第三九二話 見えないけど見えるもの

 二次元作品でおなじみの精霊って存在が、どうやらこの世界には実在するらしい。

 と、そこまではまぁ精霊降ろしの巫剣ってものが登場した時点で分かってたんだけど、それがよもや『精霊術』だなんてものまであるとは……。

 しかも、妖精師匠たちがその使い手とか、全然知らなかったんですけど。

 何ていうか、所属してるコミュニティのメンバーが実は全員メチャクチャ歌が上手かった、って初めて知った時のような。そんな驚きとも疎外感ともつかない衝撃を味わっている私である。


 そして成り行きから、モチャコたちにその精霊術とやらを教わることになった私。

 勿論それは嬉しい。胸躍る気分だ。

 が、このへんてこスキルてんこ盛りな私に、これ以上何を盛り付けようというのだろうか。っていう、手を広げすぎて首が回らなくなるような恐れも感じていて。

 正直なところ、あまり乗り気ではない自分も居る。

 まぁでも、巫剣を使いこなすためにはそれが必要であり、延いてはそれが師匠たちを喜ばせることになるのだから、齧るくらいならやってみても良いだろう。

 のめり込むだけの暇もつもりもない。少なくとも、今のところは。


「それじゃはいミコト、このドアを潜ってね」

「リアルどこ◯もドアじゃん……」


 モチャコたちに促されるまま、おもちゃ屋さんの奥、普段は使われないドアを一枚くぐり抜ければ、そこは燦々と太陽の輝く砂浜だった。

 冬なのに寒くない……っていうか、寧ろ暑い。カラッとした夏の暑さを感じる。

 目前には青く美しい海が広がっており、彼方には入道雲までデカデカと浮かんでいる。


「これは……もしや常夏っていうやつじゃないの?!」

「何時来てもここは暑いねー」

「私たちが素材集めに利用している、無人島の一つよ」

「ここでミコトの契約する精霊を探すんだよ!」


 太陽の具合から、時刻はお昼も真っ只中という感じ。

 私たちの居たおもちゃ屋さんはまだまだ朝も早い時間だったから、そこそこ時差があるみたいだ。

 熱々に焼けた白砂をザクザクと踏みながら、私はフラフラと海へ引き寄せられていく。

 海を見たら、とりあえず波打ち際に行かなくちゃならないような気持ちになるのは何なのだろうね。

 しかし、そんな私の前に立ち塞がったのはモチャコたちで。


「ミコト、魔道具作りの修行をそっちのけで来てるんだから、遊んでる暇なんて無いよ!」

「暑いの苦手ー。早く精霊見つけて帰ろー」

「それじゃぁ先ずは、見つけ方のコツからレクチャーしなくちゃね」


 と、なかなか真面目なことを言う彼女たち。まぁ、ユーグはダレてるけど。

 しかしコツか。それは是非教えて貰わねばなるまい。

 私は波打ち際の誘惑をどうにか振り切って、モチャコたちへ向き直った。


「よろしくお願いするよ、師匠たち。それでその、コツってなんなの? っていうか、そもそも見つけるって言っても私、精霊がどんな姿形をしてるのか知らないんだけど」

 そのように首を傾げて問うてみると、ニヤリと不敵な笑みを作って腕組みをしたモチャコは、不思議なことを言い始めたのである。

「ミコト、精霊に姿形は無いんだよ」

「……え。それってつまり、見えないってこと?」

「まぁ、そうなるかなー」

 まさかの肯定である。

 だが、それでは腑に落ちない。


「だけどさっき、偶に精霊が見える人の子もいるとか言ってなかった?」

「言ったわね。確かにそういう子はいるわよ」

「では問題です。その子たちには精霊がどんなふうに見えているでしょーか?」

「どんなふうに、か……ふぅむ」


 唐突な出題に、私は顎を撫でながら考えた。

 姿形がないのに、見える。つまり、陽炎のようなやつってこと? いやでも、それはそれで形はなくても姿はあるってことかも。だとしたら……無いなら作る……?


「例えば、その子が想像した姿で精霊の容姿が視認できる……とか?」

「「「…………」」」

「……え、なんで黙るのさ」


 私の答えが余程的外れだったのか、ジトッとした目を向けて口を一文字に結ぶモチャコたち。

 しかし、当然いつまでも沈黙しているわけにもいかず。

「この弟子可愛げがなーい。もっと悩めばいいのにー」

「まぁ、ミコトだものね」

「むぐぅ……正解だよ! もっとシンキングを楽しんでよミコト!」

「正解したのになんで不満げなのさっ」

 ブーブー言いながらも、私の答えが的を射ていたと認めてくれる師匠たち。

 しかし、それはまた何とも奇っ怪な話ではある。


「それじゃぁ、精霊って見る人によって姿が違うってこと?」

「基本的にはそうね。だけど、契約をしたなら契約者のイメージした姿が定着するわ」

「精霊にも好みはあるからねー、その姿が気に入らないと、契約してもらえないこともあるんだよー」

「契約精霊の姿には、ある意味契約者のセンスが出ちゃうからね。ミコトも気をつけたほうが良いよ!」

「なるほどなぁ……」


 つまるところ、『精霊はきっとこんな姿をしている!』って私がしっかりイメージしながら探す必要があるってわけか。

 しかしだとすると、存外見つけるのって簡単だったりするのかな?

 だとしたら、もっと多くの子供なんかが見つけてても不思議じゃないと思うんだけど。


「精霊を見つけるためのコツはもう一つあるんだから!」

「! もう一つ?」

「そうだねー。精霊って言っても、色んな種類がいるからねー」

「『何の精霊を求めているか』をちゃんと定めることが大事なのよ。それに姿形のイメージも、なるべくはっきりと強く意識しなくちゃ意味が無いわ」

「精霊の種類か。つまり火の精霊とか、水の精霊……みたいな?」

「そうそう」

「それでー、ある程度上手く波長が合って初めて見えるんだよー。人間の子たちは、それで見えない場合も多いみたいー」

「え、そうなの?! アタシ誰でもコツさえ知ってれば見えると思ってた」

「もしかすると私たち妖精は、精霊との親和性が高いのかも知れないわね」


 とかなんとか。

 要するに精霊を見つけるポイントは三つ。

 一、姿形をなるべく具体的に、強くイメージしておくこと。

 二、見つけたい精霊の種類? 属性? も絞っておくこと。

 三、後は波長が合えばいける!


 うーん。分かったような、分からないような。

 まぁでも、とりあえず教えてもらったとおり実践してみる他ないだろう。

 何せ確かなこととしては、今まで私はそれらを意図して行い、精霊を探した経験なんて無く。そして見つけ目にした経験もまた無いのだから。

 試したことのない方法を試す。そこには何時だって、未知の可能性が残されてるのだ。

 例えば部屋の照明を三三七拍子で点けたり消したりすると、それをキーに家が巨大二足歩行ロボに変形する可能性だってあるのだ。そう、可能性だけならね!


「それでミコトは、どんな精霊を探すのさ?」

「ん? んー、どうしようかなぁ」

「よく考えなくちゃダメだよー?」

「そうね、大事なパートナーになるのだもの。延いては精霊降ろしの巫剣を振るう時のことも考えておいたほうが良いわ」

「そ、そっか。だけど急に言われてもなぁ……」


 巫剣のことも考えると、結構一大事である。

 例えばさっき例に出した火の精霊とか水の精霊。それって多分魔法で代用が利くだろうから、『わざわざ精霊の力を借りるほどのことでもない能力』になりかねない。

 そして私は魔法やスキル、それに魔道具の力を駆使すれば、大抵のことは実現できてしまう。

 精霊術は齧る程度のつもりなので、別に然程役に立たなくてもいいと言えばいいのだけれど、しかしそれだと、それこそ契約する精霊さんに申し訳なくもある。

 だって、せっかく契約したけどあなたの力はあまり必要ではありません、だなんて失礼にも程があるだろう。


 ということで、探すとしたら一風変わった精霊が望ましいのだけれど。しかしそれはそれできっと難しいだろうしなぁ。

 さて、どうしたものか。

 ……とりあえず姿形から先にイメージを整えてしまおうか。うん、そうしよう。

 私はストレージから合成樹脂素材を取り出すと、クラフトスキルでグニグニと整形を開始した。

 っていうか合成樹脂って、妖精師匠たちにより提供されている素材なんだけど、一体全体どこでどうやって作っているのやら……妖精の謎は、未だ奥が深い。

 まぁそれはともかく、どんな形にしようかな……。


「なにミコト、またコミコト作ってんの?」

「え。あー違う、これはつい癖で! っていうかコミコトとはデザインが違うでしょ! これは美少女フィギュアっていうんだよ。色ついてないけど……」

「コミコトじゃないなら、それって羽のない妖精かー、若しくはただの小人じゃないのー?」

「そう言えば小人族も随分見てないわねぇ」

「またサラッと新しい情報出さないでもらえます?!」


 小人、実在するのか……まぁ今更そのくらい不思議でもないけど。

 でもそうか、小人がいるんじゃ美少女フィギュアは紛らわしいか。ならこう、可愛らしい系のマスコットみたいなのが良いかな? いやでも、かっこいいドラゴンとかもいいよね……。

 よし、間を取ってカッコカワイイ幼竜。うん、ちょっとベタだけどこれで行こう!


「出来た。この姿の精霊を探す!」

「相変わらず成形速度が頭おかしいよミコト」

「へー、ドラゴンだー」

「あら、かわいいわね。良いんじゃない?」


 というわけで、見た目は決まった。手元にフィギュアがあるので、イメージはバッチリだ。

 後の問題はどんな精霊か、ってことなんだけど。

 幼竜のフィギュアとにらめっこしながら、たっぷり三分ほどその場で、ジリジリと日差しに炙られながら熟考してみたのだけれど。

 さっぱり考えがまとまらない。っていうか、そもそも精霊にどんな事が出来るのかとか、私はその辺りもよく知らないのだ。

 必要な情報として、モチャコたちにしっかり教えてもらうべきだろう。

 だがそのように質問を投げようとした、その前に。ふと脳裏に一つの思いつきが横切った。


「ねぇ、『私と相性の良い精霊』って条件で探すことって出来ないかな?」

 と、早速モチャコたちへ確認してみれば、みんなして困惑顔を浮かべる。

「そんな探し方する妖精なんていないから、何とも言えないよ」

「試しにやってみたらー?」

「ダメ元ってやつね」

「適当だなぁ。まぁ、やってみるんだけどね」


 そうして、私は目を閉じ念じたのである。

 私と相性が良く、この幼竜フィギュアの姿をした精霊をしっかりと頭に、或いは心に思い描き。

 そしてゆっくりと目を開いた。

 結果。

 私は流れるような動作で、瞠目したのである。

 それはそうだ。

 何せ、目の前にフィギュアと瓜二つの、しかも着色済みの銀幼竜が浮かんでいたのだから。


 斯くして私は、こうもあっさりと……初めて精霊ってものを目の当たりにしたのだった。

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