第三九七話 試し斬りに行く

 今日の予定。

 この後はイクシス邸に飛んで朝食を頂いてから、専用武器試作一号改のテストを行って。

 それからは鍛錬の続きだ。腕輪は育てられるだけ育てなくちゃならないし、サラステラさんとの手合わせも何だかんだで良い修行になっている。

 夜はまた魔道具作りの修行、或いは精霊の育成に時間を割くことになるだろうし。

 自分で望み決めたこととは言え、なかなかどうして暇な時間がない。何なら眠っていても修行してるし、もしかするとそろそろ自分の体ってものを労るべきなのかも知れない。

 とは言え、仮説が正しければ私はこの世界での生を、もう何周もしていることになるわけだ。


 確かなことは言えないのだけれど、それってもしかすると、ループを抜け出すための条件ってものを私がクリアできていないから、こんな状況になっているんじゃないかって。そんなことを考えたりもする。

 言い換えるなら、『果たすべき使命の未達成』だろうか。

 もしそれが、私が自己鍛錬を怠ったがゆえに招いたことだとするなら、今の私がそれを怠るわけにはいかないだろう。

 クリア条件ってものが本当にあるのなら、どうにかしてそれを達成してみたいと思うのがゲーマーの性ってものだ。少なくとも、私にとってはそうだ。

 それに全く休息が取れていないわけでもないしね。

 頭と心と体。それらを順繰りに休ませるよう意識してはいる。

 例えば体を鍛える時は頭を空っぽにするし、頭を使う局面では、なるべく体を休ませている。

 心は、やりたくないことはやらず、やりたいことは目一杯楽しむつもりで望んでいるので、そもそもあまり疲れない。疲れたら無心だ。後は仲間たちから元気をもらったり。


 そんな感じで、今のところはぼちぼちやっているのだけれど。

 しかしたまには休みの日を設けて、一日中ダラダラするのも大事なのかも知れない……ああ、ダメだ。これがワーカーホリックっていうやつだろうか? ダラダラする自分を想像しただけで、ゾワッとする。

 これはある意味、特定のゲームにメチャクチャのめり込んでる時の心理状態に近いかも。

 ボケっとしてる時間があったら、少しでもゲームに当てて攻略を進めたいっていうアレ。

 ただまぁ、ここは現実で。そこには何時だって『疲労』っていう問題がつきまとうわけだ。面倒で厄介だけれど、ある日ガタッと体を壊したり、なんていうのは恐いし。

 過労フラグなんかが立っちゃう前に、どこかで休みを挟むべきなのかも。

 けれど休みたくない、休むわけには行かない理由っていうのも実はあって。それを思うたび、何ともままならないものを感じてしまう。

 何れにせよ、体調管理には気をつけておかないといけないだろう。


 まぁ、それはそれとして。

 おもちゃ屋さんに戻った私は、幼竜の一件で俄に賑やいだ師匠たちに言ってきますを告げ、イクシス邸へ飛ぼうとした。

 のだけれど。

「ミコト、その精霊も連れて行くの?」

 とモチャコに訊ねられ、私ははたとワープをやめた。

 そして、そう言えばと当たり前のように私の後頭部に引っ付いている幼竜に思い至り、次いで疑問が一つ脳裏を過ぎったのである。


「そう言えば、モチャコたちの契約精霊ってどこに居るの? 考えてみたら私、見たこと無いんだけど……ただ単に見えないだけ?」

 率直に、そのように質問してみれば。

 モチャコは何でも無いことのように返答を寄越してくれたのだ。

「アタシたちの契約精霊は、ここには居ないよ。それぞれ居心地のいい場所で過ごしてるから」

「それってさっき言ってた、火の精霊なら暑い場所、みたいな話? 精霊力を蓄えやすいとか」

「そうそう、そういうこと!」

 私の理解に満足したのか、嬉しそうに頷いてみせるモチャコ。

 しかしそうなると。

「なら、この子にとっての『居心地のいい場所』ってどこなんだろう? 何せ正体不明だし……」

「む。むーん」

 私の疑問に、腕組みをして大きく首を傾げるモチャコ。


 すると横から。

「ミコトと一緒に居れば良いんじゃなーい? 居心地はともかくー、精霊力が一番溜まりやすいのは間違いないみたいだしー」

「他の人間からは見えないだろうし、ミコトが頭に幼竜をくっつけていても、別に変に思われたりもしないわよ」

 と、ユーグとトイが助言をくれた。

 なるほど、道理ではあるのだけれど。

「変には思われないけど、変じゃないとは言ってない。って思ってない?」

「し、心眼で読むのはズルいわよ!」

「失敬な! ただの推察だもん!」

「でもー、変なんだからしょうがないよー」

「そんなこと言ったら、そもそもミコトはへんてこの塊だしね。今更気にしても仕方ないって」

「モチャコそれ、慰めになってない……」


 なんてやり取りを一頻り交わし、結局幼竜は頭にくっつけたまま、私はワープにてイクシス邸へと飛んだのだった。



 ★



 時刻は午前九時を過ぎ、場所はイクシス邸転移室。

 元はただの空き部屋だった一室も、いつの間にやら手が加えられ、床には汚れを防ぐ効果を持った特殊な絨毯。部屋の端にはふかふかのソファーと、テーブルには好きにつまめるお菓子が置かれていたり。

 何ならプロジェクターを設置できるスペースや、暇つぶしの本が並んだ本棚、それと念の為のベッドまで完備されており、もはや何の部屋なのかと首を傾げたくなるような空間が出来上がっていた。勿論暖房もよく効いている。

 各々支度を済ませ、そんな一室に集まったのは、試作一号改の開発に携わった面々である。要は、昨日の面子そのまんまなのだが。

 鏡花水月にオレ姉、ゴルドウさんとチーナさん、それにイクシスさん。

 人数にして八人と、なかなかに賑やかな有様ではある。

 さりとて、この中の誰も私が頭にくっつけている幼竜が見えないというのだから、何とも不思議な話だ。

 ハイエルフのソフィアさんや、エルダードワーフのゴルドウさんまでもが幼竜の姿を捉えられない、というのは些か驚きではあったが、かと言って然程不思議とも思わなかった。

 だってもし妖精以外にも精霊の見える種族がたくさん居るというのなら、もっと精霊ってものが具体的に知られていて然るべきだと思うから。


 確かに精霊って存在自体は、この世界の人達に認知されてこそ居るけれど、それは信仰の対象になっちゃうような概念的存在でしか無く。ちゃんと、精霊を見ました! なんて話は、もっぱら童話やおとぎ話に出てくる程度のものらしい。

 実際、師匠たち曰く人の子でも稀に精霊を見たって子はいるらしいし。

 今朝教わった話に照らし合わせるのなら、きっとその子たちっていうのは『精霊ってきっとこんな形をしてるんだろうなぁ』って日頃から想像を膨らませていて、且つ『こんな精霊に会ってみたい!』って望んでもいたのだろう。

 その上で、たまたま波長が合ったってことなんじゃないかな。

 そう言えば、そのまま精霊術使いになった子って居たりするのだろうか? その辺はちゃんと聞かなかった。夜にでも訊ねてみようかな。


 まぁそれはともかく。

 精霊に関しては、折を見て皆にも説明しようと思うのだけれど。しかし今は幼竜も育成段階だし、その姿も皆には見えないため、話題に出すことは控えておくことにした。

 わざわざここに集まったのは、そんな話をするためではないのだしね。

 転移室にやってきたということは、つまるところ試作一号改のテストを行うべく、それに相応しい場所へ転移しようということ。

 そして肝心の、ではどこで何を相手にテストを行うのか、という話だが。

 それに関しては、何やらイクシスさんに当てがあるらしく。

 ちょうど今正に、クラウがそのことについてイクシスさんへ問いかけを行ったところである。


「それで母上、試し斬りに相応しい相手とは誰なのだ?」

「誰というかまぁ、モンスターなのだがな。ええと、マップで言うなら確か……この辺りだ」

 そう言って、イクシスさんはマップウィンドウのとある箇所にマーカーをくっつけた。

 皆でそれを確認してみると、それは随分と辺鄙な所であり。所謂雑木林然とした、しかし他にはこれと言った特徴もない人里離れた場所だった。

「ここって何か、強力なモンスターが分布してる場所だったりするの?」

 と私が質問すれば、イクシスさんは首を横に振る。


「いや、別にそういうわけじゃない。まぁ強いて言えば、トロルが出るらしいが」

「イクシス様基準では、大概のモンスターが『大したことのない』という部類に割り振られてしまいますよ」

「トロルは、主に樹木の多い場所で出現する、人型のモンスターですね。体は大きく、小さくても三メートルほどはあります。見た目はざっくり言って『太くて大きな野人』と言ったところでしょうか。戦力目安としては、最低でもBランクPT以上の戦力が求められる相手です」

 と、知識の豊富なソフィアさんが解説を入れてくれる。

 なるほど、確かにイクシスさんからすればどうということもない雑魚であろう。

 でもBランクPT以上って言うんなら、私ソロじゃ戦力不足ってことじゃん。なかなか危険なところであると認識しておいたほうが良いだろう。


「それじゃぁ、トロルを相手にテスト?」

「む。まぁ、当たらずとも遠からず……といったところか」

 オルカの確認にそう返したイクシスさんは、PTストレージから一枚の紙を取り出すと、それを皆に広げて見せながら説明を続けた。

「『カイザートロル』という、トロルの特異種が発生したらしいんだ。実はその討伐依頼が私のところに届いてな、丁度いいからこれをテストの相手にしてはどうかと思ったんだが、どうだ?」


 特異種。それは、モンスターが突然変異を経て生じる特殊な個体のことを言う。

 特殊個体には、『変異種』『特異種』『唯一種(ユニーク種)』という三つがあるらしく、特異種となるとかなり戦闘力や危険性が上昇しているはずだ。

 ちなみに変異種は、飛躍的に危険度が増すと言うほどのことはなく。通常個体よりは危ない程度。

 唯一種は最も危険で、同系統のモンスター種の中で、世界にたった一体のみしか存在しないとかなんとか言われる、ものすごい希少でヤバいモンスターだ。

 イクシスさんでも苦戦を強いられるほどには強いらしい。

 その分、ドロップアイテムの希少性もまたヤバいらしいけど。


 で、今回相手にするのは……トロルの特異種。絶対強いやつだコレ。

 まぁでも、こちらのメンバーを考えれば大丈夫か。油断さえしなければ問題なく勝てる相手だろう。


「まぁ、相手にとって不足はないじゃろうな」

「というか強敵ですよ! せ、戦闘にはどなたが参加されるのですか?」

「そりゃ鏡花水月で当たるんじゃないのかい?」

 と、オレ姉がイクシスさんへ水を向ければ。しかし彼女はあっけらかんと言うのである。

「いや? それじゃぁ戦力が勝ちすぎてテストにならないだろう。なので今回は、ミコトちゃん一人で戦ってもらおうと思っている」


 イクシスさんのトンデモ発言に、一瞬場が静まり返り。皆の視線が私を一瞥する。そして。

「ミコトと共闘できないのは残念だけど、戦力的には問題ない」

「ミコト様なら楽勝ですよ! ワンパンです!」

「いやいや、ワンパンでは困るだろう。武器の性能を見るためのテストだからな。だが、まぁミコトならその辺りも考慮してうまくやるだろう」

「新スキルもバンバン使ってくださって構わないんですからね!」

 という、仲間たちから寄せられる謎の信頼が飛び出し。


「ほう、ならばお手並み拝見じゃな」

「皆さんがそう仰るのなら……」

「ミコトの成長ぶりを、久々に直に見れるのかい。楽しみだねぇ」

 と、呑気なことを言うゴルドウさんとオレ姉。心配してくれてるのがチーナさんだけっていうのはどうなんですかね?!


「えっと、いや、あのね? 危ないと思うんだけど……っていうかクラウはなんでサラッとハードル上げちゃうかな?!」

「安心しろミコト、危ない時はちゃんと助けに入るさ」

「大丈夫ですミコト様、ワンパンです!」

「なんかココロちゃん、以前より脳筋化してない!?」

 私の居ないところで、みんなも何やら特訓を重ねていることは一応知っているのだけれど、もしやそのせいでココロちゃんが考えるよりパワーの人に近づいているのでは……?

 まぁでも、一応カバーしてくれるつもりはあるらしい。その点は安心といえば安心なのだけど。

「何でしたら、これを機に新しいスキルに目覚めても良いんですよ? 寧ろ目覚めなさい!」

「オルカ、助けて……」

「大丈夫。ミコトなら何とでもなる」


 オルカにまでそう言われては、もう逃げ場はない。

 斯くして私は、厄災級を除けば久々となる特殊モンスターと戦うべく、皆を伴いワープを行ったのだった。

 果たして今の私の実力が、カイザートロルとやらに通用するのか。

 正直、不安である。

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