第三九八話 ツツガナシ
まだまだ寒い季節の最中。
ワープにて皆とともに転移した先には、小雪も舞っており。無造作に立ち並ぶ木々の枝たちには、もっさりとそれが積もってすらいた。
しっかりと防寒の魔法で身を固めてきた私たちは、転移前後のえげつない気温差にやられるでもなく、雑木林の雪景色を一頻り眺めながら、早速周囲の気配を探り始めていた。冒険者の習性、とでも言うべきお決まりの行動である。
対して私はと言えば、皆同様周囲を眺めながらも、同時にマップを確認しつつモンスターの反応を確かめるのだった。
それに何より、今日のターゲットである特異種を探してもみたのだけれど。
しかしながら、半径一二キロメートルにも及ぶマップのサーチ範囲内に、特異種を示す通常とは異なったモンスター反応を見つけることは出来なかったのである。
「取り敢えず、付近に際立って警戒するようなモンスターは居ないみたい」
と述べたのは、鏡花水月で最も気配に敏感なオルカだ。感覚やスキル由来の索敵に加え、最近はマップもガッツリ使いこなす彼女がそう言うのだから、肩から力を抜く理由としては十分であった。
皆も同様に警戒を緩めると、早速次の行動に移る。防寒対策がしてあるとは言え、モンスターの徘徊するフィールドに長居するというのは、誰にとってもリスクでしか無いのだから当然と言えば当然のことだ。
「サーチ範囲内にターゲットは居ないみたいだね」
「ふむ。ならば手分けをして捜索範囲を広げるべきだろう」
そのようにクラウが提案を述べれば、それは即座に採用され。
直ちにチーム編成が行われると、速やかな捜索作戦が展開されたのだった。
そして僅か一〇分足らず。マップ上には確かに、通常とは異なるモンスターの存在を示した、特異種の存在を知らせる独特のアイコンが表示されたのである。
特殊個体との戦いって言うと、そう言えば私がまだオルカとPTを組み始める前だったっけ。ドレッドノートっていうクマのモンスターに殺されかけたことがあった。それと、イクシスさんに連れ回されたモンスター退治の旅で、白九尾とソロで戦ったのも今となっては良い思い出だ。
あの時はジャイアントキリングボーナスっていう、格上にフェアな条件で打ち勝つことで得られる特殊なドロップアイテムを入手したのだった。心命珠っていう、モンスターの心と能力を宿した特別な素材アイテムで、現在はそこに込められた【念力】の力を用いることで、魔道具づくりがメチャクチャ捗っているわけだけれど。
まぁそれはともかくとして。
今回も私がソロで戦うっていうんなら、ひょっとしてジャイアントキリング狙えたりするのかな?
もしそれが成立するのであれば、恐くもあるけれどやる気も出ようってものだ。
なんてことを考えながら、皆と合流を果たした私。
そうしたらばいよいよ、戦闘準備の開始である。
目標までの距離は一二キロ近くもあるわけだけれど、それは転移を駆使すれば一瞬で詰められる。
そのため今のうちに、作戦を練るなり何なりと準備を整えておく必要があった。
一先ず、私はストレージから今日の主役である試作一号改を取り出す。
これは昨日皆のアイデアを詰め込み、コマンドを書いて、更にそれをゴルドウさんが持ち帰ってもう一手間加えたものに、先程念の為のコマンド調整を施した、皆のロマンが詰まった武器となっている。
「うん、なんかちょっとだけワクワクしてきた……期待してるよ、試作一号改!」
「お前さんのぉ、いい加減名前の一つもつけてやったらどうじゃ?」
「え。うーん、急に言われてもなぁ……じゃぁ、『ツツガナシ』で」
「恙無い。つまり『無事である』っていう意味?」
「縁起のいい言葉です! それならきっとミコト様の助けになってくれますね!」
「しかし、ミコトちゃんのネーミングセンスには独特なものがあるな」
「いいじゃないか、私は嫌いじゃないけどね」
ということで、即興ではあったけれど武器に命名も終わり、これからは『ミコト専用武器試作一号 ツツガナシ』ということで呼び名を改めることになる。
名前と言えば、私の頭に相変わらずくっついて離れないこの精霊幼竜にも、何か名付けを行わなくちゃならないだろう。いつまでも幼竜呼ばわりじゃ流石に何だし。
「それでミコト、立ち回りはどうするつもりなんだ?」
と、本題に引き戻してくれたのはクラウである。
カイザートロルを相手に、どう戦うのかという話なのだが、ふむと私は思案した。
というのも、普段であれば奇襲を仕掛けて一方的に勝負を決めるところなのだけれど。
しかし今回はツツガナシのテストが目的だ。その性能を十分に引き出さずして、早々に決着をつけるわけにも行かないのである。っていうかそもそも、勝てるかどうかすら定かじゃないのだけれども。
そうなると、奇襲を仕掛けるにせよ様子見から入るべきだろう。
カイザートロルがどう動くのかを把握しながら、随時それに適したツツガナシの運用を試し、皆に示すべきではないだろうか。
「カイザートロルですけど、確か『自らの大きさを自在に変じる』という特殊な能力を持っていたはずです。スキル由来のものか、或いは体質か。その辺りは分かっていませんが……もしスキルなら、是非ミコトさんに真似していただきたいところですね!!」
「そんなことしたら、またミコトが人間離れしていく……」
「しかし大きさが変化するのか。シンプルだが、厄介そうな能力だな。特に小さくなられては捉えづらくなるだろう」
「どの程度まで小さくなれるのか、その時のステータスはどうなるのか……そこが問題です」
ソフィアさんから寄せられた情報を元に、皆から一通り意見が述べられ、おおよその指針が決定づけられた。
とは言え、然程際立ったことをするわけではない。要は大きさの変化に気をつけながら、様子を見つつガチンコバトルをしようというものである。
それから。
「出来れば、ジャイアントキリングボーナスを狙ってみようと思うんだけど」
と私から提案を述べてみた。の、だけれど。
「え。ミコトさんって普通にカイザートロルより強いと思うんですけど……違うんですか?」
チーナさんが首を傾げながらそんなことを問うてきた。
そしてこれには、皆難しい顔をする。
「そりゃぁ、アレだね。『強さの定義』ってのにもよる話さね」
「素の能力だけで言えば、ミコトちゃんは一般人と大差ないものな。冒険者としての経歴だって、まだ一年にも満たないわけだしな」
「それだけ聞くと、アレじゃの。端的に言って雑魚じゃ」
雑魚って。まぁ、そのとおりだから何も言い返せないけども、せめて言葉は選んで欲しいものである。これだからゴルドウさんは……。
すると案の定、チーナさんに睨まれ縮こまっている。ほら見たことか。
「しかし装備やスキル等を込みで考えると、ミコトの能力は破格だぞ。それこそカイザートロルにとて遅れをとるとは思えない」
「だとすると、ジャイアントキリングは成り立たないかも」
「一説によりますと、モンスター側が相手を己よりも弱い存在であると、そのように認識した上で互いにフェアな条件で死力を尽くし、戦力の差をひっくり返す番狂わせが成って初めて、ジャイアントキリングボーナスが生じるのだそうですよ」
「だとしたら、無理な話です。だってミコト様を前にして、それを下に見るモンスターなんて居るはずありませんもん!」
ココロちゃんの言を聞き、皆が一度私の方へ目をやり。そして再度それぞれ逡巡し。
結局出た答えが。
「今回は諦めろ、ミコト」
だった。
というのも、仮に第一印象で格下だと思い込ませることが出来たとしても、換装一つでその印象は簡単に覆ってしまうだろう。
それ以前の話として、今回の主目的はツツガナシのテストである。余計なハンデを設けて、弱者アピールなんてしている余裕はないのだ。
というわけで、残念ながらジャイアントキリングは条件を達成できそうにないことが分かった。
まぁそうであるならば、それはそれとして。リスクを背負うだけバカを見るのだとハッキリ分かったのだから、その分安全マージンに意識を割けるというものである。
それからは、ちゃっちゃか観戦用の設備として、羽つきカメラだとかプロジェクターだとか、投影に便利な簡易スクリーンだとか。そういったものをストレージからポイポイ取り出して、素早くセッティング。
最後に私は、最近新たに得た【念話】のスキルを幼竜に繋ぐと、
『ちょっと強いモンスターと戦ってくるから、キミはみんなと一緒にここで待ってて』
と告げ、頭から降ろしたのである。
そうして準備を整えるなり、私はワープを駆使して羽つきカメラとともにターゲットであるカイザートロルの近くへ転移したのだった。
★
ざくっと踏みしめた雪の下。積み重なった落ち葉と一緒に、小枝を踏んだらしい。パキッと小気味のいい音を足の裏に感じた。
ピクリと、遠視で認めた奴の耳が確かに動いた。聴覚が優れているらしい。
しかしこちらに気づいたふうではなく、些か警戒心を抱いただけに留まったようだ。
彼我の距離は一キロメートルほどもあり、【透視】のスキルが有ればこそ、こちらから向こうを一方的に視認している状態である。
解き放った三台の羽つきたちは、既に奴の姿を捉えているだろうか。
私は上空からこちらを向き眺めている一台に小さく手を振ると、ツツガナシを握りしめ、息を一つ吐いた。
「さて、頑張ろうかな」
ツツガナシの納刀状態。
それは、全長にして二メートルにも及ぶ長杖モードである。
厳密には、鞘に剣を納刀している状態なので、仕込み杖と捉えたほうが良いだろうか。何にせよ、カテゴリーの曖昧な創作武器であることは間違いない。
そしてこの長杖、当然そこらで売買されている一般的なものや、ダンジョンやモンスターから得られる特殊能力付きのものなどとも一線を画す、とんでもない代物となっている。
そも、コマンドを仕込んでいる時点でアーティファクトにも連なる性能を発揮できるわけで。
この長杖には、剣に仕込んだコマンドと鞘に仕込んだコマンドの相乗効果が付与されており、その恩恵から文字通り、通常の規格には沿わない性能を発揮出来るよう設計してある。
平凡なマジックアーツスキルもコレを介して発動するだけで、増幅効果は絶大。想像を絶する高効率にて魔法の運用を行うことが出来るのである。魔力の節約にもなるし、更には物理的に殴っても強いという至れり尽くせりな仕様となっている。
そんなツツガナシを駆使し、早速遠くをボケっと歩いている奴へちょっかいを掛けることに。
カイザートロル。
通常のトロルは太くて大きな野人、という話だったけれど。私の目に映るそいつは確かに特異種というだけあり、随分と違って見えていた。
マッチョである。大きさは二メートル半くらいだろうか。体の色は緑……いや、暗い黄土色か。顔は悪魔のように凶暴で、人相が悪いどころの話じゃない。
まぁそれにしても、酷い筋肉だ。絶対全身カチコチだろう。出来れば接近戦は避けたいところだけれど、ツツガナシのテストをする上ではそういうわけにも行かない。
一先ず最初のちょっかいとして仕掛けるのは、雷魔法である。落雷であれば、私からの攻撃だなんて気づかないだろうし。っていうか遠隔魔法だからどのみち気づかれないだろうけど。
コマンドを書いたのは私なので、どの程度の魔法増幅効果があるかは一応、データとしては知っている。けど、実際扱うのはこれが初めてとなるわけで。
私は試しがてら、普段の半分ほどの魔力で魔法を発動し、一キロ先のマッチョへ落雷を浴びせかけたのである。
瞬間、天地を引き裂くような閃光が天空よりカイザートロルへ叩きつけられ、一瞬遅れで鼓膜を破壊するような怒号の如き轟音が遥か彼方まで駆け抜けていった。
念の為に張っておいた防音や電流除けの魔法、あと強すぎる光から目を守る遮光の魔法が余計なダメージを防いでくれた。
それらの予防線を怠っていたらと思うと、正直背筋が寒くなるほどの威力だ。
「ま、まじでか……」
想像以上の結果である。私は握りしめたツツガナシの性能に、体の芯が震えるのを感じた。これが、試作一号。妖精の技術を込めた武器。
改めて思う。これは、絶対世に出しちゃいけないものだと。心無い大人の手により悪用され、間違いなく悲しむ子供がたくさん出てしまうだろう。何としても秘匿するべき技術だ。
と、それはともかくとして。問題はカイザートロルがどうなったかということだが。
遠視と透視を駆使して、落雷の落ちたその場所を注視してみたところ、そこにはプスプスと煙を上げながら、黒焦げになって倒れ伏すマッチョの姿が見て取れた。
だがしかし。
徐にそれは立ち上がると、プルプルと突然に自らを苛んだ理不尽に対し激怒し、絶叫を上げたのだった。
どうやらまだまだ元気らしい。ホッとしたような、残念なような。
ともかく、ここからがツツガナシの性能テスト本番である。
出力管理に気をつけつつ、気を引き締めて臨むとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます