第三九六話 スタートライン以前
今日はこの後、専用武器試作一号改の運用テストが予定されている。
だと言うのに、急遽始まった精霊契約と、その精霊の育成を行うために、使用は慎重にと位置づけた【生命力(仮)コントロール】改め、【精霊力コントロール】のスキル。それをゴリゴリに使用している現状である。
幼竜の姿をしたこの精霊を成長させるために必要とは言え、こんなことしていて大丈夫なのだろうかと、我が身に不安を覚えつつも。
精霊力を流してやると実に気持ち良さそうに目を細める幼竜の愛らしい姿を見れば、ついもうちょっともうちょっとと構いたくなってしまう。
まぁそれはそれとして。
時刻はまだ朝の七時を過ぎた頃。
イクシス邸へ朝食を食べに行くのが、大体八時前後でルーティーンが安定しているため、朝練に当てられる時間はまだまだある。
妖精師匠であるモチャコたちもそれが分かっていればこそ、このジリジリと刺すような日差しの降りしきる砂浜から帰ろうなどとは言い出さず。っていうか自分たちだけ日傘さしてるし。私の傘なんて、風に煽られて裏返ったような精霊力生成用の自作アイテムなんですけど。日よけ効果微妙なんですけど!
「さて、それじゃぁミコト! 無事精霊と契約できたみたいだし、次はいよいよ精霊術の基礎を教えるよ!」
「! おお、待ってました!」
溌剌とそのように宣うモチャコに、私もつられてテンションが幾分か上昇。
最初こそそれほど乗り気ではなかった精霊術の習得も、精霊と出会ったり、その全容が段々見えてきたことで興味も湧いてきてしまった。
そしていよいよここからが、実際精霊術を習得するための授業というわけである。
ここまではその前提条件を満たすためのプロセスだった。何せ、精霊術を使うのに契約精霊が居ないのではお話にならないのだから。
裏を返すなら、私は精霊術を扱うための前提条件をクリアできた、ということでもある。
果たしてモチャコたちは、どんなことを教えてくれるというのだろうか。
そのように私が期待を膨らませていると。
「ミコトは意外と習うより慣れるタイプだからねー、先ずは実践してみせるところから始めたほうが早いかなー?」
「そうね。分からないことがあったらどんどん質問して頂戴。その都度解説するわ」
「ならアタシがお手本を見せてあげるよ!」
そう言って、先ずはモチャコが実際の精霊術を披露してくれることとなった。
ふんふんとやる気を漲らせ、集中力を高めていく彼女。
それを眺めながら、早速ふと気になった疑問を問いかけてみる。
「そう言えばモチャコの契約してる精霊って?」
「ん? そう言えば教えてなかったね。アタシが契約してるのは、光の精霊だよ! ちなみにユーグは風の精霊、トイは花の精霊と契約してるんだ」
「そーだよー。しかも、だいぶ前に契約してるからねー、結構育って強いんだよー」
「精霊が育てば、契約者もそれだけ大きな力を使えるようになるわ。その分制御が難しくなりもするのだけれどね」
「なるほど……」
モチャコたちの言う『だいぶ前』っていうのが、果たしてどれだけの年月を指しているのか。
妖精は相当な長寿らしいし、もしかすると想像を絶するようなとんでもない精霊と契約を結んでいる可能性だって無い話じゃないだろう。
それを思うと、もしかして妖精師匠たちって私が思ってるよりずっと強大な戦闘力を持ってる可能性も……いや、うん。あまり深く考えるのはやめておこう。
「それじゃミコト、始めるよ。よく見ててね」
と、私が恐ろしい想像に蓋をしたところで、モチャコが準備を終えたらしく。そのように声を掛けてきた。
蓋をしたつもりでは居るのだが、やはり漠然と考えてしまう。
もしかして今から実践して見せてくれるというそれは、とんでもない破壊力を秘めた何かだったりするんじゃないか、と。
流石に子供を愛するモチャコたちに限って、そんな物騒なことはないだろうと努めて楽観視しながらも、何だか嫌な予感が拭えない自分も居て。
そしてそんな私の視線の先で、モチャコは虚空に手をかざすと、静かにそれを発動したのだった。
「ふ……っ」
「…………!」
徐に。
そこに生じたのは、か細い光だった。
私は大袈裟なほどに警戒し、とっさに叡視のスキルでもってそれをよく観察したのだけれど。
しかし、警戒した割にそれは大したことがなく……というか。
「…………??」
思わず首を傾げたくなるほどに、それは酷くか細い、さながらあと五秒くらいで消えてしまうような電池切れ寸前の豆電球が如き、ひどく弱々しい光だったのだ。
この眩しい炎天下の最中、何ならその光を見つけること自体が困難なほどには、本当に頼りないもので。
しかし、これでもかと注視をしたからこそ感じられたのは、確かに私の扱っているものとは異なる精霊力の気配であった。
ただ、これもまたすごく弱々しいのだけれど。
もしかして、精霊術って……私の想像していたものとは異なり、微々たる力しか発揮できないものなのだろうか……?
現にモチャコは、至って真剣にそれを行っているのだ。っていうか、本当に凄まじい集中力である。
それこそ、おもちゃづくりでものすごく細かい作業を行ってる時のそれを彷彿とさせた。
この光を生み出すのに、そこまで神経をすり減らしているってことだろうか?
なんて私が困惑していると、しかしそれを一緒に眺めていたトイとユーグは、ほぉと感心したふうであり、何なら感嘆のため息すら漏らしていた。
どうやら彼女らにとってそれは、余程凄いことらしい。
そうして三〇秒ほど掛けて、そのデモンストレーションは終わった。
トイとユーグがパチパチと手を叩いてモチャコを称賛する。私もまた、つられるように手を叩いてはみたけれど、いまいち釈然とはしない。
モチャコはモチャコで、ふぅとやり遂げたかのようなドヤ顔を浮かべているし。
私は、再び頭に張り付いている幼竜とともに首を傾げ、そして遠慮がちに問うたのだ。
「えっと、今の光が精霊術……なんだよね? なんか、その……しょぼくない?」
「む! バカ! バカミコト! これだから素人は!」
「え、えぇ……ごめんて。しょぼいとか言ってごめんて」
「はぁ……違うんだなぁ。その『しょぼい』ことこそが、すごく大事なんだよ」
「!」
言われて、私はすぐにピンときた。
しょぼいことが凄い。それは確かに、考えてみたら道理だと思ったから。
例えばペットボトルから飲み物をコップに注ぐ時、ダバダバと一気に流し込むのは誰だって出来ることだ。
けれどそれがもし、一滴ずつ、しかも一定のリズムで注げと言われたならどうだろう。勿論、変な小細工もなしに、である。
少なくとも私には、そんな器用な芸当は出来ない。っていうか、実際そんな事が可能なのか疑わしいくらいだ。
モチャコが見せた今の光は、きっとそれと同じことなんだと思う。
強大な精霊力をほんのちょっぴり使って、か細い光を生み出した。
しかも光にゆらぎはなく、弱々しくはあれど安定した光だったのだ。それはつまり、ブレること無く一定量の精霊力を緻密に操作したからこそ可能な……とんでもない神業だったのではないか?
だからこそ、トイとユーグが手を叩いてまでモチャコを称賛した……。
「なるほど……つまり、モチャコは精霊力のコントロールに関してとんでもない技量を持ってる……って認識で合ってる?」
「理解が早すぎるんだよミコトは! もうちょっと説明する楽しみを残しておいてよ!」
「あ、はい。ごめんなさい」
「勿体ぶったモチャコも悪いよー。ミコトがこんななのは分かってることだもんー」
「察せられる前に語る。ミコトに何かを教えるには、これが一番よ!」
「まったく、困った弟子だよ本当に」
「なんか理不尽に怒られてる気がする……」
ともかく、私の考えは正鵠を射たようだ。
そこから更に、精霊力のコントロールがそれだけ難しいことや、その理由として精霊力がやはり膨大な力を秘めていること、或いは単純に取り扱いの難しいエネルギーであることなどが考えられる。
自分で触ってみた結果、その何れもが当てはまるのだろうと結論する私。
何せ厄災戦の折、アルラウネより吸い出したそれはコントロールなどとんでもない、強引に動かすのがやっとな代物だった。喩えるなら、荒波に揉まれる船の上で陶芸素人の私がろくろを回し、均整の取れた壺を作るのに挑戦するようなものだ。結果として、シッチャカメッチャカの粘土の塊を、無理くりツボだと言い張ってぶん投げるのがやっとだったのである。
その点、太陽光から生成し、今現在もグローブに蓄積し続けているこれは随分と素直な印象を受ける。
それらの違いが何なのかに関しては、今のところよく分からないのだけれど。
「取り敢えずミコトに目指してもらうのは、今見せたような精霊力の繊細なコントロールだよ。その精霊は力が弱いから、雑に力を引き出してたら負担をかけちゃうしね」
「! そっか。確かにそれはそうだ」
モチャコの言に、今度こそしかと頷き納得を示す私。
するとそこへ、ユーグたちが。
「っていうかさー、その精霊ってどんな現象を引き起こせるのかなー?」
「そうね。それがわからないと、精霊術を形に出来ないわね……」
などと言い出し。私は狼狽えて頭の上の幼竜に意識を向けたのである。
「ってことらしいんだけど。結局キミって何が出来るの?」
「…………クルゥ」
自分でも分からない、だそうだ。
契約を交わしたおかげだろうか、先程よりも具体的に、幼竜の言わんとしていることが理解できる気がする。
モチャコたちにも私が通訳し、そのように伝えたところ。
「もしかすると、力が小さすぎるのかもね」
「成長したら自然と判明するかもー?」
「なら当面ミコトの課題は、精霊力を注いでその精霊を育てることね」
という、これまたスタートライン以前の課題が課せられてしまったのである。
果たして骸戦までに、何かしらの成果を出すことは出来るのだろうか……幾らかの不安を胸に感じながらも、他に妙案があるわけでもなし。
結局時計の針が八時を指すまで、私は延々と精霊力の生成と幼竜への供給をひたすら繰り返したのだった。
おかげで、太陽光以外の様々な所から、ほんのちょこっとずつ精霊力を分けてもらう、という応用技も得て、精霊の育成効率を引き上げることは出来たのだけれど。
かと言って一時間足らずの努力で大きな進展があるはずもなく。
この幼竜とは、何だか長い付き合いになりそうだなと。そんな予感とも確信とも付かない漠然とした思いを感じながら、私たちは妖精師匠謹製のリアルどこ◯もドアにておもちゃ屋さんに戻ったのだった。
また、普通に幼竜を頭にくっつけてきてしまったことに気づいたのは、それから間もなくのこと。
これには他の妖精師匠たちが盛大に関心を示し、結果としておもちゃ屋さんに、ホットな話の種を一つ提供することになったのである。
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