第三九一話 妖精の常識

 イクシス邸にてお風呂と夕飯を頂いた後、いつものようにおもちゃ屋さんへ戻った私。

 今日はサラステラさんによるシゴキもなかったため、魔道具作りの修行に多く時間を当てられる……と、良いのだけれど。

 果たして、今日ゴルドウさんから聞いた話を師匠たちに伝えて、どんな反応が返ってくるだろうか。

 何せみんな興味津々でこの一月、精霊降ろしの巫剣を解析してくれていたから、突然中止だなんて言っても聞いてくれるかどうか……。

 まぁ、伝えないわけにも行かないのだけれどね。


 おもちゃ屋さんの作業部屋は幾つかあって、その中でも一番広く、妖精たちの多く集まる一室に私は師匠たちを集めた。

 巫剣に関して分かったことがあると言えば、見事に全員集合である。本当に好奇心の旺盛な師匠たちだ。

 どんな話が聞けるのだろうかと、ソワソワワクワクとする皆へ向けて、私は些か申し訳なく思いながらも、ゴルドウさんより聞かされた話を出来るだけそのまま皆へ伝えたのである。


 精霊降ろしの巫剣は精霊の力を宿すことで、絶大な力を発揮する強大な武器である。

 けれど、精霊と正しく連携が取れなければ、精霊をまるごと呑み込んでその命すら燃料にしてしまう、と。

 それ故に巫剣には、エルダードワーフによる封印が施されているのだと。


 その様に説明したところ。

 皆の反応はまぁ、十人十色であった。

 真剣に受け止め、「なるほど解析は中止するべきだろう」と述べるものもあれば、「そんなの関係ないね! 解析の続きをしよう!」と強気なことを言うものもあり。

 中には「エルダーって封印なんか出来るんだ!」と、変わったところに興味を示すものもあった。


 そうして急遽、妖精たちによる会議が執り行われた。今日はそんなのばっかりである。

 議題は勿論、精霊降ろしの巫剣について解析を続行するか否かというもので。

 そも、それを譲り受けたのは私なので、私がダメといえば中止になる可能性もあるのだけれど、実際この巫剣の制作には妖精の技術も使われているらしいため、その点では部外者に当たる私が口を挟んで良いのか、という躊躇いもあり。

 結果、会議は思いがけず白熱したのだった。

 そんな妖精たちを、ここまで熱くさせるのには理由があり。

 解析の結果、どうやら巫剣にはこのおもちゃ屋さんに属する妖精の、誰も知らないコマンドが幾つも用いられていることが分かったのである。

 詳細までは封印のせいでよく分からないまでも、『未知のコマンド』というのは妖精たちにとって非常に重要で。

 何せ師匠たちは限られたコマンドを組み合わせて使うことにより、あらゆる現象の再現を可能にしてきたわけだ。

 そこに、新たなコマンドが加わるということは当然、その技術を飛躍的に広げてくれるチャンスに他ならないわけで。

 誰もがそれと分かっていればこそ、皆巫剣の解析には力を注いでいたわけである。


 ちなみにコマンドは、所謂系統魔法なんかと同じで。例えば同じ火魔法でも、【ファイアーボール】や【フレイムウォール】等様々な種類があり、それらは沢山使い込んで熟練度を上げたり、何か特殊な条件を満たすことで、同系統の新たなマジックアーツスキルが獲得できる、という感じなのだけれど。

 コマンドもそれと同様、特定のコマンドを沢山使い込んでみたり、新しい理論を理解したり、複雑なコマンドの組み合わせに成功したり、などなど様々な実績を積むことで少しずつ新たな種類を獲得できるようになっている。

 のだが、既に長い時間を掛けて研究の重ねられた、この【付与】というスキルだ。

 新しいコマンドの発見というのは、滅多に起こりえない大事であり、故にこそ未知のコマンドというのは、その情報だけでも大きな価値があるのだ。

 それこそ、みんなをここまで真剣にさせるくらいに。


「師匠たちの故郷とやらになら、そういう情報とか、珍しいコマンドを使う妖精さんとか残ってたりするんじゃないの?」

 と、何気なくモチャコに訊ねてみると。

「それは負けた気がするからやだ。頼りたくない」

 との返事が返ってきた。

 やっぱり妖精たちは、幼い人の子たちと波長が合うだけあって基本的に子供っぽいのだ。そこが可愛いんだけど。


 ともかく、そんなわけで話し合いはなかなか決着を見せぬまま一時間、二時間と過ぎ。

 最終的に至った答えが。


「ミコト、ちょっと精霊と契約してきてよ」


 という、とんでもない話に収まったのだった。

 師匠たちの言い分は、ある意味単純明快なもので。

『精霊にとって危険だから封印されたまんまだっていうのなら、精霊とちゃんと仲良くなって契約すれば安全に巫剣を使えるはず。それなら封印を解いても問題なし。そうしたら解析も捗ってみんなハッピー! 頼りないミコトにも強力な味方が出来て、ミコトもハッピー!』

 とのことだった。

 そして、私が泡を食っている間に会議は終わり、たちまち解散。

 どうやらみんなオネムだったらしく、さっさと自室へ引き上げていってしまった。あっという間である。


 明日は朝一番で、『精霊との契約』についてもっとちゃんと詳しい話を訊かなくてはならないだろう。



 ★



 というわけで一夜明け。

 いつもどおり眠気に眼をこすりながら、さっさと朝支度を終えた私。

 自分用の作業机がある部屋へ向かえば、そこには見慣れて久しい朝の作業に各々勤しむ師匠たちの姿があり。

 私の机の上には、今日も今日とてモチャコが居た。

 彼女の場合、私の作業机の上に自分の作業スペースを確保してしまっているため、実質ここはモチャコにとっての作業机でもあるというわけだ。


 私は早速椅子を引き、机に向かい腰掛ける。

 そして、モチャコへ向けて問うたのだ。

「で」

「ん?」

「精霊との契約って何さ?」

「ん?? そのまんまの意味だけど??」

「…………」


 覚えのある感覚だ。

 これは、あれか。私だけ常識を知らない時の空気だ。よく知ってる。

 だけどコレに関しては、多分オルカたちだって知らないと思う。私だけが常識知らずってわけではないはず。多分。


「精霊って、見えないものなんじゃないの? 会話っていうか、意思疎通も出来ないとかなんとか」

「え? 私たちとは普通に話してるじゃん。なら精霊とだっていけるよミコトなら」

「……精霊だなんて、今まで見たことすら無いけど」

「見ようとしてないからじゃない? 私たちだって、目を凝らして探さないとなかなか見つけらんないしね」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ。現に、子供の中には精霊を見たって子が偶にいるよ?」

「おぉぅ……そうなのか」


 なんか私今、とんでもない話を聞かされてやしないだろうか?

 これ、うっかり誰かに話しちゃまずいタイプの情報なんじゃ……。


「じゃぁその、『契約』っていうのは?」

「? 精霊術を使うために誰だってやることじゃん」

「?? せ、精霊術って……?」

「?? 精霊の力を借りて使う術のことだよ。今更なんでそんなこと訊くの?」

「し……知らなかったから、訊いてるんですけど」

「へ……?」


 えっと。

 どうやらこの世界には、魔法の他に『精霊術』なるものがあるらしいと。

 そんなことが、今更判明したわけで。

 モチャコの口ぶりからして、妖精たちからするとそれは何ら特別なことではないのだろう。

 けれど多分、これもおいそれと人に話しちゃまずいタイプのやつだ。

 何せ精霊を信仰している人たちがいるくらいだものね。ならその人たちにとっては、神様の力を借りて振るうようなものだもの、精霊術って。

 言わぬが花。触らぬ神に祟りなし。

 いっそ聞かなかったことに……。


「しっかたないなー! なら今日からアタシが精霊術の面倒も見てあげないとなー!」

「なになにー? また面白そうな話ー?」

「それなら私も一枚噛ませてもらおうかしら!」


 と、どこからともなく駆けつけたユーグとトイも混ざり、私は急遽魔道具の師である彼女らから、その『精霊術』とやらに関する教えまで受けることとなったのである。

「えっと、遠慮しておきたいなー……なんて」

「何言ってるのさ! 精霊降ろしの巫剣はミコトのものなんだから、ミコトが精霊術使えなくてどうするの!」

「精霊の力を安全に引き出すのならー、やっぱり精霊術には長けておかないとねー」

「そうよ、精霊術も使えない素人が精霊の力なんて、使えるはず無いんだから」

「は、はいぃ……」


 彼女らの口ぶりから、なんとなく分かった気がする。

 もしかすると巫剣が精霊を殺すだなんて危険視されたのは、巫剣の担い手が精霊術を使えない何者かだったせいなんじゃないだろうか。

 っていうかひょっとすると、エルダードワーフもハイエルフも、精霊術についてなんて殆ど知らない可能性すらある。

 単にゴルドウさんやソフィアさんがたまたま知らなかったって可能性もあるし、或いは実は知ってるけど黙ってるって可能性だって残ってはいるのだけれど……昨日の口ぶりからしてその線は薄いかな。

 もし古の時代もそんな感じだったとすると、正しく精霊降ろしの巫剣を扱える者は少なかった……あるいは居なかった、と。

 巫剣のサイズ感からして、とても妖精の振るえるようなものではないから、精霊術を当然のように扱えるって言う妖精たちじゃ巫剣の担い手にはなれないだろうし。

 妖精たちにとっては、知ってて当たり前、使えて当然のような精霊術。だけれど他の種族にとってはそうでないとしたら、そこにとんでもないすれ違いが起こっていた可能性が垣間見える。

 憶測の域は出ないのだけれど、妖精たちが巫剣の制作に携わった際、当然他の種族も精霊術を使えるものと勘違いしたまま、精霊の力を借りる仕組みを巫剣に搭載したのだとしたら、それはとんだ悲劇である。

 挙げ句巫剣は『精霊殺しの魔剣』だなんて、酷い呼ばれ方をされたらしいし。

 精霊と上手く連携を取れば、みたいな話が伝わっているのは、もしかすると精霊術ってものの情報がふわっと伝わった結果だったりして……。

 けれど、そんな確証もない話を口に出してみたところで、いたずらに師匠たちを悲しませるだけだろう。これも言わぬが花、か。無論時と場合にもよるけど。


 まぁでも、もしモチャコたちの言うように、本当に私にも精霊契約が出来て、精霊術ってものが使えるようになるのだとしたら……巫剣を正しく使いこなすことが出来るようになるかも。魔剣ではなく、巫剣としてだ。

 手放しで喜ぶには、抱えるリスクが恐くもあるのだけれど。

 それでも、ちょっとワクワクしてきた。


「なんか、またやることが増えちゃったな……」

「文句言わないの! それじゃミコト、早速精霊探しに行くよ!」

「い、今から?!」

「外は寒いよー、春になってからでいいじゃーん」

「温かい地方に行けばいいのよ。ほらほら、行きましょ」


 斯くして、朝も早くから私はモチャコたちに連れられ、精霊を探しに遠出することとなったのである。

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