第三九三話 小さなともだち

 初めて精霊というものを目にした。

 モチャコたちの言うとおりにしてみた結果、私は捜索するまでもなくそれと出会ったのである。

 話に聞いていたとおり、私の思い描いた正にそのままの姿形をしているその精霊は、大きさにして、両手のひらで器を作ればそこにすっぽり収まるくらいの、程よいサイズ感をしていた。

 外見は幼竜。所謂西洋風のドラゴンモチーフである。

 マスコット味を尊重しているため、シュッとしたスマートなフォルムと言うよりは、まるっとしていて可愛い感じが強い。

 体表は銀の鱗に包まれており、さりとてギラギラしていない品のいい銀色だ。

 総じて、なかなかに見栄えのするカッコカワイイ容姿となっている。流石私がデザインしただけある。

 っていうか、自分でデザインしたものが実際目の前で動いているというのには、こう……得も言われぬ感動を覚えるものだ。

 私の目の前で、小さな翼をパタパタしながら宙に浮かんでいる幼竜。かわええ。

 大きくくりっとした目で、私のことを凝視している。かわええぞぉ!


 などと、突然の邂逅に私が固まっていると。

「うわぁ、まさか探すまでもなく精霊の方から出てくるなんて!」

「珍しいわねぇ。『相性の良い精霊』って条件付けが良かったのかしら?」

「それにしてもだよー。ミコトに興味津々って感じだねー」

 と、モチャコたちも何やら驚いている様子。どうやらみんなにもこの子が見えているらしい。

 その声で我に返った私は、一先ず彼女らへ質問してみることに。


「えっと、えっと、それで私は、ここから先どうしたら良いのさ?!」

 つい慌てた声が出てしまった。どうやら自分で思っている以上に私は今、テンパっているらしい。

 しかし対するモチャコたちは冷静で。

「まぁ落ち着きなよミコト。慌てなくても、変に脅かさなきゃ精霊は逃げたりしないよ」

「それより先ずはー、はじめましてのご挨拶しなくちゃねー」

「契約するにせよしないにせよ、最初は互いを知ることが必要だわ」

 と、至極もっともなことを説いてくる。


「それもそっか……えっと、言葉とか通じるのかな? 私はミコトだよ。無害だよー」

「…………」

「えっと……」


 返事がない。ただの屍……じゃないか。

 もしかして言葉は通じないのかな? だとしたら自己紹介って何したら良いんだろう?

 あと、この精霊のこともどうやって理解したら良いのか……。

 あ、こういう時のための心眼か! ああいやでも、いきなり『狭く深い』は失礼だよね。『広く浅い』でソフトなコミュニケーションから図っていこう。


 早速心眼を介して幼竜の様子を窺ってみると、どうやら確かに私に対して興味があるらしく。

 例えるなら、生まれてはじめてスマホを目の当たりにした時のような、そんなドキドキワクワクした感じが伝わってきた。

 一体私なんかのどこに、それほど興味をそそる要素があるのかは定かじゃないのだが、ともあれ関心を持ってもらえているということは僥倖なことではないだろうか。

 問題は、私のほうがこの精霊をどう見るか、ということなのだけれど。

 モチャコたちは、『パートナーになるのだから慎重に選ぶべき』みたいなことを言っていたけれど、肝心なその判断基準というのを私は持ち合わせていないのである。

 外見は私が見たい姿として見えているだけなので、精霊を選ぶための基準としては不適切だろう。

 しかしかと言って、外見以外のどこを見たら良いというのか。


 考えてみても答えは出ず、故に視線でモチャコたちへ助けを求めてみると。

 自分たちの時はどうだったかと逡巡した彼女たちは、次の助言をくれた。


「言葉じゃなくて、ハートでぶつかるんだよミコト!」

「っていうかー、この精霊ってなんかおかしくないー?」

「確かにそうね……何の精霊なのかしら?」

「え」


 ユーグの一言から、何やら難しい顔で話し合いを始める三人。

 私にくれた助言らしい助言と言えば、『ハートでぶつかるんだよ!』ってものだけだったし、さっぱり訳が分からない。

 訳が分からないので、とりあえず自力でなんとかしてみることに。

 おっかなびっくり、そ~っと幼竜へ向けて手を伸ばし、触れてみようと試みる。

 ハートがどうのと言うのは分からないが、触れ合ってみて感じることがあるかも知れない。っていうか、そこらへんはあれだ。動物に接する時の感覚に近いだろうか。

 撫でさせてくれたら心の距離が近づいた気がする、っていうアレだ。

 大事なのは、こちらが触れようとする、ってアクションを見せ、相手がそれに対しどんなリアクションを取るのか。それを確認するっていう一連の流れ。

 そこに、互いの心の距離を測る物差しがあるような、そんな気がするわけで。

 だから私は、努めて幼竜を刺激せぬようそっと手を伸ばした。

 もし噛まれそうになっても、その時は勝手に自動回避のスキルが動くだろうから、意識は偏にこの幼竜を恐がらせないようにという一点にのみ注いで。


 そうして慎重に彼だか彼女だかの頬に指先を触れさせ、反応を確かめる。

 相変わらず澄んだ瞳で私を観察している。嫌がる素振りは見せない。

 私は更に思い切って、今度は手を幼竜の頬に添えてみた。

 嫌がらない。っていうか反応がない。

 ならばと、次は思い切って頭を撫でてみる。

 大丈夫なようだ。っていうか、少し気持ちよさそうに目を細めている。好感触、かな?

 それにしても、撫で心地はゴリゴリしていて、なんだか独特な感触だった。


 そうして暫し幼竜を撫でくりまわしていると、目の前に浮遊していたその子は不意に高度を幾らか上げ、私の頭上より高く浮き上がると、ふわふわと私の後頭部に回り込み。

 がし。と、そのまま頭へへばりついたのである。

 だが不思議と重たさはなく、何かが後頭部を包んでいるという感覚はあるものの、不思議なほど違和感はなかった。

 まぁでも、訳は分からない。


「……なにこれ、どういう状況……?」

 と、誰に問うでもなく疑問が口から溢れるが、唯一答えてくれそうなモチャコたちは何やら相談事を行っているようで、こちらの様子に気づかないらしい。

 裏を返せば、それだけ自然な動作で頭に取り付かれたってことでもあるんだけど。もしやこれは、精霊流のコミュニケーション方法とか、そういうやつなのだろうか?

 なんて困惑していると、ようやっと異変に気づいたモチャコが目を丸くする。


「って、何してんのミコト?! 何がどうしてそうなるのさ?!」

「わかんない。どうしてこうなったのか、私にだってわかんない……それより、何話してたの?」

「えっとねー、その精霊の正体がわかんないって話ー」

「それにあまり大きな力も感じられないのよね。流石ミコトに引き寄せられてきただけあるわね」

「それ遠回しに私のこと弱いって言ってない?! 否定はしないけどさぁ……」


 トイの言葉に軽いダメージを負いつつ、しかし気になる彼女らの発言に疑問を抱く私。

 正体が分からない、とは一体どういう意味だろうか? 要は、属性が不明ってこと? 何を司る精霊か分からない、みたいな。

 だとすると、なるほど確かに正体不明の私とは相性の良い精霊なのだろう。

 でも私は、私と波長の合う属性の精霊さんいらっしゃーい! ってつもりで『相性の良い精霊』って条件付けを考えただけなのだけれど。

 それがまさか、正体不明とは……いや、分かりにくいだけでよく調べたら分かるやつかも知れないし、そこはあまり深く考えないでいいか。

 問題は、大きな力が感じられないってところだろう。


「この精霊って、その……つまり強くはないってこと?」

 ぺし、と。頭を軽く叩かれた。

 相変わらず私の頭にしがみついている幼竜の仕業だ。

 どうやら抗議のつもりらしく、『強くはない』って言葉を理解したようである。って、言葉わかるんじゃん!


「まぁ、そうだねー。強くはないねー。っていうか、大分弱いかなー」

「これから精霊術を学んだり、巫剣を使うのなら、契約する相手としてはちょっと考えものかも知れないわね……」

「む。そうなんだ……」

「でも、精霊だって成長するからね。絶対ダメってことはないけど、アタシは正体が分からないっていう点がちょっと心配かな」

「ふぅむ」


 正体不明の精霊。強さに関しては、育成すれば大丈夫、と。

 でも、正体が分からないが故に、この子が育った時どんな力を発揮するのかも分からない。

 ひょっとしたら危険な存在って可能性も……いや、私と相性が良いって条件で絞って認識できた精霊だもの、その点は大丈夫だろう。

 だとしたら……この子でいいのでは? っていうか寧ろ、この子こそが良いのでは??

 だって、正体不明ってロマンじゃん! サプライズボックスみたいでドキドキする。

 仮にどうしようもないポンコツ精霊だったとしても、そもそも精霊術は齧る程度のつもりだった私にとって、それは大した痛手でもないわけだし。

 もし必要とあらば、また別の精霊を探すのもありだろう。多重契約が出来るかは、確認してみないと分かんないけど。

 それが出来なかったとしても、それほど困るようにも思えない。


「決めた。私、この子がいい!」

「「「え」」」

「キミはどう? 私と友だちになってくれる?」


 ぺしぺしと、今度は嬉しそうに頭を叩かれた。

 どうやら異存はないらしい。

 そしてそんな様子を見ていたモチャコたちも、それは理解したようで。些か呆れたような、諦めたような、そんなため息を小さく零したのだった。


「まぁ、ミコトがそれで良いのならいいんだけどさぁ」

「ミコトはもしかしてー、平坦な道を歩けない呪いにでもかかってるー?」

「あり得るわね」

「あり得ないから! 変な疑惑かけないで!」


 と、師匠たちのお許しも出たことで、とりあえず幼竜と友だちにはなれた。

 だが大事なのはここからだ。


「それで、肝心の『契約』っていうのはどうすればいいの? っていうか、それってそもそも何なの?」

 そう。契約しなさいって言われてここまで来たけれど、そもそもその詳細を私は知らないのだ。

 詳細も知らずに交わす契約なんて、ろくなもんじゃないっていうのは、幾ら私が世間知らずでも知ってる常識である。

 流石にこう、分厚い契約書を取り出して、事細かな取り決めをするとかそういうやつではないと思うのだけれど、そんな可能性がないわけでもなく。

 私は些か身構えながら、モチャコたちにそう問いただしたのである。

 すると。


「契約って言っても、そんな難しい話じゃないよ。要は『お互い助け合いましょう』っていう約束のことを『契約』って呼んでるだけだもん」

「技術と力の交換、みたいな感じかなー? 契約を交わすことでー、お互いの持つ能力を引き出せるようになるってことー」

「ミコトはその精霊の力を振るうことが出来るようになって、逆にその精霊はミコトの技を使えるようになるのよ」

「……それって、具体的にはどんな……?」

「その精霊の力については、さっきも言ったとおり正体不明だから、まだ何とも言えないよ。力の強さだけで言うと、アレだけど」

「逆にミコトから差し出す技に関しては、その精霊に使わせてもいいスキルや魔法を予め決めておけば、それが契約精霊とミコトの共有スキルって扱いになるわけ」

「ミコトはすごい力を扱えるようになってー、精霊はミコトが提供したスキルが使えるようになるってことだねー」

「なるほどぉ」


 更に詳しい話を聞いてみたところ、どうやら精霊は膨大な力こそ持っているものの、それを操るスキルや魔法の類を持っておらず、結果精霊の力で何かを引き起こすにしても、災害級の大雑把なものになってしまうらしい。

 そんな精霊にとって、スキルや魔法を得るということは、自らの持つ膨大な力の使い道を得るということだ。

 それが精霊にとってどれ程重要なことかは分からないまでも、取引の材料に十分である、ということは間違いなく、故にこそ契約は成り立つのであり。

 また、精霊から引き出せる力の度合いは、提供するスキルの質と量に比例するとかなんとか。

 そして『精霊術』とはそんな精霊の力を制御し、スキルとも魔法とも違う形で振るう技術のことを言うのだそうだ。


 まぁともかく、命とか財産をかけたヤバい取引などではないみたいで、そこは一安心だ。

 ただモチャコたちの懸念は、この幼竜がどんな力を持っているかも分からず、しかも幼竜自体の力が弱いから、そこから引き出せる力もまた弱いだろう、ってことだった。

 スキルを提供したところで、あまり大した力は得られないだろうと。


「で、契約のやり方は?」


 色々話を聞いてみたけれど、やっぱり私にしてみれば大した問題では無いように思えた。

 ので、早速幼竜に契約を持ちかけるべくその方法を問う私。

 モチャコたちは改めてため息をつき直し、その方法のレクチャーに入ったのだった。

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