第四〇一話 命名!
「いや、それは受け取れない。そういうつもりでカイザートロルを紹介したわけではないのだしな」
イクシスさんへカイザートロルがドロップした王冠を差し出してみたところ。
しかし返ってきたのはそんな返事だった。
「でも、ツツガナシの制作費とか材料費とか負担してもらっちゃってるわけだし、このくらいは……」
「私がしたくてしたことなのだから、気にしないでほしいのだが……まぁ、そうも行かないというのなら、そうだな……。今後はミコトちゃんにも討伐依頼の手伝いをしてもらおうかな。現地への移動だけでなく、討伐そのものを任せたいのだが。どうだ?」
「!」
更には、思いがけない提案までなされ、虚を突かれたように私は一拍の間目を丸くしたのだった。
無論、私に異存はないのだけれど。しかし私の一存で決めて良いことではないと思い、振り返って仲間たちを見る。
するとオルカたちはと言えば。
「それは寧ろ有り難い」
「だな。ミコトを筆頭に、我々は急成長を遂げている。今や生半可なモンスターでは相手にならぬほどだ」
「鏡花水月皆で掛かれば、大抵の脅威は容易く退けられます!」
「まぁ、もともと個々の能力は高いPTですしね。今や盤石と言っていいでしょう」
という、賛成の構え。
斯くして思いがけず、私たちは今後イクシスさんに届く『ベテラン冒険者でも手に負えない案件』の一部代行を行うことが決まったのだった。
成功報酬等の交渉に関しては、おいおい相談せねばならないが、まぁ今ここでする話でもなく。
話題は行き場を失った、この王冠に関するものへと切り替わっていったのである。
イクシスさんの鑑定によると、どうやら王冠はカイザートロルの持つサイズ変化の特殊能力を宿していることが分かり、想像以上のお宝であることが判明した。
イクシスさんが受け取らないということは、鏡花水月で使っていいということであり、ならば誰に装備させようかと話し合ってみたところ。
「まぁ、ココロちゃんじゃない?」
「賛成」
「そうだな、うちで一番のフィジカル持ちだ」
「自己回復能力にも長けていますしね」
「へ? へ?」
ということで、金の王冠はココロちゃんの頭上に輝くことに。
相変わらずの修道服に王冠とは、ミスマッチ感も甚だしいところだが、まぁ冒険者の装備なんてそんなものだ。性能を優先すれば、見てくれがおかしいことくらい珍しい話でもない。
それこそ、ビキニアーマーだなんてものが実在するくらいだものね。そう言えばしばらくハイレさんの顔見てないなぁ。
とまぁ、その後は時間も余ったため、お昼までそこら辺のモンスターを相手にツツガナシの追加テストを行ったり、腕輪に依る光の白枝を披露したり、ココロちゃんが巨大化して大暴れしたりと、ドッタンバッタンしながら過ごした。
また、裏傘をさしながら幼竜への精霊力供給も随時行っていたが、流石に皆からは変な目で見られてしまった。
当然何をしてるのかと問われたけれど、「光合成みたいなものだよ」と適当に誤魔化しておけば、ソフィアさんに「なんですか新しいスキルですか?!」と噛みつかれてしまい、宥めるのに苦労させられた。
そんなこんなで気づけば太陽の位置も随分と高くなり、朝の気配はどこへやら。
皆お腹も空き始め、正午には少しばかり早いが切り上げて帰ることにしたのだった。
★
時刻は夜九時を回り、幼竜とともにおもちゃ屋さんへと戻った私は現在、作業机に向かって魔道具作りの修行を行っている最中である。
最近は精霊降ろしの巫剣に執心していた師匠たちも、私が精霊術をモノにするまではお預けということで通常営業に戻っている。
と言うか、当然作業に遅れが出ているため、皆目を血走らせながらその遅れを取り戻すべく集中している様子だ。
今日一日そんな感じだったのだろうか、随分疲れて見える。ちょっと心配である。
私の机の上に陣取って自分の作業を行うモチャコも、何時になくテンションが低い。
ので、気分転換がてら私は話題を一つ振ってみることにした。
「ところでさ、この幼竜に何か名前をつけてあげたいなって思うんだけど、どうかな?」
と問うてみれば、先ず反応を示したのは他でもない幼竜当人……いや、当竜で。
私の頭をペチペチしながら、歓迎の意を示してみせたのである。
すると作業に没頭していたモチャコも顔を上げ、ふむと一つ逡巡。
「まぁ、良いんじゃないかな? 精霊に名前を付けるだなんてアタシたちにはあんまり無いことだけど、喜んでるみたいだし」
「それじゃぁモチャコたちは、契約精霊のことをなんて呼んでるのさ?」
疑問に思い、そう質問してみると。
「そうだねぇ、あだ名とか。様付けする場合もあるよ」
という、ちょっと意外な答えが返ってきた。
曰く、精霊とは謂わば世界の一部であり、そこに意思が宿ったようなものだとかなんとか。
なので基本的に自由奔放な妖精たちであっても、精霊には敬いを持って対するのがベターなのだそうだ。
そう言えばこの幼竜についても、私が『この子』だなんて呼んだりするのに対し、モチャコたちは頑なに『その精霊』だなんて言ってたっけ。
私からすると『その猫』みたいな呼び方だなって感じてたんだけど、どうやら彼女らなりに『その子』呼ばわりするよりは良いという、こだわりあってのことらしい。文化の違いってやつだろうか。
なので名前に関しても、名前を与える、だなんておこがましいことは基本的にしないのだとか。
ただ便宜上の呼び名として、あだ名を付けたりはするらしい。
しかし精霊とは世界の一部であり、そこには目上も目下もなく。敬いこそすれ、自分たちより偉いとかそういう話ではないようで。
謂うなれば妖精にとって精霊とは、『尊ぶべき隣人』とでも言うべき存在なのだそうだ。
何とも不思議な関係だなと思った。
しかしそれで言えば、精霊にこう引っ付かれている私というのは、なかなかに珍しいケースであるらしく。
それだけ仲が良いのであれば、そして合意があるのであれば、名付けを行っても問題ないだろうとの話だった。
なんてことをモチャコに教えてもらっていると。
「なになにー? その精霊に名前つけるのー?」
「あら面白そうね、私たちも混ぜてもらおうかしら」
と、実に妖精らしい好奇心でもってフヨフヨと飛んできたのはユーグとトイである。
ばかりか、それを聞きつけた他の師匠たちもワラワラと集まってくるではないか。
どうやら精霊に名前をつける、という珍しいイベントに食指が動いたらしい。
というわけで、唐突に始まったのはおもちゃ屋さんに暮らす妖精たちみんなを巻き込んだ、大命名会であった。
場所を作業部屋から、いつの間にか私もくつろげるサイズに改築されていたリビングへと移し。
わいわいがやがやと談笑する妖精師匠たちから、名前の案を出してもらうことに。
口頭で言われるとゴチャゴチャしてしまうので、各自これぞという一案を紙に書いて箱に投函。
その後一つ一つ改めながら、皆で決めようという話になったのである。
なお、最終決定権は私と幼竜にあり、特に幼竜が嫌だと言えば、どんな名案も即時却下となるわけだ。
とは言え、うっかり変な言葉を気に入られても問題なので、私と妖精たちで先ず名前として相応しい案を選出し、幼竜に選んでもらうというのが主な決定の方法としてルール付けられた。
「ではみんな、アイデアを思いついたらこの箱に入れていってね。各自一案までだからよく考えるようにー」
ちゃっちゃとクラフトスキルでこさえた、三〇センチ四方ほどの箱。素材は師匠たち謹製合成樹脂。
そこにぽいぽいと放り込まれるのは、二つ折りにされた名前の案が書かれた紙である。妖精サイズなので、私からしたら小さな紙片に見えるが、虫眼鏡等を使えば問題なく読み解くことは可能だろう。
そんなこんなで皆の案が出揃い、早速皆から寄せられたアイデアを、私たちは全員で審査していった。
流石に一個一個読み上げて、これはどうだと問うていたのでは、もしかすると大喧嘩が勃発する恐れもあったため、貰った案をボードに張り出し、今度はそこに気に入った案を投票してもらうことに。ただし自薦は禁止。不正の類は心眼にて一発でバレるため無意味である。
というわけで、再び先程の箱へ二つ折りの紙がポイポイポポイと投げ込まれていく。投票は順調に進んだ。
そうしてそれが済んだなら、いよいよ集計作業となる。
皆に見守られながら、私とモチャコとで黙々と一枚一枚改めては集計メモに記入し、また一枚開いては確認し記入。
やけに神妙な空気の中行われたその作業は、時間にすればものの数分で済んだのだけれど。しかし体感時間としては不思議と、その何倍も掛かったように思えてしまった。
その様な作業を経て、ようやっと皆からの名前案を五つにまで絞り込むことが出来た。人気のあった案を上から五つである。
そうしたら後は。
「この五つに、私からの提案を一つ加えます。計六つからなる提案のうちから、キミには好きなものを選んでもらおうと思うんだけど、それでいいかな?」
と、幼竜に伺ってみたところ、それで大丈夫であると首を縦に振って同意を示してくれた。
するとモチャコが横から。
「ふっふっふ、ミコトの考えた名前を果たして当てられるかな?」
だなんて、企画の趣旨を揺るがすようなことを言い、幼竜は幼竜で変なやる気スイッチをオンにしてしまう。
他の師匠たちにしても、それはそれで見所であるとして、俄然注目の構えだ。
ともあれ準備は整ったので、いよいよ私はアイデアの読み上げを開始したのである。なお、順番はランダムに。
「名前の案として提案するのは、以下の六つだよ。一つ目に『ラッキー』。二つ目に『ガジラ』。三つ目に『メルトロンド』。四つ目に『ゼノワ』。五つ目に『ポノポノ』。そして六つ目に『ジークドラグ』」
出揃った六つの名前。
無言で考え込む幼竜。
そしてモチャコは、「どれがミコトのアイデアかは、みんな言っちゃダメだからね!」と口元に人差し指を当てて、皆に釘を差している。
そして、一〇秒ほど逡巡していた幼竜は、どうやら自らの名前を選び終えたようで。
それを察した私は、結果発表へと話を進めるのだった。
「それじゃぁ、改めて名前を読み上げていくから、一番気に入った名前が呼ばれたら返事をしてくれる?」
「クルゥ!」
「よし。じゃぁいきます」
こほんと咳払いを一つし、私は改めて六つの命名案を読み上げていった。
「一つ目、『ラッキー』……二つ目『ガジラ』……三つ目『メルトロンド』……これも違うの?」
「…………」
各名前の提案者が、こっそり肩を落としている。幼竜はまだ反応を示さない。
「じゃぁ四つ目」
「ギャウ!」
「!」
と、ここでようやっと声を上げた幼竜は、わざわざ背中の小さな翼を精一杯広げ、それだそれですそれそれとあからさまなアピールを見せたのである。
師匠たちもざわつく中、私は念の為幼竜に確認を取ってみることに。
「なるほど、四つ目の『ゼノワ』。これが気に入ったんだね?」
「クルゥ!」
首を大きく縦に振る幼竜。どうやら、決まりのようである。
これが、『精霊幼竜ゼノワ』誕生の瞬間であった。
私が名前の決定を宣言すれば、妖精たちの喝采と祝福がわっと響き。
斯くして突発的に行われた命名イベントは、賑やかに幕を下ろしたのである。
尤もそれは。
「ちなみにそれ、アタシのアイデアだから!」
などと、モチャコがドヤ顔で宣言しさえしなければ、であったが。
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