第四〇〇話 改良案

 雲を吹き散らしてしまったせいで、晴天の広がった青の下。

 カイザートロルとの戦闘を終えた私は、テレポートにて皆のもとへ戻った。目の届く範囲にしか飛べないテレポートも、遠視と透視を組み合わせることで使い勝手が飛躍的に増すため、最近はよくお世話になっている。

 そうしてぱっと皆の前に姿を現せば、お疲れ様と迎えてくれたのは鏡花水月の面々である。


「ミコト、ケガはない?」

「お見事な戦いぶりでした! 流石はミコト様です!」

「仮面の化け物から得た力が、どうやら相当馴染んだようだな。驚くべき剣捌きだったぞ!」

「スキルは?! 何か新しいスキルは得られましたか!?」

「そんなポンポコ生えてこないってば……」


 前のめりで問うてくるソフィアさんを躱しながら、一先ず心配してくれるオルカに無傷であることを告げた。

 っていうか、そうか。無傷か。クラウの言うとおり、サラステラさんとの模擬戦を繰り返したおかげで、自分でも知らないうちにかなり仮面の化け物から引き継いだ力を使いこなせるようになってきたのかも知れない。

 まぁ、サラステラさんっていうびっくり人間を前にしたら、全然まだまだ自身の未熟さを痛感するばかりなのだけれど。

 ともあれ、そんな普段どおりの鏡花水月とは打って変わって。その後ろで難しい顔をしている面々が目についた。

 が、それに先んじて幼竜が飽きもせず私の頭に張り付いてくる。やけに上機嫌なのは、ツツガナシで放ったビームが派手でお気に召したからだろう。嬉しそうに私の頭をペシペシしている。


 と、ようやく観戦用に並べたプロジェクター等の機材の前から、こちらへ歩み寄ってきたイクシスさん、チーナさん、オレ姉にゴルドウさん。

 そうして先ず発せられた一言は。

「ミコトちゃん、ツツガナシは人前で使っちゃダメだぞ! 秘密兵器にしておくんだ!」

 というイクシスさんからの忠告であった。

 一方で他の皆は。


「よもや、今の妖精の技術がこれ程とはの……」

「もしかして、そこらのアーティファクトすら凌駕してるんじゃないですか?!」

「いやいや、私たちならもっと凄いものが作れるさ。まぁ、こんな無茶が出来るのもこのメンツだからこそなんだけどね」


 とかなんとか。

 どうやらツツガナシの性能には皆満足いったようだ。

 しかしなるほど、秘密兵器か。それはそれでなかなか唆る響きである。

 まぁしかし、それに関しては正直言われるまでもないことで。


「大丈夫だよイクシスさん。そもそも私、普通の人の前じゃ縛りを設けての活動しか出来ないし。まぁ、緊急事態の時はどうなるか分かんないけど」

 と述べてみたところ、それもそうかと彼女は安堵のため息を小さくついた。

 まぁ何はともあれ、これでカイザートロルを相手にしたツツガナシの実戦テストは終了したわけで。

 なればこそ早速質問を投げてきたのはオレ姉だった。


「それでミコト、ツツガナシの使い心地はどうだった? あと、あれだけ大出力の魔砲を放ったんだ、不具合なんかは出ちゃいないかい?」

 言われて、私はツツガナシの具合をざっくりと点検してみる。

 見たところコマンドに破損等は見当たらないし、自己修復等の機能も十全に働いているため新品同然だ。

 が、もし何か見落としがあっては問題なので。

「私が見た感じじゃ平気そうだけど、一応確かめてみて」

 とツツガナシをオレ姉へ手渡す。

「それと使い心地に関しては、すごく良かったよ。やっぱりオレ姉の作った武器は良いね、よく手に馴染む気がするよ」

「はは、嬉しいこと言ってくれるじゃないか!」

 二カッと笑ってそのように返したオレ姉は、早速ゴルドウさんとともにツツガナシの点検を始めた。何せ普通の武具とは違い、複雑なパーツが数多組み合わさって出来た武器である。分解組み立てお手入れくらいならまぁ、私でも出来はするのだけれど。しかし細かな点検となるとやはり、あの二人に委ねるのが一番確実なのは間違いない。


「ミコトさん、逆に使いにくいと感じた点なんかはありませんでしたか?」

 と問うてきたのはチーナさんである。

 私はふむと先程の戦闘を思い起こしながら、一つ思い至ったことを述べた。

「やっぱり、抜剣時に鞘も身に付けておきたいなって思ったかな。剣を両手持ちすると、どうしても鞘は邪魔になっちゃうし、そうしたらストレージにしまうことになるわけなんだけど」

「そうすると、ミコトさんのステータスが下がってしまうわけですか……」

「だね」

 抜剣時、これが普通の武具であったなら、鞘というのは一種のアイテムとして数えられる。場合によっては打撃武器などの扱いを受けるものもあるのだけれど、基本的には『鞘は剣をしまうための収納アイテム』として装備枠を埋めたりはしないのだ。

 しかしツツガナシの場合。

 長杖状態なら、装備枠は一つしか使わないのだけれど、抜剣した途端に二枠使うことになってしまう。なぜなら鞘も、杖としての性能を有しているから。


 装備枠は有限であり、装備の性能がステータスを左右する私にとって、そこに空きが出来てしまう状態というのは好ましいものではないのである。

 今回の場合、鞘と入れ替えるように邪魔にならないアクセサリー系の装備を適当に身に着けたため、枠を空けるほどの大きな能力低下は無かった。が、枠を超過して物を装備しようとすると、それはたちまち塵になって消えてしまうのである。

 なので出来れば、換装ではないストレージ経由の装備の入れ替えというのは、出来る限り避けたいところなのだが。

「しかし無理に鞘を身に付けていたのでは、動きを阻害しかねないか。確かに改良の余地がありそうだな」

 と、理解を示したのはイクシスさん。

 続くように鏡花水月の面々もそれぞれ考えを述べる。

「はじめから二刀流を前提で考えるのはどう?」

「だがそれでは、ミコトの自在な動きを制限してしまわないか?」

「そうなるとやっぱり、どうにかして自然な形で鞘を身に付けておけるのが一番、でしょうか」

「どうやらツツガナシには、まだまだ伸び代があるようですね」


 そんな具合に、さらなる改良が予感されるツツガナシだが。

「だけどそこは、私の戦い方次第でどうにかなる部分でもあるわけだし、それこそオルカの言うように二刀流として扱うことも出来る。何より現状でも十分すぎるほど強力な武器だしね……私としては、ツツガナシは今の状態で十分なようにも思うよ」

 私は私で、そのように自身の率直な考えを述べてみた。

 確かに鞘が持ちやすくなるのであれば、それは素晴らしい改良だとも思うのだけれど。

 しかし骸戦が近づいている現状、武器の改良を行うより、それをより使いこなせるよう鍛錬を積むことにこそ時間を割くべきであると、そう思ったのだ。


 そうしたこともまとめて伝えてみたところ。

 それを聞いたゴルドウさんやオレ姉は。

「まぁ、お前さんがそう言うのならば構わんがの。試作二号、或いは完成版にはその点、しかと改良案を実装するとしよう」

「作るのは私だけどね」

 と、合意を示してくれたのであった。


 まぁそれはそうと。実のところ私には一つ、大きな気がかりがある。

 おっかなびっくり、私はそれを思い切って話題に上げることにした。

「ところでその、あの……」

「? なんだいミコト、急にそんな所在なさげにして」

「その……ツツガナシの制作費についてなんだけど……。どれくらい支払ったら良いのかなぁ、って」


 そう。とっても今更な話ではあるのだけれど、いつの間にやら専用武器制作は当初考えていたそれよりも、随分力の入ったプロジェクトに拡大してしまった。オレ姉なんて、わざわざそのためにお店を閉め、修行を行っているのである。

 しかも名工と名高いゴルドウさんの助力もあり、当初想定していた予算なんて軽く超えちゃっているんじゃないかと。そう思えてならなかった。

 ツツガナシの改良を渋るのには、実際こういう意味合いでの遠慮だって正直含まれているわけで。

 しかもこのツツガナシに使われている素材には、以前私の用意したそれとはまた異なる物が使用されているようなのである。

 そうなれば材料費もドカンと加算されるだろうし、正直お財布の中身が心配でたまらないわけだ。

 なので完成版はともかく、一先ずツツガナシの代金だけでも先に支払っておきたいのだけれど。もし支払えないような額を請求されたなら、急ぎ荒稼ぎを行わなければなるまい。

 幸いツツガナシを携えた私の戦力は、カイザートロルレベルのモンスターくらいなら危なげなく打倒できるものであると証明されたわけなので、多分どうにかなるはず。


 と、身構える私に告げられたのは。

「ふははは! なんだい、そんなこと気にしてたのかい!」

「つーか、勇者。お前此奴に伝えておらんのか」

 その言葉に、イクシスさんの方を見れば。彼女は苦笑を浮かべ、頬をポリポリ掻いていた。

「いや、だってなぁ。気を遣わせたくなかったんだ。それに私自身、最強武器開発にはなんとかして関わりたいしな!」

「? つまり、どういうこと……?」

 私がそう問いただすと、その答えを述べたのはオレ姉だった。


「ツツガナシに関する材料費や制作費は、イクシス様が負担してくださったんだよ。つか、素材に関しては提供までしてくれてね。おかげで相当に良い品に仕上がったろう?」

「な……っ!?」

 これには、私のみならず鏡花水月全員が瞠目し、一瞬声を失った。

 が、すぐに我に返って、どういうことかとイクシスさんに詰め寄ってみても。

「どうもこうも、今言ったとおりだよ。最強の創作武器制作だなんて面白い企画を前に、寧ろこの私が何もせず見ていられるはずがないだろう?!」

 と、開き直る始末。


「しかし母上、これはミコトの……延いては我々鏡花水月の戦力に直結する案件だ。それを母上に負担させるわけには……」

「む。では逆に問うがな、クラウ。この企画に、この私が一体他にどうやって関われるというのだ?」

「そ、それはその、アドバイザー……とか」

「そんなことで満足出来るわけがないだろう!!」

 クラウの回答に、珍しく声を荒げるイクシスさん。

 彼女の奇妙な怒りっぷりに、「えぇ……」と困惑を隠せないクラウ。そしてそれは、この場の誰もが同じだった。

 だが、イクシスさん的にはド正論を紡いでいるつもりらしく。

「『あの武器の完成には◯◯さんの協力が不可欠だった』っていうポジションに名を連ねたいんだよ私は! 知ってのとおり、私の持つ数多のコレクションたちにはそれぞれ、生まれてくるまでの物語というものがあるわけでだな! 試作とは言え、ツツガナシが歴史に名を残すほどの凄まじい武器であることは誰の目にも明らかだろう。そこに携わり、関係者としてエピソードに深く名を刻むことは即ち、歴史に名を残すこととも同義なのだ! 分かるか!?」

「イクシス様は既に勇者として歴史に名を残してる」

「ですです。今更そこまでこだわるようなことなのでしょうか?」

「勿論だとも! ソフィア殿なら分かるだろう?! 新スキルの第一発見者という名誉に例えればそれが如何に重大なことか、きっと理解出来るはずだ」

「ええ! ええ勿論です! ゆえにこそミコトさんは私の嫁なのです! ミコトさんとともにスキルの謎を解き明かすことで、私の名もまた歴史の一ページに刻まれるのです!」


 ヒートアップしている。

 温度差の壁に押しやられた私たちはただ、それを遠巻きに聞き流す他無かった。

 ともあれ、どうやらツツガナシに関する支払いについては心配する必要がないようで。安心したような、それはそれでイクシスさんに借りを作ってしまったような。なんだか複雑な気分だった。


 しかしそういうことならばと、私はふと思い至りストレージから一つのアイテムを取り出したのである。

 それは所謂、クラウンであった。

 カイザートロルの落とした、金色の王冠。装飾も美しい、見た目にも豪華な逸品となっている。

 そして恐らく、強力な特殊能力も宿っていることだろう。

 私の手元にそれを見つけるなり、賑やかに騒いでいたイクシスさんとソフィアさんはピタリとそれを中断。

 早速興味を示してきたのである。なので。


「これはイクシスさんに献上するべきかなと思って。ツツガナシの件もそうだし、そもそもカイザートロルの討伐はイクシスさん宛に届いた依頼だったわけだし」

 というわけで、私は躊躇うでもなくそれを彼女へと差し出したのだった。

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