第三九〇話 高速抜刀術
元は日本に生まれ育った者として、やはり高速抜刀術っていうものには憧れがあるんだよ。
腰に携えた刀を、恐ろしいほどの速度で抜いて、斬って、納刀。
まぁリアルな居合術っていうのは、漫画やアニメで目にしたそういうのとは大分違うみたいなんだけど、ならば私が推すのは敢えてフィクションで憧れた『居合斬り』かなと。
そんな風なことを、試作一号に搭載したいアイデアとして述べた私。
斯くして一通り皆の案は出揃ったことにはなるのだけれど、まぁ当然のように揉めた。
殆どのメンバーが、自分の意見こそ採用するべきとして声を大にすれば、それは当然の成り行きだと言えるだろう。
勿論私とて、案を出したからには是が非でも採用してもらいたい。っていうか私の専用武器なんだぞ!
以前戦ったシジマさんの動きを真似て、実はコソ練だってしてたりするのだ。
おかげでそれっぽいアーツスキルも幾つか得ているし。
しかしながら他のみんなが言う意見にもそれぞれに魅力があって、心揺らぐ私も居るわけで。
その様にイクシス邸の鍛冶工房で、熱い議論を交わすことしばらく。
突然パンパンと手を叩いたのは、オレ姉だった。
そのようにして一度皆の注意を集めると、彼女は言ったのだ。
「これじゃ埒が明かないよ。仕方がないから今回の試作一号は、『最強』じゃなくてさ、『対骸戦用武器』ってことで考えないかい? それなら意見もまとまるだろ」
その言葉に、異論は出なかった。
確かにゆくゆくは最強を突き詰めた、凄い武器にしたいとは思う。
けれどそれは今やるべきことではない。
骸戦までに残された時間は、あまり多くはないのだ。ならば単純な強さを求めるよりも、骸に効果的な性能を、と考えたほうが余程有意義であると。
オレ姉の述べたのは、要するにそういうことであり。そしてそれはまったくもって的を射た発言のように思えた。
そうと決まれば、議論の内容は自然と『骸に有効な武器ってなんだ?』というものになっていったわけだが。
そこで有用になったのは、やはり以前直接交戦経験のある私やソフィアさん等の意見である。
オルカたちにしても、私のスキルによって骸の一種である仮面の化け物は目の当たりにし、交戦もしている。そのため彼女らも当時のことを思い出しながら、積極的に意見を述べてくれた。
「以前交戦した骸、『仮面の化け物』は近接戦闘に特化した戦闘スタイルだった。だけど今回もそうとは考えにくい」
「仮説が正しいのなら、骸はいつかのミコト様がお亡くなりになった、その時点で有しておられたお力を駆使して襲ってくるわけですよね。それなら現在蒼穹の地平の方々と連携訓練を行われている、その戦闘スタイルがヒントになりませんか?」
「今回の骸はリリエラたちと共に旅をしたミコトの成れの果てだものな。だとするなら確かに道理かも知れん」
「ってことは……バフかな? 蒼穹は当然、私抜きでも完成されたチームだからね。私が敢えて手を加えるなら、バフの役回りが強いんだよ。あとは遊撃とか?」
「今回の骸は、バフを操る可能性が高い、と。あ、もしかしてデバフもでしょうか?」
「そうだね、それも担ってる」
「だとするとミコトのことだから、きっとシャレにならないレベルのデバフ」
オルカがその様に言えば、何を想像したのか皆一様にげんなりした表情をする。
しかしバフとデバフか。まだ推測でしか無いわけだけれど、もしそれが当たっているとしたら相当厄介な相手になりそうだ。
「で、それにどう対処するつもりじゃ? 試作一号に何を仕込む?」
「問題はそこさね。無難なところで言えば、能力低下無効とかかい?」
「確かに推測が的中していれば効果は大きいだろうが。しかしそれは、武器というより防具として備えるべきものではないか?」
「それに、ミコトさんが本気でバフやデバフを磨き続けたとしたら、きっと低下無効なんて無視してきますよ」
ジトッと、皆の視線がこちらを向く。
いや、今の私にはそんなこと出来ませんけどね!
しかしその可能性は、正直否めないだろう。私のへんてこスキルなら、低下無効くらい何とかして克服してしまいそうではある。
「防げない能力低下……厄介だな。メチャクチャ厄介だ」
「対抗策……あ。『低下の反転』とか出来ない? デバフをバフに無理やり変えるような能力とか」
「オルカもなかなかすごいこと考えるね! だけどそうなると、装備っていうかスキルの分野だと思うんだけど」
「ふっふっふ。ありますよ、そういうスキル! 【陰転明化】っていうんですけどね!」
「お。それならレラおばあちゃんが使えたな」
「! ならばもしや、対になる【明転陰化】も?!」
「おー、流石ソフィア殿。よく知っているな」
「ぴゃーーーー!! やっぱり覚えておられるのですね!!」
「なんかスキルの話になっとるぞ。試作一号の話をせんか」
などとゴルドウさんの苦言にて、脇道からの復帰をしつつ。
さりとてなるほど、デバフへの対策はスキルで可能だということは見えてきた。
なら、それをわざわざ武器に頼る理由は薄いだろう。
何せ今回はレラおばあちゃんがサポートに付いてくれることが分かっているのだ。彼女にお任せしておけば、それらの問題に関して何かしら手を打ってくれるはず。そう考えると、然程憂慮するべき大事ではない気がしてきた。
「バフデバフはレラおばあちゃんが何とかしてくれるとして、ならば骸対策として試作一号に組み込むべき能力って何なんでしょう?」
「仮面の化け物とやらは、どうやって倒したんじゃ?」
と問われたので、私は当時のことをざっくり思い出しながら端的に答えた。
「ぶった斬って、自分の体に取り込んだ」
「ええ、確かに。そんな感じでしたね」
ソフィアさんの肯定も加勢し、それが偽らざる報告であることは理解してもらえただろうに。
それが何故、こうも胡散臭気な目を向けられねばならないのか。
「ひょっとして仮面の化け物とは、お前さんのことじゃあるまいな?」
「なにをぅ!?」
「じゃってそうじゃろうが! 仮面しとるし、人間離れしたことしかせんし!」
「仮面をつけていて、化け物のように凄いことを成してしまう人、という意味では……確かにそうかもですね」
「チーナさんまで?!」
と、また脱線の予感である。私は困惑を咳払いで誤魔化しながら、もう少し丁寧に説明する。
「『仮面の化け物』は、他の人の攻撃じゃ不滅だったんだよ。斬っても焼いても何をしても、直ぐに元通りになってしまう。だけど、私が斬った時だけは違った。切り飛ばした部分が光になって、私の中に吸い込まれたんだ」
「そうですそうです。それで不死身とも思えた仮面の化け物を仕留めるに至ったのでした」
それを受け、話し合いは違った議論の場へと転換したのである。
「つまり重要になるのは、斬撃」
「それも、出来れば必中且つ強力であるべきですね」
「必中か。必ず命中させるというのであれば、相手の『受ける』『流す』『避ける』『合わせる』の四つは克服せねばなるまい」
「それぞれ、『防御』『受け流し』『回避』『カウンター』……ですか」
「あと『打ち消す』というのもあるぞ。要は相殺や無効化だな」
「なら、『撃たせず』っていうのも」
「必中は高望みでしたかね……ですがミコト様には転移も空間魔法もありますから、大体何とかなりますよ!」
「そうだねぇ……硬い防御も多分白枝で分解できるだろうし、意表を突くのも得意だし。そう考えると確かに、必中は言い過ぎだとしても、それなりにやれそうな気はしてきた」
「……お前さん、無茶苦茶じゃな」
鉄壁の守りは白枝や転移で崩せる。避ける相手にも、白枝の追尾は非常に有効だし、最低でも行動阻害は可能なはずだ。
カウンターは……基本的に距離をとっての攻撃なら安全だろうか。絶対にそうとも言い切れないけれど。
しかし受け流しというのは如何にも厄介だ。例えばこう、体表がツルッとしていたりとか、或いはもっと単純に、こちらの動きに合わせての捌きを確実に成功させてくるような、隔絶した技量を持つ相手なら、どうにかして隙を作って対処する他無い。
相殺に関しては、それを許さぬ疾さなんかが重要かな。力押しだと燃費が悪そうだし、押し負ける可能性もあるから。
あとはそもそも撃たせない、っていうパターンか。機先を制されたり、罠を張られたり、とかかな?
そうなったらもう、状況に応じて立ち回る他ない。
と一通り考えを巡らせてみたけれど。
確かに、必中っていうのは高望みのように思えてしまう。っていうか、武器に仕込む能力一つでどうにかなるようなものではない気がする。
どっちかって言うと、状況判断とか技量とか、そういう武器の担い手自身の能力こそが重要になってくる要素だろう。
となると、武器にくっつける機能としては『必中』だなんて如何にも実現の難しそうなものより、『攻撃の成功率を引き上げるための何か』と考えたほうが、まだイメージしやすい。
それと可能ならそこに、相応の攻撃力も併せることが出来れば尚良いはず。
というようなことを皆に言えば、反応は上々で。
「なるほど、道理だな」
「攻撃の命中率を上げるための機能と、重たい一撃を入れるための瞬発火力……」
「あれ、それって……」
そこで、チーナさんがふむと顎に手を当て、そして一言。
「ミコトさんの仰ってた、『一撃必殺の居合斬り』がそれに該当しませんか?」
そんな彼女の言を皮切りに、そこから話は急速に纏まっていった。
「納刀状態で力を溜めて、抜刀時一瞬だけ飛躍的に出力を上げれば……」
「納刀した合体状態時、強力な長杖として運用できるのなら、それで相手の動きを崩すことも出来るでしょうしね」
「白枝も併せて用いれば、隙を作るくらい簡単だろう」
「テレポートやスペースゲートで懐に飛び込んだり、死角に入れば!」
「重たい一撃を叩き込めるってわけさね」
「それで骸の部位を切断できれば、着実に大きなダメージとなりますしね」
「ふむ。そうなると一発限りの切り札ではのうて、幾らでも撃てるようなものにするべきじゃの」
「状態維持や自動修復があれば、多少負荷のかかるようなものでも問題ないのではないか?」
「おー、構想がまとまってきたねー」
というわけで、駆け足で具体的になっていくアイデアを皆で煮詰め、私はそれを踏まえてコマンドの設計を行っていった。
そうして試作一号のパーツ群にそれらを付与し直し、オレ姉とゴルドウさんの手で部品が組み上がる頃にはすっかり日も暮れており。
さりとて、キラキラとした皆の眼差しに見守られる中、それは一先ず形となったのである。
試作一号改が、ようやっと具体的な形を持って顕現した瞬間であった。
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