第三九九話 筒が無し

 初手で、大体の感覚は掴むことが出来た。

 強力な武器も、力加減が上手く出来ないのでは使いこなせないも同義なので。

 よもや専用武器として作ってもらったものを、私が使いこなせないなんてことになったら目も当てられないだろう。

 というわけで、私は込める魔力の量を調整しながら、その後も遠隔魔法にて数度カイザートロルへ向けてちょっかいを掛けたのである。

 結果、出力コントロールをモノにすることは叶った。


 他方で一方的にバカスカと攻撃魔法を浴びせ掛けられたカイザートロルはと言えば、どこの誰からの攻撃かも分からぬまま、これでもかと痛めつけられ、どこへ向けて良いかも分からぬ激情に打ち震えている最中である。

 途中、この場に留まっては危険だと察し、逃げ出す素振りもあった。が、私からは丸見えなので逃亡を許したりはしない。

 結果、守りを固めて魔法が止むのを待つ構えを取ったカイザートロル。

 すると今更ではあるが、段々自分が卑怯な行いをしている気がして、居た堪れなくなってくる私。

 まぁ命懸けの戦闘が日常である冒険者にとって、取れる安全策なら卑怯でもなんでも関係なく選ぶのが当然なのだけれど。

 しかしこんな弱いものいじめみたいな構図は、色んな意味でよろしくない。

 というか何より、今回はこの試作一号改『ツツガナシ』の性能を確認する目的で戦闘を仕掛けたのだから、こんな調子ではその目的を十分に果たすことが出来ないのである。


「じゃぁ次は、アレをやろうかな」

 と、ツツガナシを構えかけて、しかし思い留まった。

「いや、ダメだ。此処でアレをやったら、雑木林がメチャクチャになっちゃう」

 先の厄災戦に於いて、大規模な自然破壊を目の当たりにした私である。そうでなくても前世では、人間の手によってボロボロにされた地球環境ってものを私は知っている。

 武器の性能テストのために木々を薙ぎ払うような真似は、流石に躊躇われた。


 プラン変更である。裏技にてMPを回復しながら考える。

 杖としての性能が破格であることはよく分かった。

 ならば次は、剣としての性能を試すとしよう。

 ツツガナシ最大の一撃は、抜剣時にほんの一秒間ほど発生するとてつもない能力上昇のバフ効果。それを受けて繰り出す渾身の居合斬りである。

 これを、他のスキルと組み合わせて確実に叩き込むことで、大抵の相手には致命傷を与えられる、という寸法となっているわけだが。

 さりとてこれを用いたのでは恐らくだが、カイザートロルの様子を見る限り一撃で倒してしまいかねない。

 あんなに警戒していたのに、蓋を開けてみればコレである。相手が想像より弱いとか、そういうことではなく。

 ツツガナシが、想像よりヤバいのだ。


 とは言え、所詮はまだ遠距離から魔法を浴びせ掛けただけに過ぎないわけで。奴の本当の恐ろしさ、というのはまだ秘められたままだとも考え、警戒を緩めてはいない。

 そして近接戦闘を仕掛けようものなら、たちまち私はそれを思い知ることになるのだろう。何せ奴は、自身の大きさを自在に変えられると言うではないか。

 それはきっと、近接戦に於いて最も輝くのではないか。そんな気がする。

 なので本来なら、相手の土俵になど立たずに一気に殲滅するところなのだけれど。

 今回は事情が異なるため、覚悟を決めてそこへ踏み込むことに。


「取り敢えず今のうちに、小さくなられた時の対策として可視マーカーをくっつけておくか……」

 距離を詰めるより先に、私はマップウィンドウを操作してカイザートロルへマーカーを設定。これでもし奴が、目に見えないくらい小さな姿になったとしても、私はその位置を正確に捉えることが出来るはずである。

 何せ今の奴は、マーカーの効果によってその体に、眩しくない程度の光を纏っているのだから。頭上には丁寧に『▼』のマークもついてまわる。これなら小さすぎて見失う、なんてことはないだろう。


 用意も整ったので、私は長杖から剣を引き抜き右手に携えた。

 一瞬だけ強烈な身体能力の高まりを実感するも、それでアクションを起こしたりはしない。

 先ずは居合斬りではなく、真正面からやり合ってみようという考えである。

 左手に携えた鞘は、性能こそ落ちはしたものの依然として杖としての運用が可能であり、何なら打撃武器や、魔法の刃を纏わせての二刀流も可能という無駄のない仕様となっている。

 使わない時はストレージにしまっておけばいいだけなので、邪魔になるようなこともない。


 装備を魔法戦用から近接戦用のものへ換装した私は、高まる緊張をふぅと息とともに吐き出すと、徐にスペースゲートを開き、そこをくぐり抜けた。

 雪を踏む足音を聞いたのか、はたまた気配を察知したのか。

 弾かれたように飛び退き、こちらをたっぷり警戒しながら睨みつけるカイザートロル。人型をしてはいるが、それは宛ら獣のような動きだった。

 いきなり飛び掛かられることも予想していたのだけれど、どうやら私の思っていた以上にこちらを警戒しているようだ。

 だが、その胸中に渦巻く怒りは、ようやっと矛先を向けるべき相手を得たことにより、今にも爆発しそうなほどの敵意に形を変えていた。


 最近はサラステラさんと、バチバチに模擬戦を繰り返す日々を送っていたけれど、今回は久しぶりの実戦である。当然、命懸け。しかも近接戦闘。

 正直恐いって気持ちはある。ちょっとのミスが落命に直結するのだ。恐くないはずがない。

 まぁ、ヤバい時は自動回避が勝手にどうにかしてくれるだろうっていう保険はあるんだけど……それはそれとして、恐いものは恐いんだ。

 それでも、サラステラさんを相手に戦い続けてきた、というのは間違いなく私の自信に繋がっている。

 そのように今、確信を得た。


 私は静かに腰を落とし、剣を構える。杖はストレージへ。先ずは小狡い手など使わない、ガチンコで行く。

 刺すような敵意に呑まれぬよう、こちらも鋭く睨み返し。

 ひりつくような空気の中、数拍の沈黙。


 刹那の出来事であった。二メートル半はあったカイザートロルのムキムキボディが、唐突に姿を消したのである。

 サイズダウンだ。それも恐れていたとおり、視認の困難なほど小さな姿へ変じたのだ。

 が、私に驚きや動揺はない。理由は三つ。

 事前に仲間たちとの話で、サイズ変化の情報を得ていたというのが一つ。

 マーカーにより、案の定その位置が丸見えであることが一つ。

 そしてやっぱり強力な心眼の力が一つ。

 これらにより、奴がどのタイミングで何をどこから仕掛けようとしているのか。今どこに居るのか。それらが何ら不足なく私には捉えられており、故に。


「ふっ!」

「?!」


 迷いなく振るい、叩きつけた刃。

 動きを先読みした、回避不能の正確な一太刀だ。

 それを咄嗟に理解したのだろう。カイザートロルは大慌てでサイズを元に戻し、それを自慢の筋肉で受け止めたのである。両腕をクロスさせ、硬化させた筋肉は恐らく鋼よりも尚硬い。

 だが。

 ズルリと皮膚を裂き、筋繊維をも引き裂くツツガナシの刃にカイザートロルは瞠目。

 それもそのはず、コマンドを駆使して切れ味を盛りに盛っているのだから。この剣で斬れぬ物の方が珍しいくらいだろう。

 しかし奴の対応速度は見事なものだった。防御は危険と見るなり、奴は即座に構えを解き、受け流しに掛かったのである。あわよくばカウンターを打ち込むつもりで流麗な体重移動まで見せた。

 やはり、その無駄に立派な筋肉にそぐわぬゴリゴリの近接ファイターだったというわけだ。


 けれどしかし、私に焦りはない。

 心眼や自動回避の強みも勿論あってのことだけれど、それより何より。

 サラステラさんに比べれば、どうということはないのだ。彼女が相手だったなら、既にその拳が私の顎を撃ち抜いていたところだ。んで、自動回避が勝手に動いてグダグダになるやつ。

 だからこいつの動きなど、本当にどうってことはない。


 最小の動きで繰り出してきた肘と軽くすれ違いながら、ヌラリと差し込んだのは刃。

 それはさながら、ボートの上から水面を手で撫でるかの如く、容易く奴の脇腹へ滑り込み。

 しかし次の瞬間にはまたサイズを変えたカイザートロル。傷は浅いだろう。

 通過した私の背へ、素早く再度元の姿へ戻った奴は鋭い蹴りを見舞ってきた。見事な切り返し。想像以上に素早く、体の大きさをいじれるらしい。

 普通なら有り得ない速度での反撃。人同士では越えられない物理法則の壁を、あざ笑うかのような一撃だ。


 しかしそれは、私の得意分野でもある。

 右手に携えたツツガナシをストレージへ。直後、左手へ。

 結果、まんまとその刃は奴の足首を捉え。


 切断したのである。


「っ────!!」

 痛みと驚きから、表情が歪むカイザートロル。

 だがそれは、大きな隙だ。これもサラステラさんならあり得ない。あの人は、腕が取れても足が取れても顔色一つ変えないのだ。すぐくっつくし。

 だから私は斬りつける。踊るように、回るように。ストレージを上手く使って、常に意表を突く。

 あわよくば部位切断。内臓破壊。或いは大事な腱を優先的に狙い、間髪入れずに攻め立てた。

 けれど流石は特異種と言うべきか、辛うじて致命傷を避けるその対応は見事であり、どうにか劣勢を打破するべく必死に距離を取ろうと努めた。

 そしてそれは、存外あっさりと叶うことになる。

 何故なら、私が追撃の手を止めたから。


 そう。これではツツガナシの性能云々ではなく、私の剣術を披露しているだけだと気づいたのだ。

 自身の成長を実感できたというのは、嬉しいことではあるのだけれど。しかしこのまま押し切ってはまずい。

 私は改めて構え直すと、後は何を試そうかと内心で思案。

 そんなこととは知る由もないカイザートロルはと言えば、敢えて見逃されたことが癪に障ったのだろうか。極度の集中状態ゆえに鳴りを潜めていた私への怒りや敵意が再燃。

 そして、とうとう爆発したのである。


「わ」

 思わず驚きが漏れてしまうほどに、奴は巨大化を果たしてみせたのだ。

 それは厄災級アルラウネを彷彿とさせるほどの、山のような巨躯。

 だが、その体に刻まれた傷が消えるわけでもなく、酷く痛々しい姿でもある。

 しかし激情に任せたカイザートロルは、考えなしに私目がけて拳を叩きつけに掛かったのである。

 質量の問題からだろうか。大きくなった分、やはりその動きは鈍く。正直、見てから回避は余裕だ。

 が、敢えてそれはせず。

 私はツツガナシを鞘へ納め。そして、長杖モードのそれを腰だめに構えたのである。

 すると、ガシャコンと変形を見せるツツガナシ。

 手元にはトリガー。スラリと伸びるは砲身。だがそれは筒にあらず。

 ああ、そういう意味でもこれは『筒が無し』と言えるだろうか。はからずもダブルミーニングである。


 発動するのは、今朝幼竜に見せたビームの魔法。それを変形した長杖に通せば、私の魔力をたっぷりと吸い上げ、更にえげつない魔法増幅を行う。

 そうして発射準備が整ったなら、私は迫る拳へ向けて「えいっ」と引き金を引いたのである。


 それは、コマンドを組んで作成した魔法増幅機関を最大限に活かすべくこさえられた、超出力の射撃機構。

 取り敢えず『魔砲』と呼んでいるこれは、射撃系、或いは放射系の魔法を超強化し、トリガーを合図に発射するという完全なるオーバーテクノロジーの産物である。

 ロマンをみんなで形にした結果、とんでもない物が出来上がってしまった。きっと、この光景を見ている誰もがそう思っていることだろう。勿論私自身もそうだ。


 天を衝くような極光は、一溜まりもなくカイザートロルを蒸発させ。分厚い雲を消し飛ばし。多分宇宙の彼方まで伸びたことだろう。

 思ったとおり、普通に射っていたらこの辺り一帯が消し飛んでいたに違いない。

「……あ。また加減間違えた……」

 ぽかんと開いた口の端から溢れたのは、そんな一言だった。


 斯くして私は、カイザートロルを単身にて打倒せしめたのである。

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