第四〇二話 名前の意味
精霊幼竜ゼノワ。
自信満々でその『ゼノワ』という名に飛びついた彼、いや彼女……? は、しかし。
その名の発案者がモチャコであると知って、盛大な落ち込みっぷりを見せたのである。
「ギュル……」
「ちょっとちょっと、何さ何さ! アタシが考えた名前がそんなに嫌なわけ?!」
と、テンションだだ下がりのゼノワへ食って掛かるモチャコだが、どうやらそんな彼女へ取り合うだけの気力もないようで。
大きなため息でもって、その返事とした。
ますますプンスカし始めるモチャコ。これにはイベントに参加していた他の妖精たちも苦笑いである。
するとそこへ、ユーグとトイがやってきて。
「ところでさー、『ゼノワ』がモチャコのアイデアなら、ミコトが考えた名前ってどれー?」
「それっぽいのは……この『ジークドラグ』とかかしら? ああでも、これは投票のときに見た気もするわね」
と、そのようなことを訊ねてくる。
なので私は首を横に振ってそれを否定すると、端的に告げた。
「私が提案したのは『ガジラ』だよ」
さながら、不正解したクイズの答え合わせでもするような心持ちで、密かに耳をそばだてていたゼノワは、しかし。
その解を認めた途端、酷く微妙な顔をして項垂れたのである。どうやらお気に召さなかったらしい。
するとモチャコが興味を示し、質問を投げてきた。
「なになに、それってどういう由来があるの?」
「お、よくぞ聞いてくれたね。前世の、私の生まれ育った国には『ゴ◯ラ』っていうそれはそれは有名な怪獣が居てだね。それをリスペクトした結果考えたのが、『ガジラ』ってわけだよ。あ、もちろん『◯メラ』の方も意識してるよ!」
「の方って言われても、分からないわよ……」
「フィギュア作ってみてよー、ミコト得意でしょー?」
「えぇ……細かなディテールまではあんまり覚えてないんだけどなぁ」
突然の無茶振りに応えるべく、私はストレージより適当に合成樹脂を取り出し、記憶を頼りに二体の怪獣フィギュアを作ってみせた。我ながらなかなか出来は良いと思う。
すると、これに興味を示したのはモチャコをはじめ、主に男の子向けの玩具に造詣の深い妖精たちだった。
「なにこれカッコイイ!!」「っていうかモンスターじゃん!!」「ミコトの国にはこんなのが居たの?!」「ッベー! ッゲー!」
なんてはしゃぎ回る師匠たち。
かと思えば、何やらインスピレーションでも得たのだろう。
「これ、次の商品開発の参考にしていい?!」
だなんて急に真面目なことを言い出す始末。
私が別に構わないと言えば、早速モチャコ以外の師匠たちはフィギュアを抱え、自分たちの作業場へと飛んでいったのだった。忙しないことである。
そんな妖精たちの背を見送っていると、トイが次はモチャコへと質問を投げていた。
「それならモチャコは『ゼノワ』って名前をどうやって考えたのかしら。なにか由来があるのよね?」
と問えば、しかし。
「え。『ゼノワ』って響きなんかカッコイイじゃん。カッコよくない?」
なんて、生前ネットで目にした定型句のようなことを言うモチャコ。
口をぽかんと開けるゼノワと、盛大に呆れた様子のトイとユーグである。
私もまた、自然と仮面の下には苦笑が浮かんでいた。
だがまぁ、気持ちは分かる。
例えば捕まえたポ◯モンとか、結構語感の良し悪しだけで適当な名前をつけがちだしね。意味とか考えることのほうが珍しいっていうか……。
「ってことはー、ゼノワの名前に込められた意味ってー……『意味が無い』ってことー?」
「モチャコ、あなた……」
「ちち、違うってば! そういうつもりじゃないって!!」
と、ユーグとトイの言及にモチャモチャし始めるモチャコである。
しかしまぁ、『意味が無い』は確かに酷い話だ。
名前にはこう、親の願いや愛情が込められるものだろうに……って、それを命名イベントで決めるのも、どうかという話ではあるのだが。
「ちなみに『ゼノワ』って言葉とかって、この世界にあったりするの? 私は聞いたこと無いんだけど」
と、何かフォローになればと思いそう訊ねてみたところ。
トイやユーグばかりか、まだこの場に留まっていた師匠たちも含め、誰もが「知らない」「聞いたこと無いなぁ」と、意図せぬこととは言え『ゼノワ=意味が無い』という公式を濃厚にさせてしまったのである。
一層落ち込むゼノワ。
いよいよ居た堪れない空気が満ち始めたリビング。
どうにかこの空気を変えねばと、誰もが内心に焦りを浮かべる最中、そこにユーグの間延びした声が不意に妙案を告げたのである。
「それならさー、ミコトが『ゼノワ』って言葉に意味を付けたらいいんじゃないー? そうしたらゼノワって名前にも、意味があることになるよねー」
衝撃であった。
無いなら作るの精神、ここに極まれり。
新しい単語には、自分で意味を付けたって良いんだ。そもそも言葉って、そうやって生まれたものなんだものね。
まさに目から鱗が落ちるような思いで、私は強い納得を覚え。
そうしてゼノワの様子を伺ってみたところ。先程までの落ち込みぶりから一転して、目をキラッキラに輝かせながら私へ熱い視線を投げ掛けて来たのである。
正に期待の眼差し、というやつだった。
「ゼノワの意味、かぁ……」
しかしこれは責任重大である。
何せそれは、ゼノワの名前に好きな意味を付けていいと言われているも同然なのだから。
この言葉に、その名前に、どんな意味や願いを込めようか。
私は腕組みをし、熟考を始めたのである。
「シンプルにさ、ミコトがゼノワに対して思ってる『こんなふうに育ってほしい』って理想を、そのまま意味にしたら良いんじゃない?」
と、考え込む私にヒントをくれたのはモチャコだった。
理想。理想か……。
そりゃ安直に言うなら、『最強の精霊に育って欲しい!』とかは思うけど。
しかし同時に、私がつけた名前のせいで、ゼノワの生き方っていうのを縛り付けたくないとも思うのだ。
だから、私が名前に込めたい想いは、最低限の願いでいい。
例えば、そう……。
「『元気にすくすく育つ』とか、どうかな?」
私がそのように考えを述べると。一瞬ぽかんとした表情を見せたモチャコたちは、率直な感想を述べた。
「ありきたりじゃん!」
「捻りがないわね」
「もっと何かないのー?」
不評である。どうやら一風変わった内容を期待していたらしい妖精師匠たちは、一様に微妙な顔をしている。
が、その中にあってただ一名、それを大いに喜んだものがあった。
誰あろう、当のゼノワである。
「ゼノワは気に入ったみたいじゃん!」
「むー。そうなのゼノワ?」
「クルゥ!」
「嫌なら嫌って言っていいのよ?」
「そうだよー。今なら変更できるよー」
「ギャウギャウ!」
トイやユーグの言に、首をブンブンと横へ振ってみせるゼノワ。
どうやら本当に気に入ってくれたらしい。
すると不意に、なんだかゼノワから感じられる気配と言うか、雰囲気というか。そういうものが変化して感じられたのである。
何と言うか、気配が濃くなった……とでも言うべきだろうか。
確かなことは言えないのだけれど、もしかすると名前に意味を与えたことが、ゼノワに何らかの影響を及ぼしたのかも知れない。
何にせよ、斯くして幼竜にはゼノワという名と、その意味が与えられたのである。
命名大会はこれにてようやっとお開きとなり、師匠たちはそれぞれの場所へ散っていった。私もまた自身の作業場へと戻ったのだった。
寝る前に、もう少しばかり魔道具作りの修業をするのである。
★
翌朝。
私は早朝からモチャコ、トイ、ユーグらに連れられ、昨日訪れた無人島へやって来ていた。勿論ゼノワも一緒だ。
しかしその様子はおかしく。何やらビクビクとしていて、私に恐れを懐いている様子。
そしてその原因を察しているモチャコたちは、口を揃えて言うのだ。
「だからミコトと一緒に寝るなんてやめておくべきだって言ったのに!」
「ケガがなかったのは幸いだわ」
「今日からは別の寝床を用意するよー」
どうやら、寝ている間に私が行っているという魔法やスキルの反復練習。
ゼノワはそれを間近で体験してしまったらしく、私が寝る前は枕元に居たはずが、朝起きたら部屋の隅で震えながら丸まっていたのである。
よほど恐い思いをしたのだろう。すっかり憔悴して、私を見る目は殺人鬼でも目の当たりにした時のそれに近かった。
寧ろ一体何を目撃し、体験したのか気になってしまうほどだ。
何にせよ悪いことをしてしまったなと、私は朝から平謝り。頑張って無害アピールをした甲斐もあって、警戒しながらもここまでついてきてくれた。
「さて。それじゃぁ今日も精霊力の供給を始めるよ。ほらゼノワ、こっちおいでー」
モチャコたちの背に隠れて、おっかなびっくりしているゼノワを呼び寄せると、私はそこへ右手を差し出した。
左手には裏傘を持っており、既にそれで精霊力の生成を行っている最中である。
恐る恐る私の指先にちょんと触れたゼノワ。
それを認め、私はそこから精霊力をちょこっとずつゼノワへと流し込んでやる。
なんだか昨日よりもスムーズに精霊力を動かせてる気がするのは、やはり慣れを得てのことだろう。
しかし、そんな自身の些細な成長など霞んで見えてしまうほどに、驚くべき変化があった。
それは一応、予感と言うか、予想としてはあったことなのだけれど。よもや本当に現実のものとなるとは。
私がちびちびと流し込む精霊力。ゼノワはどうやらそれを、自らの精霊力へと変換し取り込むことで成長していってるようなのだけれど。
恐らくはその変換効率というのが……爆発的に上昇したのだろう。
昨日とは比較にもならないほどの速度で、ゼノワが力をつけ、育っていくのが感覚的に分かった。
そしてそれはモチャコたちも同様であり。ゼノワの異変に皆、大きく目を見開き驚きを示しているではないか。
どうやら本当に、ゼノワは『元気にすくすく育つ』という特性を得たらしい。
私が精霊術の訓練に取り掛かれる日は、もしかすると然程遠くないのかも知れない。
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