第三八九話 巫剣の歴史

 どこにでもあって、どこにもない。

 常に自分たちを見守ってくれている、謂わば八百万の神が如き存在。

 それがこの世界で言うところの、精霊という存在であるらしい。

 ともすれば精霊を信仰の対象にする団体も存在しており、少なくとも私の感覚で言うなら、多分サンタさんくらいには有り難い存在なのだろうな、という感じだろうか。


 そしてゴルドウさん曰く。

 私の譲り受けた『精霊降ろしの巫剣』というアーティファクトは、そんな精霊を殺しかねないヤバい武器なのだそうな。

 それを聞かされギョッとしたのは、私より寧ろ他の面々である。

 何しろ彼女たちにとっては、謂わばサンタさんを殺すかもしれない剣ってことだもの。それは驚きもするはずだ。

 結果、寄ってたかって私たちは、ゴルドウさんへ向けて質問を浴びせかけたのである。

 そうして分かったことはと言えば。


 先ず精霊降ろしの巫剣は、精霊の力を宿すことで絶大な力を発揮する剣だということ。

 さりとて、精霊と上手く協力関係を結び、息を合わせて連携を取ることが出来なければ、精霊の力どころかその存在をまるごと剣に取り込んでしまい、消費してしまうとのこと。

 これが、精霊を殺すとされる所以なのだと。

 それゆえ過去には『精霊喰らいの魔剣』と称され、恐れられたこともあったとか無かったとか。


 そうした経緯もあり、巫剣へはゴルドウさんの御先祖に当たるエルダードワーフが封印を施したのだそうな。

 更には万全を期したのか、それとも当時何かしらの取り決めや交渉事でもあったのか、とある神殿の奥に厳重に保管されたらしい。

 ところがその神殿が、いつしかダンジョン化してしまい。そしてそれを攻略したのがイクシスさんである。

 で、そんな経緯を経て、今回イクシスさんより私の手に渡ったというわけで。

 なんだか、想像してたよりとんでもない代物であることはよく分かった。


 ちなみに、「そんなにヤバい代物なら、壊そうとは考えなかったのかな?」と素朴な疑問を投げてみたところ、「頑丈すぎて無理だったらしい」との答えが返ってきた。

 確かに封印されてなお未だに動いている巫剣の機能には、状態を維持するものや、自動修復、それに頑強性をゴリゴリに高めるコマンドなどがこれでもかと詰め込まれていたため、なるほど頑丈すぎて壊せないというのは、少なくとも解析に携わった私には納得のいく話ではあった。

 ただ、それならそういった頑強さを維持するための機能も封印の対象にしてしまえばよかったろうに、それが出来なかったということはなにか事情があったのか、はたまた単純に技術的な問題で不可能だったのか……。


 なんにせよ、巫剣についてゴルドウさんの知る限りのことをこれでもかと聞き出し、封印解除が危険であることはよく理解した。

 あと、念の為にもう一つ質問をしておく。


「ちなみに封印って、ゴルドウさんなら解けたりするの?」

「……さぁの。ノーコメントじゃ」

「そっか」


 申し訳ないのだけれど、心眼で『出来るかも知れないけど確実ではない』というような考えが、ぼんやりと見えてしまった。

 まぁ、それが分かったからと言ってどうするつもりもないのだけれど。

 ともあれ、流石に今回の骸戦に巫剣を持ち出すというのは出来ないと言うか、当てにするべきではないだろう。

 そんなこんなで皆も納得のもと、巫剣に関しては当面ストレージの肥やしになっていてもらうことが決まったのである。


 そうして話が一段落したのなら、いよいよ本題へ取り掛かることに。

 即ち、目の前の試作武器のパーツ群に【付与】を施していくわけだけれど。

 早速作業台に置かれた資料を手に取って、内容を確認していると。

「どうじゃ? お前さんの腕で実現できそうか? 無理ならお前さんの師に助けを乞うても良いんじゃぞ?」

 と、試すようなことを言ってくるゴルドウさん。

 良い機会なので、ここはちゃんと宣言しておくことにしよう。


「師匠たちの手を直接借りたりはしないよ。師匠たちはあくまでおもちゃ職人なんだ。その手を血なまぐさいことに触れさせたくないんだよね……」

「ほう? じゃが、お前さんはその技を武器に用いるのじゃろう? ならばそれは詭弁ではないか」

「そうだね。だからその点は、ちゃんと師匠たちとしっかり話し合って決めた。私は師匠たちに教わった技を、『子供たちを悲しませるようなこと』には決して使わないってね。だからこの技術に関しては、たとえ仲間内であってもおいそれと明かしたりしないし、扱いには常に注意を払ってるつもりだよ」


 こちらを見定めようとするその視線を、私は真正面から見返す。

 彼の目には果たして、仮面をしている私の何が見えているというのか。甚だ疑問には思ったものの、そこはツッコんだら野暮だろうか。

 たっぷりと数秒間も、そのやけに迫力のある視線を私へ向け続けたゴルドウさんは、しかし不意にふぅと肩の力を抜くと、「まぁいいじゃろ」と一言こぼし、話を切り替えた。


「で、結局指定した通りのことは出来るのか出来ないのか、どっちなんじゃい」

 とぶっきらぼうに問うてくるので、私は端的に返事をする。

「勿論、このくらいは容易いよ」

 努めて自信ありげにそう返せば、ニヤリと口角を釣り上げるゴルドウさんである。不敵で男臭い笑みだ。

 まぁそれはいいのだけど、ふと疑問が一つ頭を過ぎったので、私はそれを口に出してみることに。


「ところでこの付与の指示って、何をもとに書かれたものなの? やっぱりゴルドウさんの知識?」

 すると、返事をくれたのはオレ姉で。

「そうだね。あとは以前舞姫を進化させたときに、ミコトが教えてくれたこととかね」

「なるほど……」


 それを踏まえた上で、改めて設計図や指示書に目を落としてみて、確信する。

「やっぱり……多分、ゴルドウさんの知識って古いね。今の妖精……っていうか師匠たちは、ここに書かれてる要求を叶えるのに、こんなパーツ数は要らないよ。勿論私も」

「なんじゃと……?!」

 作業台に並べられたパーツの数は、優に100を超えている。無論大小様々ではあるが、私はロボのような細かな部品の集合体にも付与を施しまくってきたのだ。

 それと比べたなら、これらのパーツ群には幾らだって緻密なコマンドを付与できる自信がある。

 まぁ尤も、それで使い物にならないほど繊細な代物になっては意味がないため、詰め込めばいいというものでもないのだろうけれど。

 だとしても、ゴルドウさんの想定している内容より、ずっと多くの機能を詰め込むことは出来るはずだ。


「何せ師匠たちの技術は、子どもたちにより楽しいおもちゃを届けるっていう目的のために、日々磨かれ続けているからね。限られたコマンドを緻密に組み合わせて、無限の効果を生み出すんだ。私も勉強勉強の毎日だよ」

「むぅ……」

 私の言葉に、しかし思いがけず大きな衝撃を受けたらしいゴルドウさんは、小さく後ずさって頭を抱えた。


「ワシらエルダーが技術を隠し、研鑽を止めてからも、妖精たちは独自の道を進んでおったのじゃな……」

「おじいちゃん……」

「ああ、大丈夫じゃチーナたん。言われてみればそれも当然の話じゃったわ」


 ゴルドウさんの狼狽ぶりを案じたチーナさん。

 けれどそれを優しく手で制しながら、ゴルドウさんは顔を上げて腕組みをした。

「ふん、よかろう。そうまで言うのなら、この場で更に設計を見直すまでよ!」

 そうして気を取り直した彼を交え、私とオレ姉を中心に久方ぶりの専用武器議論が始まったのである。

 これには黙っていられずイクシスさんも口を挟み、私との連携も鑑みてオルカたちにも意見を求めたり、チーナさんも思いついたことがあれば都度発言してくれたりと、随分騒がしい話し合いとなった。


 一先ず行ったのは、設計にあったとおりに付与を施し、パーツを組み上げ、試作一号を形にした上での意見交換だ。

 試作一号は、端的に言うと『杖と剣を合体させた全距離対応武器』という感じだった。

 以前にオレ姉と話し合っていた専用武器も、様々なシーンに対応できる万能性を重視したい、みたいなコンセプトで意見を交わしていたものだけれど、最近の私は『遠隔魔法』なるマップを駆使した魔法の運用をマスターしてしまったがゆえ、遠距離武器は魔法の威力を引き上げてくれる杖が最も効果的である、という考えに行き着いたらしく。

 そこに加えての近接武器ということで、オレ姉とゴルドウさんが打ち出してきた答えが『近接用の剣と、鞘も兼ねた杖』という形である。

 更にそこへ私の付与を加えることで、一層強力な装備に仕上げようという予定だったらしい。


 ちなみに試作一号に付与された効果は、頑丈さや自動修復等の丈夫さを補助するものや、攻撃力に関係する効果のものが数点。

 正直、師匠たちが素材を集めるために作っている人形と比較すると、相当控えめであると言わざるを得ない。


 先程も述べたとおり、師匠たちは種類の限られたコマンドを組み合わせることで、あらゆることを実現してきたのだ。

 争いに用いるような技術こそ専門外ではあるものの、やってやれないわけではない。

 そしてそのノウハウを勉強している私もまた、大体のことはコマンドを駆使して実現できるはずである。

 そんなわけで、この場での大まかな議題となったのは。

『この創作武器にもっとすごい効果を持たせるとしたら、どんなものが良い?!』

 であった。


 なにせ、精霊降ろしの巫剣が当てに出来ないと分かった手前、代わりにこの専用武器の試作品には、戦力の底上げが期待されようというもの。

 皆は自身のアイデアがその一助となるのならばと、必死に考えを巡らせながら提案を論っていった。

 決して、あんな事良いな、出来たら良いなの精神ばかりではないはず。

 イクシスさんなんか、目をキラッキラさせて奇抜なアイデアばっかり並べてるけど、ちゃんと骸戦のこと考えてるんだよね? ね?


「ミコトの近接戦闘は、想像を超えるレベルで磨かれてる。だからそれに相応しい硬派な得物が必要。シンプルに切断力を極限まで引き上げるのが良いと思う」

「ココロは重さを自在に変えられたら、ミコト様らしいトリッキーな動きができると思うのです!」

「鏡花水月的には前衛が多いからな。杖の方に比重を置くべきだと私は思うぞ? 納刀したときに性能が飛躍的に上昇する、みたいな」

「魔力の貯蓄、みたいなことが出来るといいですね。時々裏技を駆使する暇さえない場面というのもありますから」


 と述べる鏡花水月のメンバーたち。

 一方で他の面々は。


「折角なので、腕輪との相性も鑑みてはどうでしょう? 光の白枝、でしたっけ。それのフェイクになるような機能を仕込んでも面白いと思うんです」

「さすがチーナたん、天才じゃのぉ!!」

「つか、試作じゃない完成版には、最終的にミコトの持つ『心命珠』が使われる予定なんだ。そうなったらミコトは強力な念力を操れるようになるはず。それとの兼ね合いも試作である今のうちから考えておきたいところだねぇ」

「私はな! 私はな! やっぱりアイデアを一つに絞るのは勿体ないと思うんだよな! だからパーツの交換でいろんな機能を付け替えられるようにしたら素敵だと思うんだ!!」

「こやつ、また無茶を言いよるわ……ワシはやはり、パワーこそ正義。大出力に全振りするのがロマンじゃと思うぞ!」


 という感じ。

 誰の意見も確かに魅力的で、正直甲乙つけがたい。

 可能であるのなら、イクシスさんのアイデアが無敵のようにも思えるのだけれど、ぶっちゃけそれは言うほど簡単なことではないだろう。

 緻密な付与を詰め込んで、最大限の効果を成立させるだけでも一苦労だって言うのに、パーツを取り替えたらガラリと別の機能に大変身! なんて、何をどうしたらそれが可能か、今の私のレベルでは流石に荷の重たい話である。


「ミコトは? ミコトの理想はどうなの?」

 と、不意にオルカから水を向けられたので、私はむむむと天井を仰いで暫し考えた。

 というのも、私だって自分なりのアイデアというのは、今まで幾らだって考えては来たのだ。何と言っても自分専用の最強武器なのだから、当然のことである。

 しかし考えすぎるあまり、正直さっぱり答えが一つに纏まらず、理想を問われたとて答えに窮する有様なのだ。

 が、この機会に黙っているわけにもいかないだろう。

 一先ず今まで練ってきたアイデアの中で、有力そうなものと、それにこの試作一号の形。それらの相性を鑑みて、至った答えは。


「やっぱり、一撃必殺の居合斬りかなぁ」

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