第三九四話 シンパシー

 幼竜の姿を模った、正体不明の弱精霊。

 思いの外スムーズにその子と友好関係を結べた私は、『正体不明』という点にロマンを感じ、これを契約を結ぶ相手として定めた。

 というわけで、具体的な契約のための手順をモチャコたちに教えてもらったのだけれど。


「つまり、提供するスキルについて交渉を行って、精霊の合意が得られたらオッケー、と」

「まぁそんな感じ」

「ちなみにモチャコたちはどんなスキルを提供してるの? 付与?」

「違うよー。魔法を幾つかねー」

「精霊の属性に沿った魔法が一番好まれるわね」

「なるほど、道理だね。まぁこの子の属性は分かんないんだけど……」

「その精霊が良いって言ったのはミコトじゃん!」

「う。それはそうなんだけどね」


 好ましいのは、精霊の個性に相応しいスキルや魔法を提供すること、か。

 それは確かに、火の精霊に水の魔法を提供したところで、使いにくかったり使えなかったり、っていうのは想像に難くない。

 だったら率直に火の魔法なんかを提供したほうが、快く精霊側だって契約を受け入れてくれようってなものだろう。

 しかし、今も私の後頭部にへばりついているこの幼竜は、一体どんなスキルを好むというのか。

 まぁ幸い、スキルの種類には自信があるからね。

 一先ず色々と提案してみることにしよう。


「それじゃ、これから私が色々と魔法を披露してみせるから、気に入ったものがあったら知らせてね?」

 と、幼竜へ声を掛けると、心眼を通して了解の意が伝わってきた。やはり意思疎通は可能なようだ。

 取り敢えず幼竜がどんな属性を好むのか。それを調べるべく、私は様々な属性の初級魔法をパカパカと繰り出してみることに。

 火の玉を打ち出したり、水や風の刃を飛ばしたり、砂の壁を築いてみたり、光や闇の塊を発生させてみたり、自分の影をうねうね動かしてみたり、空間に足場を築いてみたり、威力の低い小爆発を見せてみたり、聖なる結界を展開して見せたり、治癒を披露したりなどなど……。


「多芸すぎない……?」

「それはいまさらー」

「ヨルミコトで見慣れちゃったわ」

 と、遠い目をするモチャコたち。

 他方で私の頭に引っ付いている幼竜はどうかと言えば、その反応は顕著なもので。

 ぺっしんぺっしんとその小さな両手で私の頭を叩きながら、おまけに尻尾で後頭部の下の方を打ち付けてくる。痛くはないが、軽い衝撃が頭を揺らしてクラクラしそうだ。

 どうやら魔法を目の当たりにし、テンションが上がっているらしい。

 っていうか、どの魔法を見せても等しく嬉しそうにするし、何なら派手なものを好む傾向が見て取れる。

 幼竜の外見にそぐわない、無邪気さからくるものだろうか。さながら花火を見て喜ぶ幼子のようである。

 だけど、派手なだけで威力も効果も低いような魔法やスキルを交渉の材料に持ち出すだなんて、そんな汚れてしまった大人みたいなことをしてちゃ、精霊はともかく師匠たちに呆れられてしまうだろう。

 なので、私から幼竜へ提供する魔法は『派手で強力なもの』が好ましいはず。


「ってわけで、こんなのどうかな?」

 私は海の彼方へ向けて手をかざすと、徐に光魔法を一つ発動したのである。

 それは、使い勝手の良い光線の魔法。要はビームである。

 かざした手のひらの少し先より発生したそれは、遥か水平線の向こうまで一直線に伸び、入道雲を鋭く突き刺した。

 我ながら、相当な長射程である。使い勝手抜群であり、威力も申し分なく。何より光魔法なので派手だ。

 きっとこの幼竜の好みにも合うだろうと、頭上の精霊に意識を向けてみれば、案の定ビッタンビッタン後頭部を尻尾で叩かれ、小さなお手々は頻りに私の頭頂部を連打している。


「気に入った?」

 と問うてみれば、愚問だと言わんばかりに初めて鳴き声を上げる精霊。

 思ったより高く、可愛らしい声でキュルゥとあざとく喉を鳴らす。あ、母性が刺激される。


 しかしそのように盛り上がる私達を、何だかまた複雑な表情で見てくるのはモチャコたちであり。

「もしかして、その魔法を提供するつもりなの?」

「ちょっと危ないんじゃないー?」

「精霊の力は強大よ。もしその幼竜精霊がその魔法で大暴れしたら、大惨事が起きちゃうかも知れないわ」

 と、苦言を呈されてしまった。

 しかし彼女らの言うこともまぁ理解できる。

 精霊が普段どんなふうに世界を眺めているのかは知らないし、どんな行動原理を有しているかも不明なのだけれど、もしもそれで「暴れてぇな……」って時、このビームが手元にあったならどんな事態が引き起こされるか……。


「や、やっぱりもうちょっと弱いやつにしておこうか」

 危機感を覚えた私がそのように提案すると、しかし今度は些か不満げに頭をペシペシしてくる幼竜。

 だがまぁ、これも世のため世界のため。私の軽はずみな行動が、凄惨な事態を招くだなんて、そんな未来はノーサンキューなのだ。


 私は方針を改め、次は威力こそ低いが派手さに関しては抜きん出た魔法をピックアップし、それを幼竜に披露してみせた。

 すると、どうやら無事に気に入ってくれたらしく。再び嬉しそうに大はしゃぎし、可愛い声を聞かせてくれたのである。

 感触は上々。なれば、ここからがいよいよ交渉である。


「さて、それでちょっと相談なんだけどね……今見せた派手派手ーな魔法をキミに提供する代わりに、キミの力を私にちょこっとばかり使わせてほしいんだけど……どうかな?」

「…………」


 交渉だなんて、ほとんど経験のない私である。

 おっかなびっくりそのようにお伺いを立ててみれば、ピタリと幼竜の動きは止まり。

 暫しの沈黙が流れた。

 波の音がやけに耳につく。刺すような日差しが降り注ぎ、仮面の内側では汗が頬を伝った。

 心眼からは、幼竜が何やら考え込んでいるらしい事が伝わってくる。

 説明が不明瞭すぎただろうか? もう少し言葉を足しておくことにしよう。


「えっと、勿論悪用とかはしないし、キミに負担を掛けるような荒っぽい力の使い方もしないつもり。もし後で他の魔法も使いたくなったなら、相談してくれればちゃんと対応するし」

 と腰を低くし、説明を加えてみたところ。

 対する幼竜の反応はと言えば、しかし私の思いがけぬものだったのである。

 キュルゥ……と、哀しげな声音で一つ小さく鳴いた幼竜。

 そこから読み取れる心情とは……。


「もしかして……遠慮してるの? 自分の力が魔法に釣り合わないって」

「…………」

 沈黙。さりとて、心眼持ちの私にはその表情や声音を伺う必要さえ無く。

 っていうか精霊にも有効なんだね、心眼って。

 幼竜から感じられるそれは、謂うなれば欲しいゲームが目の前の商品棚に並んでいるのに、お小遣いが足りずに手を出せない生前の私みたいな、そんな『惜しい』と呼ぶに相応しい感情だった。

 それだけこの精霊は、自らの力が弱いことを自覚していて、身の丈を知っているということなのだろう。

 精霊なら誰しもがそうなのか、はたまたこの精霊の特徴なのか。それは私には判断のつかないところではあるのだけれど、何れにしたって好印象である。

 だってそれって、それだけ私の魔法を高く評価してくれてるってことじゃないか。嬉しくないはずがない。

 そして出来ることなら、なんとかしてあげたいという気持ちも湧いてきた。

 そこで、私は少しばかり逡巡を挟んで、一つの提案を述べることにしたのである。


「ならさ、私がキミを育てるっていうのはどうかな? キミが強くなったなら、その時は何も気にすること無く、派手な魔法を扱えるようになると思うんだ。どうかな?」

「…………」


 再びの沈黙。どうやら今度は疑心を抱いているようだ。

 まぁそれはそうだろう。精霊を育てるだなんて、如何にも難しそうな話ではある。

 ちらりとモチャコたちの方を見れば、またため息をついている。どうやら私は無茶なことを言っているらしい。

 ので、確認を取ってみることに。


「え、難しいことなの?」

「当たり前じゃん! 本来精霊は、すっごく長い時間を掛けて、ゆっくりゆっくり育っていくものなんだよ!」

「でもさっきは、精霊も成長するから大丈夫、みたいなこと言ってなかった?」

「限度があるよー。人と妖精、それに精霊じゃ生きてる時間の長さが違うもんー。確かに契約精霊の成長は、普通の精霊に比べたら早いけどさー」

「っていうかその精霊の場合、正体が分からないから育て方も分からないわよ」


 曰く、火の精霊なら火にまつわる場所で長く過ごせば、少しずつ力を付けていくそうで。要はゆかりのある場所で長い時間を過ごすことが、精霊を育てる上でのベターなのだそうだ。

 確かにそれで言うと、とんでもなく気の長い話になるのは間違いないだろう。

 育てる、だなんて選択肢は論外なのかも知れない。

 だが。


「正体が分からないってことは、ひょっとすると他の精霊よりすくすく育つ可能性だってあるんじゃない?」

 と、諦め悪く私が食い下がってみると、皆は困った子でも見るように眉を八の字にした。

「それはまぁ、絶対にないとは言えないけどさぁ」

「ミコトー、それ屁理屈ー」

「おとなしく別の、強い精霊を探すのが良いんじゃないかしら?」

 とのこと。

 ぐぬぬ、妖精師匠のくせに大人びたことを言うじゃないか!

「やだ! 諦めない!」

 私はぷいと彼女らから顔を背けると、仮面の下でほっぺをパンパンに膨らませた。

 どうやら私は、『正体不明で力が弱い』というこの精霊に、シンパシーのようなものを感じているらしい。

 私も装備を外せば、ただの雑魚だもの。正体不明って点も同じだし。

 だからこそ、どうにかこの精霊とWin-Winな取引がしたいのだけれど、さてどうしたものだろうか。

 何か、この精霊を確実に強くする方法ってのが見つかると良いのだけれど。


 私は呆れた様子の師匠たちに背を向けたまま、腕組みをして必死に頭を巡らせた。

 もうこうなったら、契約云々以前の話だ。

 私の魔法を気に入ってくれた、この新たな友だちを、どうにかして喜ばせたいのだ私は。

 そのためには、一体どうしたら良いのか……。

 と、暫し考えをこねくり回し。そして。


「そもそも、精霊の持つ『力』って何なんだ……? 精霊はどうして時間とともに育つんだろう? 何を栄養にして強くなっていくの? もしその栄養を、私がどうにかして供給できたなら……例えば、腕輪とか【吸収】なんかが役に立たないかな……?」


 僅かばかりの発案に至ったのである。

 そう。私には幸いなことに二つほど、得体の知れない栄養補給の術に心当たりがあったのだ。

 果たしてそれらが、光明たるか。

 当然、試さずして諦めるわけにはいかないだろう。

 私は徐に、皆へ提案を投げたのであった。

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