ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて！

第三九五話 力の正体

　モチャコたちに問うたところ、精霊が何を栄養にして力を蓄えているのか、というのはぶっちゃけ定かではないとのことだった。

　ただ分かってることとして、幾つかの情報を得ることも出来た。

　先ず、精霊はその名もズバリな『精霊力』ってものを操るらしい。

　この精霊力を多く蓄えているものほど、精霊としての力は大きく、大精霊ともなると天変地異すら引き起こせるとかなんとか。

　っていうか、大精霊とか居るんだね、やっぱり。

　それから精霊力の消耗と回復についてだけれど。

　精霊力を大きく消費したところで、精霊としての格が下がるわけではないらしい。

　消費した精霊力は、しばらく休めば元に戻るとのこと。その辺はMPと似ている気がする。

　そしてこのことから、精霊には精霊力を貯める器、みたいなものがあるんじゃないかと私は推測した。

　器が大きく、より多くの精霊力を保有できるものが、力ある精霊なのではないか、と。

　そして私の友だちであるこの幼竜は、その器がとても小さい。

　なので如何にしてそれを大きくするのか、というのが非常に重要なのだけれど。

　精霊はその個性に応じた場所に長く留まることで、徐々に力を増していくと言う。

　これはつまり、仮説に則るなら個性に応じた場所で『器を大きくする何か』を得ているということになる。

　また、そういった場所に留まることで、消費した精霊力の回復も促進することが出来るとか。

　であれば……もしかすると、器から溢れるほどの精霊力を得ることで、徐々に器が育つ、ってことだろうか？

　なら私が幼竜を育てるには、その精霊力をどうにかして沢山注いであげる必要があるってわけだ。

　精霊でもない私が、他でもない精霊である幼竜に精霊力を注ぐ。

　まぁ、頭のおかしな話ではある。道理に合わない。

　だけれど、可能性自体は既に手にしているのだ。

　この前の厄災戦に於いて得た、二つの特異な選択肢。

　一つは、綻びの腕輪。

　厄災級アルラウネから手に入れた、非常に強力なアイテムだ。様々なものを分解し、吸収することが出来る。

　もしも分解可能なものの中に精霊力を有しているものがあるとするなら、それをなんとか幼竜に流せないだろうか？

　そしてもう一つが、アルラウネの使っていたスキル。【吸収】と仮に呼んでいる、様々なエネルギーを自らに取り込むためのヤバいスキルだ。ヤバすぎて、流石の私も使用を控えるほどの特殊スキル。

　使い方を誤ると、自身と取り込んだものの境目が曖昧になって、多分良くないことが起きる。取り扱いに細心の注意が必要な、危ないスキルだ。

　しかしもしもこれで精霊力すら吸収できるのだとしたら、腕輪より確実にそれを得ることが出来、幼竜へ注ぐことが出来るだろう。

　後ついでに、同じく厄災戦の時に使った【生命力(仮)コントロール】っていう、これもまた仮称の特殊スキル。この術も役に立つかも知れない。

　しばらく使ってなかったから、ちょっと感覚を思い出すのに暇が要るかも知れないけど。

　ともかく、可能性は手の内にある。ならば後問題なのは、肝心要の精霊力を『一体どこから得るのか？』ということだ。

　火の精霊なら暑い場所に居れば良い。水の精霊なら水辺や水中に居れば良い。風の精霊なら風の強い場所や嵐の中、空高くなど。土の精霊なら地中や山中か。

　そうした場所には、それに応じた精霊力があるのだろうか。火の精霊力、とか。

　それとも単に、そうした場所でなら効率的に精霊力を自らに取り込める、とかなのかな？

　或いはどちらも正解か、不正解か。

　と、不意に脳裏をかすめた光景があった。

　それは件の、厄災級アルラウネに関するビジョンだ。

　奴は最終局面の折、その背から巨大な枝を翼のように生やし、大気中からエネルギーを得ようとしたのではなかったか。

　それにその前も、地に張り巡らせた根からは一体『どんなエネルギー』を吸っていたのか。

　もしそれが……精霊力だったとしたら？

　精霊は、どこにでも居てどこにも居ない存在。

　ともすれば神様にも喩えられるような、超自然的な何かであるらしい。

　もしアルラウネが、それらを喰らっていたのだとしたら……。

　いや、待って……想像が飛躍しているかも知れないけど、もしあの時、私がアルラウネから吸収して使ったあのわけの分からない力。

　あれこそが、精霊力だったとしたら……想像を絶するようなダメージを奴に与えたことにも、もしかして説明がつくのかも……？

　ちょっと都合の良い解釈だっただろうか。

　仮説の上に仮説を並べたような、酷い論理の展開だ。

　だけれど、だからこそ試す価値がある。試す必要がある。

　私もアルラウネ同様、吸収を用いれば地中や大気中から精霊力を得ることが出来る、かも知れない。

　ただ、無闇にそんなことをしては、それこそ奴と似たような結果を引き起こしてしまうかも。

　大地を殺し、大気を枯らす。そんな真似をするわけには行かない。

　何か別の手段があると良いのだけれど……。

　と、腕組みをして天を仰ぎ、突き刺すほどに強烈な太陽光に眉をひそめる私。

　そして、口がつぶやきを漏らした。

「太陽……光……精霊……！」

　もしかして、光の精霊だったら太陽から精霊力を得ていたりはしないだろうか？　だって太陽だなんて如何にも光を象徴するものだし。

　もしそうなら、太陽の光から精霊力を得られる可能性はあるだろう。それに枯らしてしまうような心配も多分要らないはず。

　となると、どうにかして吸収をより効率的に行うための工夫をしたいところではある。

　準備するものは三つ。

　先ずは【吸収】を思い出すこと。

　次に【生命力(仮)コントロール】を思い出すこと。

　そして、工夫を成すためのアイテムをこしらえることだ。

　私はモチャコたちや幼竜が、胡乱げとも興味深げとも取れる曖昧な表情で眺めてくるのを尻目に、黙々と準備を整えた。

　しばらく間が空いてしまったせいで、スキルを思い出すのに半刻ほども時間を要してしまったけれど、どうにかそれは成り。

　次にストレージより取り出した適当な素材にて、傘が風に煽られて裏返ったような、器のそこに棒がついたような、そんな形状のアイテムを作成。一応装備として機能するよう、棒の先は鋭く尖らせてあるため、カテゴリーとしては短槍、若しくは刺突剣に分類されるはず。

　それから手には厄災戦の折こさえた、エネルギータンクの役割を持つグローブをつけ、棒の柄を握る。

　そうして準備を整えた私に、ようやっとモチャコが質問してきた。

「で、何をするつもりなのさ？」

「え、お日様から精霊力を得られないかの実験だけど」

「「「…………」」」

　今日何度目かの、残念な子を見るような目である。

　だが、偉大な発明家っていうのは、何時だってそんな目を向けられるものさ。

　まぁ、私のこれは発明とかじゃないんだけど。

　ともかく、だ。

「いいから、まぁ見ててよ。私だってダメ元のつもりなんだし」

　と一言述べてから、私は意識を裏返った傘、略して裏傘へと集中させて吸収を発動させたのである。

　完全装着スキルの効果で、私の装備したアイテムは自らの体の一部として認識される。

　なので裏傘の膜へ、無理なく斑なく吸収スキルの効果を張り巡らせる事が出来た。これを駆使して、たっぷりと太陽の光を受け止めていく。

　そこから果たして精霊力は得られるだろうかと、私は集中力を引き上げ、慎重に手応えを探ったのである。

　すると。

「……お……？　おお……？」

　何やら、覚えのある感覚がじんわりと裏傘の柄を伝い、感じられるではないか。

　それは本当に微量ずつではあったけれど、確実にグローブの中へ、とあるエネルギーを薄っすらと蓄積させていったのだ。

　厄災戦の折、アルラウネから吸い出したあのエネルギーに近い、何か。

　これがもしかすると、精霊力なのか。はたまたそれとは異なるものなのか。

　そも、『これが精霊力ですよー』と具体的に教えられていない今の私には、今グローブの中にほんの一滴ずつポツポツと溜まっていってるこれの正体を、見定めることなんて出来ないわけなのだけれど。

　さりとてそれは、実際未だ私の頭にくっついているこの幼竜へ流してみれば、ハッキリするはずである。

「何さその反応は！　もしかして本当に出来ちゃったとか言わないよね？」

　私のリアクションを見て、気になったのだろう。モチャコがまさかという思いでそのように問いかけてくるけれど、さりとて私自身肯定も否定も出来ないような有様である。

「分かんない。一応ほんの少しずつ、よく分からないエネルギーは溜まっていってるんだけど、それが精霊力なのかは判断がつかないっていうか……これ、精霊に流してみても平気かな？」

「そう言われても、傍から見てる限りじゃちょっと判断がつかないわね……」

「モチャコー、確認してあげたらー？」

「む。しょうがないなぁ、どれどれ？　このグローブに溜まってるんだよね？」

　そう言ってフヨフヨと、傘の柄を握る私の手へ寄ってくるモチャコ。

　そうしてペトっとグローブに触れて、むむむと意識を集中したかと思えば。

　三秒とせず、その手を離し。そして鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情で私の顔を見てくるのである。

「え……えぇ?!　もしかしてミコトって、精霊か何かだったの??」

「!?　いや、違うと思うけど……」

　素っ頓狂な問いかけを投げてくるモチャコに、ふるふると首を横に振ってそれを否定すると、再度グローブに触れて何かを確かめた彼女。そして改めて首を大きく傾げる。

　そんなモチャコの様子が不可解で、たまらずトイとユーグがどういうことかと問いかければ、モチャコは自身でも訳が分からないというふうに説明したのである。

「本当に精霊力が、グローブに溜まっていってるんだよ……！」

「「?!」」

　そのように聞かされ、急ぎユーグたちも私のグローブへ触れてそれを確認したのである。

　そして、案の定目を丸くするのだった。

「えー？　ミコトってば精霊の協力もなしに精霊力が使えちゃうわけー??」

「だったらもう、契約の必要からしてなくなっちゃうじゃない」

「キャルゥ?!」

　と、二人の言葉に慌てて声を上げたのは頭上の幼竜で。

　契約の必要がないということは、幼竜に魔法を提供する必要もないということだ。それはつまるところ幼竜にとって、先程あんなにも興味を示した派手な魔法が、結局扱えないという意味に他ならず。

　驚き動揺したかと思えば、酷く哀しげな感情を頭の上で感じる私。

　その落胆ぶりと来たら、予約していた新作のゲームが、お店の手違いで手に入らなかった時の悲嘆にも似ていて。

　私は慌てて師匠たちの言葉を否定しに掛かったのである。

「いやいや何言ってるのさ！　この精霊力はこの子を育てるために集めてるものなんだし、私が使うわけ無いじゃん！」

　そう言うなり、私は生命力(仮)コントロール……いや、【精霊力コントロール】を発動。

　グローブ内の精霊力が動かせることを確かめると、一旦裏傘をストレージにしまった。

　以前の経験から、精霊力にも魔力と同様『カタチ』が存在していることは分かっている。迂闊に自らに取り込もうとすると、忽ちそれに呑まれてしまいそうになることも、苦い経験として強く覚えてる。

　しかしコントロールしてみた感じ、僅かに癖は感じるものの、天然由来なお陰だろうか。グローブに溜まっている精霊力は、すこぶる素直な性質をしているように思えた。

　これならば恐らく、幼竜に渡しても問題はないだろう。何だったらそれこそ、私が直接取り込んだって普通に扱える可能性すら感じるほどだ。今はしないけどね。

　そうして私は傘を握っていた右手を、そっと頭上の幼竜の前へやる。

「さぁ、私の手に触れてみて」

「…………」

　すると幼竜は、些かためらいがちにではあったが、そっとその小さな手を私の右手へ重ねたのだ。グローブ越しにそれを感じた私は、再度意識を集中。

　ゆっくりとその手を伝わせるように、グローブの内より精霊力を幼竜へと流し込んでいったのである。

「キュッ?!」

　その感覚に驚いたのか、一瞬手を離しそうになる幼竜だったけれど、さりとてどうにか思いとどまり。

　流れ込んでくる精霊力を、確かに受け入れたのだった。

　するとどうだ。次に驚きを顕にしたのは、モチャコたちである。

「うそ……ちょこっとだけど、ホントにその精霊から感じる力が大きくなった……！」

「信じられないわ……流石にこんなの、初めて見たわね」

「だけどもしかするとー、ミコトだけじゃなくてその精霊もすごいのかもー？　幾ら精霊力を注がれたからって、そんなにすぐ育つとか変だよー」

　などと各々反応を示す師匠たちを尻目に、当の幼竜はグローブ内の精霊力をすべて受け取ると、大喜びし始めた。

　ビッタンビッタン尻尾で私の後頭部を弾くのだが、こころなしか先程より力が強いような気がしないでもない。

　まぁそれはともかくとして、だ。

「どうやら、私が精霊を育てられるってことは証明できたみたいだね。ってことでどうだろ。私との契約、受け入れてくれないかな？」

「クゥ……キャル！」

　まだ些かの遠慮はあるが、どうやら異存はないらしい。

　私は頭の上から幼竜を優しく抱え降ろし、目を合わせられるよう視線の高さに持ち上げてやる。すると小さな翼をパタパタ動かし、私の手を離れて浮遊する幼竜。その羽ばたきに果たしてどれほどの意味があるのかは分からないが、ともかくふわふわとその場で浮かんで見せた。

　そんな幼竜へ私はグローブを外した右手を差し出し、握手を求める。

「それじゃ、これから宜しく頼むよ」

「クルルゥ！」

　その小さな手が、私の指先を握り返し。

　次の瞬間、ぽわんとそこに淡く優しい光が生じた。

　多分、契約の成立を示しているのだろう。視線だけでステータスのスキル欄を確認してみれば、確かに提供を約束したマジックアーツスキルに、星マークがくっついていたのである。

　そして何となくだが、幼竜との繋がり、みたいなものを感じられるようになった……気がする。

　斯くして私は、一風変わった契約精霊を得るに至ったのである。

　もしかすると骸戦で、重要なファクターになるかも知れない。

　齧る程度でいいと思っていた精霊術に、私は確かなワクワクを感じ始めていた。