫だよ!」

「成長するのに使う精霊力と違って、消費分を回復するだけなら然程時間も掛からないはずよ?」

「ゼノワは自信を持って良いんだよー。これからもっと大きく育つんだしー」

「ギュルゥ……」

 しかし、いまいち反応は良くない。思えば契約する時からゼノワは、謙虚と言うか控えめと言うか、自分の力に自信を持っていないようだった。

 私の見せた魔法に対して、自身の力が不相応に小さいからと、契約を渋ったほどである。

 そんな自信の無さが、未だに尾を引いているらしい。

 そう言えば未だに契約で提供している魔法を使わないのも、そういった点に関係しているのだろうか?

 うっかり魔法を使ったら、精霊力を使い果たして消えてしまうのではないかっていう懸念を懐いているが故に、使いたくても使えない……みたいな。

 だとするなら。


「よしゼノワ、先ずは魔法を使ってみよう。そうしたらきっと、自分の成長を実感できるはずだよ」

「クルゥ……?」

「自信がない? なら、もし上手に使えたら、別の魔法を追加で提供してあげようじゃないか!」

「ギャゥ?!」

 分かりやすくやる気が出たようだ。私と向かい合うように力なく浮かんでいたゼノワだったが、私の提案にいい反応を示してくれた。現金なやつである。


 派手好きのゼノワに元々提供しているのは、攻撃力のない打ち上げ花火の魔法だ。魔力消費も非常に軽く、これならば精霊力を消費したところで高が知れているはずである。

 どんなに力加減を間違ったところで、消耗しすぎて存在が消えてしまう、なんてことにはならないだろう。

 とは言え私の推察では、精霊が魔法を発動する際に用いるエネルギーは、MP由来の魔力ではなく、精霊力由来の魔力、或いは精霊力そのものであると思われ。

 魔法を出し渋るゼノワの反応からも、その推察は正しいように思えた。

 MPと精霊力の違いが、一体どう働くかは正直未知数であり、その点は警戒するに越したことはないのだが。

 ともあれ今は、ゼノワに『精霊力を消費しても問題は無い』ってことを自覚してもらうのが先決である。


「それじゃゼノワ、準備はいい? 一緒に行くよ!」

「クルゥ!」

 空へ手をかざし、息を合わせる。するとゼノワも同じく天を仰いで、パカッと口を開いた。私とは異なる方法で発射するつもりのようである。が、そんな事は些細な違いでしか無い。

 幾らかの緊張が漂ってくるけれど、敢えて強引に押し通すべく声を張ったのである。

「さん……にー……いちっ! 『ファイアーワークス』!」

「ガウガウ!」


 次の瞬間、私とゼノワの放った二玉の打ち上げ花火はヒュルリと天へ登り。

 そして、眩しい晴天のもとに、これまた眩しくも鮮やかな大輪の花を咲かせたのである。まぁ、見づらい。

 けれどそれを見上げる傍らの幼竜はと言えば、口を開けたまま暫しそれを見上げ。

 そして、余程嬉しかったのだろう。そのまま二発三発と、続けざまに花火の打ち上げを始めたのであった。そうしてキャッキャと喜ぶ様には、非常に微笑ましいものがある。

 のだが。

「やっぱり、私の花火よりずっと大きいや……」

 どうやら私の考えは的を射ていたらしく。ゼノワの扱うそれはMPではなく、やはり精霊力だったのだ。

 そして精霊力由来の魔法は、非常に効果が大きい。それを、空に咲かせた花の大きさが如実に表していたのである。


 だがまぁ、それはいいのだ。

 私にとって何より大事なことは、最初の花火が放たれた瞬間より感じた、とある変化にこそあった。

 そう。

 私の中に、ゼノワの精霊力を感じたのである。

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